第230話 噂のお嬢様

「本日のダンジョン探索は取りやめるそうです」


 ルビーさんから業務連絡、セサル様とお嬢様は本日お休みすると伝えられた。

朝に一度起きた二人だが、風呂入って飯食うと二度寝してしまった。

お嬢様よりもセサル様のほうが疲れているらしい、魔法を使いまくってた分、動き回るお嬢様よりも実はセサル様の方が負担は大きかったんだな。

魔法によって失われた魔力は休めば回復するが一応魔力ポーションでも回復できる。

でもポーションは激マズなのでセサル様もできれば飲みたくないようだ。


 二人が家で寝てるならば俺もある程度自由時間がもらえるのではなかろうか。

なんだかんだで日給を貰ってるので俺の金は今200コル以上ある。

ああ、初日に買い物したときに預かったお釣りの分も足せばもっとある。

冒険者ギルドに行って感じの悪いあの受付に金を払い、頼めばカードを用意してもらえるかもしれない。

200コルで済めばいいが。


「ちょっと出かけてきたいんですがいいですか」

「ダメです」


 即答、ルビーさん厳しすぎない?

この仕事休みないの?


「先にやらねばならないことがあります」

「なんですか?掃除ですか?洗濯ですか?」

「脱衣所に置いてある青鉄庫を動かしてください、それから私と共にダンジョンへ行きます」


 なにやらおかしな仕事を与えられてしまった。

ルビーさんは昨日俺たちが発見した隠し階段を調べたいらしい。

二人は寝てるので俺は案内役、でも案内することないんだけど、階段あるだけだし。


「地下二階より下には行きません、勝手に私たちが先に調べたとなるとお嬢様が拗ねます」

「拗ねますか…確かにそんな気はしますね…では何を調べに?」

「突然壁に開いた出入口を見に行きます」


 EXITのプレートがあるところか、まあそれくらいならすぐ済むな。


「わかりました、でも万が一魔物がいた場合…ルビーさんは大丈夫ですか?」

「20年ほど冒険者をしていた経験がありますので問題ありません」


 ベテランだわ、なんか強そうではあるなとは思っていた。

冷たい目で俺を見るときの威圧感がハンパないし。


 戦闘力に問題がないとわかったので、俺とルビーさんは脱衣所の床下からダンジョンへ侵入した。

ルビーさんはメイド服のままである、そして武器は手甲…と言えばいいのかな。

腕に金属製のごつい手甲をはめているのであれで殴る気だろう。

なんだこのメイド怖いわ。


 階段を降りている最中にふと、気になることがあって俺は立ち止まった。


「なんです?ここはまだ階段の途中のようですが?」

「いえ…この階段がもし全階層と繋がっていたらこの辺りが地下一階のどこかの部屋に通じているかと思ったので」

「何もないようですが」


 まあ何も無い、壁があるだけだ。

触ってみても変化なし。

<ライト・アウト>を使えば何かわかるかもしれないが…まあ今はいいか、ルビーさんの気を逸らすのは大変そうだからな。


 そこはスルーしてまた階段を降りる、そろそろ地下二階分くらいの階段を降りたはず。

この辺に確か出入口が開いて…開いて…開いてないですね…


「今度はなんなんです?」

「いやあ、昨日は確かにここから出入りしたはずなんですが…」

「壁がありますね」


 また壁があるのだ、そしてこちら側にはEXITのプレートがついていない。

でも確かにここなんだ、階段の踊り場を経由する回数を記憶していたから間違いない。


「ダンジョンの壁は破壊しても時間と共に修復される性質を持っています、ここも一晩で修復されたということかもしれません…まあ、貴方が嘘をついていなければの話になりますが」

「嘘はついてませんよ!ここで間違いないですって!」


 ルビーさんは壁を調べ始めた。

眺めたり、撫でたり、コンコンと叩いてみたりしている。

後は俺が嘘ついてるかどうか調べるためなのか、時折冷ややかな視線をこちらに向けて来る。

日課になりつつあるなこの視線をくらわされるのが。


「…少し離れていてください」

「え?はい」


 壁の前から離れ、階段を上がりルビーさんから距離を取る。

何をするのかと思ったら、ルビーさんは腰を落として腕を引いた。


「…ふっ!!」


 ドガッ!!

