第235話 悩めるお嬢様

 はいまあ、あれから三日経過しても迎えは来ないんですけどね。

どうせ思ってみただけさ…でも手紙は書いておいた、可能性は残されているから。


 この数日ダンジョンには行ってない、家で一般的な使用人としての正しい業務をこなしているだけだ。

この前料理したせいで余計な仕事は増えたけどな、食材の買い出しとか。

ルビーさんから料理に関してある程度信用されたとも言えるので別段悪いことばかりでもない。

ただこの街の店は気を付けないと質の悪い物を売りつけようとしてくる。

別のに代えてよと言って大人しく聞いてくれる店はまだマシだが、俺がそう言うと逆ギレしてくる店もあって困る。

そういう店はルビーさんの名前を出すと言う事を聞いてくれる。

どうやらルビーさんはこの辺りの食材を売ってる店でも既に恐れられているようだった。


 そうして買い集めた食材で毎回俺が料理しているのかと言えばそういう訳でもない。

基本的にルビーさんが食事の準備はする、俺にもサイプラス料理という名の和食を出してくれるようになったのでこれは嬉しかった。


 俺が料理するのはルビーさんがいないときだ。

セサル様とルビーさんは毎日どこかへ出かけて夜遅く帰ってくる。

町長のところや冒険者ギルドに行ってるみたいだ、何をしてるか詳しくは話してくれないがダンジョン絡みの件で少し面倒なことになったと二人ともぼやいていた。


 二人がいない間の食事は俺が用意している、つまり俺とお嬢様の分。


 お嬢様は…なんか…引きこもりのニートみたいになってしまった。

呼び掛けてもほとんど部屋から出てこない、そんなだから食事も部屋の前に置いてるんだ。

あんまりそれが続くようだと俺もその内「お願いだから部屋から出てきて お母さんより」と書かれた紙を食事に添えて置いておかねばならなくなる。

お母さんではないけど、気分的に。


「お嬢様そんなにショッキングだったのかなぁ~…鎧の魔物のこと…」


 一応魔法かけた後は立ち向かってたから、そんなに重いトラウマにはなってないと思ってたんだけどなあ。


 家の外、庭からお嬢様のいるであろう二階の部屋を見上げた。

カーテンがかかってるので中でどうしてるのかは良く分からない。

さっき部屋の前を見たとき昼食を置いた盆が無くなってたので生きてはいる。

今飯食ってるところなのかな、ちなみ今日のメニューは豆腐ハンバーグのみぞれあんかけと疑似いなり寿司。

米がないので代わりに乾燥パスタを砕いて刻んだ野菜と一緒に蒸しあげたピラフ、いやクスクスのようなものを油揚げに詰めて包んである、酢も入れてないから寿司とも呼べないな、形だけだ。

 

