第228話 コマンド たたかう

 石の階段を降り、ダンジョンの地下2階へ到着した。

パッと見、地下1階と比べて大きな変化は見当たらない。

今いる場所もコンクリートみたいな壁と光るパネルのついた天井があるだけだ。

小部屋なのだろうか、広さはある、ただし今俺たちが降りてきた階段を背後にその部屋を見渡すと、正面と左右に道がある。

初手から分かれ道だ。


「さあ召使い、最初はどっちに行けばいいんですの?」


 いや知らんよ、当然のように俺に聞くな。


「お嬢様、俺の持っている地図は地下1階部分しかありません、ですので道に関してはわかりません」

「わたくしはもっと下の、まだ誰も到達してない階層に行きたいんですの!」


 お嬢様は地下深くの階層ならば、まだ手付かずのお宝が残されていると考えてる様子。

しかしダンジョンの性質を考えるとどうなんですかね?宝も床に沈んでませんかね?

そう口ごたえしたら「これだから召使いは、何も知りませんのね」と唐突な罵倒をされた。


「遺跡型のダンジョンでは宝箱が見つかることがあるのだよ、それは蓋を開けるまで床には沈まないようになっているんだ、冒険者なのに知らなかったのかい?」


 セサル様がこれくらい冒険者の常識だよと言わんばかりに説明してくれた。

やれやれ、と身振り手振りを交え大げさなアクションをしつつ話すので教えてくれたことに対して感謝する気持ちが湧いてこない。

どうせセサル様も誰かから聞いたことあるだけの情報だろ…冒険者なりたてなんだから。

にしても宝箱ってなんだよ、誰が置いてんだよ…ゲームかよ。


「それにしても地図がないと地下3階に行くまでまた時間がかかりそうですわね…」

「妹よ、ここに地下2階の地図がある」


 セサル様は懐から地図を取り出した。


「さすがお兄様ですわ!」

「こんなこともあろうかとギルドで地下2階の地図も買っておいたからね」


 ほー、ダンジョンの地図は冒険者ギルドで売ってたのかぁ。

この街だとものすごい値段しそうだなぁ。


 二人は地図を広げてその場で眺め始めた。

そしてすぐに俺の方を見て、無言で地図を渡して来た。

いきなりわからないんですか?まだここから動いてないのに。

 

 受け取った地図を見て、なぜ俺に渡して来たのか大体理解した。

そこに描いてあったのは迷路だったからだ。

もうこれでもかというくらい意図的な迷路。

同じような広さを持った正方形の部屋が縦に8つ、横に8つ、計64個並んでいる。

それらの部屋が細い直線の通路で繋がっていた。


「今いるのが一番下の列の左から二番目の部屋で、地下3階への階段は上から二列目、右から二番目の部屋にあるみたいですね」


 全ての部屋から隣にある部屋へ向けて通路があるなら、この兄妹も別に無言にはならなかっただろう。

最初に右の通路選んで一番下の列の右から二番目の部屋へ行き、そこから地図の上方向へ直進するだけで階段までたどり着けるのだから。


 でもどうやらそこまで優しくはないダンジョンのようで。

部屋と部屋を繋ぐ通路はところどころ欠けている、一本の道でしか繋がってない部屋とかもあるのだ、つまりそれは行き止まりだ。


 俺は地図を改めてよく見る、そしてゴール地点となる階段のある部屋への行き方を把握した。

変なギミックとか無い限り、こうして考えれば道自体はすぐわかる。

でもこういうのって地図で見るのと実際歩いて進むのと違うからなあ。

地図がある時点で難易度が100段階くらい下がってるけど。

とりあえず言えるのは最初にここを調べて地図にした人は偉いってことだな。


「えー…少し地図に書き加えていいですか?」

「構わないよ、ただ金貨10枚の地図なので汚して道がわからなくならないよう気を付けてくれたまえ」


 金貨10枚か…高いなやっぱり。

でも今回ばかりは金をケチらず地図を買っておいたセサル様の判断が良かった。


 俺は荷物から筆とインク壺を取り出した、昨日ダンジョンから家に帰った時点で荷物に何が入っていたかは調べておいたのでそれがあることはわかっていた。


 地図は俺の知るタイプの普通の紙よりは少し分厚い、でも紙だ。

画用紙みたいなもんだろう、セサル様はそれを丸めて筒にいれ保管していた。

俺はその地図の一番左上の部屋の上部に「あ」とかいた、続いて右にある部屋の上部に「い」次は「う」次は「え」と続く。

 

