第220話 毒をくらわばなんとか
…っはぁ~~~…久々に全力疾走したかもしれん。
久々じゃなくてこの体になってから一番の全力疾走かもしれん。
ラーテル君から逃げた俺は、現在大き目の木の上にのぼって休憩中です。
地上7、8メートルくらい、下見るとちょっと怖い。
しかしラーテル君の巨体を考えるとこれくらいの高さがないと安心できない。
それにしてもなんなんだよ~、なんで俺だけ置き去りなんだよ~。
この数時間でウェリケのことかなり嫌いになったよ俺は。
まだ声を聞いただけではあるが俺の中で嫌な神様ランキングベストスリーにランクインしたよ。
イルザを抜いて堂々の三位だよ、ちなみに一位はフォルセ、二位創造神。
そのランキング三位からは相変わらず何の連絡もない。
あの方位磁石的なアイテムも無いので連絡しようがないのかもしれないけど。
ひょっとしたら転移魔法もあれ目印にしてたのか?
そうでなきゃ今この俺の状態を説明できないっていうかその理由以外認めたくない。
野営していた川へ戻るべきなのだろうか…しかしもはや道を全く覚えてないので戻ろうにも戻れない。
ラーテル君を完全に振り切るために山超え谷超え、アクションゲームの主人公ばりに大ジャンプを繰り返してここまで来たからな。
マグノリアの地を俺一人で進むだけなら実は魔動車乗ってないほうが速いのではないかという事実に気づいたほどだ。
噓ごめんやっぱ途中で疲れるからそれは無いわ。
それに魔動車ないと手荷物がね、増えるからね、全部預けて楽に運べる点を考慮したらやっぱ絶対魔動車は外せないよね。
で、手荷物全部、魔動車に預けてたということは俺は手ぶらですよね。
冷静に考えてみよう。
今の俺、水なし食料なし頼れる仲間なし。
地図も無い、現在位置は…たぶんマグノリア南東地域のどこか。
服と靴があるだけマシだと思ったほうがいいのかな?
でもそろそろ靴がお亡くなりになりそうではある、全力疾走しすぎた。
底が擦り切れて無くなりそうなんだが修繕できるような何かを俺は持っていないだろうか。
…あ、服の内側のポケットになんか硬くて重いものがある!
触った感じはまるで石みたいだ!
取り出す!やっぱり石だった!死ね!
なんで俺はこんな無駄ものを…ああ、通信クリスタル壊れたのごまかすために自分で拾って所持していたんだった…重みに慣れ過ぎて存在を忘れてたわ…
「いるかーーこんなもん!」
ためらいなくその石を投げ捨てた、惜しくもなんともない。
石以外で俺は何か持っていないのか、無かった、終わり。
これじゃあハーピー追いかけてちくわしか持って無かった頃の方がマシだよ、ちくしょう。
しかしこれあれだな…新たなパターンだな…
今回俺がどこかへ一人で行ってしまったんじゃなくて俺以外の全員がどこか行ってるもんな。
だから俺は悪くないはずなんだけどこれって迷子の子供が「お父さんとお母さんが迷子になった」みたいな言い訳をしているのと同じように見えないだろうか。
いやだからなんだよ、と誰か突っ込んで欲しい。
何をしても一人、つらい、つらいさんなのだ。
訳のわからないことを考えつつ木から降りる。
いつまでも猿みたいなことをやってられない、なんか気づいたら毛虫が腕を這ってたし最悪だよ。
もうこんなとこにいられるか!
