第236話 一身上の都合により

「うわあ、これがあの人のサイン!や、やった!宝物にするよ!」

「ちゃんとオウルくんへとも書いてもらったぞ、喜べよ」

「ああ、ありがとうヴォルガー!」


 サインを手にするとオウルはうきうきと軽い足取りで家から去って行った。

しかし俺に頼まなくても、この家に来るまでの間、本人に直接頼めばサイン貰えたと思うけどな。

まあこっちは金銭のやり取りにならず、サイン一つで事が済んだので助かりましたけど。


 玄関を閉め、リビングへ戻る。

そこにはソファーに腰かけ紅茶を飲むエルフ族の男、ディムの姿があった。


「ここへ着くなりサインを要求されるとは思わなかったが、あれでよかったのか?」


 オウルは約束通りディムをここへ連れてきた、それは俺の知るディムで間違いなかった。


「大喜びだったよ、変な手間かけさせて悪かったな」

「それならいいが」


 オウルがディムを連れてきたとき、俺は適当な紙を持ってきてディムにサインさせた。

とりあえずサイン下さいと頼んで。

ディムは首をかしげながらもカタカナで『ディムグライア』と紙に名前を書いた。

ついでに『オウルくんへ』とも書かせた。

それを家の外で待ってたオウルに渡してあげた、そういうことだ。


「ところでヴォルガー以外の者はどうした?ここには他に三人住んでいると聞いている」

「二人は出かけてて、もう一人は今風呂に入ってる、その内出てくるから気にしないでいい…それより俺を捜してここまで来たんだろ?どういうことなのかまずその理由から聞かせて欲しい」

「そうだな…それを話す前に一つ尋ねたい、通信クリスタルは何で壊れたんだ?」


 ………エッ。

心の底に封印していた事を突然聞かれ、思わず体が硬直した。

俺の持っていた通信クリスタルが壊れたことをなぜディムは知っているんだっ!?


「それはえー俺がラルフォイから預かっていた通信クリスタルのことを言っておられるのでございましょうか」

「そうだ」


 ラルフォイから俺に連絡とろうとした時点でたぶんつながらないから、こういう日が来ることはわかっていた…

もしかしてディムはそのことでラルフォイから頼まれて俺を捕まえに来たのか?

弁償するまで逃がさんぞってことなのか?


「…いつかはバレると思っていた、でも聞いて欲しい、壊れたのは俺のせいではないんだ」


 少しでも同情してもらうため、あらかじめ考えておいた言い訳を言うことにした。


「あれはマグノリアを旅していた時のことだった…猫人族の村近くにある神樹の森で、俺たちは恐ろしい敵にあったんだ、一見するとそいつはただの若い人族の男にしか見えなかった、しかしその正体はなんと魔王だったのだ、知ってる魔王?めちゃ強い魔法を使う危ないやつなんだけど、とにかくそいつに襲われた俺たちは激しい戦いを繰り広げた、そしてなんとか勝ったのだがその時に凄まじい魔法を使われて余波で俺の懐に入れていた通信クリスタルが砕け散ったのだ」


 全て魔王が悪い、俺は全ての責任を魔王ゴキさんに押し付けることにした。


「…マグナたちは最後に通信クリスタルを見たのは猫人族の村に入る前だからその辺りで野営したときが怪しいと言っていたんだが…違うのか?」

「嘘ついてすいませんでした、おっしゃる通り猫人族の村に入る前に壊れました、でもそれは女神が壊したから!イルザが壊したから俺は悪くねえ!…ってかマーくんたちに会ったの!?どこで!?」

「コムラードでな、マグナ、アイラ、メンディーナの三人に頼まれてお前を捜しに来たんだ」


 ずっと気になっていた三人の行方をディムは知っていた。

詳しく話を聞くと、俺と別れた後三人はリンデン王国内の一番南にあるベルポイという海沿いの街にたどり着いたらしい。

ベルポイ以前のことについてはディムはよく知らなかった。

マグノリアを旅している最中、魔法の力で一気に違う場所に飛ばされたと説明されたみたいだ。

この様子だと水の女神ウェリケに関することはディムには伝わっていない、どういう理由があってかわからないが三人はそのことを秘密にしてるみたいなので俺も黙っとこうと思う。