 その後は地図の左端、縦列に番号を振った、こちらは数字で12345678。

まあこうして部屋に名前を割り当てただけだな。

一番左上は「あ-1」と言った感じに。

本当は「A-1」とかにしたかったけどアルファベットだとたぶん二人に通じないのでやめた。


「部屋全部を区別できるようにしました、これで今いる部屋は『い-8』番で階段があるのは『き-2』番です、移動するたびに今がどの部屋番号か俺が覚えておきますので、それで先へ進むことにしましょう」

「なるほど、召使い君はなかなか気が利くようだね」

「ふんっ、それくらいわたくしも思いついていましたわ!」


 じゃあなぜ無言で俺に渡したのかその理由を400文字以内で述べよ、とかお嬢様に言いたかったが怒られるだけなのでやめておく。

とにかく二人は戦闘もするんだから地図は結局こうして俺が持つしかないよね。


 道への不安もなくなったことで先に進むことにした俺たち。

最初は右の『う-8』へ。


「次はどっちですの?」

「そのまま直進して『え-8』へ…」

「待つんだ、左から何か来る」


 おっと、魔物か、それとも人か…

警戒して通路の方を見ると…なんだ安定のスケルトンさんか。

あ、いやでも武装してるな、剣持ってる。


「もう、ここもスケルトンですの?」


 不満を言いつつも向かっていくお嬢様、スケルトンは二体いて両方剣を持っている。

ただ剣もぼろっちいな、錆びてるみたいだ。

あ、でも汚い剣で斬られたら逆に怖いかな?感染症とか。


 でもそんな心配は無用だった、例え剣を持っていたとしてもスケルトン。

お嬢様にあっという間にバラバラにされた。

四本腕のやつみたいな動きはできないみたいだな。


 錆びた剣とかどうでもいいので魔石を探す、一つだけ見つけた。

毎回出て来るわけでもないんだよなぁ。


「さて、では先へ…次は直進でしたわね」


 そう言ってスケルトンが来た道の方へ行こうとするお嬢様。

そちらに直進ではないです。


「妹よ、こちらの道だったのではないかな?」

「えっ…め、召使い!どういうことですの!お兄様は違う方を指していますわよ!」

「いやあの俺が最初に言ったのもセサル様のほうの道なのですが…」

「直進しろと言ったではありませんの!」

「それは戦闘前の話です!敵が来て左向いちゃったの考慮して下さいよ!」


 お嬢様は悔しそうに、キッ、と俺を睨むとセサル様と共に本来の正しい道へと進み始めた。

こりゃあれだな、お嬢様のドジランクを少し上方修正せねばなるまい。


 その後も戦闘のたびに進む道を迷いそうになるお嬢様。

まあでもこれはお嬢様がドジってだけでもないかぁ。

だって部屋の前後左右に道があるところとか、下手したら今どっちから来たかわかんなくなるもんなぁ。

俺は戦わずに小部屋に入ってすぐのところで待機してるからわかるけど、お嬢様もセサル様も動きまわるからなぁ。


「きゃー!もうこいつなんなんですの!うっとおしいですわ!」


 さらに迷う要素として武装スケルトン以外の魔物が出てきた。

一言でいってコウモリだ。

少々でかい、胴体がお嬢様の上半身くらいあるな。 

それが3匹いて、部屋に入るなり飛び掛かって来たのだ。

攻撃力はあんまりないみたいで、体当たりされても<プロテクション>あればノーダメージで吹っ飛ばされることもないようなのだが…


「このっ!降りてきなさい!」


 空飛んでるから剣が届かないんだよな…


「<ウィンドボール>!ええいっ、避けるな!」


 こういう時こそセサル様の魔法、だけどこれもなかなか当たらない。


「お嬢様は魔法とか使えないんですか?」

「つ、使えますけど…わたくしのは攻撃向きではないのですわ!」


 あれっ、支援魔法使いだったの?

