第234話 サイプラス料理

 突然セサル様が自分は勇者だとか言い出した、ついでにお嬢様のことも。

たぶんマーくんのような闇の波動に目覚めたプレイの一種とかではない気がする。


 原因はなんとなくわかる、俺がこっそり魔法で強化しまくったせいだ。

でも今まで魔剣の力で納得してたのになんで勇者だと思ってしまったんだ?


「お兄様…勇者とは一体なんですの?」


 お嬢様はそもそも勇者のことも知らなかった。


「それはだね、かつて魔王という…」


 セサル様が説明しようとした矢先、辺りにビーーーッビーーーッという大音量が響き渡った。


「何事ですの!?」

「セサル様、お嬢様、お気を付けください、何らかの罠が発動した可能性があります」


 ルビーさんが警戒するようにこの音は良くない警告だと思う。

アニメとかでなんか秘密基地っぽいところでこういう音が鳴ると大抵自爆するか、もしくは…


 ガッシャガッシャガッシャ。


「鎧の魔物がまた来たのですわあああ!」


 通路の奥から派手な音を立てて、先ほど倒した全身鎧の魔物が顔を見せた。

自爆ではなく敵のおかわりである、しかもあのうるささから予想すると何十匹といる。

これやっぱあれですかね、さっき殺したから追加されたってことですよね。


「階段まで走って下さい、逃げますよ!」


 ルビーさんの叫びでセサル様とお嬢様が一目散に階段に向かって走り出した。

さすがにあの数を見てはセサル様も勇者の力でどうこうしようとは思わなかったようである。


「貴方も早く行きなさい!」

「はい、あ、荷物だけ取ってきます」

「そんなものいいから!」


 俺はモニターだらけの部屋から荷物の詰まったリュックを拾って来た。

ルビーさんはもう階段に続く扉のほうに走り出していた。


「うわー置いて行かないで下さいよーー」

「だから荷物はいいと言ったんです!!」


 俺の仕事は荷物持ちなので…荷物失くしたら怒られるかと思って…もう怒られたけど…

ルビーさんに怒鳴られつつ逃げ出す。

後ろからはガシャガシャ音が聞こえて来る。

うわっ、あいつら走ってる!全身鎧が一斉に走ってくるのってこええなぁ!


