第214話 シレネレポート1

 私の名前はシレネ、若くて可愛くて料理の上手な猫人族の旦那様(予定)と一緒に仲睦まじく、サイプラスで料亭を営んで暮らす(予定)の犬人族の女です。


「こんなのおかしいわ…シンタロウはアタシの夫なのよ?なのになぜ別々の部屋で寝ないといけないの…」


 私の向かいでそう言うのは兎人族のカズラ、彼女は妄想癖があるので私の旦那様をなぜか自分の夫だと主張することがあります。


「それは勿論、シンタロウは貴女の夫ではないからです」

「…その理屈だとアンタの旦那様でもなくなるわよ?アンタもここで寝たんだから」

「うっ…」

「あと私、昨日はベッドで寝たわよね?なのになんで起きたら床に転がってたわけ?」

「寝相が悪いからではないですか?」

「ふー朝からよくもまあそんな嘘がぺらぺらと出てくるものだわ、こんな図々しい女は一刻も早くこの家から立ち去るべきよ」

「私は図々しくありません、控えめでおしとやかです」

「それはアンタの体の話よね?」

「それを言ったら戦争でしょう!!!」


 そこからしばしの間、カズラと言い争いになりました。

そしていつもの様に疲れてむなしくなって…一時休戦となりました。


「はぁはぁ…こんなことをしてる場合ではないわ、シレネ…ここはしばらく休戦よ」

「ぜぇぜぇ…そうですねカズラ…私たちがなすべきことはこんなことではありません」


 私たちがなすべきこと、それはここにいる私たち以外のシンタロウと親しい人物を調べることです。

昨日の夜のうちにカズラとそう決めたはずでした。


 カズラはとりあえず身支度をすると言って部屋を出て行きました。

私もそれに続こうとしたのですが、あああこのベッドから離れられません…布団もふっかふかで…こんなの高級な宿にしか置いてない代物です…もう少し堪能しても…


 ………はっ、二度寝してしまった!?

