第232話 選ばれしもの

 ダンジョンの階段を降りて行く俺たち四人。

先頭はルビーさんで続いてお嬢様、セサル様、俺という順番だ。


「お嬢様、ここの壁を魔剣の力で開けてもらえますか?」


 ルビーさんが昨日調べた地下二階の壁がある地点でお嬢様にそう頼む。

早くも俺はピンチです。

どうにもこうにもこっそり<ライト・アウト>が使える状況ではないのだ。


 ルビーさんに言われお嬢様が剣を抜き、壁にかざす。


「変ですわね何も起きませんわ」

「隠し通路があったのはもっと下ではなかったかい?」

「いいえセサル様、この場所で間違いありません、召使いのいう事に嘘が無ければ、ですが」


 三人が後ろにいる俺を見る、こっち見んな。


「い、いやー俺もそこだと思うんですけどねぇー、嘘じゃなくて本当に」

「じゃあ何で開きませんの?」

「俺に聞かれても…一方通行なんじゃないですか?あっち側からしか開かないとか」


 それからセサル様も剣を抜いて壁にかざしたりしてみたが変化なし。

まあ変化あるわけがないんだが、だって俺が何もしてないし…

ルビーさんとセサル様は壁のことを気にして少し調べていたが、結局何もないのでさらに下へ降りることになった。


「ここは別にどうでもいいですわ、開いたところであの迷路にでるだけですし、そんなことより早く下を調べたいのですわ!」


 お嬢様がこう言ってくれたおかげである、いい判断だお嬢様。

でも下まで行って階段だけだったらどうしよう…お嬢様納得して帰ってくれるかな。

絶対不機嫌になるだろうなあ。


 どうか下は階段以外の物があってくれよと祈りつつ下に降りていく。

ああでも罠とかヤバイ系の魔物だったら嫌なので別になにもなくてもいいな。

その場合また地下1階から攻略するはめになりそうだけどその方がマシ、小銭も稼げる。


 代わり映えのしない景色をたっぷり堪能したころ、先頭を行くルビーさんが止まった。


「階段はここまでのようです」


 どうやら最下層に到達した様子、かなり降りてきた気がする。

帰り道にまた階段を上らねばならないことを考えるとお嬢様の心が折れるのではないだろうか。

今はまだそのことに気づいてないから元気いっぱいだけど。


 俺たち全員が階段を全て下りきると、そこにはこれまでと少し違う景色が見えた。


「あっ!扉がありますわ!!」


 壁に金属製の扉があってドアノブがついている。

俺からしたら別に珍しくもなんともないが、このドアノブはたぶんステンレス製なんじゃないだろうか。

銀色に輝くそれはこの世界でまず見たことが無いタイプのやつだった。


 勢いよくそれを手に取って扉を開けようとするお嬢様を押しとどめ、ルビーさんが扉を調べる。


「妙な金属ですね…銀でも鉄でもないようですが…」


 やっぱりドアノブが気になるようだ、ステンレス製ですよと教えてあげたいがそんなことは言えない俺は黙って後ろに立っているだけ。


「ルビー、早く扉を開けて中へ行きましょう!」

「…そうですね、では私が扉を開けますので少し離れていて下さい」


 ルビーさんは罠を警戒して俺たちを下がらせた。


「何もないとは思いますが念のために<プロテクション>」


 ルビーさんの体が光を放つ、なんてこったいルビーさんは光魔法が使えたようです。


「はぁールビーさん光魔法が使えたんですね」

「ああ、ルビーはかなりの光魔法を習得しているよ、かつてはその力で冒険者をやっていたからね」


 セサル様がなぜか自慢げに教えてくれた。

冒険者やってたことは聞いてたが光魔法のことは知らなかった。

いやあでもこれで怪我しても俺以外に<ヒール>できる人がいるってわかったから安心したよ。

荷物持ちに徹することができるな。


 ルビーさんが扉を開け、その向こう側を見る。


「…特に罠らしきものはありません、通路があるだけのようです」


 そこにあったのは壁と天井が灰色の金属製っぽい通路だった、床は…コンクリかな…

天井はこれまでにもあったような光るパネルが設置してある。


 その通路に入った後、俺は後ろを振り返り扉の上部を見た。

やっぱりあるな…EXITのプレート…


「あっ、ルビーこれですわ!隠し階段のあった場所で見つけた模様!」


