第221話 おっさん二人山

「話は大体わかった、それにしてもよくバジャーから逃げきれたな」


 俺はケンにここまで来た経緯を話した。

オーキッドから猫人族の子供を村まで送り届けて、その後サイプラス目指して東に進んでいたところ魔物に襲われて仲間とはぐれた、みたいな感じで。

本当のこというと色々説明が面倒くさいのでこういう話にした。

そしてバジャーっていうのは俺がラーテル君と呼んでたやつのことだ。


 通称がバジャーで正式名称はグレートバジャー。

ケンから聞いてその名が判明した、全然ラーテルじゃなかった。

でもなんかラーテルの別名がなんたらバジャーだった気がするのでそこから来てるのかもしれない。

名前がわかったところで嬉しくもなんともないが。


「あの魔物無茶苦茶怖いんだけど、倒せるやついんの?」

「顔と腹が弱点だ、落とし穴に槍を仕掛けた罠なんかにはめねえと倒すのは難しいな、まあ普通は出会ったら何もせず逃げるのが賢い生き方だ、下手に手を出すとかなり執拗に追いかけて来るからな」


 どうやらすぐ逃げに徹すればそんなに追いかけては来ない生き物だったもよう。

自分の身近にいる獲物を対象に移動してるだけで、他の魔物や果実などのエサが見つかればそっちに行くようだ。

でも怒らせると俺のような目に遭うらしい。

つまり全てはマーくんが最初に魔法ぶつけたのがよくなかった、マーくんと再会できたら今後は積極的防衛という名の先制攻撃をなんでもかんでも仕掛けないように注意しようと心に誓った。


「あといきなり槍投げたのは悪かったな」

「本当だよ、家たずねて挨拶しただけなのに計4本も投げるとかありえなくない?」

「仕方ねえだろ!そんな恰好で大声上げながら森からいきなり飛び出てきたんだぞ!そんなもん見たら誰でも警戒するだろが!」


 今の俺は裸足でなおかつ服装は森の中を強引に走っていたせいか結構ボロボロ、確かにあまり文明的ではないというか不審者丸出しである。

あとダイナミック訪問も良くなかったようだ、あの時ちょうど家の外にいたケンは物凄い速度でこっちに向かってくる生物の気配、つまり俺を察知して家から少し離れたところで身を隠していたらしい。

そして俺が家の前に飛んできて着地したのを目撃、おそるおそる話しかけたら手にはシャブの実。

俺のことをバーサーカーだと判断したのも無理はなかった。


「まあじゃあ俺も悪かったということで槍の件はお互い忘れよう…」

「おう、そうしよう」

「あ、でも最後にひとつ、俺のこと犯罪奴隷とか言ってたのはどういうこと?」

「ああそれはな、サイプラスから逃げてきたやつかと思ったんだよ」


 サイプラスで犯罪起こして犯罪者になると奴隷になる場合があるらしい。

そういうやつがたまにマグノリアに逃げて来ることがあるんだと。

犯罪起こして捕まって奴隷になる前に逃げて来るやつもいるがまあどっちみち犯罪者であることには変わりない。

マグノリアからしたらいい迷惑だと思う、でもこの国は国境警備とか一切やってないから行き場のないやつが最後に行くところの候補になってしまうみたいだなあ。

でもよく知らずに来るとシャブの実とか食べて自滅したり、ラーテル…じゃなかったバジャーや他の肉食の魔物に餌食にされてそこで人生が終わるようだ。


「それでも運よく生き残るやつは大抵ここに来てオレに返り討ちにされる、それで最後はあの外のゴミ穴の中だ」

「あそこに捨ててあった骨は人骨だったのかよ…」

「オレが仕留めて食べた魔物のも骨もあるぞ」


 全部いっしょくたで区別つかねえよ、てか、この話で重要なのはそこじゃあない。


「ここはもしかしてサイプラスに近い?」


 サイプラスから逃げてきたやつがいるってことはサイプラスが近いってことだ!


「そうだ、ここから南はもうどの獣人族の村もねえ、三日くらい歩けばサイプラスのシルバーガーデンて街が見えてくるぞ」


 おおおなんということだ、俺は知らない間にワビ湖をぶっちぎって通り過ぎサイプラスの方まで来ていたとは。

ラーテ…バジャー…もうラーテル君でいいわ、ラーテル君から必死逃げしたおかげでかなりの距離走ってたんだなあ。


「運が良けりゃあはぐれた仲間ともそこで合流できるかもな」


 俺の仲間はウェリケによって雲より高い場所へ拉致られたのでまったく合流できる気がしないが、それでも皆が再び地上に戻って来た場合、マグノリアの自然の中にいるよりはちゃんとした街にいたほうが再会できる可能性は高い。