やっぱり壁殴ったーー!なんか離れろって言われた瞬間そんな気はしたけどーー!


「壊れませんね、かなり本気で殴ったのですが」


 壁は健在だった、ルビーさんのパンチに耐えたのだ。

あれが壁ではなくスケルトンとかなら頭蓋骨が粉砕されていただろう。

それくらいの威力はありそうなスピードを持ったパンチであったが、だめなもんはだめだった。


「昨日は反対側から勝手に開いたらしいですね?」

「ええ…魔剣に反応して開いたっぽいですけど」

「魔剣…魔剣の力ね…」


 あの、魔剣の力だと言いながらも、なぜ俺のことを見つつ壁をゴンゴン殴るのでしょうか。

何もわからないフリをするのも精一杯なんで早く納得してください。


「…まあ良いでしょう、ここが塞がっているのならば家の脱衣所には誰も来ないということです」

「そうですね!これで裸を見られる心配もないですよ!」

「貴方がそれを言うと思わず殺したくなるので発言には気を付けなさい」

「りょ、了解しました」


 ふうやれやれだぜ、裸っつっても下着はつけてたのによお。

しかも黒い下着だぜ、黒い下着のメイドってなんだよ、エロさ二割り増しじゃねえか。


「何か妙なことを考えていませんか」

「滅相もない」


 あまり変なことを考えていると殴り殺されそうだ。

特にこれ以上調べることもないので、後はもう無心になって再び階段を上り、脱衣所に戻った。


 家に戻った後は水汲みに行けと言われた、料理や風呂で使う分を常に補充しておかねばならないのだ。

この街の井戸は街の外周付近にしかない、中央の地下はダンジョンだからだ。

そしてこの家で一日に使う量の水を用意しようと思ったら普通の人間は拷問か何かだと勘違いするだろう、俺なら一度にたくさん運べるから数回で済む。

逆に俺いなかったらルビーさんどうするつもりだったのだろう。


 まあ普通に考えて複数人を雇うか、お嬢様たちに節約してもらうかってとこか…

そんなことを考えつつ水汲みを終え、昼食を取った。

その頃には寝てた二人もさすがに起きてきたみたいだ。


「では用事も済んだことですし、少し出かけてもいいですか」


 昼食後に改めてルビーさんにそう申し出る。


「ダメです」

「なんで!?何がだめなんですか!」

「午後からはお嬢様と共に道具屋へ行ってください」


 今度の任務はおつかいかよ。

なんかダンジョンで拾ってきた魔石をお嬢様が売りに行きたいらしい。

売却して得た金額次第で俺の給料も増えると言われたので行くしかなくなった。


 わざわざ俺が一緒なのは護衛というか…お嬢様の荷物持ち兼、はじめてのおつかいを見守る係みたいな…要は安く買い叩かれたり、お嬢様が無駄な買い物をしないか監視するためだ。


「そのついでに冒険者ギルド寄ってもいいですか?」

「…まあいいでしょう、お嬢様が良いと言えば許可します」


 お嬢様が行かないと言えば無理ってことか…でもまあ、それはなんとかなるだろ。

ちょろいからねお嬢様、言いくるめればどうにでもなる。


「ところでセサル様は一緒ではないんですか?」

「セサル様はまだ体調がすぐれないようなのでお部屋でお休みになられます」


 まだ疲れてるのか…なら仕方ないな。


 そんな訳で俺はお嬢様と二人、魔石を売りに街へと出かけたのだ。


「さあ召使い!あのお店に行きますわ!」


 半日寝て元気を取り戻したお嬢様、あの店と言われてもわかりません。


「どのお店ですか」

「だからいろいろ買い物をしたあの店ですわ」


 ああ、荷車を金貨5枚で買わされたあそこか。

信用にまるで値しないんだがどうなんだろう。


 でも他の店も知らないしなあ。

冒険者ギルドでも買い取りしてくれるだろうが、この街はギルドすら信用できない。


「店までの道覚えてるんですか?」

「それくらい覚えていますわ!馬鹿にしてるんですの?」

「いえ馬鹿にはしてません、俺は覚えてなかったので聞いただけです」

「召使いは馬鹿ですわね」


 馬鹿に馬鹿と言われた。

俺はあの店は二度と行かないと思ったから覚える気がなかっただけだ。


 お嬢様の後ろを荷物をもってとことこ着いて行く。

時折、ちらちらと街の人から見られてはいるのだが、別に絡まれたりはしない。

どっちかと言うと避けられてるかな?

