第183話 フィーーッシュ

 狐人族の村に居座る、もとい、ご厚意に甘えることにした俺たちはテントを二つ貸してもらい、村のはしっこで生活を始めた。

竹林のすぐ傍だ、明らかに邪魔者を隅に寄せた感じだが特に不満はない、むしろティアナと漆黒号が近くに置けるので都合がいい。


 タマコには故郷に帰るのが遅くなることを説明したら「別にいいよ!」と全く気にしていないようだったのでとりあえず問題はなかった。

あいつは今が楽しければそれでいいのだ。

他のメンバー?それは勿論不満たらたらだ!


「ここで生活するのには意味がある、まず俺たちはマグノリアとそこに住む獣人族について知らなすぎる、タマコを基準にしてはダメだと良く分かった」


 だから知らなくてはいけない、彼らが何を恐れ、何に対して怒り、何を喜びとして生きているのか。


「このままタマコの故郷である猫人族の村にいってこんな空気だされてみろ、辛いぞ?タマコがいるから歓迎してくれるだろうとか単純に考えたらせつなくなるかもしれんぞ?」


 そのための予行演習、ここで異文化交流をしてこの先獣人族と揉めることのない旅ができるようになりたいではないか。


 そんな俺の熱弁を三人は興味なさげに聞いていた。

ディーナの場合は単に怯えててそれどころではないのかもしれんが。


「止めはせん、勝手にやれ、ただし我抜きでな」


 マーくんはそれだけ言ってテントに潜った、寝て過ごす気だ。


「はあ、ヴォルさんの言う事もわからなくはないですけどね、でもこちらを嫌ってる相手と簡単に仲良くなれるかはわかりませんよ」

「まあなんとかなるよ、アイラだって最初はあんな感じだったよ」

「は?」

「俺の記憶違いでした、アイラさんはもう少し友好的でした」


 この「は?」はいつか矯正しなくてはいけないかもしれない、こんな癖があると将来、どこかにアイラが就職したら職場の同僚とうまくやっていけないのではないかと不安を感じる。

環境かな、環境がよくないからだよな、今は殺伐としてるし、もっと穏やかでのんびりできる街で同年代の将来は花屋かケーキ屋を目指す女の子と友達になるくらいから始めさせよう。