 ベルポイから魔動車と漆黒号に乗ってコムラードまで帰って来た三人はまず俺と連絡を取ろうとして冒険者ギルドへ行き、ラルフォイから通信クリスタルを借りようとした。

その時点でコムラードに滞在していたディムにも会った。

あとついでに通信クリスタルが壊れてることを知った…

なんか通信クリスタルって片方が壊れたら、もう片方も同時に壊れるんだって…

だからラルフォイの持つ通信クリスタルが壊れた時期的に、どうあがいても俺がいつから嘘ついて壊したの黙ってたかバレるんだって…おおもう、絶望しかない。


「しかしなにをやったら女神に通信クリスタルが壊されることになるんだ」

「なんかたまに勝手にイルザにつながることがあったんだよ、それでキレられちゃって、いやこれは嘘じゃないからね?マーくんたちもそのこと知ってるから確認してもらったらわかるから!」

「…そうか」


 気を取り直して話の続きを聞く。

三人はその後、サイプラスに入国して北上しつつ俺を捜すつもりだったようなのだが、サイプラスにそもそも入国できなかった、でもディムは入国できた、だからディムへ俺の捜索を依頼したんだ。


「ラルフォイの持つ通信クリスタルが壊れたときからオレもラルフォイも、お前たちがどうなったのか気になって捜そうとはしたのだ、しかしマグノリアのどこかにいるらしいということ以外その時はわからなかったので捜しようがなかった」

「さすがのディムもマグノリアは詳しくないのか」

「ああ…それにあそこはリンデン王国から空を飛んで侵入できない、途中にある山脈に空を飛ぶ大型の魔物が多数いるんだ、こっちも飛んでいるとまず見つかって攻撃される」


 ディムは空中戦闘ができるというわけでもないようだ、あくまで飛べるだけなんだな。


「じゃあマーくんたちがサイプラスに入国できないのはなんでなんだ?」

「それはさっきお前も言っていた魔王と関係がある、魔王が復活したという噂が広まり、各国の検問が厳しくなったのだ、特にサイプラスは少しでも怪しい人物は絶対に国境を通さないようにしている…マグナとアイラを止めるのは大変だったぞ、はじめは力づくでも国境を通ると言っていたからな、もう少しであの三人がお尋ね者になるところだった」

「そ、それはご苦労様です…あれ、魔王のことって噂になってんの?俺たちが倒したのはまだ伝わってないか」

「それはマグナから聞いた…魔王コックローチだったか?…そいつはアバランシュで復活したと推測されている、アバランシュがずっとごたついてたのは魔王コックローチが関係していたのが原因だろう」

「そうだったのか!あいつよくアバランシュからマグノリアまで来たなあ」

「未だに信じられんのだが本当にマグナとヴォルガーとタマコの三人で倒したのか?」

「まあ一応ね、そのことってやっぱりどこかにちゃんと報告したほうがいいのかなあ、冒険者ギルドとかで大丈夫?」

「それに関してはオレに考えがある、今はまだ黙っておけばいい、この街の冒険者ギルドへ最初に伝えるのはやめておけ」


 それもそうだな、この街じゃ一般人で通してるしな。


「ともかくオレはマグナたちからそういった話を聞いた後、ヴォルガーの捜索に旅立った、サイプラスの他の街でヴォルガーの噂は聞かなかった、だからヴォルガーがいるならこの街だと思い、ここで捜していたのだ」

「そっかぁ、色々あちこち捜してくれたんだなぁ、ありがてぇありがてぇ…で、俺は三人と合流したいんだがどうしたらいい?ディムが連れてってくれるのか?」

「そのつもりだったが…今度はこっちが聞かせてもらいたい、ここまで案内してくれた少年からは、ヴォルガーはこの家で雇われていると聞いているのだがどういうことだ?」

「ああそれね、色々あって無一文になって途方に暮れてたんだけど、この家を借りてるセサルナティアとカルルナティアっていう二人のエルフ族に雇われて何とか生き延びてたんだ」


