第237話 金より価値のあるもの

 不運というのは重なるもので俺の退職願が受理されなかった直後、セサル様とルビーさんが家へ帰って来た。

俺に詰め寄るお嬢様と、それを傍観しているディムの姿を見た二人は、その状況について説明を求めた。

セサル様は名前を名乗るディムの存在に驚いていたがルビーさんはそうでもなかった。

お互い知り合いだったっぽい、まあエルフ族は長生きだしルビーさんも元冒険者なので別にそうおかしいことでもないな。

でも仲良しって感じでもない「久しぶりだな」「そうですね」これくらいしか会話のやり取りをしていなかったのだ、クール系同士で対話するとそんな感じになってしまうのか。

いやいや、そこはもっと久方ぶりの再会に驚き、過去話に花でも咲かせようよとアドバイスしてあげたかったが「召使いはとんだ大嘘つきだったのですわ!!」というお嬢様の無慈悲な咆哮によりそれどころではなくなった。

そして俺が魔法を使えることもあっさり暴露されてしまったのである。 

 

 それ以降、なにかもう口で説明する勇気がなかった俺は、懐から手紙をそっと取り出しルビーさんに手渡した。


『セサル様、お嬢様、ルビーさんへ

今までお世話になり大変感謝しております。

こうして手紙を書いたのは、口ではどうしても言いづらいことを告げる必要があったからです。

怒らないで冷静に、ひろーい心で読んで欲しいのですが、セサル様とお嬢様が勇者の力に目覚めたとか、魔剣の力を引き出したとか言ってるアレは全部俺の魔法によるものなのでいわゆる勘違いです。

今までずっとお二人に気づかれないようにこっそり魔法で支援していました。

俺はそういった他人を強化するための光魔法が得意なのです。

この街に来た時、冒険者ギルドの隣にある施設で無理やり働かされている光魔法使いの人を見ました。それを見た時、怖くなったので同じ目に遭わないよう光魔法が使えることをずっと黙っていました。

ルビーさんならわかってくれますよね?ね?

だから三人とも、ゴメンネ☆

できれば優しい気持ちでにっこり笑って俺のこと許してください。

あとどこかで偶然再会しても決して殴ったりしないで下さい。

ヴォルガー』


 手紙を受け取ったルビーさんが朗読を終えた。

念のために漢字に全部振り仮名ふっといたので読めないということはなかったようだ。


「「「………」」」


 セサル様、お嬢様、ルビーさんが無言で俺を見ている。


「ということで今まで大変お世話になりました、それではお元気で!さ、行こうかディム」


 何も言わないと言うことは俺の気持ちが届いたということ、だと思う。

その場を立ち上がりソファーに腰かけるディムの肩を叩く、早く立て!ぐずぐずすんな!


「待ちなさい」


 しかし、ルビーさんにまわりこまれてしまった!


「この手紙を置いてここを去るつもりだったんですね?」

「はい」

「手紙の内容が本当ならば、光魔法が使えるんですね?」

「はい」

「殴っていいですか?」

「だめです」


 そう言ったのにルビーさんの拳が俺の顔面に飛んできた。

うおっ、あぶねえ!

間一髪それを掴んで受け止める。


「なんで殴るんですか!笑って許してくれてもいいじゃないですか!」


 返事代わりにもう一発拳が飛んできた、それも慌てて受け止める。

その結果ルビーさんと両手で力比べをするような体勢になってしまった。

 

「くっ…離しなさい!」

「離しても殴らないって約束してください」

「それはできません」

「どうして!そんな怒らなくてもいいじゃないですか!!」

「なぜ漢字全てに振り仮名を書いたのです、私が漢字も読めない馬鹿だと思ったのですか!」

「え、振り仮名無くても、書いてある漢字全部読めるんですか?」

「………勿論です」

「なんでちょっと返事に間があったんですか?ルビーさんも嘘ついたんですか?」

「黙りなさい」


 俺が何か言うたびルビーさんの殺気が膨れ上がる。

一体どうすれば良かったんだ。


「召使い君が僕たちに魔法をかけていたなんて…そんな馬鹿げた話ありえない!」


 セサル様もご立腹だ、手紙の内容を信じていない。

ルビーさんの怒る様子を見て呆けていたお嬢様もそれにつられるかのようにまたヒートアップしてくる。


 あああ、何がいけなかったんだ。

やっぱりゴメンネに可愛く☆マーク書いたのが悪かったのか。

真面目な雰囲気で最後まで通すべきだったか。

ていうかディムは呑気に座って見てないで俺を助けろよ!