いるかな?この世界、そんな女の子。


「それでどうするのヴォルるん?村の人たちは話もしてくれなさそうだけど…」

「なあにそのためにあの子がいる」


 あの子、ちっさいほうの狐耳の巫女ランだ。

今のところヤナギとランだけが俺たちと会話してくれそうな存在だ。

ヤナギからは何かあればランに、と言われている。


 そのランは今現在はタマコと追いかけっこをさせられてテントの横でグッタリしている。

タマコ、疲れてるんだからつつくのやめてあげて。


 俺はタマコをランから引き離して、地面に横たわる彼女へ話しかけた。

まず最初にこの村で買い物しようと思ったのだ。

せっかく知らない土地に来たので何があるかがまず気になるのだ。

特に食べ物関係。


「買い物?そりゃあ私を通せばできるとは思うけど、あなたたちは何が出せるの?言っとくけどここじゃお金なんか使えないよ、物と物で交換するんだから」


 物々交換だと…俺の金貨が早くもゴミクズと化した。


「じゃあ俺たちの持ってる干し肉と…」

「肉はだめだっ!」


 タマコの猛烈な抗議が入った。


「いやでもタマコよ、新鮮な肉と交換できるかもしれんぞ」

「新鮮なお肉は今はたぶんほとんどないよ、そもそも私たちはそこまでお肉好きじゃないからね」

「肉が好きじゃない…?そんなやついるのか…?」


 わなわなと震え、驚愕の表情でランを見つめるタマコ。

肉好きじゃないとそこまでか、そこまでおかしいことになるのか。


 でもそうしたら狐人族は普段何を食ってるんだろう。


「肉より魚が好きな人が多いかな、ここは海に近いから漁をすることのほうが多いの」


 海が近いだって?俺たちはいつの間にか大分北の方へ来ちゃってたのか。

でも魚か、いいな、今まで新鮮な海の幸を食べる機会なかったからな。

うん、魚をとろう、考えたら釣りがしたくなってきた。


「じゃ俺たちも海行って魚獲ろう、釣り竿を借りたりなんかはできる?」

「つりざおってなに?」

「魚をとる道具だよ…え、釣り竿知らんてなるとどうやって村人は魚を獲ってんの?」

「海に潜って銛で突くに決まってるじゃないの」 


 ああ、もっと原始的な方法か…ということは泳げるんだ。

俺も多少は泳げないことはないが…


 他の面子はどうだろう、アイラ、ディーナ、タマコの三名に泳ぎについて尋ねてみる。


「私は泳いだ記憶なんかありません」

「お風呂で10秒はお湯に潜れたわ」

「えー水の中に入るの好きじゃないからやだー」


 ダメだな、泳げるのは俺だけみたいだ。

俺一人で行くのもやだし、せっかくだから皆で海に行って魚を獲りたい。

釣り竿…作るところからやるか。

幸い材料になりそうなものがあることだし。


「竹をいくらか切って使いたいんだけどそれはいいか?」

「なんに使うか知らないけど竹なんかいくら切っても構わないわ、あんなの誰もいらないし、切り倒してもすぐ生えて来て邪魔なだけだもの」

「そうか、ありがとう」


 竹は便利なのにな、なんでこの村じゃ使わないんだろ?

まあいいか、なら遠慮なく俺が使わせてもらおう。


 俺は魔動車に積んだ荷物から鉈(なた)を取り出した。

オーキッドを出るときに買ったものだ、キャンプするならいるかなと思って買っておいてよかった。

こんなことならノコギリも買えば良かったな。


 竹林に入って良さそうな竹を探す、俺が何をするのか興味あるのかマーくん以外は皆ついて来た。

釣り竿に良さそうな枝を探しておとしていく。

割とスパスパいけるな、パワーがあるせいかな。


 落とした枝は細い枝を全部削いで、一本の細長い棒にする。

本当はこれを乾燥させた方がいいはずだが、まあ大丈夫だろ、そこそこ太目の枝だし。

アイラに根本を両手で握ってもらってちゃんと持てるかどうかは確認した。

アイラが持てるサイズなら全員持てる。


「この棒で何する?魚をたたく?」

「叩かない、まだやることがあるから俺の背中に登ろうとするんじゃない」


 調子こいて20本くらい取ってきたがその中から良さげなのをひとまず数本選ぶ。

残りは乾燥させるために枝だけおとしてほっとこう。

今使いたい竹は布で拭いて綺麗にしてから先端に糸を巻きつける。

糸は衣類の修繕のためにこれもオーキッドで買っておいたやつだ、蜘蛛の魔物が吐く丈夫なやつらしいんで冒険者の装備にも使われる少々高めな素材なんだが、便利そうなので大量に買って値引きしてもらった。


 先端に何重にも巻き付けて結んだが…魚の重みですぽっと抜けたらどうしよう。

なんかいい手ないかな…いっそ持ち手の部分からある程度巻きつけておくか、滑り止めになるし。

そのまま先端まで伸ばしてそこでも結んでおこう。

他にいい方法が無いかは使ってみて考えるか。


 糸はかなり長めにつけておいて現地を見てから切って調整しよう。

あとは…針か、釣り針はさすがに買ってないな、ていうかそれ買ってたら釣り竿も買ってるよな。

縫い針を曲げるか?でもこれはあんまり消耗したくない、数があるわけじゃないので。

要は魚の口にひっかかればなんでもいいんだよな…


 うーん、釣りはしたことあるけど釣り針を自作したことはない。

ここで釣りに詳しいやついないそうだしなあ…あ、でも昔の仲間、ほわオンのギルメンに釣り大好きなやつがいたな。

そいつは小枝でも針になるとか言ってた気がする。

確か…両端を削るとかなんとか…


 俺は箸代わりに使ってた木の棒を長さ3センチほどに切って、ナイフで両端を削ってとがらせてみた。

ちなみに箸を使うのは俺だけだ、他はフォーク、スプーン、ナイフ、手づかみ派である。


 とりあえず作ってみたがなんだこれ、これでどうひっかかるんだ?

新手の殺傷兵器の弾丸みたいになっちゃったぞ。

仮にこれが魚の口に入ったとして…いやそもそも入るかこれ?