いやでも今まで一度も使ってないよな。

使えたら俺がこっそり支援魔法使う必要なかったよな。


「どういう魔法なんですか?」

「きーーーっ!今それどころではないとわからないんですの!馬鹿召使い!」


 ブンブンと剣を振るうお嬢様、忙しそうである。

打開策になるなら今聞くべきだと思ったのだが…

一応これだけは確認しとこう。


「今は役に立たない魔法なんですね?」

「うるさいのですわあああああ!!」


 だめだ、これ以上聞くのはやめとこう、お嬢様の剣が俺のほうに向いている。

ではここはセサル様を強化する方向で解決するとしよう。


「セサル様!こういう時こそ魔剣の力を使ってはどうでしょうか!」

「むっ…しかし光の刃が出たところで相手に届かなければ意味がない」

「いやえー、あのほら、お嬢様の足が速くなったみたいに別の力を貸してくれるかもしれませんし!」

「そうか!その可能性はある!」


 無理やりだが納得してくれた。

セサル様は剣を構えなにかぶつくさ言っている、お嬢様は相変わらずコウモリを追いかけ回していてこっちを見てない…よし今の内だ。


「<パーフェクション・アイ><ダブル・スペル>」


 命中率を高める魔法をかけておいた、ついでに魔法が二連射になるようにもしたのでさすがにこれで当たるだろう。


「なんだ…!?敵の動きがハッキリとわかる!今なら確実に魔法を当てられそうだ!これがラン・アウェイの貸してくれた力なのか!」


 そうそう、そうだよそれが魔剣の力だよ(適当)


 俺のおざなりな内心の同意はともかく、セサル様は巨大コウモリめがけて魔法を撃った。


「ギイイイイイ!?」

「ギョアアアア!」


 三匹いたコウモリの内二匹が悲鳴をあげて空中で一時停止、その後ろにいた三匹目が前の二匹にぶつかった。

三匹はそのままもつれるようにして地上へ落下。


「これでこっちのものですわ!!」


 床の上でもがくコウモリたちはお嬢様に剣でぐさぐさ突きさされ絶命した。

骨相手ではないので集中する必要が無いのか、とにかく滅多刺しである。

俺はそのお嬢様の姿に恐怖を感じた。


「お兄様!素晴らしい援護射撃でしたわ!」

「ふふ、それもこれもラン・アウェイが力を貸してくれたおかげさ」

「まあ!魔剣は魔法の力も高めてくれるんですのね!」


 二人とも全く疑いを持たずに魔剣のおかげだと信じてくれる。

別にいいのだが、心配でもあるな。

俺にこれだけ簡単に騙されるんだぞ…いつかは二人にもう少し人を疑うということを覚えてもらうように進言すべきかもしれない。

今はまだチョロイままでいてくれていい。


 二人の純粋さを後ろで見守りつつ、再び俺の案内で移動を開始する。

なんかここ魔物結構いるのか、複数道がある部屋に着くと必ずと言っていい程、通路から魔物が突進してくる。

こいつらどこから来てんの?と思う。


 一度休憩のために行き止まりの小部屋まで行ったのだが、最初そこは何もいなかったのに、その部屋を出て次の部屋にはいったところで後ろから魔物がやってきたことがあった。

さっきまで俺たちがいた部屋から来たのである。


 どこから発生してんのか全くわからない。

隠し通路みたいなものがあるのかと思って、二人を説得してもう一度その部屋を調べに行ったが隠し通路は見つからなかった。

見落としただけかもしれないが、そうでなければこの行き止まりの部屋で突如魔物が発生した以外に説明がつかない。


 ダンジョンの魔物は勝手に増えると以前にも聞いたことはあるが、俺は魔物が出現する瞬間は見たことが無い。

お嬢様たちも当然、ダンジョンは初めてなのだから見たことあるわけがない。

監視カメラとかあれば小部屋に設置して、発生の瞬間をカメラでとらえられるのにな。


「てやーーー!」


 どうでもいいことを考えていてもお嬢様たちは先へ進む。

はいスケルトン、お嬢様の突き、終わり。


「もおおおおう!」


 ああコウモリね、セサル様に支援っと…はい終わり。


「へっへっへっ…こんなところでぶべらぁっ!」


 はい人…人!?

