第233話 お兄様の的確な推理

 あれは確か…そう、キャバクラで酒を飲んでいたときのことだ。

女の子たちと楽しくお酒を飲み、盛り上がっているところに覚えのある声がどこからか聞こえた。


「セサル…?」


 声をかけてきたのは隣のテーブルいたエルフ族の男。


「おお、父上もいらしてたのですか」

「う、うむ、とりあえずこっちに来て座れ」


 女の子たちを下がらせ、僕は父上と二人きりで飲むことにした。


「お前がこのような場所にいたらカルルのやつがまた拗ねるぞ」

「カルルは酒を飲めませんので連れてはこられないのですよ、それより父上こそよろしいのですか、このような場所にいて」

「無粋なことを言うな、ここは私が金を出して建てた店だぞ、私がここで酒を飲んで何が悪い」

「母上にはなんと」

「それは秘密に決まっているだろう」


 僕と父上はお互いこの店に通っていることは誰にも話さないと約束した。

そうして再び女の子たちを呼び、大いに飲んで盛り上がった。

僕も父上もかなり酔ったので何を話していたかあまり覚えていないのだが、店を出て二人でこっそりと家に帰る途中で話したことの内容は覚えていた。


「父上はなぜあのような素晴らしい店を作ろうとお考えになられたのですか?」


 酒場とも娼館とも違う、あのお店。

美しい女たちをはべらせて酒を飲む、これだけ聞けば下品な店のようにも思えるが実際は違う。

店の女たちは厳しく教育されており、客に対し決して無礼な振舞いはしない。

娼婦ではないので客に体を要求されても断ることができる。

また客もそのことがわかっている者のみしか入店を許されない。


「儲かると思ったからな」

「確かに店は連日大盛況です…リンデン王国から来た商人も言っていましたよ、貴族の開催する宴に呼ばれたときよりもよほど楽しいと」

「はっはっはっ、それはそうだろう、こっちの女は身分の違いがどうとかでいらぬ気を遣う必要がないのだからな」


 店で働いている女は人族、エルフ族、獣人族と様々だ。

生まれがどうだとかは一切関係なく雇われている。

真面目に働く熱意があれば基本的に雇ってもらえるのだ。

そして女たちは競うように美しさを磨き、店で一番の人気者を目指す。

一番人気ともなれば給料もそれに応じて莫大な物となる。


「父上の発想には感心させられるばかりです」

「はーっはっはっはっ偉大な父を敬うといい…と、言いたいところだが実のところあれは私が思いついた訳ではないのだ」

「そうなのですか?では一体誰が?」

「ああ…ほら前に私が連れ帰って来た人族の女がいただろう、覚えておるか」

「父上が浜辺で見つけたというあの女ですか?」

「そうそうルグニカ大陸から来たって女だ」


 数年前に父上がサイプラスにある海沿いの街へ赴いたとき、そこの海岸で倒れていた一人の女を見つけた。

寛大な父上はその女を助け、介抱しウィンドミルへと連れ帰った。

しかし…既に体が弱り切っていたのか、数か月で亡くなってしまった。

魔法による治療もあまり効果がなかったらしい。

僕はその女性に会ったことは無い、なにか未知の病気ではないかと判断した父上が決して僕たち家族とは会わせようとしなかったのだ。


「彼女がどうかしたのですか」

「キャバクラというものはあの女から聞いたのだ」

「そうだったのですか!?」

「うむ、ルグニカ大陸じゃああいう店が普通にあるらしい、女もそこで働いていたようでな…ただどうも客の男と恋仲になってしまい最後には二人で船に乗り国を出たのだ」

「駆け落ちというやつですか」

「詳しくは聞かなかったが身分の違いがあったのだろうな、それで船が沈んで女だけがこの大陸へ流れつき助かったという訳だ」