 お嬢様が飯を食ってくれてることを願いつつ、庭木の手入れをする。

ダンジョン行かなくなって暇なので昨日から庭の手入れを始めたのだ。


 植木ハサミでチョキチョキと好き放題に伸びていた植木の枝を切りそろえていく。

ここの庭って日本でもよく見かけたシマトネリコみたいな木が家の壁沿いにいっぱい立っている。

シマトネリコって一年中緑の葉っぱがついてて、ほっといたら10メートル超えの高さに成長してしまう庭木だ。


 この庭にある木も長い間放置されていたのかわさわさと好き放題伸びている。

でも10メートル超えの木はない、高いもので5、6メートルくらいかなあ。

その大きさになると手入れも辛くなってくる。

とりあえず放置してたらいずれ二階の窓をふさいでしまいそうなやつが何本かあるので、それらの枝を選んで落としている最中だ。


 しばらくチョキチョキやってると背後から声がした。


「庭仕事もできたんですのね」


 お嬢様がいた、部屋から出てきてくれたもよう、髪がいつもと違ってドリルではなかった。

ウェーブのかかった髪をただおろしているだけである、これはこれで新鮮だな。


「お嬢様でしたか、昼食はもう食べました?」

「ええ…その…食器はどうしたらいいかわからなかったので台所のテーブルの上に置いてますわ」 

「持って降りてくれたんですか、いつもみたいに部屋の外に置いてくれれば取りに行ったのに」


 俺はハサミを置いて、地面に散らばった枝を集める。


「…召使いの料理は少々変わっていますわね」

「あれ、今日のは口に合いませんでしたか」

「そうは言ってません、美味しかったですわ…ただ、ウィンドミルの料亭でも見たことが無い物でしたので食べるのに勇気がいるのですわ」

「ははは、油揚げはもしかしたら初めて見るかなあと思ってわざとお出ししたんですよ」

「あのきつね色の食べ物があぶらあげと言うんですのね、材料はなんでしたの」

「お嬢様の好きな豆腐ですよ」


 そう言うとお嬢様は目を見開いて驚いていた、豆腐だとは思わなかったようだ。

前にひろうすを作った時もルビーさんから知らないと言われたので揚げ物に関してはあまり発展してないと思ったのだ。

他の国にいたときも揚げ物は特に珍しがられた、それはサイプラスでも同じだったようだ。


「それで、お嬢様どうかしたんですか、セサル様とルビーさんなら今日も出かけてますよ」

「それは知ってるのですわ…ええと、召使いに頼みがあるから来たのですわ」

「頼み?なんですか?」


 俺は作業の手を止めて、お嬢様の方へ歩いて近づく。


「それ以上こちらへ近づいては駄目ですわ!」


 お嬢様が後ずさる、なぜだ、嫌がられてるの俺?ちょっと傷ついたよ?


「…別に何も変なことはしやしませんよ」

「そうではなくて、その、匂いが…」


 匂い?外で仕事してたから汗かいて俺臭いのかな?

そう思って自分の服の匂いを嗅いでみる、うむ、わからん。


「召使いではなくてわたくしが…」


 お嬢様は恥ずかしそうにそう言った。

あ、そうか、お嬢様ここんとこ風呂入ってないわ。

たぶん部屋で体拭いてただけだと思う、それで自分の匂いを気にしてるんだ。


「大丈夫ですよ、お嬢様全然臭くないですよ」

「魔法で匂いは消しましたけど…それでも気になるのですわ!」

「え、魔法でそんなことできるんですか?」


 匂いよりそっちのほうが気になるよ。


「大した魔法ではありませんわ」

「詳しく教えてくださいよ!どんな魔法なんですか!」

「…まあ、召使いになら教えてあげてもいいですわ…<リフレッシュ>」


 お嬢様が手のひらをこちらに向け何か魔法を唱えた。

するとそよ風と共にミントのような爽やかな香りがスーッとして、すぐ消えた。


「今のがそうなんですか?」

「そうですわ…良い香りの風が一瞬吹いてその場や物についた匂いを消す、ただそれだけの…」

「す、すごい!なんて素晴らしい魔法なんだ!」

「え?」


 これは画期的な魔法だぞ!これがあれば部屋干しした洗濯物の匂いも気にならないし、あとあのマグノリアで会った最強生物ラーテル君の屁も封じることができる!

この魔法があればマーくんも逃げ出すことはなかったんだ!