お前の一言でこういうことになってるんやぞ!


 俺は切なる願いを込めてディムを見る。

ディムは目が合うと苦々しい顔をこちらへ返して来た。

どうやら手紙の朗読を聞いて現在の俺がどうしてルビーさんとロマンチックの欠片もない手のつなぎ方をしつつセサル様からはガミガミ言われ、お嬢様からは髪を引っ張られたりしているのか理解はしたようだな。

俺がハゲる前になんとかして。


「皆、落ち着け」


 気持ちは伝わった、なんとかしてくれるらしい。


「この場を収めるのにとっておきの方法がある」


 そしてディムは三人が俺を許すための解決策を話し始めた…


………


「では位置について」


 ディムの話を聞き終えた後、俺たちは全員、家の外へと出た。

広々とした庭に立つ俺、向かいにはセサル様、お嬢様、ルビーさんが少し距離を置いて立っている。


「準備はいいな?」


 ディムが訳の分からないことを言っている、全然良くないけど仕方がない。


「はじめ!」


 無情にもディムが始まりの合図を告げた。

俺の向かいにいた三人の内、まずはルビーさんがこちらへ突っ込んで来る。

手甲をつけて完全武装状態で。


「ああもう、わかったよちきしょう<ディバイン・オーラ>!」

「なっ!?」


 俺を殴り飛ばそうとしたルビーさんを魔法で逆に弾き飛ばす。

 

「防御魔法…でも<プロテクション>より圧倒的にかたい!!どうやらお話は本当だったようですね!」


 そんなこと言いつつガンガン懲りずに殴りかかってきては弾き飛ばされるを繰り返すルビーさん。

嘘じゃないとわかってくれたならもう止めてもいいと思うのに。


「きゃあっ!?」


 あ、横から近づいてきたお嬢様が剣で俺に攻撃しようとしてやっぱり<ディバイン・オーラ>で弾き飛ばされてった。 


 しかしすぐに立ち上がり、再び攻撃を開始してくる。


 今この状況は全てディムのせいだ。

あいつが実際に俺と戦えば全て理解できるとかなんとかぬかして三人を焚きつけたのだ。

三人が一番信じなかったのは俺が優れた光魔法の使い手だという点についてだ。

特にルビーさん、同じ光魔法を使う身として一番俺のことを疑っていた。


 それで実際戦って確かめることになった。

そして戦って三人が納得できたならば俺が召使いの仕事を辞め、ディムと共にこの街を離れるのを認めるという条件まで決まっちゃったのでもはや俺にとっても戦いは避けられない状態になってしまった。


「どうして近づくことすらできませんの!?」


 ごめんよお嬢様、物理攻撃である以上どうやったって俺に攻撃を当てるのは無理だよ。

ディムが武器つかって本気でやれと言ったので皆武装している。

ただ俺は素手だ、盾も無い。

この際いっそのこと手ぶらの俺にすら三人は何もできないと知ってもらうことにしたのだ。

中途半端なことすると今後ルビーさんとかに隙を見て殴り掛かられそうで面倒だからである。


「私の魔法で強化してもこの障壁を破れませんね…では手段を変えます!セサル様!」

「<ストーム・ガスト>!!」


 周囲に突如として強風が吹き荒れる、セサル様は攻撃に参加せずこの魔法を詠唱していたのか。

事前に打ち合わせていたようで既にルビーさんとお嬢様は俺の近くにいない。

ダメージを受けるほどのことでもないが視界を土煙に覆われて何も見えなくなってしまった。

目くらましが目的なのかも知れない、俺の魔法で打ち消すか?