 さらに父上は女から聞いた話を色々と僕に教えてくれた。

中でも興味深かったのが魔王と勇者の話だ。


 ルグニカ大陸では100年に一度、魔王という存在が現れ大陸を荒らし回る。

しかしその魔王を打ち倒すために勇者という存在も同時に現れる。

魔王がなぜ現れるのか理由はわからないが、勇者は女神によって選ばれるらしい。


「向こうの大陸ではそのようなことになっていたのですか」

「この話は一族の代表は全員知っている」

「サイプラス評議会の七大一族の代表全てがですか?」

「そうだ、普通は代がわりする時に伝えるからな、私はついうっかり今話してしまったが!はっはっはっ」

「あまり笑いごとではないような気もしますが」

「気にするな!どうせこちらの大陸には関係ないことだ!ああそうだついでに言うとな、前にお前とカルルにやった剣があるだろ、あれ元は魔王の持ち物らしいぞ」

「魔王の持ち物!?冒険者より献上された物ではなかったのですか!?」

「それは嘘だ、本当は助けた女の傍らに落ちていたのを拾っただけだ」


 酔った勢いなのか父上は楽しそうにそう語った。

あの剣は遥か昔にいたナガミミスキーという魔王が所持していた剣の一つらしい。

それも助けた女から聞き出したそうだ。


「魔王ナガミミスキーは、何百という武器をゲートなんたらとかいう魔法で空中から取り出せたそうだぞ」

「僕の頂いた魔剣ラン・アウェイがその一本だと?」

「女が死ぬ真際にその話をして剣を私にくれたのだ、まあ要するに価値ある物だと言いたかったんだろう」

「父上が助けた礼に、ということですね」

「他には何も持っていなかったからな、私はキャバクラの話が聞けただけでも十分だったが…折角なので貰っておいたのだ」


 父上は魔剣の話をあまり信じていなかった。

ただ海を渡って来たのに錆びていなかったため鉄などではない、ミスリルのような特別な金属の武器だからそれなりに価値はあるだろうとだけ考えていた。


 僕も魔剣を受け取ってから鍛錬に使ってはみたものの特別な力を感じたことはなかった。

しかし丈夫で軽いという点だけでも十分そこらの剣より勝る。

カルルは父上からの贈り物というだけで喜々として使っていた。

勿論魔王の話などはカルルは知らない。


 キャバクラの帰りに酔った父上と話をしてから幾ばくかの月日が流れた。

僕とカルルは、母上から「いつになったら結婚するのか」と言われる日々を送っていた。

これは結婚相手を探してこいという話ではない、サイプラス評議会に名を連ねる相手といつになったら見合いをするのかということだった。


 僕としては見合いをすることに特に不満はない、強いて言えば結婚してしまうとキャバクラ通いが難しくなることくらいだろう。

カルルの目を盗むこと以外に妻の目も盗まなくてはいけない。

しかし偉大な父上が上手くやっているのだ、僕にできないことはないだろう。


 カルルは僕と違って見合いをすることに不満を持っていた。

嫁に行くとなればウィンドミルを離れることになる。

それは僕と離れ離れになるのが嫌だということ、可愛らしい妹だ。


 そんなカルルがある日おかしなことを言い始めた。


「お兄様…わたくしは…お見合いをする前にどうしても一度冒険者になってみたいのですわ!」


 これはメイドのルビーから冒険者の話を聞いてしまったこと、そしてラレイア一族の娘…いや名を継がなかったからラレイアではなかったか、確かロレリアの名を継いだ女、ミュセ、ミュセロレリアというエルフ族に原因があった。

 

 このミュセという女は評議会に名を連ねるラレイア一族を母に持ちながら、ラレイアの名を受け継がれることなく、ベイルリバーという田舎町でロレリアという一般人の名を継いで生まれた。