 俺が上を見ていることに気づいたお嬢様もプレートの存在に気づいた。


「なるほど、それですか…」

「僕には文字のようにも見える、ルビーは何かこれについて知っているかい?」

「いいえ、ですがどこかで同じようなものを見た記憶が…確か…リンデン王国の王都付近のダンジョンにもあったような気がします」


 えっ、ここ以外にもあるのか。

やっぱり遺跡型ダンジョンていうのは地球人が何かしら関わってるのかな。


「そこにもここのような扉があったのかい?」

「ありませんでした…ですが、今思えばこのダンジョンと同じように隠し通路の位置を示していたのかもしれません」

「ということは!わたくしと魔剣の力があれば、色んなダンジョンの隠し通路を暴きそしてお宝を見つけられるということですわね!やりましたわーー!これでわたくしも一躍英雄ですわーー!」


 まだ宝は何も見つけていないんだが超喜んでるお嬢様。

ルビーさんはそれを見てため息をついていた、お嬢様を家に帰らせるのが大変そうとか思ってそうだなあ。


「妹よ、喜ぶのはまだ早い、ここはまずこのダンジョンでお宝を見つけるのが先決だよ」

「そうでしたわ!ここにはどんなお宝があるのか楽しみですわねお兄様!」


 と、お嬢様の意識がこのダンジョンを調べることに戻って来たところで探索再開。

通路を進んでいくと右手の壁に扉があった。

先ほど通って来たのと同じような扉だ。


 ルビーさんが一通り調べ、扉を開ける。


「えっ、なんですのここは?」


 部屋の中はかなりの広さがあった、壁や天井は変わらず金属製だが色はくすみ、黒く変色している。

錆びているような箇所もある、それに天井の光るパネルも所々消えかかっていた。


 そして室内にあったのは壁一面に並ぶ黒い四角い…モニターだろこれもう。

何も映し出されていないモニター、それとたぶんそれを操作するであろうコンソールの類。

機械的なボタンとかスイッチが並んだ机がモニターの下にある。

それがコンソールだとわかったのはキーボードが取り付けてあったからだ。

でもどれもこれもボロボロ、キーボードは表面の印字が消えててこれがキーボードだとわかるのはそれを知ってる俺だけだろう。


 お嬢様もセサル様も、ルビーさんですら訳がわからないといった様子だ。

セサル様は転がってる椅子に触れて埃まみれだったことに気づき、慌てて手をハンカチで拭いている。


「汚い場所ですわねー…調べようにも埃だらけですし…そうですわ!召使い!まずここを掃除しなさい!」

「え…掃除するんですか…俺が…?」

「召使いですもの」


 ルビーさんが迂闊にあちこち触るなとかって止めてくれるかと思ったけど止めてくれない。

なにかむしろ俺がどうするのか注目している気がする。

え、なんすか?忠誠心みたいなの試されてる?


「あのー掃除なんかしても…」


 貴重な水を使って雑巾掛けするのも、と言って断ろうかと思ったがやめた。


「なんですの?」

「あ、いえ、掃除しまーす」


 俺はそこら辺に転がってる椅子の残骸とかよくわからん鉄クズをひょいひょいと持ち上げて部屋の隅へ放り投げる。


「きゃあちょっと!埃が!げほっげほっ!」

「あ、すいませーん、埃が立つんでお嬢様たちはちょっとだけ外で待っててもらっていいですか」

「んもう!さっさと済ませなさい!」


 お嬢様が部屋の外へ出たことでルビーさんとセサル様も後を追って外へ出た。


「よし今のうちに」


 俺はコンソールパネルを端から調べていく。

ぶっちゃけ気になり過ぎる、どう考えても地球人が何かやらかしてる。

これの電源とかもう生きてる可能性がまるでしないが、万が一にもまだ使えたら…


 一応調べることをしつつ雑巾がけもする俺、真面目だなー。

荷物はそこらへんに普通に置いているがたぶん大丈夫だろう。

椅子とかが地面に沈まないってことはここはダンジョンの性質とは違うんだと思う。

だから埃も積もって汚れてるんだろう。


 貴重な水を使って濡らした布で拭いてるとパネルの一部に『Power』と書いてあるボタンがあった。

とりあえずなんのためらいもなく押す。


「ああああぁぁぁぁあーー」


 何か吸われるーーこ、これあれだ、魔動車でティアナが起動したときと同じ感覚だ。

魔力取られてる!?