いやここは<ディバイン・オーラ>を維持したまま自分に強化魔法を重ねておくか。


 ごうごうと唸る風に音も遮られている、セサル様結構すごい魔法使えたんだな。

これたぶん障害物とかある場所で使えばいろいろ俺にぶつかってくるんだろうなあ。

しかし真面目に庭掃除をしていたおかげで大したものは飛んでこない、精々小石か小枝くらい。

結局何が飛んできても魔法でない以上<ディバイン・オーラ>に感知され、俺まで届かないのは同じだが。


 俺は突風の中、普通に歩いて前に進み始めた。

痛くはないがうっとおしいので魔法の効果範囲までとりあえず出るつもりだった。

と、そこに土煙を超えて何かが飛来してくる。

光だ、レーザー光線のような光が俺めがけて飛んできた。

それは見事に俺の脇腹に命中した。


「でも特に痛くはないな、つーか勝手に逸れて行ったな」


 <レジスト・マジック>をしていたのが効いたか、光線は命中直後にぐにゃりと方向を変えてあらぬ場所へ飛んで行った。

それを見届けた後は吹き荒れる突風から走って離脱した。

やがてセサル様の魔法が効果時間を終えたのか、風は止まり、視界が元に戻る。


「ど、どこにもいませんわ!?」

「いやここにいますよお嬢様」

「ひゃん!?」


 お嬢様はさっきまで俺がいたであろう場所を見ていた。

俺は強化した身体能力で突風の嵐をくぐり抜けた後、剣を構えたお嬢様の背後まで移動していた。


 突然背後から声をかけられたお嬢様は驚いて飛び上がった。

そして振り返り俺の存在に気づく。


「ば、化け物…」


 グサッ、今の言葉のナイフが一番効いたぜ…


「カルル!!」

「お嬢様!!」


 腰を抜かしたお嬢様をかばう様にセサル様とルビーさんが突っ込んで来る。

セサル様は剣を構えているが、ルビーさんは何か口元が動いているので詠唱している様子、さっきの光線はたぶん彼女の仕業だよな、あれをまた撃つ気か?


「<ライト・ウォール>」


 ごん、ごんと二度ぶつかる音がして二人は光の壁の前で止まった。

来る方向が分かればこれでも容易に防げる。


「ぐうっ、なんだこれは!?」

「また障壁、しかも今度はこんな離れた場所に…はっ、ヴォルガーがいない、どこへ行きました!?」

「ここですよ」


 今度はセサル様とルビーさんの背後に回り込んで声をかけた。


「なっ…どうやって…」

「まだやりますか?」


 セサル様はまだ剣を持ってはいるが、今の一言で戦意は失われたようだ。

さっきまでの気迫がまったく感じられない、俺から逃げるように後ずさっている。

ルビーさんはまだやる気か…でも何も仕掛けてこない、近づいたら<ディバイン・オーラ>で弾き飛ばされると学習したからかな。


「…ここまでやっても全くの無傷か、予想以上の男だな」


 審判を務めていたディムが歩いてこちらへ近づいてくる。

試合終了のホイッスルをしてくれるのか!


「ここからは特別ルール追加だ、ルビー、二人を連れて離れていろ」

「ディム!?貴方まさか!」

「早く行け、巻き込まれるぞ」


 ルビーさんはセサル様の手を引き、お嬢様の元まで移動、そしてお嬢様を担ぎ上げて庭の隅っこまで逃げて行った。

あの、特別ルールってなんですか、巻き込まれるってなんですか。

詳しい説明がないんですけど。


「一体どれくらいの魔法に耐えられるのか、オレも興味が湧いた、ここからはオレも参加する」

「俺がどれくらい耐えるか、という意味にとらえてよろしいんでしょうかそれは」

「ああ、だから先に謝っておく、すまん」


 すまんじゃねええええええ!

何考えてんのかディムはぶつぶつと詠唱を始めた。

こいつが詠唱入れて魔法使うってことは割と本気の魔法を撃つつもりだ。


「<ウィンド・ディザスター>」


 ディムの両手から発生した風は二つの竜巻になり、俺に向かってくる。

ふざけんなよこれ、ほわオンでもあったやつじゃねえか。

広範囲攻撃魔法だぞ、二つの竜巻が合体して、セサル様の放ったやつとは比べ物にならいないほどの風が吹き荒れるやつだぞ。

そんな…そんな魔法使ったら…せっかく手入れした庭の木が折れるじゃねえか!!


「<ディスペル・オーラ>」


 俺は魔法を唱えて自から竜巻に突っ込んだ、バシュン、無事竜巻は消滅した。


「…オレの最強魔法が体当たりで消滅か…はは、予想はしていたが、これはどうしようもないな」

「予想してたならここであんな魔法使うんじゃねーよ!」

「ヴォルガーならどうにかすると思っていたからな」


 ディムはもう、それ以上何かするつもりはないようだった。

離れていた三人もやがて戻ってくる、こちらも戦いを続ける意思はないようだ。

お嬢様が若干、俺の視線から隠れるようにセサル様の背後から顔を半分だけ出しているのが気になるといえば気になる。


「どうだ、この男がどういうやつか理解できたか」

「ええ…ディムが相手にならないのであれば、私たちにできることはありません」


 やった!これでルビーさんも俺に暴力を振るわなくなったはず!