 最初に会ったのはウィンドミルにあるエスト様の神殿だった。

僕やカルルと同じく、エスト様の加護を授かりに来たのだと言っていた。

聞けば歳も近いようで、カルルとそれなりに楽しく話をしていたような気がする。


 ミュセは加護を授かった後、冒険者になると言っていた。

自分の母親がそうであったから同じ道を選ぶのだと。

僕は野蛮な女だなとだけ思って大した興味はわかなかった。


 それから数年後、再びエスト様の神殿で会った。

その時はサイプラスを離れ、リンデン王国で活動しようと思っていると言っていた。

隣の国を旅してみたくなったらしい、カルルは少し羨ましそうにその話を聞いていた。


 ミュセがリンデン王国に行くと言ってからしばらく会うことはなかった。

それがつい最近、偶然にもまたもやエスト様の神殿で再会した。

その時の彼女には冒険者の仲間がいた。


 カルルは久しぶりにあったミュセから冒険の話を聞いていた。

タイラントバジリスクなる強大な魔物を倒した時の話など目を輝かせて聞いていた。

そして彼女が2級冒険者という存在になっていることを知ってしまった。


 その結果…ミュセの活躍に憧れてしまったカルルは家を飛び出し、シルバーガーデンに行くことになってしまったのだ。


 シルバーガーデンはウィンドミルの北にある街だが、ルビーも父上も、あまりその街について話をしてくれたことがなかった。

他の者も同様にシルバーガーデンについては口を閉ざしていた。

それが余計にカルルの興味を引き立ててしまった。


 可愛い妹が自分の目でシルバーガーデンを見てみたいと決意したからには兄としてその願い、かなえてやらねばなるまい。

僕はカルルと共に馬車に乗り、シルバーガーデンへと旅立った。


 シルバーガーデンへ着くと街の子供が一人近づいてきた。

身なりも貧相な人族の女の子供だった。

その子供はフラフラとした足取りでカルルの目の前で突然倒れた。


 心優しい妹はその子供を助け起こした。

子供は礼を言いその場を立ち去ろうとしたが、カルルは引き止めて子供にこう言った。


「あなたちゃんとご飯を食べてますの?それに服もぼろぼろですわ、ご両親はどうしてますの?」


 幼い子を案ずるその心、この兄はいたく感動した。

よってその後は僕がその子供に食事を奢り、服を買い与え、カルルと二人で家まで送り届けた。

途中で何度も子供は「もういい」と言って去ろうとしていたが、子供は遠慮するものではない、その度に引き留めた。

子供の家は両親がおらず、似たような子供たちが他にも沢山いた。

僕はさらにその子供らに金銭を分け与え、きちんと食事をとるように命じてその場を去った。


「あ、お、お姉ちゃん…これ、財布…落としてたよ…」


 やはり良いことはするものだな。

家から立ち去る時に子供が慌てて追いかけてきて、カルルが知らぬ間に落としていた財布を届けてくれたのだ。

さらに僕たちのために冒険者ギルドまで一緒に着いてきて、冒険者登録の仕方を教えてくれた。

その後、カルルが家を借りたいと言うと空き家を管理している商人まで紹介してくれた。


 多少時間がかかってしまったが僕もカルルも満足のいく家が見つかった。

そしていよいよダンジョンへ行くか、といった所でなんとルビーが僕たちの前に現れた。


 てっきりルビーに怒られると覚悟していた僕とカルルであったが、意外にもシルバーガーデンへの滞在を許されることになった。

そしてダンジョンへ行くならきちんと準備をするようにと言われた。


 ダンジョンに潜るためにはいろいろな道具が必要だと言うのだ。

この街へ来る道中は、馬車の御者に金を払って食料や水をすべて分けてもらっていたが、ダンジョンでは金を支払って必要な物が手に入る訳ではない。


 ルビーの話に納得した僕とカルルは、まずはそれらの道具を持つ人を雇うべきだと考えた。

冒険者ギルドへ行けば誰かしら暇そうな者がいるだろう。


 ギルドに入るとすぐ、黒髪の人族の男がしょぼくれた顔をして立っていた。

カルルが言う通り見るからに貧乏そうな男であった。

貧乏は僕のもっとも嫌悪する物だ、お金がなければキャバクラにもいけないからね。


 だが心優しき僕たちはその貧乏な男を救ってやることにした。

パーティーの召使いとして迎え入れてやったのだ。


 雇ってみたらこの召使いはなかなか働き者であるとわかった。

いくら荷物を持たせても平然と運ぶし、風呂の準備も手際が良い。

風呂は裕福な者しか使えないので、この召使いはもしかしたら以前はどこかの裕福な家で召使いをやっていたのかもしれない。


 夕食の最中にカルルが「あの召使いを連れてダンジョンへ行きますわ」とルビーに話したところ、ルビーも「かなり鍛えてあるようです、あの者なら問題ないでしょう」と言っていた。


 ルビーの許可も得た僕たちは召使い君を連れ念願のダンジョンへと赴いた。

道中は動く骨の魔物が何度も出てきた。

こんな魔物がいるとは!

これがダンジョンなのか!