でもカズラが出て行ってからそう時間はたってないはずです。

慌てて起きると私も部屋の外へと出ました。


「あっ、お、おはよう…」


 部屋を出ると金髪の背の高い人族の女と出くわしました。

確かディーナと呼ばれていた女性です。


 この女は…私とカズラの脅威ではないと既に判断されています。

シンタロウに対し特別な感情は抱いていないようだからです。

昨晩の食事のときも隅っこで猫人族の小さな女の子たちと喋ってただけですから。


「おはようございますディーナさん」

「あ、名前もう覚えて…ありがとう、カズラさん」

「シレネです、次にその名前と間違えたら絶対許しません」

「ひいっ、すいません!」


 見た目とは真逆で気の小さい女性のようです。

そのディーナさんですが、手に何やらもこもこした妙な物を持っていました。


「あ、これあげます、どうぞ…」

「え!?」


 突然その手に持っていた物を突き付けられました、確かに見てましたけど欲しいとは一言も言ってません。


 言ってませんが差し出された物を見ると熊のようなぬいぐるみでした。

しかもこれ…よく見るとモースの毛皮で出来ています。

モースはマグノリアの森にしかいない珍種の魔物で丸くて茶色い毛玉のような姿をしており、その毛皮は貴重品でサイプラスでは高値で取引されているのですが…


「…これを私にくれるのですか?ただで?」

「う、うん、たくさんあるから、いろんな人にあげる予定なの」

「貴女が作ったんですか?」

「作ったのは隣の家のナナちゃん」


 そのナナちゃんと呼ばれる女の子があまりにたくさん作ったので、ディーナさんはその女の子と相談して村の子供にも配るつもりのようでした。

私は子供でも村の住人でもないのですが、くれるというのなら貰っておくことにしました。

買ったらかなりの値段がするはずですから、持ってて損はありません、姿も可愛らしいですし。


 私はディーナさんにお礼を言うと、そのぬいぐるみを一旦部屋に置いて家の外へと出ました。

外にはいい匂いが漂っています、シンタロウが朝食を用意してくれているのでしょう、人数が多いので食事は外ですることになっています。


 シンタロウの元へ今すぐに行きたいところですがまだ顔も洗っていませんので一旦家の隣にある小屋へ向かいます。


 そこは大量の水瓶と大きな釜があって常に井戸から汲んできた水をためてあります。

まあ私は水魔法が使えるのでわざわざそこを利用しなくてもいいのですが…


「湯気が…ディーナさんが言ってた通り本当に朝から風呂を沸かしているですね…」


 先ほどディーナさんが別れ際に「お風呂湧いてるよ」と言ってたので来てみたのです。

ベッドといいお風呂といいここはどんな高級宿なのかと言いたくなります。

でもせっかくなので入りましょう、シンタロウに汚い女だと思われたくないですからね。


 小屋に入ろうとすると反対側、裏の方から物音がしたので、ふと気になり見に行きました。

そこでは壁にくっついて何やらやっている猫人族の男が三人いました。

こいつらは確か…隣の家の息子たち…


「貴方たち、そこで何をしているんです」

「「「うわぁーみつかったぁー!逃げろー!」」」


 あっという間にその場からいなくなりました、なんという逃げ足…

シンタロウと年はそう変わらないようですが…あれはきっと馬鹿ですね。

恐らく小屋の上の方に開いている窓から覗きをしようとしていたのでしょう。

マサヨシと同類ですね、あの男も私とカズラが水浴びをしているのを覗こうとしたことがあります。

もし私のことを覗こうとしたら…マサヨシと同じように魔法で氷漬けにしてやりましょう。


 でもあいつらが覗きをしてたということは今は誰か女が風呂に入っているということです。

私は小屋の戸を開け中に入ると、しきりの向こうで風呂に漬かっているであろう人物に声をかけました。


「カズラ、隣の家の息子が覗こうとしてましたよ」

「なんですってぇ!?」


 予想通りカズラが風呂を使っていました。

カズラは風呂から飛び出てくると慌てて体を拭き、着替えて小屋の外に飛び出しました。

きっとあの三馬鹿を捜しにいったのでしょう、これで安心して私が風呂に入れます。


 落ち着いて風呂を堪能した私は、朝食を取るべく匂いのする方へ歩き出しました。

食事をする場所はここからは家の反対側になります。


 途中、家の少し前にテントが張ってありますが、ここには確かマグナという人族の男が寝泊まりしています。

彼は私とカズラのために部屋を譲ってくれたのでなかなか人族にしては出来た人物です。

昨日一応、一言礼を言ったのですが「別に構わん」とそっけない態度でした。

獣人族が嫌い…ということでもありません、だったらこんなところにいないはずです。

ただ単に人付き合いが苦手な性格なんでしょう。


 シンタロウから少しだけ彼の話を聞いたことがあるのですが、彼は闇魔法の使い手で恐ろしく強いらしいです、なので下手に近づいて刺激しないほうがいいでしょう。


 そのマグナのテントの傍には謎の乗り物が置いてあります。

鉄で出来た魔動車とバイクという乗り物です、昨夜あれらには危ないので近づかないよう説明されました。


 でもその危ないと言われていた魔動車の前に小さな女の子がいます。


「ぐっもーにんーティアナちゃんー」

『グッドモーニングミミコ』


 …え、誰と話をしているの?

あの乗り物中に誰かいるのですか?

しかしティアナ、という名前は昨日一通り見た人物の中にはいなかったような…


 女らしき名前なので一応確認しておきましょう。

シンタロウを狙う要注意人物の一人になるかもしれませんからね…


 私は少し離れた場所から、ミミコという少女を観察しました。

子供特有のよくわからない話をしています、私が聞いたことのないカヌマ語もたまにでてくるのはなんなんでしょうか…この村特有の方言?