 召使いとして雇われたとは言わなかった、悲しい見栄である。


「ナティアだと、まさか評議会にも名を連ねるナティアの一族か…なぜこんな場所にその二人がいるのだ」

「二人って有名なんですかね?評議会とかいうのもよく知らないんで何のことやらこっちはさっぱりだけど」

「評議会というのはサイプラスの政治的判断を決定する会議のことだ、古くから名を連ねる七つの一族によって開催される、リンデン王国の王や貴族みたいなものだな」

「それってエルフ族以外もいるのか?」

「いいや、全ての議員はエルフ族のみで構成されている」


 なるほど…この国はそういうシステムなのか…

実質エルフ族が支配してるんだな。


 セサル様とお嬢様が結構なご身分だと判明してしまったのは金持ちぶりからなんとなく察していたのでまあいいんだけど、なんにせよディムと一緒にこの街を離れるなら仕事辞めますって言わなきゃいけないなあ。


「色々話して喉渇いたからもう一度お茶を入れて来るよ」


 そう言って俺は一度席を立った。

ついでにお嬢様はまだ風呂に入ってんのか確認しとこう、覗くわけではないが。


 台所に戻る途中、確認するまでもなく廊下でお嬢様と遭遇した、風呂からは出ていたようだ。

髪もいつもの縦ロールにセットしてある、あれ自分一人でもセットできたんだ、すげえなあ。


「あ、お嬢様、今客間にエルフ族の…」

「あああ、あれって、いやあの方は1級冒険者のディムグライア様ではありませんの!?」

「なんだ見てたんですか?あと知ってたんですね?それなら部屋に入ってくればいいのに…家主として挨拶くらいはした方が」

「なんで召使いがディム様と知り合いなんですの!?」


 興奮するお嬢様に胸倉を掴まれる、どうした落ち着いて、どうどう。


「ま、前にちょっと…会ったことがあるので…」


 オーキッドで会ったとは言えないんだよな…ディムのためにも…あの国、本当はエルフ族いちゃダメな国だから。


「どうしましょうどうしましょう…わたくし、この格好で前に出て大丈夫かしら…」


 お嬢様は別におかしな恰好はしていない。

普段着ている白地に綺麗な緑の糸でなんか刺繍の入った長袖のシャツに、下は若草色のスカートだ。

あとなんであるのか知らんがこれもいつも通り、白いニーハイソックスも装備している。


「大丈夫ですよ…何でそんなに緊張してるんですか」

「だってディム様と言えば評議会で二番目に発言力を持つグライア一族の方ですのよ?それにサイプラスでもっとも風魔法に長けた魔法使いでもあるのですわ!」


 さっき評議会の話聞いてなかったら理解できんかったぞそれ。

あとサイプラス一の魔法使いはセサル様ではなかったのか。

 

「心配ならお嬢様は部屋に戻っててもいいですよ…ディムには体調悪いからお嬢様は部屋で休んでるとか言っときますから」

「馬鹿召使い!召使い馬鹿!そんなことできませんわ!わたくしもディム様とお話するのですわ!」


 なんで馬鹿を前後入れ替えて二度言ったの?

そこらへんの理由はよくわからないが、結局お嬢様は俺がお茶を持って戻るタイミングで共に部屋に入り、ディムに挨拶をした。


 緊張のあまり噛んで「カ、ル、ルルル、ナティアと、も、申しますわ」と『ル』が増殖していたけどディムはそのことは触れずに名乗り返して何事もなかったように挨拶していた。

大人の対応だ。


 それからお嬢様はディムにあれこれ質問をしていた。

主に冒険者としてどういう冒険をしていたのかについて。

少し前まで落ち込んでたのにやっぱりまだ冒険には興味があるんだなあ。


 ディムも少し戸惑いながらも、これまでにあった冒険について語っていた。

さすが1級冒険者は違う、ファンサービスも慣れている、サインも快くしてくれたしな。


 笑顔で話をしていたお嬢様であったが、ふと暗い顔になり俯いてしまった。


「あの…ディム様、わたくしは魔法が苦手なのですが、どうすれば魔法が上達するのですか?」

「苦手とは具体的にどういう感じなんだ?魔法が使えないということではないのか?」

「使えないってことはないんですよ、むしろ便利な魔法が使えますよ」

「召使いは黙ってて、ですわ!!」


 なんだよもう、フォローしたのに。


「どういう魔法が使えるんだ?」

「それはそのう…大した魔法ではないのですわ…」


 お嬢様は数分もじもじした後、ディムが真剣な顔のまま待っているので、仕方なく自分の使える魔法についてディムに説明した。


「戦闘に向かない魔法しか使えないことを悩んでいるのだな」

「そうなのですわ…なぜわたくしはこんな魔法しか使えないのか、自分でもわからないのですわ」


 しょんぼりするお嬢様にディムは少し笑ってみせた。

う、うわああああイケメンスマイルだぁぁあ!婦女子は死ぬ!