俺がサイプラスを目指してたことは皆わかってるし、最初に俺のことを捜すならきっとその街に立ち寄るだろう。


「希望が見えてきた、ありがとう、俺はそのシルバーガーデンを目指すよ」

「おう、でも今日はここに泊っていけ、あと服と靴と…食料も用意しねえとな、魔物を追い払うために武器もいるだろう」


 圧倒的優しみ…!もし俺が女だったらケンになら抱かれてもいいと思ったかもしれない。

しかしホモではないので体でお礼はできない。


「泊めてくれる上にそんなにいろいろくれるのか…なんとお礼を言えば」

「いや、やらねえよ何勘違いしてんだ、自分で用意するんだよ」


 自分用のをここで作って用意していけという話だった。

服も靴も俺とケンではサイズが違うので当たり前のことではあった。

ちなみにケンは俺よりムキムキのマッチョだが背は低い。

耳の長さを考慮したら俺と同じくらいかもしれない。


 では数日お世話になりまーす!ということで翌日よりケンからいろいろ教わる日々が始まった。


 まず朝、起きて近くの沢で湧き水を汲んで来る。

家の裏にある畑に水やりとかする、何育ててんのか聞いたら主に人参育ててた。

兎だから人参やっぱ好きなのかな、あとは豆類とか芋。


 そして朝食は畑の野菜と魔物の肉、世話になる身なのでとりあえず黙って出された物を食べている。

焼いただけとかいっしょくたに煮込んだだけのものであるが特に不満はない、めちゃくちゃ美味しいわけでもないが別に不味くもないので。

塩以外の香辛料があんまりないようなのでまあ基本塩味になる。


 飯の後はケンがこれまでに狩った魔物の皮なんかを見せられた。

それ使って服と靴を用意しろということだ。


「この毛皮は軽めで結構丈夫だ、上着にはこれを使え、靴は…そうだな、こっちのサンドリザードの皮をなめしたやつでいいだろう」


 サンドリザードが何か知らんがまあ名前的にトカゲだろう。


「道具はそこら辺にある、それで肝心なとこだが作り方はわかるか」

「んーまあなんとなくは、わからんかったら聞きに行くわ」

「そうか、じゃあオレは家の裏で肉の処理してるからな」


 家の裏には石を積んで泥で固めた煙突みたいなかまどがある。

ケンはそこで燻製肉を作っているようだった。

俺が見た煙は燻製やろうとして出ていた煙らしい、昨日は俺が来たせいでそれどころじゃなくなったので今日改めてやるようだ、二度も邪魔する訳にいかないので服とかはとりあえず自分でなんとかしてみよう。


 幸い、俺の今の服装で無事なのは上着の下に来てた布の服と、パンツと、あとズボンもかろうじてまだ使える。

ズボンはなるべく丈夫なやつを基準に普段から選んで買っていた。

魔法使ってのダッシュが激しいからな、でも裾のほうは裂けてきているので少し折って繕うか。

短くなって足の肌が出ちゃう部分は靴をブーツ系にして補うことにしよう。


 ささっと針と糸をつかってまずズボンの裾を繕う。

これでもう無暗に下着姿をさらす必要はなくなった、ここにはおっさん二人しかいないとはいえあまりパンツを他人に晒したくはない。

なぜなら俺はおっさんの下着姿なんか見たくないからだ。

ということはケンもきっとおっさんの下着姿なんか見たくないはずだ、だからこれで正しい。

逆に見たいと言われた場合は何も考えずこの場から逃げるだけだ。

そんな未来はない…ないよね?


 気を取り直して毛皮の加工に入る。

日本人としての記憶にそんな技術は無いんだがこの世界でそれなりに生活してきてるんで、毛皮をナイフで切ってあれこれできるようにはなった。

元々裁縫はできたのでなんとかなるだろうと思いつつ毛皮のベストみたいな物を作成。

そして試着、あ、なんだろうこれ…たぶんここに鏡があれば…あれっぽい姿になってる予感がする…あの猟師の別名みたいなええと…また…マタギだ、そう、たぶん今の俺マタギスタイル。