横になった状態を吸い込まないと入ら…ああ、そうか、口に入ってから縦になるのか。

つまり引っ張ったときに縦になればいいわけで、この針の片側の先じゃなくて、中心部分に糸を結べばいいんだな。

重りは現地でなんか拾えばいいや。


 そんな感じで釣り竿を5本作った。

一応作りながらこれは魚を獲る道具で、ここを持って糸の先にエサをつけるとか説明しながら作ったんだがアイラは釣り竿を元々理解していた、ディーナは途中で、ああ聞いたことあるわと釣り竿の存在自体は知っているようなことを言ってた。

タマコとランは知らなかった、マグノリアで釣り竿はメジャーなアイテムではないようだ。


「マーくん海に行こうぜ!!」

「行かん」


 釣り竿ができたんでテントの中のマーくんに声をかけたが、そっけない返事だった。

機嫌悪そうだ、仕方ない、留守番してもらおう。


「で、海に行きたいんだけどどっち?」

「案内してあげる、歩いて行けるから心配ないわ」


 ランが海まで連れてってくれるというので俺は荷物をもって歩いて行くことにした。

乾燥してない竹竿5本て結構重量あるな、余裕で持てるけど。

でもたぶん俺以外は辛いので他の人たちには他の道具を持ってもらおう。


「釣りってしたことないから少し楽しみだわ」

「王都の近くは川とか池とかないのか?」

「あったけど街の外は魔物がいるから、私は行ったことないわ」


 歩きながらディーナの話を聞いて、ああそうかアウトドアも大変な世界だったわと思い直す。

あれ、じゃあこれからいく海も魔物とかいるんですかね?


