第181話 ふっさふさ

 マグノリアという国は大陸北部を東西に横長に伸びていて、西の端にオーキッド、東の端にサイプラス共和国とつながる場所がある。

北側は当然海しかない、南は大半がリンデン王国と接している。

ただ両国の間にはアホみたいに険しい山脈があるから二つの国家はほとんど干渉がない、一部マグノリアにお住いの山賊的なやつがザミールにちょっかいをかけてはいるようだが。


 まあ俺たちはとにかく東へ進めばいいわけだ。

方角については幸い、ティアナに聞けば現在の進行方向が東西南北どっちに向いてるのかわかる。

さすが人工知能様は違う、正確にここまでの地図データを記録し続けてるからな。

おかげで同じところをぐるぐる回る間抜けなことにはならないで済んだ。


「はいじゃあマグノリア二日目ー、第二回俺たちの明日はどっちだ会議をはじめます」


 野営から一夜明けて皆で軽く朝食を取った後、俺は会議の開催を宣言する。

第一回はマグノリア入る前にやった、あの時はタマコに道案内をさせればいいだろと一瞬で決議がでたのでわざわざ会議をする必要すらなかったなとか思っていた自分を殴ってやりたい。


「えーと、タマコの村は神樹の森ってところの近くなんだっけ?」

「そうそう、森の西側だよ」


 猫人族の住む村は、土の女神がいると言われている森の傍らしい。

これはシンタロウもなんかそんな感じのことを言ってたので間違いない。

その神樹の森というのはマグノリアの中央にあるので俺たちはひとまずそこを目指せばいいのだが。


「…さすがにまだ通り過ぎてはいないよな?」

「それは無いでしょう、いくら魔動車でも一日でそんなところまで行けませんし」


 現在地が不明なので勢いに任せて東へ進んでるといつの間にか村は通り過ぎてた、なんてことになりかねないのが少々不安だったが、アイラに否定されて安心した。

なんかクソでかい樹が生えてるんで近づけばわかるらしい。


 アイラはマグノリアになんか来たことないはずだがなぜかこの大陸の地形に関する情報は持っている。

これはイルザに言われたように、アイラがアイシャの記憶を一部引き継いでるせいだと思う。

ただリンデン王国のコムラードとかザミールとかの街については場所も知っていたのに、他国や小さい村についてなんかはあんまり知らなかった。

この辺はこれまでの共通点から考えるとアイシャ教の教会がそこにあるかどうかが関係してるみたいだ。

簡単に言うと自分を信仰する教会が無い場所なんか興味なし、ということだろうか。

神と言えど万人への平等な愛情は持っていないのだ!

でも歪んだ愛情は持っていることを俺は知ってるよ。


「一度来た道を引き返すか?そこから商人たちが使う道に沿って行くのが確実だろう」


 確かにマーくんの言うことはもっともだ、引き返すだけならティアナが道を記憶しているのでそう苦労はない。

とりあえずスタート地点からやり直した方が早い気もする。


 唯一気になる点があるとすれば、引き返す最中に捨てて行ったフロンシーヌと万が一にも再会しないだろうかということだ。

一晩寝てディーナがようやくそのことを忘れたのに、見つけてしまったらまたいじけだして面倒くさい。

まあ確率的には限りなくゼロに近い可能性だとは思うが。


「そうですね…昨日と、今日がほとんど無駄になりそうですがそれがいいかもしれませんね」


 アイラも賛成のようなので、そういうことになった。

他にいい案もでなかったしな。


 そんな訳で俺たちはまたオーキッド方面に向けて進みだした。

タマコが迂闊にも「戻ってったらフロ」と言いかけたのをアイラが口をふさいで黙らせた。

ディーナは「なあに?お風呂に入りたいの?」と気づいてなかったので助かった。


「あれ、マーくんなんか変じゃない?」


 魔動車を走らせ始めてまだ30分程度だろうか、隣を走るマーくんのバイクがフラフラし始めた。

おかしいな、燃料はまだ大丈夫のはずなんだけど。


 マーくんの蛇行運転は段々ひどくなっていく。

どうしたマーくん、イキってるのか?煽り運転か?

マーくんはそんなことをするような子じゃないだろ!運転マナーを守って!