 まあケンもぶっちゃけマタギスタイルだったので別におかしくはない。

そもそもあれ参考にして作ったし。


 靴は…どうしようかな、自作なんかしたことない。

こっちじゃ大抵中古品みたいなの並べてる店で自分に合うサイズの適当に選んで買ってた。

一応靴の左右という概念がちゃんとあるので型はとってるはずだ。

しかし靴底があまりしっかりしたのが無いのが不満ではあった。

まあ当然ながらスニーカーみたいなゴム底無いから仕方ないんだろうけど。

土ふまずの部分をちゃんと保護してくれねえのが大半だったから靴底はちゃんとしようかな。


 とりあえずサンドリザードとやらの皮に足を置いて、足の形にそってナイフで切り取ってみた。

すべすべしてるのでとりあえずそれが靴の中にいれる中敷きにしよう。

他に左右二枚ずつ大き目に切り取る、これは重ねて靴底にする。

土ふまずの部分どうやって浮かせよう…なんかいい素材ないかな…


 服に使った毛皮でいいか、これを皮と皮の間に挟んで土ふまずのクッションにした。

しかしこの皮、厚みはあれどすべすべなのでこのままだと靴にしてはいたらコケる気がする。

なんか別のいい皮無いかなと探したら片面がざらざらした灰色の皮があったのでそれを切り取って靴底にして縫って貼り付けた。

黙って使ってしまったが…まいいや、怒られたら謝ろう、いざとなればジャンピング土下座でもしよう。


 あと足の甲を覆うパーツも作って縫い付けたらスリッパみたいになった。

靴作りって何かこういうのじゃなかった気がしてきた。

しかしやってしまった物は仕方ないので、かかとと足首から上を覆う部分は毛皮の残りを使って覆うことにした。


「変な靴作ってんな」


 いつの間にかケンが戻ってきて後ろから俺の作業を覗いていた。

やはり変なのかこれ、若干恥ずかしい。

見た目はつま先から足の甲部分は砂色の皮で、かかとから足首上は茶色の毛皮という俺もちょっと見たことない靴になってしまっているからなあ。

でも試しに履いたら意外と履き心地はいい。


「オレも試しに履かせろよ」


 変な靴とか言ったくせに履きたがるケン。

足のサイズは俺より小さいようだ、兎って足でかいイメージなのにな。

足部分はほぼ人間だった。


「お、なんか足の裏が柔らかくて気持ちいいな、歩いても全然痛くねえし」

「意外といいやろ?」

「ああ、これオレにくれよ」

「せっかく作った俺用の靴なのに!?」


 とりあえずその靴は無事取り返したが、代わりにもう一足作れというケンの命令には逆らえなかった。


「とりあえず飯食ってからな」


 俺が服とか靴とか夢中で作ってる間に大分時間がたっていたようだ。

昼過ぎても俺が何も言ってこないからケンは気になって様子を見に来たらしい。


 出来立ての燻製肉とかで食事をした後、ケンの足の裏のサイズを計って皮を切り取った。

そしてもう一足出来た頃には夜になってしまっていた。

一回作ったからもっと早くできると思ったのにケンがあれこれ注文がうるせえもんだから…

靴底はこっちの皮を二重にしろとか、クッション部分に毛皮をもっと詰めろとか革紐はもっと太くしろとか…こだわりが激しいんだよ、自分でやれよもう。


「おお、こいつはいい!今までよりピッタリしてる感じがあって歩きやすいな!」


 新たな靴を履いて家の中をうろうろするケン。

はしゃぐなおっさん。


「ヴォルガーは器用だな、上着もしっかり作っているし、街では職人をやっていたのか?」

「いや…裁縫とかはしてたが職人ではない、冒険者登録はしてたので強いて言うなら冒険者…?」

「冒険者やめて靴職人やれよ」

「やだよ!別に靴作るのにそんな情熱持ってねえよ!」

「勿体ねえな…」


 そんな感じで初日は終了した。


 そして二日目ー。


「今日は狩りに行く、昨日使った分の材料は自分で補充しろ」

「え…」


 意外と厳しかった、タダでくれたわけではないのね…


「あの俺、戦いとかできないんですけど…」

「嘘つくなよ!?昨日冒険者って言ったじゃねえか!しかもオレの槍を魔法使って防いでただろ!」

「あーえー、何と申しますか、他人の支援をするのが専門でして」

「ああ?回復魔法使う後衛か?でもそいつらでも武器持って戦うことあるだろ」

「いや武器とか意味ないんすよ、基本的に」

「意味ないってなんだよ!?」


 説明してもらちがあかないので体感してもらうことにした。

家の外に出て俺の能力について実演を始める。


「まず他人の支援と言うのはこういう魔法で肉体強化とかをしてだな」


 そう言って<ウェイク・スピード>を自分にかけて高速移動を開始する俺。


「なっ…はええ!?」

「そしてぇ!武器とか意味ないというのはこういうことだ!」


 俺の動きに狼狽えるケンに一瞬で近づき、拳を構える。


「オラオラオラオラオラオラァ!」


 奇妙な冒険をしていた某漫画のように拳による怒涛のラッシュ!