 ブウン、と重低音が響いたかと思うとモニターに反応があった。

でも反応したのは一つだけだ、他は壊れてるのか?


 唯一の反応を示したモニターにはどこかの場所が映し出されていた。

画面内では剣と盾を二つずつ持ったスケルトンが石の部屋をうろうろしてる…これは地下一階のあの部屋か?

あの部屋には監視カメラがあってここでモニターできたってことか…?


 しかしスケルトンの盗撮なんかどうでもいい、画面通してみると余計ホラーなだけだ!

他に何かこの場所がなんなのかわかるような要素はないのか!

キーボードを適当に叩いてみる、監視カメラの映像が消えた。

代わりに出てきたのは…


『16番シェルターの稼働率は18%です、上層の食料再生プラントに異常、居住区、工業地区、浄水地区、防えeeeeeeeeeeeeeee』


 最後バグった、なにこれ…ここは地下シェルターだったってこと?


「お嬢様!!」


 モニターを見てると部屋の外からルビーさんの叫び声が聞こえた。

何かあったのか!


「はあっ!!」


 部屋の外へ飛び出すと、通路でルビーさんが何かと戦っていた。

西洋の全身甲冑みたいなやつと。

しかし相手は剣とかは持っておらず、お互い殴り合いである。


「なんですかこの状況」

「わ、わからない、通路の奥からあの鎧の人物が突然現れ、僕たちに襲い掛かって来た」


 セサル様は剣を抜いて構えてはいるがルビーさんと鎧の戦いには割って入るつもりはないようだ。

というかたぶん無理、明らかに今までと戦闘のレベルが違う。

スケルトンとかコウモリに比べてどう見てもあの鎧は強い。


「<スピードアップ><パワーアップ><プロテクション>」


 ルビーさんが無詠唱で魔法を使う、全て強化魔法だ、あれで自分を強化して殴りあっているようだ。

鎧の拳がルビーさんの顔先をかすめて通路の壁に当たる。

ガゴオッとすさまじい音がして金属の壁がへこんだ。


「ル、ルビー…」


 お嬢様は床にへたりこんでセサル様の傍で戦いを眺めていた。


「お嬢様どっか怪我したんですか?」

「い、いえわたくしは…大丈夫ですわ…」


 そう言いつつも震えながら腰を抜かしたままのお嬢様。


 さて…どうやら状況を見るに、お嬢様がまずあの鎧野郎にやられそうになったのをルビーさんが間に入って止め、そのまま戦闘になったみたいだが…

 

「動きが見えない…」


 セサル様は戦う二人の動きがまともに把握できていない、だから間に入れない。

お嬢様も同じだろう。


 つうか相手はなんなんだ?鎧を着てるけど…人って感じがしない。

一切声を発しない上に、尋常ではない威力で拳を振り回してる。

壁に拳がめり込もうがお構いなし、その上ルビーさんからそこそこ痛そうなパンチもらってるのにふらつきもしない。


「あれって中身人なんですかね?」

「わかりませんわ…も、もしかしたら鎧の魔物かも…」

「リビングアーマーってやつですか?」

「名前まで知りませんわ!ていうか召使いはなんで平然としてますの!もっと慌てなさい!」


 慌てなさいってなんだ、どういう命令だよ。

よく分からないのでお嬢様に手を貸してとりあえず助け起こした。


「ヴォルガーさん!!」


 ルビーさんが俺の名前を叫ぶ、ちゃんと名前で呼んでくれた!