とりあえず動ける内に水と…食べ物と寝るところ探した方がいいか…
ラーテル君にはさすがにもう遭わないだろうとは思うけどあいつの仲間がいたらどうしようという恐怖感がある。
あんな超生物が10匹、20匹出てきたら…
でもマグノリアで獣人族たちが日々生きてることを考えたらそんなにはいないと思う。
1000匹もいたら地獄だ、こんなとこには住めない、マグノリア終了のお知らせが流れてるに違いない。
そのお知らせが流れてないってことはそうそう出くわさないはず。
そう信じないとここから動く気が起きないのでそう思うことにした。
とりあえず、えー…左手には森があるな、右手方向には山があるな。
森に入るのはなんか嫌なので森の外周を沿うように歩こう、東に向かって…
俺は太陽目指してその場から歩きだした。
………………
………
そしてたぶん4時間後くらい。
「これ食えるかな…」
喉渇いて腹も減ったのでちょっとだけ森の中に入ってみたら、変な木の実を見つけた。
地球で見た記憶はない、梨みたいなうっすら黄緑色をしてて、触るとそこそこの硬さがあるさくらんぼみたいな形の果実。
熟してないさくらんぼとかかな?
赤色か黄色か、アメリカンチェリーみたいな黒っぽいやつしか見たことないので良く分からない。
でも果物って熟す前大体緑っぽいからなー。
…いけるやろ、と思ってブチっと収穫してみる。
ちょっとだけかじってみた、シャリシャリしてるな、梨風だな食感は。
味はあんまりしないがみずみずしくて結構いける、もっと取っておこう。
ひゅーやったぜ、これなら水分もとれるし多少腹の足しにもなるな。
喜び勇んでシャリシャリやってたらなんかちょっと舌がしびれてきたような気がする。
あとたぶんこれも気のせいだと思うが空の色が桃色になって黄金色の雲が高速で飛来し、辺りの木はアルミニウムのような銀色の光沢を…やべえこれ幻覚見てないか俺?
「<キュア・オール>」
治った、焦ったわ…回復魔法使えてよかった。
まさかのラリってしまう系の食べ物だったとは。
どうりで他の動物とかに食べられずたくさん木になってるわけだわ。
そのことにもっと早く気づけよ俺。
もう食べるのやめようかと思ったが同時に勿体ないなとも思ってしまう。
だって俺ならほら、魔法一発で幻覚解除できるんだからさ、頑張れば食べれるわけだし?
他の生物が食べないのであればこれは俺が一人占めできるわけだし?
あ、そうだいいこと考えたわ。
「<ハード・ボディ>」
状態異常を防ぐ魔法をかけてから食べれば万事解決だわ。
この魔法ずっとかけ続ければ食える食える、シャリシャリシャリ、ほら舌もしびれない。
空の色も普通のままだ、定期的に<ハード・ボディ>かけてたまに<キュア・オール>で体内にたまっているであろう毒素を分解するとしよう。
言葉にしてみると俺は一体なんなんだと思う。
でも人間のカテゴリからはまだギリ外れてないはず、大丈夫。
ちょっとサバイバル能力が高いだけさ。
食料問題が解決したので、ついでにそこら辺の植物の蔓とか使ってこのヤバイ系のさくらんぼを保存しておく入れ物が作れないか試してみる。
余分に取って持ち運びたいからね。
拾ったり木からへし折ったりしてなるべくまっすぐな木の枝を5本ほど用意した。
それを地面に突き刺し五角形を作る。
ぶちぶちと力任せに引きちぎって集めた茶色の乾燥した植物の蔓をそれに巻き付けていく。
木の枝の表と裏を交互に通るようにしてぐるぐると…まあ編み物と同じだな。
リリアン編みを無理やり木の枝と植物の蔓でやってるようなものだ。
上のほうに行くほど段々きつく巻きつけて枝の間隔がどんどん狭くなるようにする。
最後は5本束ねてぎゅっと縛る。
地面から引っこ抜いてさかさまにすると、ヘイッ出来たぜ。
とんがり〇ーンみたいな入れ物が!