いやでも念のためもう一回謝って、あと仲直りの握手くらいはしておこう。


「あのー今まで嘘ついててすいませんでした、でもこれで俺の手紙の内容が真実だと分かってくれたと思うので…とりあえず握手して仲直りしませんか!」


 俺は手を差し出した、ルビーさんに手をはたかれた。

気を取り直してセサル様に手を差し出す、無言、何もしてくれない。

最後の希望、お嬢様に…は、手を差し出した時点で5メートルくらい遠くに逃げられた。


「なんでですか!もういいじゃないですか!」

「貴方の実力は認めます、ですがそれと貴方を許すことについては別問題です」

「あ、謝ったのに!なんて大人げない人たちなんだ!」


 全員俺より年上だろうがよぉ!

もう水に流してくれてもいいだろうがよぉ!


「ルビー大丈夫だ、ヴォルガーは絶対に君たちへ危害を加えたりしない、そう怯えるな」


 ディムがそう言って俺と三人の間に入って来た。

ルビーさんが怯えているという事実が全然理解できなかった。


 もう一度ルビーさんをよく見ると、俺の手をはたいた手がわずかに震えていた。

…複雑な気分である、俺はルビーさんのことを怖いと思ったことはあるが、まさか向こうが俺のことを怖がる日が来るなんて。

お嬢様と違ってルビーさんはどこか何があっても芯のブレない、強い女性だと勝手に思い込んでいた。

 

 こんなことならもっと適当に戦えばよかった…

攻撃しなければ、怖がられずに済むってこともないんだな…


「お嬢様…あの…」

「こ、こっちへ来ないで!わたくしの傍に来ないで欲しいのですわ!」


 面と向かって言われると思いのほかショックであった。

   

「…どうもやりすぎたようだな」


 お前のせいだよディム!最後のあれだ、お前の魔法を防いだのが決定打だよ絶対!