「魔物?そりゃいるわよ、だから普通は銛を持っていくんじゃないの」

「村出る前に言ってくれよ!!」

「あなたたち魔法が使えるんでしょ?私も使えるから心配ないわ」

「魔物がでたらアタシがやっつけてやる!」


 タマコが頼もしいな…なんか強いらしいからまあいいか。

心配なのはディーナくらいか、俺の傍にいさせればなんとかなるな。


 ほどなくして海が見えた、村からほぼ一直線に北に歩いて20分くらい。

おお、ちょうど釣りに良さそうな岩場があるじゃないか。

ただその上に鎮座しているアザラシのような生物が牙をむき出しにして吠えているのを除けば絶好のポイントだ。


「なんだあれ!?食べられるか!」

「あれはウォッチシールって魔物、食べられるけど…近づくのは危ないわ、海に引きずり込まれるから泳げないと死ぬと思う」

「遠くから魔法で対処したほうが良さそうですね<イロウション>」


 言うが早いかアイラが<イロウション>で思い切りそのアザラシを殴りつけた。

ギョェェェと叫び声を上げながらアザラシは宙を舞って、その後ザッパァァンと海に落下した。


「何今の魔法…怖い」


 ランの顔がひきつっている、タマコは俺とディーナの間に挟まってブルブルしていた。

よほど<イロウション>が怖いらしい。


「まあ今日は魚を釣りに来たんで…あの魔物の肉は今度ということで」


 気を取り直して岩場に移動する。

他には変な魔物はいなそうだな、釣りの準備ができるまでアイラに周囲を見てもらうことにした。


「これが海なのね…」


 ディーナが感慨深そうに海を眺めていた。

…こうして、余計なことを言わず、海を見つめて憂いを帯びた表情をしていれば間違いなく誰もが認める美女なんだが。


「大きな海老が食べたいわ…釣れるかしら…」


 海老はどうかなー、難しそうだなー。


 さて腹を鳴らして海を見つめる美女はそっとしておいて、釣りエサはどうしようかな。

岩場でエサを探す俺を見てタマコも一緒に探し始めた。

恐怖の記憶は既に無くなったようだ。


「タマコも海はじめてか?」

「うん!魚あんまり好きじゃないから!来たことなかった!」


 おいどうした猫、アイデンティティを投げ捨てたな。

というかここまで来て今更魚が嫌いとか言うのか。


「なんで魚好きじゃないの」

「ん?なんかちくちく…あーなにこれ!待てっ!捕まえた!」


 聞いちゃいねえ、何かを見つけてすぐに興味がそっちへうつったようだ。

何を捕まえたのかタマコの手の中を見てみるとうぞうぞする虫がいた。

フナムシ…とは少し違うな、色がヤバイ、黄色と黒の放射能マークみたいなカラーリングだ。

これエサになるのかな、まあ海にいるんだからエサになるか。

試しにこれつけてやってみよう。


 俺はその危険なカラーのフナムシを針にぶっさして釣り竿を1本用意した。

触るのにちょっと抵抗があったがタマコはよくこれを素手で平然と捕まえたな。

重りは適当にそこらへんにあったごつごつした石だ。


「よしじゃあこれはディーナが持ってて、そこから竿の先を出して、糸を海に垂らしとけばいいから」

「わかったわ!よーし釣るわよー!」


 あんま騒ぐと釣れんが楽しそうなのでしばらく好きなようにやらせとこう。


 俺とタマコはまたエサ探し、その後小さいカニ、アオムシ、よくわからん貝などをみつけたのでいろいろ試してみることにした。


「タマコ、エサ探しはもういいからこれ持って」

「うん、どうする?こうする?」

「ブンブンやるな!危ないだろ!海にエサを落としてじっとしとくんだよ!」

「わかった」


 じっとしておくということが果たしてタマコにいつまでできるか心配だ。

まだ意識が集中している間に俺とアイラの分のエサを付けた竿を用意する。

ランにもやるか聞いたけど「見張ってるのが私の役目」らしい。

やる気ないってことだ。

まあ俺たちのための仕事だからやらせるのもおかしいけどな。


「あっ!何か来てます、重い…!」


 最初にヒットしたのはアイラの竿だった。


「なんだっ!なにがいる!?」


 タマコが自分の竿を放り投げてアイラの傍に行く。

あーーせっかく作った竿が早くも海の中へーー!


「もうタマコはアイラの手伝いをしてろ!」


 タマコがアイラの持つ竿を一緒に握る。

アイラだけだと危ないからあそこは今後も二人でやらせたほうがよさそうだな。


「てやあっ!」


 二人が竿を上げると、何かが海中から出てきて岩の上にうちあげられた。

おお、やったな!いきなり釣りあげるとは!

正直あの針で釣れるかどうかは全く自信が無かった!


「つ、釣れたっ、釣れましたよヴォルさん!」

「みたいだな、初めてにしては凄いじゃないか、この魚は…なんだ、よくわからんがとにかくおめでとう」


 岩の上でビチビチとはねる体長50センチくらいのうっすら赤みがかかった鯛のような魚をタマコが両手で押さえつけている。


「わっ、これ美味しいやつじゃない、あれで獲れるなんて嘘でしょ」

「これは食べられる魚か、なんて名前だ?」


 ランに魚の名前を聞く。


「さあ、私たちはアカウオって呼んでるけど、とにかく食べられるのは確かよ」


 鯛だとしたらアイラはいきなり大物釣ったなあ。

しかもアイラの竿は一番最後に用意したのになあ。

あれエサなにつけたっけ…貝だったかな。


「アイラは釣りの才能があるな!」

「そうですか?運が良かっただけですよ」


 アイラは笑みを隠しきれないようで照れてる、かわいい。


「ヴォルるん助けてー!引っ張られるーー!」


 もう一度アイラの竿にエサを付けてたら今度はディーナが何かひっかけたみたいだ。

あれ意外と忙しいな、自分の竿を持ってる暇がねえ。


 ディーナに駆け寄って竿を引き上げる。

今度はなんだ…?アジみたいな魚だけど…アジよりでけえな。


「ラン、これは?」

「シロナガって呼んでる、食べれるわ、でも味は普通かなー、大きいから身は多いけどね」


 ふむ、よくわからんが食用ならばよし!


「ディーナもなかなかやるな」

「釣りっておもしろいわね!」


 満足してるようなのでこのまま頑張ってもらおう。


 その後もアイラとディーナの二人がどんどん魚を釣り上げていた。

俺はエサを付けたり、二人の助けに入ったりで自分のことをやってる暇がない。

タマコは釣りよりエサ探しが楽しいようなのでそれと、アイラの竿を持ち上げるカバーがメインになった。


「ね、ねえ、それ使わないなら私が代わりにやってあげようか」


 ランがほっとかれている俺の竿を見ていた。

実はやりたいのかな?


「ああ、良ければそれ使ってランも釣りをしてくれ、見てるだけなのも暇だろ」

「任せて!あ、エサは貝がいいわ!」


 結局俺はエサを付けるだけの人だった。

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