一応上のほうに取っ手つけとくか、ぶら下げて持ち歩けるように。
よし完成、後はこれに嘘さくらんぼ溜めていこう。
ひとしきり木の実を取り終え、お手製の木のかごに入れて食べながら歩く俺、あー原始人っぽいなー。
原始人だとやっぱ…石のナイフとか作らにゃならんのかなー。
編み物はわかるけど工具の作り方あんまわからねえなぁ。
石のナイフって石ぶつけあって適当に割ればいいのかな、なにか俺の力でやると粉々になるような気がしてならないんだが。
ていうか…サバイバル生活なんかしたくないから早く誰か人に会いたい。
この際、何族でもいいから…兎人族以外なら何族でもいいから…出会いたい。
とぼとぼと行くあてもなく歩き続ける。
何も見つからねえ…魔物に会わねえのはいいんだが人にも会わねえ。
この森の傍を歩いてるのがダメなのかな…今度あっちに見える山の方に行ってみるか…
でもちょっと日が暮れてきたしな…
迷いつつも森から離れて歩くことにした。
最後にもう一回ヤバイ系のさくらんぼを取ってきてから。
コイツ無駄にこの辺の森にたくさんなってるから取り放題だ。
そしてシャリシャリ食べながらちょっと元気出てきたので軽く走った。
時速40キロくらいで軽くね。
すると、ひとつの山の中腹辺りで煙がすーっと立ち昇ってるのが見えた。
「あそこ誰かいる!!」
煙ってことは火を使うという極めて文明的な知識を持った生物がいるということ!
つまり誰かいるに違いねえ!ヒャッハー!もう行くしかねえ!
そこにいるのが友好的な人物かそうでないか、なんてことはどうでもよかった。
俺は一人サバイバルとか全然これっぽっちも向いてねえんだ!
生きるための手段がどうとか言う以前に寂しさでメンタルがやられる!
その煙が消えないことを祈りつつ、がむしゃらにそこ目指して走った。
靴が死んだ、底が抜けてただ足首の周りに革がまとわりついてるだけの意味のない物体になったのでダッシュついでにお天気占いでもするかのごとくの勢いで足を振り上げたら空のかなたに元靴だった物体が飛んでいって消えた。
裸足になってしまったがまだ走れる。
ただ足の裏が痛いので魔法でなんとかならねえかといろいろ試したら<プロテクション>で足の裏に集中して高密度のバリアみたいなのを張れることに気づいたのでそれでなんとかなった。
いよいよもって魔法の使い方がおかしくなってきてるがそんな些細なことはどうでもいい。
ざざざざざっと山の中を駆ける。
たぶんそろそろ…この辺に…あっ!小屋がある!
山の中腹にポツンと建てられた小屋。
やったー誰か住んでるー!
「ごめんくだっさああああいいい!」
大ジャンプをしながら大きな声で挨拶をしつつ小屋の扉の前に着地した。
やっておいてなんだがダイナミック訪問すぎたかもしれない。
扉を突き破らなくて良かった、ちょっと落ち着こう。
すっと姿勢を正して、扉をノックしてもう一度挨拶。
「どなたかいませんかあ」
「そこを動くな!!何者だ!!」
家の中じゃなくて背後から声がした。
「手に持っているものを地面に置け、その後、ゆっくりこっちを向け」
なにか超警戒されてる…声的におっさんっぽいけど…
俺はとりあえず言われるまま、ヤバイさくらんぼの実が入ったかごを地面に置いてゆっくり振り返った。
そして、背後にいた人物が槍を構えているのを見てしまった。
「人族だな…何者…むっ、まさかそれはシャブの実か…」
その人はうさ耳が生えていた、兎人族のおっさんだった。
俺が地面に置いたかごから転がり出たヤバイ系さくらんぼを見て、渋い顔をしていた。
つーかシャブの実って、ネーミング最悪だわ。
「その実を食って狂い、本能でここまで駆けてきたか、今楽にしてやろう」
おっさんが槍をすっと引いて振りかぶる。
あれ、俺の顔面狙ってないですか?投げようとしてますか?
「うわーおちょっと待って狂ってないです」
「なに、あっ」
投げた、ガツーーーーン、びよよーんって感じで槍は小屋の壁に突き刺さった。
今完全に俺の顔めがけて投げやがった、避けなかったらどうなっていたか。
「正常なんですけど!?何で投げたの!?」
「い、いやすまん…つい」
ついじゃねえよ!
