第184話 アンド リリース アンド クッキング
「なんで私だけ何も捕まえられないの!?」
引っ張り上げた糸の先を見てランが叫ぶ、そこには何もついてない。
俺の釣り竿を持ってから全部これだな、エサだけとられている。
「もっと思い切って引っ張ったほうがいいんじゃないか」
悔しがるランにアドバイスしてみる、慎重派なのかゆっくり竿を上げようとするんだよな。
あの釣り針の形状だと結構グッと引っ張らないと針が引っかかってくれない気がする。
ディーナが妙に釣れるのは、アイツ竿が引いたら反射的に体がビクっとして竿を持ち上げる癖があるのでそれがうまくいってるせいだと思う。
アイラは、まあ普通に静かにしてるし、集中力があるからかなぁ。
「もう一度!エサをつけて!」
ランに言われて、はいはいと思いつつもエサをつけにいく俺。
「タマコ、貝くれ」
「貝もうない、虫はいっぱいある」
キモイフナムシか…ディーナはこれで釣ってるしまあこれでもいいだろ。
タマコが岩のくぼみを利用して石で蓋をしてる即席の虫牧場から一匹貰う。
くぼみの中はフナムシがひしめきあってまるで呪術に使うと言われる蟲毒(こどく)のようだ。
なんだこの地獄は、とりすぎだろ。
俺はフナムシを針に突き刺しランに渡す。
「その気持ち悪い虫は嫌なんだけど」
貝はあんまり見つからないんだ。
文句いうな、このピクピクするフナムシで我慢…あれ、これっておかしいな。
ふと変なことに気づく。
針が刺さるということは俺はフナムシは殺せるのか。
…ふわふわにくまんの判定基準がわからん。
そう言えば竹も普通に切れたし植物は判定してないよな。
植物判定あったら下手したら料理のときに野菜が切れないなんてこともあるよな。
魚はどうなんだ。
さっきディーナが釣ったばかりのまだ息のあるシロナガにナイフを振り下ろす。
ぐさっと普通に刺さった、魚も殺せるのか。
「遊んでないで早く貝をつけてよ」
「え?ああ…貝ないからこれで我慢しろ」
ランはしぶしぶキモイフナムシで釣りを再開した。
俺のダメージ制限は何かを基準にして勝手に<ディバイン・オーラ>のような防御魔法を相手に発生させているようなんだが何を基準にしているのかは不明だ。
よくわからんが料理に支障ないなら別にいいか。
それにしても釣り竿をもって真剣な顔をしている巫女の少女か…
見たことない光景だな、狐耳と尻尾も含めて。
立ち姿だけに注目すれば何かの儀式ですか?と尋ねたくなる。
「ま、また来ました!タマコ!手伝いなさい!」
「今いくっ!!」
タマコ、虫牧場にちゃんと蓋をしていって。
滅茶苦茶逃げ出してる、きもっ。
慌てて俺が石でふさいだが大分逃げたな、使いきれそうにないから構わんが。
見ればアイラがまた鯛…じゃないアカウオだっけ、それを釣り上げてた。
それを隣で見つめるランの顔にははっきりとくやしいですと書かれていた。
そんな感じで釣りを続けて、エサに使う生物とか釣り上げた魚は全部俺が殺せるということがわかった。
気づいたところでだからなんなの?という感じでもある。
意味もなく殺す趣味はない。
それより大事なのはエサの効果に関してだ。
キモイフナムシはシロナガという魚が良く釣れる。
日本ではアオムシ、ゴカイとも呼ばれるミミズはエサとしては魚が食いついてるようで悪くないんだが根本的な問題があって使えない。
こいつ、針から外れやすいのだ、細い曲がった針じゃないから無理やりつけると体がちぎれる。
糸で針に縛り付けるという強引な手段でつけてみたりもしたが手間がかかるのですぐやめた。
カニは今のところノーヒット、何か食いついて引き上げるんだがエサだけとられる。
貝は魚たちにとって好評な様子で入れ食いなんだがあまり見つからない。
岩に張り付いてるこぶりな牡蠣みたいなやつだったんだが…美味しいのかな。
「またエサだけないー!次!」
ランは結構人使い荒いな…ていうか何で俺がずっとエサつけてんだ?
そろそろ皆にも自分でやらせてみてもいいんじゃないか?
「自分でエサつけてみるか?」
「貝ならともかくその虫は絶対嫌」
ディーナとアイラも同意見だった、フナムシは気持ち悪いらしい。
平気なのはタマコと俺だけか…
「じゃあカニは?」
「カニなら…平気かな」
俺はランに小さいカニを渡してみた。
「いたっ」
ああー、カニが海に向かって飛んでいくー。
小さいハサミで指を挟まれたのがチクっとしたのかランはカニを放り投げた。
「やっぱりカニも嫌」
「エサはヴォルさんにつけてもらうことにしましょう」
「うんうん、それが一番いいわね」
今の光景を見ていたディーナとアイラがそんな結論を出した。
努力する心を忘れないでくれ。
結局俺がカニを針につけてランに渡す。
そのまましばらく三人が海に向かって釣り竿を向けてる姿を眺めているとランの竿にあたりがあった。
「きゃーなにこれ!折れるううう!」
竿がめちゃくちゃしなってる、適当に作ったやつだから折れるかもしれない。
「負けるかぁ!そいやぁぁぁ!」
手伝いに行こうとしたら男らしい叫びをあげてランが竿を引っ張った。
ザバァ、と海から顔を出したのは…タコだ!