「早くーーー二人が出たら扉を閉めますわーー!」


 俺の人生、逃げること多いなあとどうでもいい事を考えつつ走り、鎧たちに追いつかれる前に俺とルビーさんは扉までたどり着いた。

ルビーさんが外へ飛び出す、最後は俺だ。

ただ、あいつらが階段まで追っかけてきたら困るな、嫌がらせくらいはしていこう。


「<ライト・ウォール>ついでに<ストーンピラー><ストーンピラー><ストーンピラー>」


 光の壁を張っておまけで石の柱を三本立てて通路を埋めておいた。

そして外に出て扉を閉める。


「今なにか通路に変な物が生えて…?」

「目の錯覚です!それよりお嬢様!早く上へ!」


 お嬢様だけ俺の魔法による通路の異変を一瞬目にしてしまったようだ。

まあ…一瞬だったから良く分からなかったはず…


 扉を閉めた後、ルビーさんがドアノブを叩き壊した。

変形して回らなくなったのを確認すると、後はもう急いで俺たちは階段を駆け上がった。


「ひー、ひー、もう走れませんわ…」


 途中でお嬢様がへばった、結構段数あるからな。


「どうやら追っては来ないようですね」


 ルビーさんが階下を覗いて聞き耳を立てていたが、もうあのガシャガシャ音は聞こえない。

まあ扉から出て来てないと思う、階段上り始めてから鎧の音一切聞いてないから。


 一安心したところで、あとはお嬢様に合わせてゆっくり階段を上り、家まで戻った。

脱衣所を出てリビングまで行くと、お嬢様もセサル様も防具を外して投げ出し、ソファーに倒れるように座った。


「なんか大変でしたね」

「本当に体力だけはあるようですね…」


 ルビーさんもちょっと疲れたみたいだな、いつもより声に力がなかった。


「とりあえずまた青鉄庫で蓋をしておいてください」


 念のために、ということで俺は再び青鉄庫を運び脱衣所へ。

ダンジョンの入り口の上に置いておく、毎回これやんのかな、邪魔だな。


 三人ともお疲れのようなので今日の探索はここまでとなった。

俺はもう少し調べたかったが…特にあのモニターだらけの部屋。

最後にシェルターがどうとかって出てきた文字は日本語だった。

ここでも日本人の関与が疑われる。


 あのダンジョンはこの地に最初からあったと聞いている。

でも俺の聞いた過去の日本人は別大陸に呼び出された。

こっちの大陸に移住してきてあの施設を作ったのでなければ…もっと別に、俺の知らない所で日本人が呼び出されてたってことになるのかな。

この大陸の先住民としてさ。


 最下層にあった機械の類は明らかに文明のレベルが違った。

魔動車とか作ったのもアレを作ったのと同じ時代の人たちかもしれない。

それなら魔動車がダンジョンから出てきたって話もわかる。


 あとあの鎧の魔物のことなんだが…

今考えたら、ひょっとしてあれは俺のせいで出てきたのではないだろうかという、良くない可能性に気づいてしまった。

俺があのモニタールームで電源押した直後に通路からやって来たのだ。

あいつって…警備兵みたいな存在なのかも…


 俺が電源ボタンを押した後、魔力を取られる感覚があった。

そしてあの施設が一時的に機能しはじめて、警備兵が見回りに来て、倒しちゃったから警報がビービー鳴り出して…もしそうだと危機に陥ったのは全部俺のせいになるわけで…


 い、いや考えすぎだな、偶然だよ、たまたまあの魔物がうろうろしてて見つかっただけ!

施設も元々生きてて俺のこととは無関係に警報鳴らしただけ!


 無意味な考察は止め、リビングに戻ると三人が何か話し合っていた。

会話に混ざろうと近づくとお兄様と目が合った。


「召使い君、お茶を入れてきてくれないか」

「構いませんけど、ルビーさんの入れたお茶じゃなくていいんですか?」

「私はしばらくお二方と話し合うことがありますので、お茶の後は薪割りと水汲みをやっておいてください」


 相変わらずの人づかいの荒さ。

まあ家族会議みたいなもんなのかな?

俺には席を外して欲しいようだ。


 言われた通りお茶を出した後は薪を割って水を汲んできた。

どうせ次は風呂かなと思ったがまだ早い気もするので先に食事かな。


 水汲みを終えた時点でまだ話し合いをしていたので食事の用意も俺がすることにした。

脱衣所の青鉄庫を開けると色々食材が入っていた。

普段これはルビーさんの管理下に置かれているので俺が開けることはない。

勝手に開けたら怒られるかなという気もしたがまあ食事を出せば平気だろう。


 で、青鉄庫を開けたらとりあえず驚愕の食材を見つけた。


「豆腐あるやんけっ!今まで一度も俺の食事には出てこなかったのに!」


 他にも気になるものがちらほら、どれも俺が口にはしていない食材。

ちくしょう…俺の食事は今までなんだったんだ…

いや別に不味くも量が少ないこともなかったんだけど。

ただルビーさんが出してくれたものは他の国でも食べたことあるような料理が中心だったのだ。


 食材を持って台所に行く、調味料も味噌、醤油、砂糖、塩…色々見つけた。

もうこれは許されない、やるしかないよ!!


………


「ここで何をやっているのです!」


 料理をしていたらルビーさんに見つかった、話し合いは終わったようだ。


「ルビーさん忙しそうだったので代わりに食事の用意をと思いまして」

「…きちんと説明しておくべきでしたね、私が料理を一人で作るのはセサル様とお嬢様のためです、あのお二人はサイプラス独自の料理を好んで食べられますので毎回貴方の食事とは別に用意していたのですよ」


 あ、そういうことか…俺は他国から来たのでこの国の料理に慣れてないと思ったんだな。

つまりルビーさんは気をつかって俺の食べやすい料理を用意してくれてたんだ…


「えー…じゃあこれらはどうですか?お二人は食べないですかね?」


 俺は一通り作った料理を器に取り、味見用として少しずつテーブルに並べた。


「せっかくですがお二人はこんな…ん…?これは…!?」

「一応それぞれ名前を言いますと、端から肉じゃが、豆腐と大根の味噌汁、ほうれん草の胡麻和え、ひろうすの含め煮です」

「どうして貴方がサイプラスの料理を知っているのです!?」


 やっぱこれこっちの世界だとサイプラス料理になっちゃうんだ。


「えーとまあ、前に見たことがあるんで」

「そ、そうですか…いやしかし、味がきちんと再現できているとは限りません」


 ルビーさんはそれぞれの料理を箸で取り、味見を始めた。

箸もちゃんと台所にはあったのである。


「信じられません…完全にサイプラス料理を再現しています…味噌や醤油、みりんまでも理解して使ってありますね…」

「あ、そうそうみりんがあったから聞きたかったんですけど、米は無いんですかね?」


 ここまであって米だけはこの家には無かった。

でもみりんの原材料はもち米である、もち米だけ作って普通の米が作られてないはずがない。


「米のことまで知っているのですか…米は貴重品なのでこの街では手に入りません」

「そうですか…」


 残念、いやでもあると確定したから朗報だぞ!

この街には無いけどサイプラスの別の街に行けばあるんだ!ひゃっほー!