「お二人を連れて外へ!階段から逃げてください!!」

「え、でもルビーさんが」

「いいから早く!」


 えっ、どうしよう、もしやルビーさん勝てない感じなの?

見捨てて逃げろってこと?


 それはちょっと無理かも…だって…


「ルビー!!何を言いますの!わたくしも戦いますわ!」

「ぼ、僕もだ!ルビーを置いて逃げるわけにはいかない!」


 二人とも逃げる気ないし。


「い、いう事を聞いてくださ…ぐっ!!」


 鎧の拳がルビーさんの顔面に迫る、咄嗟にそれを手甲でガードしたが壁に叩きつけられるルビーさん。

これはもうバレるかどうか迷ってる場合ではない。


「<ウェイク・「魔剣よ!力を貸してええええええ!!」

「<チェイス・オブ「魔剣よ!今こそ僕に力をおおおお!」


 …なんかバレる覚悟で強化魔法をお嬢様とセサル様にかけたんだが、二人が叫ぶから俺が魔法使ったのバレてないかもしれない。


 ま、まあいいか…おかげで二人にはこれでもかってくらい魔法をかけられた。

力、素早さ、防御アップ、あと光の刃による追撃と命中補正も、ついでに万が一殴られた場合のことを考えて<リジェネレイト>で少しずつ傷が治る状態にしておいた。


「ルビー!!今助けますわ!!」


 お嬢様が高速で突きを繰り出し、鎧の左肩そのまま貫通した。

さらに発生した光の刃が左腕を切り飛ばす。


 鎧がお嬢様に反応して右腕を振り上げる。


「そうはさせぬ!」


 セサル様が鎧の胴体を蹴り飛ばし、吹っ飛んだところに追撃の突きを繰り出す。


「はあああああああっ!」


 無数の光の刃が鎧を通り抜けた後、鎧はバラバラになって地面に崩れ落ちた。

中の人はやっぱりいませんでした。

いたらかなりむごいことになってたな。


「さすがですわお兄様!」

「…ああ、いや、それよりルビーは大丈夫かい?」


 ルビーさんは壁に寄りかかるように立っていた。

そして自分に<ヒール>をかけた後、何事もなかったように二人へと歩いて近づいた。

…やせ我慢とかじゃないよな…


「あのールビーさん…体は大丈夫ですか?」


 一応気になったのでルビーさんに駆け寄り、尋ねる。


「問題ありません、回復魔法をかけましたので、それよりお二人とも今のが魔剣の力…なのですか?」

「そうですわ!見ましたかルビー!これが魔剣エキセントリックの力なのですわ!」


 剣を掲げてご満悦のお嬢様、はーあ、あれだけやっても魔剣の力で通るんだな。

こりゃもう何やっても大丈夫だな。


「いや、妹よ、今のは…魔剣の力ではないかもしれない」

「え、お兄様?」


 セサル様が真面目な顔でそう言った。

え、嘘やろ?バレたの?


「何言ってるんですかセサル様!魔剣ですよ!魔剣!誰がどう見ても魔剣の力ですよ!」


 嘘だと言ってよお兄様!魔剣でいいじゃない!


「…これを見てもまだそう言えるかい?」


 セサル様は鞘に納めていた剣を抜いた。


「お兄様…これは!ラン・アウェイではありませんわ!どういうことですの!?」

「そうだ妹よ、これは魔剣ラン・アウェイではない、魔剣によく似ただけの普通の剣だ」


 むっちゃ変な汗かいてきた。

なんでセサル様は魔剣を置いてきちゃったのかな、俺にはわからないよ?


「…僕も最初は魔剣の力だと思っていた、しかし昨日気づいてしまったんだ」

「気づいて…一体何の話をしてますのお兄様…」

「妹よ、あの力は魔剣の力ではない、これは恐らく…」


 …逃げるか、今ならルビーさんもお嬢様も俺を見ていない。

とりあえずダッシュで逃げて、後のことはそれから考えるとして…


「恐らく…僕たちは選ばれたんだ、勇者に」


 黙ってその場を離れようとした俺の耳にはなんかよくわからない言葉が聞こえてきた。


 勇者?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る