「これは風魔法ですよね?この魔法と同じ効果を持つ魔道具とか売ってないんですか!?」

「これはわたくし以外に使える者を見たことがない魔法なので、たぶん売ってませんわ」

「そんなぁあああああああ!」


 その場に崩れ落ちる俺。


「…召使いは変わってますわね、こんな魔法戦闘では役に立ちませんのに、羨ましがるなんて」

「めちゃ役に立ちますよ!」

「そ、そうですの?…じゃあこの魔法は?<トルネード>」


 今度はその名の通り竜巻らしきものがその場に発生した。

ただし規模が驚くほど小さい、俺の膝下くらいの空間でさっき切り落とした庭木の葉っぱがぐるぐると渦巻いている。


「…見ての通り、小さすぎて攻撃魔法としては何の役にも立たないのですわ…」

「これは…持続時間はどの程度ですか?」

「小さい分時間は長いですわ、一度だせば20分くらいその場でぐるぐるやってるのですわ…」

「な、なんだって!?20分も!?凄い!!」

「え?」


 俺は急いで桶に水を入れて持ってきた。

そしてもう一度お嬢様に、今度はその水桶の中へミニ竜巻を魔法で作ってもらう。

すると思った通り、桶の中で水が渦を巻き始めた。

これはもう…洗濯機と言っても過言ではないだろう…


「お嬢様…この魔法もお嬢様しか使えないのですか…?」

「たぶんそうですわ、他に使ってる人がいるのを見たことありませんもの」

「ぐああああああああ!」

「なんなんですの!?」


 その後もお嬢様にいくつか魔法を見せてもらった。

手のひらから一定時間、温風が出続ける<ドライ>、風呂上りくらいしか使い道がないらしい。

それから耳の周りの空気に断層を作って、周囲の音を遮断する<カーム>。

お嬢様は原理は良く分からないが寝るときに静かなので便利とだけ思っていた。

そしてやっぱりこれらもお嬢様専用魔法であった。


「お嬢様天才ですね…正直どの魔法も俺が使いたいくらいですよ…」

「召使いは本当におかしいですわね、今までわたくしの魔法を羨む者など誰もいませんでしたのに」


 いやどれも便利すぎるだろう、お嬢様はクリーニング屋でも始めたらいいのにと思う。


「ほ、他には!他にもまだ素晴らしい魔法があるのですか!」

「もうありませんわ!それよりいい加減にわたくしの頼みを聞きなさいですわ!」


 あ、ああそう言えばそうだった、何か頼み事があるって最初言ってたんだった。

 

「それで俺は何をすれば?」

「お風呂の準備ですわ!お兄様とルビーが帰ってくるまでに身を綺麗にしておかないと、恥ずかしくて二人の前に出られないのですわ!」


 なんだ風呂か。

あと俺の前に出てくるのは別にいいのか。


 そんなに汚く感じないけどな、まあ女の子だし気になるんだろう。

俺は早速風呂の準備に取り掛かった。


 水を大釜に入れて、薪を燃やして湯を沸かす。

湧いた湯を木の浴槽に入れて水と混ぜて温度を調節するのがこの家の風呂だ。

猫人族の村でやってたのと大体同じ形式だ。


 大釜は浴槽のすぐ傍にあるが、沸かすためには家の外から火を入れるようになっている。

煙を家の中に入れないようにそういう作りなのだ。


「なかなか大変そうですわね」


 で、なぜかお嬢様は俺のやることを見ていた、家の外にまだいるのである。


「あの…湯を浴槽にいれて用意できたらちゃんと呼びに行きますけど」

「わたくしがここにいては迷惑ですの?」

「そんなことはないですが…煙いですよ?」

「少々は構いませんわ」


 なんなのかわからんが今日はお嬢様が監視してくる。

本当に見てるだけ、手伝うとかいう気はなさそうだ。

ずっと見られてると仕事がやりづらいんだけどなー。


 しばらく燃え盛る炎を見つめて無言でいると、お嬢様が口を開いた。


「ねえ…召使いは元々はどこに住んでいたの?」

「えっ!?………それはーえー…リンデン王国の南の方…です」


 日本ですとも言えないのでそう答えるしかない、急になんなの。


「じゃあ…魔王の話を聞いたこともあったのかしら?」

「魔王ですか…ええ、まあ多少は、ただそれはオーキッドを旅してる時にはじめて聞きましたけどね」

「そうでしたの…では魔王とは、勇者によって倒される者だというのは真実ですの?」

「聞いた限りじゃそうでしたねえ、まあ実際のところはわかりませんけど」


 勇者以外にも紳士である俺と、中二病の闇魔法使いと肉中毒の猫娘が力を合わせて倒した例もあるからな。


「…魔王って、きっとダンジョンにいた鎧の魔物より強いですわよね…」

「そりゃそうでしょうねえ、あれより弱いってことは無いのではないかと思いますけど」

「ですわよね、はあああああああああ…」


 お嬢様はそこで思い切りでかいため息をついた。


「どうしたんですお嬢様、そんなため息ついて」

「だってお兄様はわたくしも勇者だと言っていたのですわ…ということはわたくしも魔王と戦わなくてはならないんですのよ?」

「なるほど、それであのため息ですか…」


 お嬢様が引きこもりになってたのはこれが原因っぽい。

セサル様から魔王と勇者の話を聞いて、魔王と戦うのが勇者だと知って怯えてたんだ。

そりゃそうだ、なんで冒険三日目でいきなり魔王と戦う宿命を背負わねばならんのだ、普通無理だ。

そんなの許容できるのお城に行ったら王様からいきなり魔王を倒してこいって言われるタイプの勇者だけだぞ。


「そんな心配はいらないと思いますよ、お嬢様は魔王と戦うことになんかなりませんよ」

「なんで召使いがそんなこと言えますの?」

「いやーそれはーそのー…神様だって普通は冒険者なりたての子を勇者には選ばないでしょう!」

「でもわたくしとお兄様には不思議な力が…」

「それは魔剣が!」

「でもお兄様の魔剣はあの鎧の魔物を倒した時には家に…」

「んんんんああああ家からでも力を貸してくれたんですよ!ほらなんかクソしょうもない恋愛ドラマとかでもよく言うでしょ!僕たちどんなに離れていても心はつながってるとかなんとか!」