「オレも最初はこの魔法しか使えなかった…<ドライ>」


 ディムのかざした手から温風がぶわーっと出てきた、お嬢様も使える便利魔法だ!

お嬢様以外にも使える人いるんじゃん!


「え!?ディム様もその魔法が使えるんですの!?」

「ああ、<ドライ>はオレも、いやもっと多くの者が使えるぞ」

「でもわたくしは他に使えるものを見たことありませんわ」

「君は銭湯に行ったことがあるか?」

「銭湯…というと、庶民の入るお風呂のことですの?」


 金持ちはこれだからよぉ!

庶民である俺はコムラードでは何度も銭湯に入らせていただきましたよぉ!


「そうだ、そこには大抵一人は<ドライ>の使える者がいる、よくエルフ族の子供なんかが客の服を預かり、洗って<ドライ>で乾かす仕事をやっている」


 あ、そういえば俺もそれやってもらったことある!

<ドライ>の魔法で服乾かしてたんだ、なるほどなぁ!


「そんなに<ドライ>を使えるものがいましたのね…」

「オレもやったことがある仕事だ」

「ディム様も!?そんなことをしていたなんて信じられませんわ!」

「子供の頃の話だ、オレはそうやって金を稼いでいる内に他の魔法も使えるようになり、冒険者になった」

「ど、どうやって他の魔法が使えるようになりましたの!?」

「何度も<ドライ>を使い魔力の扱いに慣れ、そして多くの人に会い、多くの物を見たからだ…魔法というのは使う者のイメージに左右される、特に風魔法は形が見えないため、それが難しい、重要なのはこの世界にどんな力があるか知ることなのだ」


 おお…なんかためになる話をしてる。

やっぱりイメージって重要なんだなあ。


「君は既に四つの魔法を習得している、匂いや音を消す魔法などはこのオレでも理解できないほど高度な魔法だろう、それを直感で使う君は才能がないわけではない、きっとこれから成長していくはずだ」

「ディム様…!」


 お嬢様はディムの話を聞き感動していた、目がうるうるしている。

良かったですね、でも俺は既に才能あると思ってましたけどね?

つーか俺が褒めたたえた時そこまで感動しなかったのになんだよこれ。

顔か?顔が関係してんのか?


 ややふてくされながら美女とイケメンを眺めつつ、ずずずとわざと音を立てながら紅茶を飲む。

はーあ、はいはい、いい話でしたね、すごいすごい。


「しかし君も変わっているな、魔法のことならオレなどよりもっと長けた者が傍にいるというのに、わざわざオレに尋ねるとは」

「えっ?ディム様より魔法に長けた者…?そんな者がどこにいますの?」


 あっ、おい。


「そこにいるではないか」


 ディムが俺の方を見る、しまった!


「召使い?召使いは魔法なんて使えませんわ?」

「何を言ってるんだ?この男は恐らく、この大陸でもっとも魔法に長けているぞ?」


 お嬢様が口を開けて俺を見つめる。


 うわあああしまったああああディムに口止めするの忘れてたああああああああ。


「召使い?どういうことですの?」

「えっ、いや、なんでしょう、よくわかんないですね、1級冒険者ギャグかな?」

「おい、ふざけているのか?お前はイスベルグやマグナに誰も知らないような魔法を教えていたよな、そしてこのオレと共に、オーキッドで恐ろしい魔物を倒した!そうだろう!」

「…あっ、はい…そう…です…」


 もはやごまかしようが無かった、ディムがオーキッドにいたことまで明かして宣言したのだ。

これ以上嘘ついたら無茶苦茶怒られる気がする。


「めーしーつーかーいー?」


 お嬢様の頬がピクピクしている。

なぜ今まで黙っていたのかと表情から言いたいことを見て取れる。

これは間違いなく怒り心頭ですね。


 俺はもはやこれまでと思い、お嬢様に告げた。


「一身上の都合によりただ今をもってお仕事やめさせてください」

「駄目ですわ!!」


 やはり召使いという仕事はブラックだ、退職もままならないとは。

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