ああ、なんだ盗賊系の人か…お嬢様なんのためらいもなく攻撃したな…

昨日とは違って三人組でなおかつ昨日のやつらより雑魚だったので、大した戦闘もなく相手が降参して逃げ出して終わった。


「あのお嬢様、一応相手が人の場合はもう少し待ってあげた方がいいのではないでしょうか、もしかしたら俺たちと同じように、普通に探索しているだけの冒険者の場合もあるかもしれませんし」

「ああ、そう言われてみれば、そういうこともあるかもしれませんわね、つい顔を見ただけで判断してしまいましたわ」

「今後はとりあえず人と会った場合はいつでも戦闘できる体勢で、まず話をしたほうがいいかもしれないね」

「それがよろしいかと思います」

 

 セサル様は一度学べば結構しっかり対応できるようになるんだよな。

だというのにお嬢様は…


「スケルトンです!!」

「せいっ!!」

「コウモリです!」

「お願いしますお兄様!」

「またスケルトンです!」

「はああああっ!」

「人です!」

「てやーーーーーー!」


 人だと言ったのに先手必勝とばかりに襲い掛かるお嬢様。

学習能力が乏しいのである。


「う、うおっ!くそっ、なんでオレたちが狙っているのがわかった!?」


 また盗賊系の人だったので倒して問題なかった。

つーかこんなんばっかりなの?このダンジョンまともな冒険者いないの?


「お嬢様…人のときは一度話かけてからということにしたはずですが…」

「でも結局あの者たちも悪人でしたわ!だから問題ありませんわ!」

「しかしそれではセサル様の忠告も無視したことになりますが」

「お兄様あああああ申し訳ありませんでしたわあああ!」

「はっはっはっ、いいのだよ妹よ、一度や二度の失敗くらい誰にでもあるものさ」


 セサル様の名前を出せばお嬢様は大人しくいう事を聞く。

あとなんかセサル様はいい事言ってるっぽいけど、この場合はそんな簡単に失敗されては困るのでもう少し気をつかうようにお嬢様に言って欲しい。

普通の冒険者にいきなり襲い掛かったら、こっちが盗賊である。


 そんなこんなで多少の反省を交えつつ、迷路の半分を少し過ぎたあたりまで進んだ頃だろうか。


「疲れましたわ…」


 お嬢様が弱音を吐き始めた。


「ふむ、召使い君、そろそろ休憩に…」

「お風呂に入って寝たいですわ…」


 それはつまり帰りたいということだった。


「お嬢様、これから帰るとなると今来た道を引き返し、また一階を通ることになりますが」

「………………」


 ダンジョンに入る以上、避けては通れない問題である。

進めば進むほどすぐには帰れないのだ。


「ルビーには、泊りがけになるかもしれないとは伝えているよ」


 そう言うということはセサル様はその覚悟はあるということだ。


「うう…わかってはいましたけれど、いざこのような場所で寝泊りするとなると…ハッキリ言って嫌ですわ」


 そりゃそうだ、俺だって嫌だ。

ていうか嫌じゃない人はいないだろ。


「進むにしろ、帰るにしろ、一度睡眠をとったほうがよろしいかと思います、恐らくもうそろそろ、お二人がいつも寝る時間だと思いますので…」

「そうだね…無理をして魔物と戦っても危険が増すばかりだ」

「この部屋の隣に行き止まりの部屋があります、その部屋に行って休みましょう」


 そう進言して隣の部屋へ移動した。

お嬢様は疲れたことを口にしたせいか、目に見えて疲労感が増していた。

セサル様も気丈に振舞っているが魔法を使っている分、眠気があるかもしれない。


 隣の部屋に魔物はいなかった。

これ以上戦闘しなくて済んだと気づいた二人は、少しホッとしていた。

スケルトン相手でも、今のお嬢様には嫌だったんだろうな。

 

「それじゃあ召使い君、ここでテントの用意をしてくれるかな」

「はい、ただいま…ん、いや、少々お待ちを!」


 俺は部屋の壁に気になるものを見つけた。

それを詳しく調べるために近づく。


「召使い!お兄様のいう事を差し置いて何を勝手にやっているのですわ!」

「い、いえ、ここにおかしなものがありまして…」

「おかしなもの?あら、確かにありますわね」

「本当だね、今までの部屋にはなかったものだね」


 三人で横に並び壁の一部を見上げる。

二人には恐らく読めていないだろうが、そこには文字があり、こう書いてあった。


『EXIT』


 ご丁寧に、緑のプレートに白字で。

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