「ドラマってなんなのかわかりませんけど召使いは誰かに恋をして何か嫌なことでもありましたの?」

「そこはそっとしておいて下さい、とにかくお嬢様は勇者なんかじゃないんですよ」


 そこだけ理解してくれればいい、全ての謎はいずれわかるから!手紙置いてくから!


「…まあいいですわ、ルビーも信じてないようでしたし、本当はわたくしもお兄様の気のせいだと考えてますの」

「そうそう、気のせい、全て気のせいですよ」


 お嬢様もどうにか納得してくれたのか、表情に明るさが戻った。


「もうすぐ湯も沸きますよ、風呂に入ってさっぱり…」

「誰かいませんかー!」


 余計なことを洗い流して忘れて下さいとお嬢様に告げようとした時、家の表の方から誰かの声がした。


「誰か来たみたいですわね?」

「お嬢様見て来てくれます?」

「嫌ですわ、今の恰好を誰かに見られたくありませんわ!髪もぐしゃぐしゃですのよ!」


 えー大丈夫だよそれくらい…いつもよりちょっとえろいだけだよ…


 そう思うがお嬢様は頑なに家の表には行こうとせず、風呂場の傍にある裏口から家の中へ逃げ込んで行った。


「もーなんだよーこっちは火の番してるのにさあ…」


 おれはしぶしぶ火を消して、声がした方へ向かった。

家の前に立っていたのはエルフ族の少年、オウルだった。


「誰もいないのかと思ったよ」

「オウルじゃないか!君がここへ来たと言う事はつまり俺の仲間を見つけてくれたということだな!」


 オウルにはディーナたちが俺を捜しに街へ訪れたら、報告へ来てくれるよう頼んでいた。

だからきっとディーナたちが迎えに来てくれたんだ!


「ちょっと違うよ、もしそうだったらここに連れてきてるよ」

「そういえば…オウルしかいない、じゃあなんで来たの」


 ぬか喜びしてしまった…悲しみが倍増した。


「ヴォルガーに言われてた人たちじゃないんだけどさ…別の人がヴォルガーのことを冒険者ギルドで捜してたんだよ、だから一応伝えておこうと思ってね」

「えっ、誰だよそれ?どんな人?」

「エルフ族で1級冒険者のディムグライアさん、サイプラスじゃ有名人だよ、ねえもしヴォルガーが彼と知り合いならさ、サイン貰っておいてよ!すっごく欲しいんだ!」


 サインて…芸能人かよ…


 にしてもディムってオーキッドで一緒にダンジョン行って戦ったあのディムだよな?

他に思い当たる人物がいないし。

何で俺のことを捜してるんだ…?


「ねえ聞いてる?あ、実はヴォルガーって1級冒険者に追われる犯罪者だった…?悪い事は言わないよ、ディムさんに狙われて逃げ切れるわけないよ、今すぐ自首したら?」

「犯罪者じゃねえよ!ディムとは普通に知り合いなだけ!」

「じゃあここに連れてきてもいいよね!?サインの件よろしく!」

「あ、おい!連れてきてもいいけどサインは…!」


 してくれるかどうかわからないぞという俺の返答を聞く前に、オウルはあっという間に走ってここから去ってしまった。


 にしてもディムか、ディーナたちではなかったけど、ようやく知り合いに会えそうだ。

あいつ確か各地をあちこち飛び回ってたはずだ、文字通り魔法で空飛んで。

何かディーナたちのことも知ってるかもしれない。


 希望が見えてきたぞ…!


「召使い、お風呂まだですの?」


 後ろを見ると玄関を少しだけ開けて、お嬢様が顔を出していた。


「これから俺の知り合いがここへ来ますけど家に入れていいですか?」

「家の中に人が来るんですの!?だったら急いでお風呂に入らなきゃいけませんわ!!さっさとお湯を汲んで準備するのですわああああ!」


 もう少し引きこもっててくれたほうが面倒がなくて良かったかもしれない。

そんな風に心の中で考えつつ、俺はお風呂の準備に取り掛かった。

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