「で、これらの料理はお二人に出しても大丈夫ですかね?」

「…問題ありません、喜んで食べるでしょう…ただこの一点、ひろうすでしたか、これは何なのです?」

「あれ?これサイプラスに無いんですか?豆腐をくずして刻んだ野菜なんかと一緒に丸めて油で揚げたものですよ、がんもどきとも言うんですけど」

「がんもどきも知りません、見たことが無い料理ですね…しかし豆腐をわざわざまた崩して使うとは…」

「だめでしたか」

「いいえ、味はとても良いです、それに使ってある野菜にゴボウが入ってますね、ゴボウを食べるのはサイプラスのエルフ族だけです、どうやら貴方はよほどサイプラス料理を勉強したことがあるようですね」

「ま、まあ…ぼちぼちですけど…」


 日本料理なので日本で勉強しただけですが…


 とにかく俺の日本料理はルビーさんのオッケーが出たのでセサル様とお嬢様に提供されることになった。

二人がどんな様子でそれらを食べたかは俺は見ていない。


 しかし食事後、風呂上りのセサル様から「召使い君は有能だね、素晴らしいサイプラス料理だったよ、妹も大変喜んでいた」と言葉を貰えたので満足した。


 勿論それらの料理は俺も食べることができた。

台所でルビーさんと二人で食べてると「気をつかって別の食事を用意していたのが馬鹿みたいではないですか」と怒られた。

「しかも私が作ったサイプラス料理より美味しいのが許せません…」とさらにぶつぶつお小言を言われた。

たぶんそれが一番ルビーさんの怒りを買った原因である。

その日のルビーさんは珍しく食事中、饒舌だった。


「あのー明日からダンジョンはどうするんですか?」


 全ての家事を終えた頃、ルビーさんに聞いてみた。


「ダンジョン探索は恐らくもうありません」

「そうなんですか?」

「はい、あの最下層で会った魔物は危険度が高すぎます、1級冒険者のパーティーでなければあの場所を攻略するのは難しいでしょう」

「結構危なかったですもんね」

「明日、私とセサル様はあの場所とこの家の隠し階段について、この街を治める人物へ報告へ行きます」

「一応いたんですねこの街にそういう人…」

「はい、まあ無関心というか無気力というか…あまりいい人物ではありませんが」


 ルビーさんいわく、町長はあまり街の様子に関心がないらしい。

だからシルバーガーデンは住民が好き勝手にやった結果、こういう有様なのだと。


「町長変えたほうがいいんじゃないですかね…」

「ここは代々エルフ族のクライム一族が管理しています、クライム一族はエルフ族の中でも武闘派がそろっていて危険な一族でもあります、故に誰も口出しはしません」


 ヤクザみたいなもんなのかな…

この街をしきってるのはクライム一家やぞ!みたいな。


「悪いことばかりではありません、クライム一族だからこそサイプラスで最北のシルバーガーデンを任せられているのです、マグノリアから来る兎人族でさえこの街で大人しくするのはクライム一族がいるからです」

「はあ、サイプラスの防波堤みたいなものなんですね」


 とにかく怖そうなので俺は関わり合いにならないよう気を付けるべきだな。


「お嬢様は明日どうされるんですか?ルビーさんたちとは一緒に行かないんですよね?」

「…お嬢様は今日のことで大分落ち込んでいるので家で大人しくしているでしょう、そのため貴方にはお嬢様とこの家のことを頼みます」

「落ち込んでるって、やっぱあの鎧の魔物のせいですか?」

「そうです、お嬢様もようやくダンジョンが危険な場所だと身を持って理解したのです…いささか薬が効き過ぎましたが」


 何段階か飛ばしていきなり強敵が出てきたもんな。

俺が駆け付けた時も大分慌ててたし、怖かったんだろう。


 隠し階段のこと話したら家も住めなくなるだろうし…なんか、お嬢様たちこのまま実家に帰ることになりそうだな。


 その時、俺はどうしたらいいのだろう?


「最後に一つ、貴方に言うことがあります」

「ん、明日の予定でまだ何かありました?」

「いいえ、私が光魔法を使えることは絶対、誰にも言わないでください、それだけです」

「あ…はい、わかりました…」


 そういえばルビーさんも光魔法使えたんだった。

そしてこの言い方から察するに、冒険者ギルド横にある強制労働所のことを知っている。


 同じ悩みを持つ者同士、俺の魔法のことも打ち明けてみる?

あっ、いやでもそしたら今まで騙してたことがバレるし、許されるかな?


「それでは、おやすみなさい」


 悩んでる内にルビーさんは自室へと戻って行った。


 まあ…いいや…セサル様も勇者とか勘違いしてるけど…魔王は俺たちが既に倒しちゃっていないし…勇者とかでは無いとその内気づくだろう。

その時に、じゃーん実は俺が魔法かけてるせいでした!

とネタばらしをする勇気は無いので…そうだ手紙書こう。

手紙に、実は今まで魔剣の力とかあれ全部俺がやってましたと書いて、そんで別れる時にでもこっそり向こうの荷物に紛れ込ませる、これなら俺の身は安全なままバラせる。


 理想としてはディーナたちが迎えに来て、俺は手紙をこの家に残して去るパターンだな。

よし、とりあえず明日にでも迎えがくるかもしれないので手紙はすぐにでも書いておこう!

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