 注意しようと思って俺は運転席側の窓を開けるようティアナに指示した。

そしてマーくんにぶつからないよう気を付けながら距離を詰める。


「マーくん!!ちゃんとまっすぐ走っ…うっ、なんだこの匂い」


 窓を開けて外の空気を吸って違和感に気づいた。

この辺り一帯に甘いような香りが漂っている。


「あー、ヴォルるーん、あんなところに酒樽の山があるわー」


 え…何言い出したのディーナ…そんなものはどこにもないよ?

急に酒の幻覚を見てるのか?アルコール切れなのか?

なんてこった…こんなことならもっと酒を買ってくるべきだった…


 車内でゲロ吐かれたら嫌だから最初は飲酒禁止にしてたんだが、俺だけコーヒー飲んでると皆からいずれ不満の目で見られるかもしれないと思い、オーキッドを出る直前に最後の街でディーナが酒を買うことを止めなかった。

でも金を払うのは俺だったので量は最低限にしてしまった。


「肉だ!肉の山がある!」


 後ろのタマコまで狂いはじめた、どうした?怖いんですけど、何、肉の山って。

そんなもんあったらそれ、死体の山って意味だよ?


「二人とも何を言ってるんですか、そんなものあるわけないでしょう」


 良かった、アイラはまともだった。


「ここには全ての人々がひざまづき、私にひれ伏している、当たり前の光景があるだけですよ」


 はいだめー、やっぱおかしかった、何を見てるんだ本当に。

というかなんだこの状況、俺以外おかしくなってる?

原因があるとしたら…この匂いか?


「ティアナ、窓閉めて、あとお前は問題ない?」

『イエス、ノープロブレム』

「何か皆おかしいんだけど原因わかる?幻覚魔法かな?」

『魔力が感知できないため魔法による干渉ではないと思われます、大気中になんらかの毒物が散布されている可能性がもっとも高い原因だと推測します』


 やっぱりそっちか。

俺は速度を落とし、車内の三人に<キュア・オール>をかける。

とりあえずそれで三人は正気に戻った。


「はっ、あれ、酒樽が消えたわ」

「また幻覚かよ…勘弁してほしいわ、ってやべえ、マーくんのこと忘れてた」


 蛇行していたマーくんは俺たちの前を走っている。

おまけにどんどんスピードをあげている、これじゃ魔法をかけられない。

ちょ、ちょ待てよ!


「あれーマグナどこへ…肉の山だ!」


 タマコがまた狂った、窓閉めてるだけじゃダメか!


 その後、ディーナとアイラも時間差でまた狂いだした。

いちいち治すのが面倒なのでとりあえずそのまま放置して俺はマーくんを追いかけることにした。


………………


………


 マーくんを追いかけて走ると、あの変な匂いのする一帯は無事抜け出すことができた。

あの後、開き直って俺は窓開けた状態で匂いがしなくなるまで自身の鼻で判断した。

俺はどうやら耐性があったみたいで変な物が見えたりはしなかったからな。

念のため状態異常を防ぐ<ハード・ボディ>はかけながら走ったけど。


 おかげで俺以外の三人は酔っぱらったみたいにあへあへ言いながら涎を垂らすという女の子がしてはいけない顔を晒すこととなったが、なあに匂いが消えてから<キュア・オール>したら記憶も一緒に飛んでたので問題ない。


「しかしまいったな、ここからどうしよう」


 俺は魔動車から前方を眺める、そこには竹やぶがあった、マグノリアは竹生えてんのか。

マーくんはこの竹やぶの隙間を縫うようにバイクごと突っ込んでいってしまったのだ。

たぶんまだ狂った状態にあるんだと思う。


 そしてこっちの魔動車は竹やぶには入って行けそうにない。


「私たちも魔動車を降りて後を追いましょう、そして私たちをこんな目に合わせた相手を見つけてむごたらしく殺しましょう」


 アイラは無表情だがどうみても怒り狂っていた。

一番最初にアイラを治すんじゃなかった、ディーナとタマコがあへあへ言ってるのを見て自分がどういう顔をしていたのか気づいてしまったのだ。


「気持ちはわかる、しかしマーくんがどこまで行ったかわからない、歩いて追いつけるかどうか」

「では魔動車で竹をなぎ倒しながら行きましょう」

「無理があると思うよ…竹は結構頑丈だし…」

「じゃあ<イロウション>で全部へし折りますよ!!」


 アイラが自然破壊のために後ろから強引に、運転席の窓側に手を突き出した。

ちょうどその時。


『警告、魔力反応多数、周囲を囲まれています』


 え、と思ったらヒュンっと何か飛んできた、反射的にアイラの手を引っ込めさせ、飛んで来た物を掴んだ。


「なにこ…矢じゃん!矢が飛んできたよ!?」


 俺よくつかめたな!?すごくない!?