「でねーお姉ちゃんが隠してたお肉がびゅーてぃほーでねー」

『ノーノー、そういうときはデリシャスです』

「おー、でりしゃす!!」


 …やはりさっぱりわかりません、肉がどうしたのか…

おまけにミミコと会話しているティアナという人物の姿がどこにもありません。

別の角度からあの乗り物の中を覗いてみましたが、誰もいないのです。


 私はミミコに近づいて直接たずねてみることにしました。


「ミミコちゃん、おはようございます」

「あ、昨日来たおねーちゃんだ、ぐっもーにん」

「ぐ、ぐっもーにん?」

「朝のあいさつー」


 挨拶の言葉だったのですね…おはようと言う言葉と一文字もあってる部分がないのですが…


「ところで、さっきから誰と話をしているのですか?」

「ティアナちゃん」

「…その人はどこにいるんですか?」

「ここにいるよ?」


 …んっ?どこです?ここと言われても…ここには私とミミコだけです。


「ええと?ティアナさーん?」


 返事がない、あれ…何かちょっと怖くなってきました…

さっきまで私が聞いていた会話は一体…


「ティアナちゃんはますたーきょかがないとお話しできないの」

「…そうですか、ではまた今度にしますね」

「うん、またね」


 意味は全くわかりませんがこれ以上詮索するのはやめました。

あれは恐らくマグナと同じで近づかない方がいい類の物です。


 そこから足早に立ち去り、家の反対側まで行くと食事をしている者が何名かいました。

まず一人目が第三級要注意人物のアイラです。


 この少女は人族ですが、シンタロウと再会したときに親しげに話をしていました。

その様子から私とカズラから要注意人物と認定されています。


 しかし第三級なのは、危惧するほどでもないという程度を意味しています。

アイラはまだ幼い上に、見る限りシンタロウに特別な感情は抱いていないようだからです。

あくまで友達という範囲でしょう。

まあ人族が獣人族とくっつくのは滅多にあることじゃないですからね。

私もその二種族の夫婦は見たことありません、噂でサイプラスの人里離れた場所でそういう夫婦もいるらしい、と聞いたことがあるくらいです。


 ですがそのアイラの隣でがつがつと食事をしている女。

こいつは第一級要注意人物です。

名前はタマコ、隣の家の娘です。


 シンタロウと再会したときにあろうことかシンタロウに抱き着きました。

旅の途中にシンタロウとした話の中でも、こいつの名前はよく出てくることがありました。

隣の家に住んでいる幼馴染の女、それだけでもかなりの危険人物です。

色気は皆無ですが…念のためタマコについては詳しく調べる必要がありそうです。


 だけども!そのタマコを上回る特級要注意人物がいます。


「おじさん、みそ汁はこれでいいのかな?」

「うん、まあこれでいい、でも本当はなみそ汁にはだしが必要なんだ」

「だしって?コンソメのこと?」

「あれは野菜とひき肉で作るが、だしは魚介類、かつおぶし、昆布、ニボシなど海の物を使って…」


 このようにシンタロウが最も親しげに話をし、あまつさえ同じベッドで寝る人物。

ヴォルガー…人族で男でありながら今一番シンタロウと親密な関係にある者の名前です。


 旅の間、シンタロウの話の中で一番出てきたのがこの男の名前です。

おかげで知りたくもないのにこの男について詳しくなってしまいました。


 かなり上級の光魔法使いで、シンタロウの命の恩人であり、料理の師匠。

そしてタマコという余計なものをオーキッドから連れ帰った上にシンタロウの家を占拠し、改造して居座る一味の代表。


 悔しいですがこいつがいなければ私はシンタロウに会うことはなかったし、料理の腕に惚れ込むこともなかったでしょう、だから命だけは助けてあげます。


 だからシンタロウから離れなさい!距離が近すぎるでしょう!

男同士で一緒のベッドで寝るなんて何を考えているのですか!

昨夜はカズラと共に見張っている限りではおかしな真似はしていませんでしたが…

でもそこは貴方の家じゃないでしょう!

私とシンタロウの家ですよ!?


「あっ、シレネさん起きたんだね!朝食ができてるよ、そこに座って食べてね」


 シンタロウがお椀にスープを盛り、笑顔で私に差し出して来ました。

はぁー癒されます…これまで見てきた少年たちの中で断トツの可愛さです。

しかも可愛いだけじゃなくて料理が上手なんて…もう絶対逃せない。

シンタロウの料理はサイプラスで店をやれば確実に流行るでしょう、ゆくゆくは冒険者稼業なんて不安定な生活をやめ私と二人でお店を…私は料理できませんからこう、看板娘みたいな感じで客の注文を聞いて対応してですね…