「うおおおおおおお…おおお…おあ…?」


 ガード体勢になって守りを固めていたケンが次第に叫び声というか疑問の声を上げていた。


「…フッ、どうだ、これが俺の実力だ」

「なんて言っていいかわからねえんだが、あれだけ殴られたのに全く痛くねえ、意味がわからなすぎて逆に怖えわ」

「俺はこうして素手で殴ろうが、武器持って殴ろうが、相手を傷つけられない体質なんだ」

「そんな体質のやつ聞いたことねえよ!?」


 そう言われてもそうなんだから納得してもらう他ない。

俺が動物やら魔物を狩るにあたって一人では何もできないことをなんとかケンは理解してくれた。


「元々オレも一緒にいくつもりだったから別にいいんだけどよ…」

「その分魔法で!魔法でケンを助けるのでよろしくお願いします!」

「じゃあさっきやってた速く動けるようになる魔法、試しにオレにやってみてくれや」

「いいですとも!」


 ケンに<ウェイク・スピード>をかける。


「お、おおー?なんだこりゃすげえ!体が異常に軽くなったみてえだ!」

「喜んで走り回るのはいいが狩りに行く前に疲れ…うわっ、すげえ」


 俺も驚いたのがなんとケンはジャンプで自分の家を軽々飛び越えたのだ。

元々兎人族はジャンプ力あるようなのでおかしくはないのかもしれないが…

家飛び越えるか?滅茶苦茶ジャンプしたぞ?


「お、あそこに獲物がいるな」


 飛び上がったときに見つけたのか、ケンはもう一度大ジャンプしてどっか飛んでった。

俺も後を追うと山の斜面にホーンウルフらしき狼がいた。

狼と俺、目と目が合うー。


「…せいっ!」


 瞬間ー空中からおっさんが降ってきてホーンウルフを槍で串刺しにした。

脳天から顎を突き抜けている槍、ホーンウルフ即死である。

この攻撃方法…ケンのアビリティには恐らく「ジャンプ」が付いてるに違いない。


「はっはは!こりゃあ楽だな!」


 その後ケンははしゃぎまわって飛び跳ねていた。

そのついでといわんばかりに森の中にいたイノシシが一頭、山の岩肌に張り付いてたでかいトカゲが一匹殺された。

トカゲは靴の皮に使ったヤツかもしれない、砂っぽい色だったので。


「調子にのって三匹もやっちまった、持って帰るのが大変だな」

「本当だよ…とりあえず力強化するから頑張って運ぼう」


 <ウェイク・パワー>を使って筋力を強化し、狼とイノシシとトカゲを二人で家まで運んだ。

ただ筋力強化の魔法を知った後にまたケンがはしゃいで獲物を狩ろうとしたので止めるのが大変だった。

既にお互い狼とイノシシをかついでる状態でトカゲの前後を持って運んでるのにこれ以上狩ってどうするというのか。


 持ち帰った獲物の処理はケンに任せ、俺は畑で野菜を収穫し、最初に解体の済んだイノシシ肉を使って料理をすることにした。


「なんかこの肉いつもと違うな、変わった風味だがオレが焼くよりうめえ、何した?」

「山の中で見つけたタイムをまぶして焼いたんだよ、付け合わせはニンジンと沢で見つけたクレソン、細切りにして揚げた芋だよ」

「…たいむとかくれそんとか初耳なんだがようは草だろ?草取ってきて食わせたのか?」

「草って言うな、そういう特別な食べられる美味しい野草があるんだよ」

「もう料理人や…ああ料理人だとあの魔法が生かせねえな」

「いや料理にも魔法は生かせるぞ、速くかき混ぜたり硬い肉を軽々切れたり、骨だって砕ける」

「既に使ってんのかよ…」


 ぶつくさ言いながらもモリモリ肉を食べるケン。

付け合わせもお代わりしてしっかり食べていた。

付け合わせの中でニンジン一番食ってたからやっぱニンジンが好きなんだな。


「ケンはさあ、なんでこんな山の中で一人で暮らしてんの?」


 飯食いながらちょっと気になってたことを尋ねた。


「…んーまあいろいろあるが…オレは裏切りもんだからな」

「裏切り?誰のことを?同じ兎人族の仲間とか?」

「…お前よくそこまでずばずば聞けるな」

「ケンが仮に女の子だったらここまで聞かんよ、おっさんだから別に遠慮する必要なんかねえやと思っているだけで」

「言いたい放題だな」

「まあでも言いたくないなら別にいいけど」


 そう言ってまた肉を食べようとすると、ケンが「別に話してもいいが面白くねえぞ」と言った。


「面白さは特に期待していないから気にするな、是非話してくれ」

「…そうかい、じゃあ言うけどオレは以前オーキッドに住んでいてな…」


 そうしてケンは自分の過去について語り始めた。

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