 でも、ある意味これで良かったのかもしれない。

だってこれならもう、出て行くのも引き止められないだろうから…


「じゃあ…あの…今までお世話になりました…」


 俺は最後の挨拶をした後、荷物をまとめて家から出て行った。

支度をしている間、三人は特に何も言ってくれなかった。


 俺が他人に攻撃できないことを説明することもできたけど、意味なさそうなのでやめておいた。

俺が近づくだけで怯えるのに試しに攻撃なんかできるはずもない。


 家の門から俺が出て行くまで、三人は俺のことを眺めているだけだった。


「え、ええとヴォルガー…今日はどうする、ひとまずオレの使っている宿で一泊して、明日街を出るか?」


 とぼとぼと街を歩く俺にディムが話しかけて来る。


「それでいいよ…」

「…すまん、あれくらいやらないとルビーが納得しないと思ったんだ」

「わかってるよ…元々魔法のこと隠してた俺が悪いんだしもうディムが謝らなくてもいいよ…」


 それから無言でディムの泊っている宿まで歩いた。

宿につくと、俺の分の代金はディムが払ってくれた。


 そこで適当に飯食って部屋に戻って寝た。

寝る前に、お嬢様たち今日の風呂はどうしたかな、お嬢様が昼間に入ったから水も減ったし今日は風呂なしかなと、意味のないことを考えてしまった。

俺がもうあの家の風呂について心配する必要はないのだ。


 翌日になっても気分は今一つ晴れなかった。

朝飯を食いつつディムと今後の予定について相談したけど適当にディムの言う事にうんうん頷いてただけなので何を話したかあんまり覚えていない。

まあ次の街へ馬車でいくとかなんとかそういう事だと思う。


「あれ、ヴォルガー…とディムさん!なんでこんなとこにいるの?」


 宿を出たところでオウルに会った。

ああ、こいつには言っとかなきゃならないな、もうディーナたちのことを捜す必要はなくなったことを。


「ふーん…仲間が見つかったんだ、それで街を出てくのか」

「そうなんだ…今まで捜してもらってた分…金払ったほうがいい?」

「いやいいよ、結局こっちはディムさんを連れてっただけだし、それより、あのお嬢様たちは一緒に行かないの?二人だけで街を離れるの?」

「………二人だけです、ていうかお嬢様たちは…別に街を離れる必要ないだろ…」

「なんか元気ないね?昨日あれから何かあったの?」

「もうそっとしておいてくれええええええ!」

「おい待てヴォルガー!」


 心の傷をえぐられそうになった俺はその場から逃げ出した。

そして街中を走り回った挙句、迷子になった。


 二時間後くらいにダンジョンの入り口付近を歩いているところを無事ディムに発見、保護された。


「とにかく落ち着け、お前に本気で走られると正直追いつけん」

「すいませんでした」


 ディムに謝った後は大人しく歩いてディムについていった。

どこに行くのかな、馬車が見えてきた、馬車乗り場か。


 しかしディムは並んでいる馬車には近づかず、少し離れた場所で止まった。


「あれに乗るんじゃないのか?」

「…いや、その内迎えが来る…たぶん」

「たぶんてなんだよ」

「もう少し待ってくれ」


 良く分からないままその場で待つ。

しばらくして一台の馬車がこちらへ近づいて…あれ、あのメイド姿の御者、ルビーさんでは!


「来たか」

「来てあげましたよ、さあ乗りなさい二人とも」

「え、どういうこと?」

「これに乗ってウィンドミルまで行く」


 ウィンドミル…確か次に行く予定の街だ。

馬車の扉をディムが開けるとお嬢様とセサル様がいた。


「二人とも…え、街を出て行くんですか?あの家は?」

「家はもう引き払ってきたのだよ」

「セサル様…ダンジョンは?もう行かないのですか?」

「僕は荷物を持ちたくないからね」


 冒険終了ってことなのか。


「でもなんで急に、それに俺のこと嫌なんでは…」

「先ほど、ディムと共にオウルという少年が家を訪ねてきました」


 ルビーさんが御者台から俺にそう言った。


「オウルから貴方が泣きながら走り去っていったと聞きました」

「な、泣いては…ないです…」

「…そして昨日何があったか聞かれたのです、私から話を聞いた彼はこう言いました、この街の住民よりはヴォルガーのほうが信用できるんじゃないか、とね」


 オウル…!やっぱり金あげればよかった…!


「それにちょうどクライム一族の者からも、あの家を即刻明け渡せなどと無茶な要求をされて面倒になっていましたのでそろそろウィンドミルに帰る予定ではあったのです」

「ダンジョンの入り口のことで?」

「そうです、貴方が脱衣所の床を壊して出てきた隠し階段のことです」


 壊したの部分を強調された、あれは不可抗力だったのに。


「その後はディムが必ず貴方を見つけて馬車乗り場で待つというので…こうして迎えに来てあげたのです」

「そういうことだ、分かったら馬車に乗れ」


 ディムに背を押されて馬車の中へ頭をつっこむ。

お嬢様と目が合った。


「急にウィンドミルに帰ることになって…荷物の準備が大変でしたのよ」

「は、はあ」

「はあじゃありませんわ!誰のせいだと思ってますの!」

「そう言われましても、俺はもう召使いではありませんし…」

「わ、わたくしはまだ召使いをクビにした覚えはありませんわ!!」


 え、お嬢様、まさか…許してくれたのか!


「早く乗りなさい」

「では失礼して…」

「あ、でも、わたくしの隣ではなくて、お兄様の隣に座りなさい!」

「…はい」


 まだ少し距離感があるようだがそれでも俺は嬉しかった。

ディムと共に馬車に乗り込み、俺はセサル様の隣、ディムはお嬢様の隣に座る。


「…ふふっ」

「なんですかセサル様」


 急に笑い出した、俺が隣に座ったせいで気が触れたとかじゃないですよね?


「いや、あのオウルという少年…最後に面白い事を言っていてね」

「へえ、どんなことを言ってました?」

「この街は金が全てだけど、金より価値のある物もある」

「なんですそれは?」

「信頼だってさ」


 子供のくせにできたやつだなあ。


「召使いは嘘つきですけど…それでもわたくしたちを助けてくれたことに代わりありませんわ…だから馬車に乗せてあげるのですわ!」


 そう言ってお嬢様はそっぽを向いてしまった。


「出発しますよ」


 ルビーさんの合図で馬車は動き出した。


 ぶっちゃけ嫌な街ではあったが、いつか、もう一度ここへ来よう。

その時はオウルにお菓子でも作ってあげようと思う。

かなり高級なやつを。

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