「お前、シャブの実を食べてないのか?なぜそんなに集めている?」
「いやこれは食べましたけど、食べるために集めてましたけど」
「…やはり狂っているのか!」
「おい狂ってねえよしつけえな」
俺のことを執拗に狂人扱いするおっさんに、その後追加で三本ほど新たに槍を投げられたが全部魔法で防いでおいた。
何本持ってんだよ。
「得体の知れない魔法まで使うとは…チッ、随分厄介な犯罪奴隷が紛れ込んできたな…!」
「あのもうどうしたら俺が正常で、あとそんな失礼な身分ではないと信じてもらえるの?」
「…本当に狂ってないのか?シャブの実を食べたのは嘘か?」
「いや…それはまあ…食べたけど…」
「ならば!」
「狂ってたらこんな受け答えできねえだろ!馬鹿なのお前!」
「…確かにそれもそうだな…しかしあれを食べた者は例外なく発狂して見境なしに近くの者に襲いかかり死ぬまで暴れ続けるのだが…」
だいぶやばい食べ物だったみたいですね、まあなんとなくわかってはいたよね。
おっさんがずっと俺のことを警戒してまともな話ができないので、とりあえず嘘はついてないアピールをするためシャブの実をひとつ拾って口に入れた。
「なっ!?」
シャリシャリ、ジューシィだ、うるおうー。
「これ食べたら幻覚見えるんだろ、知ってるよ、でも俺は幻覚見ても回復魔法で治せるんだよ、こんな風にな」
自分に<キュア・オール>をかける、魔法の光に驚くおっさん。
耳をピクピクさせんな、そこだけみたら可愛い生き物だと勘違いするだろうが。
それがついてるのはヒゲもじゃのいかつい顔なんだぜ?
「…それでなんともないのか?」
「ない、平気」
「…だからって食うか…そんなもんを…元々狂ってるとしか言いようがないぞ…」
「それしか食べるものがなかったの!他に何かあったら食わないよ!」
俺がそう言うと、おっさんはようやく警戒を解いてくれたのか、ククッと笑って槍を降ろしてくれた。
「おかしなやつだ、それにどうにも街から逃げてきた犯罪奴隷のようにも見えん」
「そもそもなんなんだよ犯罪奴隷って…俺は西の…神樹の森にある猫人族の村から来たんだよ」
「魔物に襲われて仲間とはぐれた行商人か?いやでも、ううむ、人族だしな…」
「とにかく俺はアンタに危害を加えたりするつもりはないんだ、まずは冷静に話し合いをしようじゃあないか」
おっさんは少しだけ悩んだそぶりの後、俺の提案に賛成し家の中へ入れてくれた。
簡素なテーブルに一つだけ椅子があった、おっさんは一人でここに住んでるようだ。
「おいそれはもう外に捨ててこい」
「ええ…せっかく集めたのに…」
シャブの実はどうやら持ち込み禁止のようである。
外にゴミ捨て用の穴があるというので、名残惜しいがおっさんの指示に従いゴミ穴を探す。
発見した穴の中をのぞくと、なんかの骨とかがいっぱい捨ててあった…とりあえずそこにシャブの実を投下。
残ったのは手作りのかごだけ。
「腹が減ってるならこれをやる、だからもうあんなもん食うな」
おっさんは家の中にあった干し肉をくれた。
いいやつかもしれない。
俺はそれをありがてえありがてえと言いつつもっしゃもっしゃ食べる。
「オレはケンという、お前の名はなんだ」
「俺はヴォルガーだ、よろしく」
そして俺は兎人族としては珍しく話の通じるタイプのおっさん、ケンと知り合いになった。
シンタロウと一緒にいたカズラに引き続き、記念すべき二人目の会話できそうな兎人族である。
今度は友好的な関係になれると信じたいところだ。
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