「すまんがみそ汁受け取ったらこっちも受け取って席についてくれないか、後ろの人も待ってるんで…」


 ヴォルガーからも何かを差し出されていたことに気づき、現実に戻されました。

黄色い楕円形のよくわからない物体が木皿に乗っています。

チッ、なんなんですこれは、不味かったら殺しますよ。


「なぜ舌打ちを?」

「気のせいです」


 そそくさと受け取って、野外に置かれたテーブルに着きます。

この見事に丸い形で三つ並べられた石のテーブルと それに比べてやけに適当な椅子。

椅子は単なる木箱なのになんでテーブルだけ凝ってるんですか。


 その石テーブルの上にはパンが置かれています。

このパンは他の村人が焼いたものを分けてもらっているそうです。

しかしヴォルガーの指示で作られているというこのパンは食パンというらしく、四角く平たい形に切り分けられています。

昨日も食べましたが私これまで食べてきたどのパンよりも柔らかくて美味しいパンです。


 今朝はその食パンの入ったかごの傍に、黄金色のどろっとした妙な液体の入った瓶が置かれていました。


「隣、座るわよ」


 私が瓶を手に取って眺めているとカズラがいつの間に来ていたのかそこにいました。


「それなんなの?」

「さあ…何でしょう、ここに置いてあったのですが」

「それはリンゴジャムです、スプーンですくってパンに塗って食べると美味しいですよ」


 隣のテーブルにいたアイラがそう教えてくれた。

これがあのリンゴ…?原形をとどめていないのですが大丈夫なんでしょうか。


 タマコも大量にそのリンゴジャムとやらを塗りたくたったパンを食べています。

それを見たカズラが食パンにリンゴジャムを塗り始めたので私も同じようにしました。


 それを端から一口かじると、私は幸せに包まれました。 


「美味しすぎるんだけど!?」


 …カズラと同じことを叫んでしまうところでした、ふう危ない。

でも美味しいのは確かです、甘酸っぱいリンゴジャムというものがパンとこんなに合うなんて…


 次にシンタロウのくれたみそ汁というスープを飲みました。

中にはなんでしょう…芋と何か緑の葉が入っています、暖かくてほっとする味です。

今すぐ結婚して毎日私のためにこのみそ汁を作ってください!と叫んでシンタロウを抱きしめたくなります。


「ぼくの作ったみそ汁どうかなぁ」


 シンタロウにふいに話しかけられました。

同じくみそ汁のことを考えていたなんて…やはり私たちは心が通じ合っているのですね…


「美味しいです!」

「良かったぁ、リンゴジャムとは合わないかもって思ったんだけど」

「そんなことありませんよ、どちらも美味しいです」

「本当?じゃあそのオムレツも食べてみてよ」


 オムレツ?ああこの黄色いやつですか、シンタロウが言うなら何もためらう必要はありません。

オムレツにスプーンを入れると驚くほどやわらかく、ふわっとしてスッとすくいとれました。

それをそのまま口に運ぶと…


「な、なんですこの食べ物は…今までの食事で一番美味しい…」


 ふわっとした食感でありつつも旨味のある肉の味がしました。

見れば黄色い物体の中に茶色い肉らしきものが刻んで入っています。

それは野菜も細かく刻んで一緒に炒めてあるようでした。


「なにこれシンタロウ!?何で出来てるの!」

「ああそれはね、卵なんだ、卵をかきまぜてから焼いてあって…中はひき肉の炒め物が入ってるんだって」


 驚くカズラにシンタロウがそう説明していました。

なぜいちいちそんな手間のかかることを?などと考えるのはどうでもよくて、私とカズラは一心にそのオムレツを食べました。


 食べ終えてハッとしました。

これではまるでタマコと同じです………

そしてシンタロウが恐ろしい事を言いました。


「オムレツはおじさんが作ったんだ」

「正確にはミートオムレツな、中のひき肉はシンタロウの持ち帰った醤油を使って味つけしてある」


 シンタロウとヴォルガーが同じテーブルに自分たちの食事を並べつつそう言いました。

他のテーブルにはディーナさんやマグナ、それとなぜかマサヨシまでいました。

 

「タマコちゃんの家の人は先に食べたからこれで終わりだね」

「ああ、俺たちが最後だ、ていうかタマコはまだいるのかよ」


 そんな会話をしながら二人は食事をしています。


 私は…この目の前の憎らしい男が作った料理を一番美味しいなどと言ってしまった…

あああああ!しかも完食してしまっているから今更どうとも言い直せない!


 隣のカズラを見ます、私と同じようにオムレツを真っ先に完食していました。


 顔を見合わせ、苦笑いをする私たち。

どうしようもないのなら、もう開き直ることにしました。


「「これ、おかわりないの?んですか?」」


 ヴォルガーが席を立ち再び調理をはじめ、すぐにミートオムレツを出してきました。

それをむさぼる私とカズラ…

ああっ、ごめんなさいシンタロウ、こんなものに負けた私を許してください!

そしてこれを作れるようになって結婚して毎日食べさせてください!

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