子供による体当たり攻撃も発生しない。


 ダンジョン内じゃ変なのに絡まれ放題だったのにな。

街中では盗賊も一応何かしらのルールを守っているのだろうか。

盗賊が平然と街中にいるのもそれはそれでおかしいとは思う。


 しばらく歩いてお嬢様が一軒の店の前で立ち止まった。

目的地に到着…してなかった、ここはあの買い物をした店ではない。


「着きましたわ!」

「あの…ここは違う店ですが…」

「なんですって?…じゃあここは何のお店ですの?」

「看板には果物のような絵が描かれていますね」

「果物屋さんかしら?まあいいですわ、ここで魔石を売りましょう」


 果物屋って魔石買い取り…してくれますかねぇ…

絶対に無いと言い切る自信が無かったので、お嬢様と共に店の中へ入る。

中は果物が置いてあったが、全部新鮮な物ではなかった。

いわゆるドライフルーツみたいな干した果物ばかりだ。

あと何に使うのかよくわからない乾燥した草の束とかもある。


 お嬢様はそれらを一目見て「あんまり美味しそうではありませんわね」と失礼なことを口走った後、カウンターにいる店主らしきおばさんの元へ一直線に向かった。


「いらっしゃい、何が欲しいんだい」

「魔石を売りにきましたわ!」

「…はい?」


 ほらやっぱりおばさん不思議な顔してる…


「悪いけどもう一回言ってくれるかい」

「だから魔石を売りたいのですわ」

「何も買わないならとっとと帰りな!!」


 おばさんは怒って店の奥へと引っ込んでしまった。


「なんですのあの態度は」

「…いやあやっぱりここじゃ魔石の買い取りはしてないんだと思いますよ」

「じゃあそう言えばよろしいのに」

「気を取り直して別の店に行きましょう」

「それもそうですわね」


 余計なトラブルはご免だ。

さっさとその店を出ることにした。


 だが、店を出たところでお嬢様は立ち止まり、歩き出そうとしない。


「お嬢様…ひょっとして…あの道具屋の場所を覚えてませんね?」

「ど、ど忘れしただけなのですわ!」


 ど忘れというか間違って記憶していたのでここへ来たんだろう。

ということは道具屋の正しい場所を思い出す可能性は無きに等しい。


「たしかこっちの通りにあったはずですわ!」


 歩き出したのはいいのだが絶対あてずっぽうだこれ。

あんまりうろうろしすぎると家への帰り道もわからなくなる。

なんとかしないと。


 誰かに尋ねればいいのだけれど、この街の人ってタダで物教えてくれないんだよな…

なるべく優しそうな人いねえかな。


 街中の人々を観察する、うーん一見優しそうなおばさんですら水を買わせようとしてきたくらいだからな、やっぱわかんねえわ。


「あ、この前のおっさんじゃん」


 なんだか聞き覚えのある声がした。

 

「きょろきょろするなって忠告したのに、相変わらずだな」


 近くにあった建物の屋根から、ひょいと人が飛び降りて来た。

おお、誰かと思えばこの街で前に会ったエルフ族の少年だ!


「なんですの貴方、わたくしの召使いに何か用かしら」


 いきなり屋根から飛び降りて来たのにお嬢様普通に話しかけたな。

エルフ族あるあるとかなの?高いとこから飛び降りて来るの。


「え、おっさんこの人の召使いだったの?」

「まあ、今のところそうなってるかな」

「お金に困ってそうだからわたくしが雇ってさしあげたのですわ!!」


 胸をはって威張るお嬢様、それ威張るとこなんだ?