「ぎゃー!海の怪物ーー!<アイスランス>!!」
ランがタコに向かって魔法を使った、氷の槍が飛んで行って…タコに突き刺さって、海に落ちた。
竿も手離したので竿ごと海に落ちた。
「なんてことを…立派なタコだったのに…」
「タコ!?何言ってるのあれは化け物よ!」
「食べられるよ」
「あんなの食べるわけないじゃない!?」
ランたちはタコ食べないのか、ていうかランは土魔法じゃなくて水魔法を使うのか。
てっきりヤナギと同じ土魔法を使うのかと思ってた。
「なんかすごいの釣れてたわね」
ディーナが竿をもってこっちへ来た。
「エサ無くなった?」
「針ごと無くなったわ」
見れば針がない、うーんあれも即席だからな、良く持った方か。
これで無事な釣り竿はアイラの一本と…予備が一本か。
「なぁー水が増えてきたぞ」
タマコもエサ集めに飽きて戻ってきていた、水が増えたってのは潮が満ちて来てるってことか。
この世界も潮の満ち引きがあるんだなあ。
「日が落ちればここも完全に海の中になっちゃうから、もう戻った方がいいよ」
そうだな、十分釣れたしランの忠告に従ってそろそろ帰ろう。
アイラを呼び戻して魚を袋に詰めて後片づけをすると俺たちは村へと帰った。
後片づけといってもタマコの虫牧場を解放してやったくらいだけどな。
また釣りするならエサ入れるための道具とかも作っといたほうがいいなこりゃ。
村に着いた頃には日は傾いていた。
今日の昼は適当に携帯食を釣りをしながら各自で食べただけだから腹が減っている。
早速釣った魚で夕食といきたいものだ。
「あーあ、結局何も捕まえられなかった…」
ランはかなり気落ちしていた、自分だけ釣れなかったからな、タコは釣れてたけどあれは本人的にはカウントに入らないみたいだ。
一方俺たちはディーナとアイラの頑張りによってアカウオ2、シロナガ9という釣果である。
全部大きいから食べ切れるかな。
大きいのばっか釣れたのは、あの釣り針だと口が大きい魚しか引っかけられなかったので釣れるのは必然的にそういう傾向になることに途中で気が付いた。
別の魚を釣るには針も改良が必要だ。
「アイラ、ディーナ、これとこれ、ランにあげてもいいかな」
俺はアカウオとシロナガを1匹ずつ手に取る。
「私は別に構いませんよ」
「そうねっ、ランちゃんがあの場所を教えてくれたからこんなに釣れたんだもの、私もそれでいいわ」
ということで魚をランに渡す。
「えっ…貰っていいの?」
「ああ、世話になってるしな、もっといるか?」
「ううん、十分よ」
ランは魚を受け取るとひゃっほーと叫びながら飛び跳ねてどっか行った。
食べ方について聞きたかったが…まあいいや。
「…あ、ありがと!」
途中、一度振り返ってそれだけ言うとまた走り出して行った。
早く帰ってヤナギと一緒に食べたいんだろう。
村人と仲良くなると言っておきながら今日は釣りしただけだが、ランとは多少仲良くなれた気がするのでとりあえずそれでよし。
そんなことより俺も魚の調理にとりかかろう。
テントの中でやると生臭くなりそうなので外で調理することにする。
俺はマーくんが寝てるテントから調理器具を持ち出すことにした。
テントは二つあるから男女別にしてある。
「マーくんて魚を生で食べたことある?」
「ない、なんだ、今日は魚か?」
「結構釣れたからね、楽しみにしててよ」
「…我は何もしてないが」
「留守番してたろ、出来たら呼ぶよ」
寝転がるマーくんとそんな会話を交わしてテントから出る。
外の女三人にも魚を生で食べた経験があるか聞いたら無いというので、刺身はとりあえずやめておくことにした。
つける調味料も塩くらいしかないのもある。
未知の寄生虫とかいても困るのでまずは焼いてみよう。
生食に関しては明日ランに聞けばいいや。
高圧洗浄機のタンクから水を出して魚を洗う。
そういや水場を聞くのも忘れた、タンクも無限じゃないからいずれ水の補給がいる。
こいつはブロンが言うには「水を圧縮する」魔道具らしい。
高圧洗浄機はその水を細い出口の筒を通して解放させることで実現している。
俺の作った携帯ウォシュレットは「水を発生させる」道具なので微妙に違うと言えば違う。
このタンクはそんな高圧噴射で水をだされると困るので口の広い、蛇口を横に取り付けてある。
俺が設計した、蛇口といっても捻るやつではなくて、L字の筒の中間に板を挟んであるだけだ。
使う時は板をスライドさせて抜く。
するとざばーっと水が出る、それを別の容器に溜めてから使う。
注意点としては魔動車の中でタマコがふざけて板をはずさないように普段は蛇口と板を縛り付けてロックしておくことだ。