とか言ってる場合ではなくて。


「ティアナ窓閉めて!」

『イエス』


 慌てて窓を閉める、カンカンカンっと立て続けに何かが魔動車に当たる音がした。

むっちゃ射られてる。


「きゃああ!?だっ、誰かいるよヴォルるん!」


 ディーナに言われずともわかる、あちこちから武器を構えた人が出てくるのが俺の方でも見えたからな。

いきなり攻撃を仕掛けてきたあたり、友好的でないのは間違いない。


 俺はこの場から一旦逃げるため、魔動車を思い切りバックさせた。

バックミラーに何人か映っていたことは気づいていた。

轢くことになるだろう、でも仕方ない、向こうが悪い。


 ドンッッ!!


 魔動車は停止した、あれっ?


『報告、後方に強力な障壁が突如発生しました』

「え、なんで?後ろにいたやつに魔法使われた?」

『ノー、魔法の発生源はヴォルガーです』


 そんなことをした覚えはない。


「俺じゃないぞ?」

『ノー、ヴォルガーが原因なのは間違いありません』


 バックミラーを見る、後ろには急に轢かれそうになって驚いたのか、慌てて魔動車から離れる襲撃者の様子が映っていた。


 あいつらじゃない?

じゃ俺なのか?俺が無意識に魔動車を止め…アクセルベタ踏みだったぞ?

なんで急にとま…まさか…アレか?アレのせいか?


 俺は自分の冒険者カードに書かれている称号を思い出した。


 ふわふわにくまん…どうあがいても生物に対しダメージをほぼ与えられないある種呪われた称号。

ひょっとして…今の行為、攻撃とみなされちゃった?


「俺は世界一安全運転できるということなのか…」


 ここが地球だったら喜んでいたが…今は滅茶苦茶いらない。


「ヴォルさん!?何言ってるんですか!?完全に囲まれましたよ!」


 360度、どうやら襲撃者たちに包囲されたようだ。

矢が効果ないと分かったので刃物を手にじりじりと近づいてくる。

ていうかこいつらなんだ、尻尾あるな、ふっさふさの。

それにあの耳は…


「あ、こいつら狐人(きつねびと)族だ」


 そうか狐か!だからなんだよ!?


「タマコ、一応聞くけど、お前の種族こいつらと仲よかったりしない?」

「普通だよ、あたしは一回しか殺し合いしたことない」


 絶対仲良くねえだろ…そしてタマコが今生きてるってことはお前相手を殺してるだろ…

タマコのバイオレンスな過去を聞かされて戦慄が走る。

あと万策尽きたのも戦慄が走る。


 俺は観念して魔動車から降りた。

ティアナに、残りの三人を絶対外に出さないように命令して。


「ま、俺一人ならなんとかなるだろう」


 魔動車を壊されてもたまらんしな。

ディーナたちが窓に張り付いてなんか言ってるが問題ない。


「あー乱暴なことはやめてほしいんだが?」


 俺は手を上げつつ狐人族に問いかけた。

平和を愛する心が伝わったのか屈強そうな狐耳の男二人が俺に近づいてくる。

やっぱ平和の意志は伝わってないかもしれない、剣おろしてくれない。


「面妖な鋼の獣がいたと思えば、腹から人族が出て来よるか、面白いのう」


 男たちの後ろから女の声が聞こえた。

勿論そいつも狐耳でふさふさ尻尾があった。

特筆すべき点と言えば巫女服を着ていたところだろう。

そして台詞から察するに魔動車を知らなそうだ、ついでに美人で着崩れていてエロい。


「先に行った鋼の馬に跨った男は、そちの仲間かえ?」


 竹やぶのほうを見てるし…マーくんのことかな…


「そうだよ、あっ、彼普段はいい子なんで、今日はちょっとなんか変な毒で混乱してたというか」

「で、あろうなぁ、なんせ惑わしたのはわらわゆえ、あそこまで動けるとは思わなんだが」


 ちくしょうやっぱお前らの仕業か!そんな気はしたよ!