「お姉さんは、カルルナティアさん、だったかな」

「なぜわたくしの名前を知っていますの、貴方とは会うのはこれがはじめてのはずですわ!」

「お姉さんのこと最近この街で噂になってるからだよ、すごく強い新人冒険者の兄妹が現れたってね」

「おーほっほっほっ!そうでしたの!とうとうわたくしも名前が知られ始めたのですわね!」


 めちゃくちゃ喜ぶお嬢様、そういえば冒険者になったきっかけが知り合いが有名なったから自分もそうなりたいとかだったっけ…こういう風に言われることに憧れてたんだな。


「でも噂が早すぎないか?お嬢様は冒険者になってからダンジョンに二日行っただけだぞ」

「お嬢様って…本当に召使い…まいいか、噂が早いのはダンジョン内でこのカルルナティアさんを襲って返り討ちになった人が何人もいるからだよ」

「あーそっかぁ、襲ってきた変なやつら全部生かして帰してたもんなあ」

「おっさんも一緒にダンジョン行ってたんだ?」

「うん、まあそれも仕事なんで」


 なるほど無暗に悪人を殺さないのもそれはそれでメリットあるんだなあ。


「おっさん強い人に雇われて運が良かったね、ダンジョンでも儲けてるんじゃないの?」

「ダンジョンではまだお宝を見つけてはいませんの…でも!昨日見つけたあの…」

「わー!お嬢様!おうふ!ちょま!」


 慌ててお嬢様の口をふさぐ、これ隠し階段のこと言うつもりだっただろ。


「むーむー!」

「色々自慢したい気持ちはわかりますがバレたら他の人に先を越されますよ」

「っぷはあ!そうでしたわ!」

「何の話かなー?僕にも教えて欲しいなー?」


 いかん、既に少年は何か金になりそうな匂いを嗅ぎつけたのか興味津々だ。


「秘密ですわ!」

「えー教えてよー美人で強くてかっこいいおねーさん」

「そこまで言うのなら少しだけ…」

「だめですよ!!それ言ったらセサル様もがっかりしますよ!」

「はっ、お兄様の期待を裏切るわけにはまいりません!やっぱり秘密ですわ!」

「チッ、余計なこと言うなよおっさん」


 危険なガキだ、お嬢様をたぶらかそうとは。

お嬢様を騙していいのは俺だけだぞ。

召使いでもないやつがでしゃばるなよ!


「さあさ、俺たちは忙しいんだ、また今度遊んでやるから今日はさよなら」

「まあまあ少しくらい話をしようよ、どこか買い物に行くのかい?食べ物でも服でも、僕いい店知ってるよ」

「買い物ではありませんわ、魔石を売りにいくのですわ」

「お嬢様…なんでもほいほい答えてたらだめなんですって…」

「はっ…だってこの少年があれこれ言うからつい答えたくなるのですわ!」

「魔石かぁ、やっぱりダンジョンの魔物をバンバンやっつけてるんだね、おねーさんはすごいなぁ」

「それほどでもありませんわ!おーほっほっほっ!」


 だめだ、お嬢様はこの街の住人に対して弱すぎる。

これ一人で行かせたら洗いざらい全部この少年に喋ってたな。


 とにかく分が悪いのでここはいっそ少年を利用しよう。

こっちから取引をしかければまだなんとかなるはずだ。


「なあ少年、魔石を売るのにいい店を教えてくれないか、信用できる店なら君にもちゃんと仲介料を払うよ」

「お、そういうことなら任せて、ちゃんとした店に二人を案内するよ!」

「召使い!何を勝手に決めてるんですの!」

「まあまあお嬢様、これで無事に魔石が売れるんですから落ち着いて下さい、この少年が今から魔石を買い取ってくれる店に案内してくれますから」

「そーだよー、美人で強いおねーさんに相応しいお店に連れて行くよー」

「そういうことならいいのですわ!」


 たぶんこの時俺と少年は同じことを考えていただろう。


 お嬢様はちょろすぎるな…と。 

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