第7話「初めての異世界人」

「ご主人様、起きてください」


 身体を揺さぶられる感覚と共に目を覚ます。


「……んん、もう朝なのか?」

「はい、さっき日が昇ったところです」


 マナの様子を見るに大分前から起きているようだ。

 あまりだらけてもいられないので立ち上がって凝り固まった身体を伸ばす。申し訳なさ程度に葉をかき集めてクッション代わりにしていたのだが、流石に地面の上では限界があった。


「痛たたた……マナはもっと早くから起きてたのか?」

「私が起きたのは一時間ぐらい前ですね。使用できる魔法の効果を確認しておこうかと思いまして」

「そうだったのか、俺と違ってマナはいろいろと考えてるんだな……」


 流石はマナだなと思っていると――


「そんなことはありません、昨日ご主人様は私の命を助けてくださったじゃないですか。私はご主人様を支えるどころか、足手まといになってしまいましたから」


 そこまで深い意味はなかったんだが、この様子を見るに昨日から気にしていたのかもしれない。

 ここは誤魔化すのではなくありのままの俺の気持ちを伝えることにする。


「マナは俺にとってかけがえのない家族、だから幾らでも頼ってくれて構わない。その代わり俺もお前を頼りにする。俺にできないことをマナが、マナに出来ないこと俺が。そうやって助け合って生きて行こう。どうだ、嫌か?」


 マナの頭に手を置いてそう語り掛けると、マナはぶんぶんと尻尾を左右に振って俺の胸に顔を密着させた。

 

「嫌なはずがありません。ご主人様の期待に応えられるよう精一杯頑張ります!」


 元気を取り戻したマナを見て一安心する。 


「良し、なら早速頼らせてもらおう。今後の方針についてどうしたらいいと思う? ぶっちゃけ俺は何も考えてない」

「ふふっ、お任せくださいご主人様。まずは食料の確保を最優先に考えましょう。水だけでは流石に限界があります」


 食べ物のことを考えた途端、ぐうーっとタイミング良く腹から音が鳴る。

 そこでようやく俺はフィリアに来てから食べ物を何も口にしていないことに気が付いた。幾ら身体が頑丈になったとはいえ生きている以上、食欲という欲求から逃れることはできない。


「それは深刻な問題だな。でも具体的にどうやって探すんだ?」

「木の実やキノコ類を中心に探しましょう。これだけ緑の溢れる森ですから、収穫自体は難しくはないはずです」


 なるほど、確かに食べれる食べれないを別にすればそれなりの数はすぐに集められるだろう。

 しかし問題は毒があるかどうかの選別だが……


「初級ですが鑑定魔法も使用できます。食用かどうかの判別はお任せください」


 流石マナと言うべきか、俺が抱いていた不安も問題なく対処できるようだ。



 ――そうして食料を探すこと一時間。


 時計がないので正確な時間は分からないが、感覚的にはそれぐらいだと思う。


「これだけあれば十分でしょう。そろそろ食事にしましょうか?」

「そうだな、さっきから腹の音が煩くてしょうがない」


 いざ食事の準備を始めるが、何分調理に使う道具がないので現状作れる料理は限られている。

 その結果……


「食べられるだけありがたいと思うべきなんだろうが……何というか、味気ないな」

「まぁ、調味料もないですからね。流石に熱を通さないわけにもいきませんし、現状ではこれしかないですよ」


 マナの言う通り現状ではキノコを火で炙って食べる他ない。鑑定魔法で食用かどうかまでは判別できるのだが、寄生虫など完全に把握することはできない。

 木の実に関しては残念ながら収穫はなかった。食用になりそうなものもあったが、豆粒程度の大きさの物しかなかったので諦めた。


「やはり街かどこかで一通りの道具は揃えたいですね」

「そうしたいのは山々だけど、まだここがどこかさえ分からないんだよな」

「そうですね……シルバーグリズリーだけではどこか断定することはできませんし、今のところ目立った生物も見当たりません」


 先行きが怪しく途方に暮れていると、前方の木の幹から顔を覗かせるようにこちらを窺っている存在に気付く。

 身長から判断するに小学生ぐらいの歳の女の子。

 その視線は俺が手に持つ串焼きに向けられていて、口元から涎が垂れていることから腹を空かせているのは間違いないだろう。


 だがそんなことよりも重要なことがあった。


「……ケモ耳っ!?」


 頭の上にはマナと同じように獣の特徴ともいえる耳が生えているが、犬人族の耳よりも縦に長く尖っている。


「兎人族でしょうか?」


 マナの言う通りあれは間違いなくウサ耳だ。

 兎人族と言えば猫人と同じくらい異世界の定番と言えば定番だが、こうも早くこの目で拝めるとは思ってもいなかった。 


 ウサ耳をモフってみたいとジーっと眺めていたら、女の子はシュバっと勢いよく木の後ろに隠れてしまう。

 しかしその場から逃げ出さずにまだ木の裏にいるらしいことは僅かにはみ出ているウサ耳から判断できる。


「敵対する意思はないと思いますが、どういたしますか?」

「とりあえずあのウサ耳をモフりたい」

「却下です、絶対に警戒されてしまいます……それに、ケモ耳をモフりたいのであれば私の耳が……」

 

 俺の提案を即座に否定した後、マナは何故か恥ずかしそうに耳をピクピクさせながら小声で何かを呟いている。


「くっ、残念だが仕方がない。情報を得られるチャンスを逃すわけにもいかないしな……ん、どうしたんだマナ?」


 頬を膨らませて睨んでくるマナに声を掛けてみたのだが、そっぽを向いて口を閉ざしてしまう。

 唐突に機嫌が悪くなったマナの様子も気になるところだが、今はそれ以上に優先すべきことがあった。


「良かったら食べるか?」


 怯えさせないように優しく少女に声を掛けてみる。

 少女は直ぐに姿を見せなかったがこちらが辛抱強く待っていると、我慢できなくなったのか駆け寄るようにトテトテと歩み寄って来た。


 めちゃくちゃ可愛い。


「……食べる」

「はい、どうぞ」


 俺の前までやって来た少女にキノコの串焼きを手渡した。炙ってから少し時間も経っているので火傷する心配はないだろう。


 モグモグと無心でキノコの串焼きを頬張るその姿は、可愛いを通り越して拝みたくなってしまうような神々しさを持っていた。


 無意識にそのウサ耳を触ろうと手を伸ばしてしまったが、空かさずマナが俺の手を叩いてモフるのを阻んでくる。


 手加減の無いその一撃は普通に痛かった。俺の身体は化け物みたいに頑丈になっているはずなのに……


 まぁ、何はともあれ我に返った俺は二本目の串焼きを用意することにした。

 少女の食べっぷりから一つでは足りないだろうことは容易に想像がつく。キノコをただ炙っているだけにも関わらず少女はご満悦のようだ。


 個人的な感想を言うならこの串焼きは不味くもなく美味しくもない。人間と獣人で味の感じ方に違いがあるのかと思ったが、マナも俺と同じ感想を述べていたのでただ単に少女の好物がキノコなのかもしれない。


「今更だけど兎ってキノコ食べれたっけ?」

「種族によって好みの違いはあるでしょうが、基本的に食文化は獣人も人間と変わりないですよ。私も今の身体でドッグフードを食べたいとは思いませんしね」

「あぁ、なるほどな」


 愛くるしい少女にあてられたのかマナも普段通りに俺の質問に答えてくれる。

 そうしてしばらくの間、俺たちは幸せそうな表情でキノコを頬張る兎人族の少女を見守るのだった。

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