 これまで鍛錬してきた力を存分にふるうことができるのはとても楽しいことだった。

カルルが冒険者になりたいと言った気持ちも理解できた。


 意気揚々と先へ進もうとすると召使い君が何か石ころを拾っていた。

魔石だという、魔石は知っているが落ちているそれがどれほどの価値があるのか良く分からないので魔石に関しては召使い君の好きにさせることにした。


 ダンジョンでは魔物以外にも、なんと冒険者に襲われることもあった。

怪しい男たちに突然無茶な要求をされ理解が追い付かなかったが、召使い君が殴り飛ばされるのを見て盗賊まがいの冒険者もいるのだと悟った。


 その冒険者たちは容赦がなかった、他人からこのような殺意を受けたのは初めてだった。

カルルもそうだろう、鍛錬とは違う対人戦闘に戸惑っていた。


 恐怖で心が押しつぶされそうになった時、奇跡が起こった。

これまでただの丈夫なだけであった魔剣が光輝き、その真の力を発揮したのだ。


 覚醒した魔剣の力は素晴らしかった。

襲い掛かって来た冒険者たちを見事撃退することができたし、さらに翌日は僕の魔法まで強くしてくれた。

カルルなど今までより何倍も速い動きで魔物を倒していた。


 もはや僕たちに敵などいないように感じたが…ダンジョンの地下二階で僕は魔物や冒険者以外にも敵はいるのだと知った。


 地下二階は迷路だったのだ…冒険者登録した際、ギルドで買っておいた地図は見たら楽しみが減ると思って今まで見ていなかった。

地下二階へ着いたら広げてカルルをびっくりさせようと思っていた。


 いざ見たら頭が痛くなった。

カルルも同じ気持ちだっただろう。


 とりあえず地下一階の探索から、召使い君は地図を見るのが得意なようなので彼に任せることにした。

すると思った通り召使い君は地図に番号を書き加え、現在地が分かりやすいようにしていた。

やはり彼は知恵がある、ただの貧乏人ではないようだ、戦闘はまるでダメだが。


 ダンジョンの地下二階を探索していると、また驚くような発見をした。

今度は隠された階段を発見したのだ。

おまけにそれは借りていた家の脱衣所に繋がっていた。


 僕とカルルは神に愛されているのかもしれない…きっと日ごろの行いがいいからだな…


 と、家に帰って寝るまではそう考えていたのだが…


 翌朝、目が覚めてから落ち着いて考えると…少し都合が良すぎる気もした…

隠し通路が家につながっていたのは偶然そうだったのだろうと思うしかないが、その隠し通路を発見したのだって魔剣の力なのだ。


 思えばこれまで危機に陥った時は必ず魔剣が力を貸してなんとかしてくれていた。

カルルもそういう力なのだろうと言っていたが…


 父上は魔剣についてそんなことは一言も言ってなかった。

光輝く刃が出たりだとか、動きが良くなったりだとか、果ては魔法も強化してくれ、隠し通路を暴く力まで。

魔剣…万能すぎではないだろうか?


 僕はその日、体調が悪いとカルルに言って一人でよく考えてみることにした。

そして冒険者ギルドで魔剣と呼ばれる物を扱う者が他にもいないか探してみることにした。


 カルルは召使いを連れて魔石を売りに出かけてしまったのでちょうどいい。

魔剣の力を疑っていることをカルルに知られたくなかった僕は、一人で冒険者ギルドへと行こうとした。


 しかしルビーに捕まった。

ルビーにごまかしは通用しない、僕は魔剣を調べるためにギルドへ行きたいと申し出た。

するとルビーも共に行くと言い出した。


 どうやら召使い君が冒険者ギルドに行きたがっているらしいので、このまま行くとばったり出くわす可能性があるというのだ。

その際にそなえてルビーが共に行き、いざとなれば二人をギルドから遠ざけてくれるらしい。


 僕とルビーは素早く冒険者ギルドへ行った。

そしてそこで金を払い、魔剣のことを聞いたが…何も得られなかった。

だが代わりにもっととんでもない話を聞いてしまった。


「魔剣は知らないけど、魔王はいるらしいぜ、最近リンデン王国で復活したって噂だ」


 その時、僕の中で全ての謎が解けた!

復活した魔王、そして突然、僕とカルルを導くかのように発現した力…


 僕はダンジョンでこれまでに見たあの力が本当に魔剣によるものかどうか試すことにした。

カルルには内緒で魔剣によく似た剣を買い、それを持ってダンジョンへ行く。

 

 父上の話では魔剣の元の持ち主である魔王は何もない空中から剣を取り出していたと言っていた。

もしあの魔剣が本物なら僕の呼び掛けにこたえて、例え家に置いてきたとしても手元に現れるのではないだろうか。


 幸い隠し通路を進むにあたってルビーが同行することになった。

ならば僕が多少危険な賭けに出てもなんとかなるはずだ。


 そしてダンジョンの一番下、未知の領域で…僕たちは恐ろしい魔物に出会った。

全身鎧の魔物、あのルビーですら歯が立たないほどの。


 僕は叫んだ。


「魔剣よ!今こそ僕に力をおおおお!」


 魔剣は…来なかった、だというのに手元にある偽物の剣は光輝いている!

その力はこれまで危機に陥った時、振るってきた力となんら変わらないものだった。

鎧の魔物をたやすく切り裂きバラバラにする。


 そして僕は確信した、魔王を打ち倒すために僕とカルルは勇者に選ばれたのだと。

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