「してそちはなぜ惑わされておらぬ?」

「健康が取り柄だからです」


 狐耳の巫女さんは目を細めてニィーっと笑うと手に持った扇子らしきものを俺の方に向けた。


「<ロックバレット>」

「<ライト・ウォール>」


 石のつぶてが飛んできた、返答がお気に召さなかったようだ。

ただ狙いが俺の足元だったので、脅かすつもりだっただけかも。


「なんと、今のを防ぎよるか」


 無詠唱で、即座にはなった魔法を防がれたので驚いたようだ。

悪いが魔法に関して発動の早さで負ける気はしない。


「あんたたちの目的はなんだ?」

「仲間から珍妙な魔物を見たと話を聞いての、ならば捕らえて食らおうかと思ったまでよ」

「やめてくれません?」

「それはそちの目的次第かの、なぜ人族がこの地におる?」


 タマコのこと言って大丈夫かな…まあもう窓から思い切り見えてるし、隠すのは無理か。


「中に猫人族の女の子がいるだろ?あの子を故郷の村に送ってるとこだったんだよ」

「村に送る?逆ではないのかえ?」

「なんだ逆って」

「村から攫って、奴隷として売り飛ばすところだったのであろうよ」

「なんでだよ!?そんなことしないよ!?」


 攫うってなんだよ?そんなことあるのか?

イスベルグから聞いてた話より全然ブラックなんですけど。


「それがまことなら、あの猫娘を解放してくんなまし」

「え、いいけど…変なことするなよ?」


 俺はティアナにいってバックドアを開けさせた。

そしてタマコを魔動車から降ろす、ついでにディーナにいつでも運転できるようにしてくれと運転席に座っておくように頼んだ。

アイラは…残っておいてほしかったんだがタマコと一緒に降りてきた。


「話は聞こえてましたのでいきなり攻撃はしませんよ」


 良かった、冷静ではあるようだ。


「その顔…やはり見覚えがある、カヨの娘かえ?」

「そうだぞー!カヨはアタシのお母さんだ!」


 狐の巫女さんはそれを聞いてまた笑った、今度は悪意のある笑みではなかった。


「おおやはりそうか、もう安心せい、わらわたちがついておるからな」


 あれ、なんかタマコには好意的だな、殺し合いしたんじゃなかったの?


「アンタ誰だ!」

「わらわのことを覚えておらぬか?ほれ、いつだったか共にラミアどもを狩ったであろう」

「あー思い出した!あれな!へびの!」


 俺のよく知らない話で二人は盛り上がっていた。

タマコ知り合いなんじゃねえかよ。


「…彼ら、タマコを助けようとしたのではないですか?」

「どうも本当の目的はそうっぽいな」


 俺とアイラは蚊帳の外で二人は話を続けている。

聞こえてくる話題に耳を傾け、聞いてみると…過去にある魔物を倒すため、猫人族と狐人族で共闘したことがあるみたいだな。


「あの時は悪かったの、こちらの身の程知らずが迷惑をかけた」

「ううんいいよ!あたしもついカッとなって殺しちゃったし、ごめんね!」

「よいよい、身内の恥を片付ける手間が省けただけのこと、ほほほっ」


 なんか狐側にタマコを囮にして自分だけ逃げようとしたやつがいたらしい。

それでムカっときてタマコはそいつを殺しちゃったみたいなんだけど…ごめんねで済むのか。

それを笑ってすますこいつらの価値観ちょっとよくわかんないですね。


 タマコと狐の巫女さんが喋ってる間、俺とアイラは「どうする?もうこいつらにタマコ任せてマーくん探しに行く?」「それでいいんじゃないですか」とか話し合っていたら


「そこな二人、聞けばタマコよりも強いらしいな?」


 タマコさん何言ってくれたの?


「アイラは怒らせたらめちゃくちゃ怖い、でもヴォルガーが一番えらい」

「わらわの魔法をいとも簡単にふせいでおったしのう」


 えらいってなんだよ、まあ言われて悪い気はしないが。


「話を聞いたが、どうやら本当にタマコを攫おうとしていた訳ではない様子、風変わりな人族よ、詫びとして特別にわらわたちの村へ案内してやろう」


 気づいたら狐人族の村に招待されていた。


 それはいいがマーくんが行方不明のままなのをなんとかしてくれ。

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