さて洗った魚、まずはアカウオから挑戦してみよう。
まな板にしてるただの木の板の上でうろこをナイフでそぎ落とす、やはり鯛のように硬い。
専用の道具が欲しくなる…日本の我が家では変なステンレスの穴あきしゃもじみたいな物体をつかっていたんだが正式名称がわからんな。
それはないのでナイフで頑張って剥がす、それから頭、ヒレ、内臓を取り除き、三枚におろした。
これの身を赤鉄板の上に置いたフライパンで焼いてみる。
調味料は塩だけ、他は砂糖くらいしかない。
「魚ってそうやって切るんだ…」
「興味あるならディーナも練習してみるか」
「絶対にできる気がしないからいいわ」
そうか…まあ魚を捌くのは何匹もやって慣れる必要があるからな。
初めて見た人には何やってるかさっぱりな部分はある。
俺も和食の店でバイトしたときに店主のじじいにやたら怒られながら練習してようやくできるようになったくらいだ。
フライパンの上で焼けるアカウオの切り身を興味深そうに眺める三人。
焼いたら皮がより赤く、身は白くなって本当に鯛みたいだな。
もういいかなと思ったところで木皿に取り出した。
「まず釣りあげたアイラから食べてみてくれ」
「では遠慮なく」
アイラがナイフとフォークで身を切り分けて口に入れた。
「美味しいです」
シンプルな感想だが顔に笑みが浮かぶのを隠せないあたり相当美味しいようだ。
ディーナとタマコも我慢できなくなってフォークで突き刺して身をむしる。
「おいしーい!海の魚も悪くないわね!」
「骨が無いぞ…!?」
タマコが変な驚き方をしていた、まあ三枚におろして骨もほとんど取り除いたからね。
「これならアタシも好き!」
タマコの魚が好きじゃない発言は骨によるところが大きかったようだ。
どうやらこれまでは川魚の丸焼きしか食べたことがなかったらしい。
かぶりついたときに骨が刺さらなければ美味しいという判定になるのか。
あっという間に半身が無くなったのでもう半身を焼いて俺も食べてみる。
確かに美味しい、脂ものってるな、塩焼きでもごちそうではないか。
テントの中からマーくんが顔を出してこちらを見ていたので、残りはマーくんにあげた。
「むっ…こんなうまい魚が獲れるのか」
完全にテントから出てきた、マーくんの興味を引けたようだ。
しかし残念だがアカウオはもうアラしか残っていない。
これも調理したいが美味い物を食って余計に腹が減ったのでシロナガを先に焼こう。
シロナガは改めてみるとアジじゃなくてサイズ的にはタラに似てるかな、見た目はアジだが。
これも三枚におろす、アカウオほどウロコが硬くないので楽だ。
同じように塩焼きで皆に食べてもらったら口をそろえて、さっきのやつのほうが美味いという評価を貰った、シロナガの立場なし。
しかし俺も同意見だ、こいつは淡泊で大味だ、煮つけみたいな濃いめの味付けにしたほうが良さそうだが醤油がない。
ランが言ってたようにアカウオに比べると…残念な感じだ。
アカウオが美味しすぎたのもあるな。
でもシロナガはたくさんあるので贅沢言わずに食え、と焼いて皆に出し続けた。
「もうお腹いっぱーい」
「私もです」
なにいいい、まだ4匹も残ってるのに!
タマコも遠慮せずもっと食え!!
「最初の赤いやつならもっと食べれる」
ぜ…贅沢を覚えてしまった…
他にあるのは残ったアラを全部ぶち込んで作ったスープだけだぞ…
「スープくらいなら食べれるよ」
「そうですね、私もスープが欲しいです」
「はいはい私もー!」
「我もな、ああ我の分は少な目でいい」
なんということだ、さばいたのに残ってしまったシロナガ4匹は捨てるわけにもいかないので空いてる鍋につっこんで、魔動車に搭載した青鉄庫にぶちこまれることになった。
これも買っといてよかった。
片付けが終わる頃には完全に日も落ちてしまっていたので今日はもう寝ることにする。
シロナガは次から村人との交渉に使ったほうが良いか…
魚ばっか食べててもな、あとはドライフルーツとか小麦粉とか干し肉とか保存きく食料しか持ってない。
新鮮な野菜があれば交換してもらおう。
「昼間寝たから寝られんな、最強の闇の力を持った漆黒の暗黒号で走ってくるか」
「近所迷惑になるからやめて!!」
テントの中でマーくんが暴走族みたいな者になろうとしていたので頑張って食い止めた。
なぜ教えてもいないのに地球の悪しき風習に気づくのか。
そしていつまでその長い正式名称を使う気なんだ。
もう漆黒号でええやろ!
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