第七章

第180話 ここはどこ

「人生には時として、力及ばずどうにもならんことだってあるのだ」

「待って!お願いだから待って!」


 俺から告げられた言葉に対し、魔動車の助手席でディーナが必死になって叫ぶ。


「ティアナ、後ろ開けて」

『現在時速80キロで走行中ですが構いませんか?』

「構いません」


 俺の命令によりバックドアがバコンと上に開いた、自動化って便利だな。


「じゃあタマコ、いっせーのでいきますよ」

「おー」


 後部座席でアイラとタマコが同時に「いっせーの」と声を合わせた。


「「せいっ!」」

「いやあああああああ!!」


 アイラとタマコの蹴りによって車内から何かが勢いよく車の後方へ飛び出していく。


「ふっ…フロンシーーーーヌーーーーー!」


 バックミラーには大地をごろん、ごろんと転がっていくフロンシーヌの姿が見える。

鏡に映ったフロンシーヌの瞳が悲しそうにこちらを見ていたような気がするが、完全に気のせいなので俺はティアナに言ってすぐさまバックドアを閉めさせた。

あとディーナうるさい。


「こんなことって…あんまりだわ…」


 許せ、フロンシーヌはこの戦い…じゃなくて旅にはついて来れそうもない、こうするしかなかったんだ。


………………


………


 話は数日前に戻る。


 ラルフォイと通信クリスタルで話をした結果、すぐにはコムラードへ帰れなくなったことを知った俺は今後のことについてディーナたちと相談した。


 選択肢は三つあった、まず第一がラルフォイにも言われた通り、しばらくオーキッドで適当に過ごし、アバランシュの騒動が片付いて国境が超えられるようになるのを待ってから帰る。

一番問題のない方法だろう、技術局で仕事を続けてもいいしオーキッドの冒険者ギルドに行って仕事をしてもいい、マーくんもいるからよく知らない土地でもたぶんなんとかなる。


 第二の選択肢はアバランシュの問題解決に俺も力を貸し、イスベルグと共に国境手前にある街フェールまで行くというものだ。

アバランシュにある犯罪者組織は領主ともつながりがあってほぼあの街を牛耳ってるでかいマフィアみたいな組織だと聞かされた。

そのためあの街にある冒険者ギルド、傭兵ギルドも組織の息がかかっている可能性が高い。

行けば戦いになるのは避けられないという。


 俺が力を貸せば死者の人数は減らせるだろう。

またお金もいっぱいもらえるかもしんない。


 しかしだ、第一と第二の選択肢は共通の問題としてタマコをどうするのかってことがあった。

アバランシュが通れようが通れまいがどのみちシンタロウはもう俺の知る場所にいないのである。

会わせてやれない。

それに俺たちとタマコが一緒に過ごす期間が長くなるほど別れにくくなる。

ディーナなんかタマコがいじけた後すぐに「ねえタマちゃんもずっと一緒にいられる方法ないかな?お願い!ちゃんと私が面倒見るから」とか言い出した。

ペットか、あとお前は自分の面倒みるのも怪しいだろうが。


 他にも問題はある、まず第一の方はこのままずるずるとオーキッドにいるともう、こっちで本格的に永住することになりそうだったのだ。


 なんとなくだがどうも最近、俺をオーキッドに取り込もうという思惑をうっすら感じることがあった。

なんせロリエはしょっちゅう来てはいろんな物を家に置いてくし、帰るときに片付けるのが面倒だろって言ったら「この家を買えばいいのじゃ、なあに金の心配なら大丈夫なのじゃ!わちしが分割で支払えるように手を回してやってもよいのじゃ!」と気づけば望まぬ住宅ローンを組まされそうになっていた。


 また技術局の人たちもフレンドリーで、ブロンも仕事ならいくらでもあると言ってくるし、イスベルグまでもが住むんならオーキッドの税金はこれこれこうなってて…と聞いてもないのに本格的に住んだ場合の手続きについて教えてくれた。

 

 まあオーキッドってさ、結構住んでみるのもいいかもって思うよ。

ここじゃアイシャ教よりイルザ教のほうが勢力あるみたいで俺が宗教関係でとやかく言われることも無さそうだしな。

あと結構、文明っていうか技術力?そういうのはオーキッドが一番進んでそうで便利な感じだし。


 でもなあ、俺はサイプラスに行きたいんだよ、住むとかじゃなくて旅行にまず。

ここに住むとめちゃ遠くなる、あとエルフ族に会えない。

サイプラスには日本食があるという可能性を未だ捨てきれない俺としては、永住するという判断はまだできないんだ!


 第二の選択肢なんか第一よりデメリット多数!

まず危ないやろ、ウチには子供と、肉のことしか考えてない子供と、体が大人の子供がいるんですよ!

全部俺の子供ではないが。


 仮に三人は安全なところに置いて俺だけいったとしても、魔法使ったら恐らく、ていうか絶対多数の人に目撃される。

イスベルグの軍にはオーキッドにあるアイシャ教から後方支援として神官も何名か来るらしいのだ。

一番目撃されたくない人たちに見られる。


 ということで俺は第三の選択肢をとることにした、内容は第一と第二を無視することである。


 具体的にいうと駄々をこねるタマコを家まで送ってついでにサイプラスによってコムラードに帰るという手段。

ほぼ大陸一周に近い。


 しかしもうこれしかない、家を持ち定職について身動きが取れなくなる前に俺は旅立つしかないのだ!

こんなことを日本で言うと半ば白い目で見られるような年齢にはさしかかっているかもしれないがここは腐ってもファンタジーな世界!まだ許されるはず!善は急げ!


「タマコー、今度さあお前んち遊びに行きたいんだけどいいかな?」

「いいよ!」


 この巧みな交渉術によりタマコは部屋から飛び出して来た。

まあなんだかんだ言って故郷に帰りたい気持ちもあったんだろう、一人で帰るのが嫌だっただけで。


 んで、タマコの家に行くと言う事はマグノリアに行くと言う事だ。

マグノリアに人族は一切いないらしい、ドワーフ族とエルフ族の商人がたまに商売に行くくらいであと全部獣人族オンリーの国。


「マグノリアに行くって…正気ですか?」


 技術局で俺が一番頼りにしている変態、ロンフルモンに相談したらそう言われた。

最初の印象は最悪だったけどこいつは結構いいやつだ。

貸してくれた装備全部燃え尽きたのに弁償しないでいいって言ってくれたし、マントもくれた。


「あの国はまあ…国境とかどうでもいいといった考えの者が大半ですから行こうと思えば行けますけど、人族のあなたが誰かに襲われてもどこにも文句は言えないし誰も助けてくれません、さまざまな部族が好き勝手に村を作って集まってるだけで街と呼べるものもありません」


 聞く限り世紀末な感じがしたがそれでも俺は行くと決めた。

だってタマコですらそんなとこから一人でオーキッドまで来れてるんやろ?平気平気。

それにマーくんもついてきてくれる、この話を出した時は大人しくオーキッドにいろと忠告されたが金貨100枚が…と呟くだけですぐさま手のひらを返して賛成してくれたから問題ない。


「あなたとマグナさんの二人に勝てるような相手はいないとは思いますけどね、あと魔動車もありますから…無理、とは言い切れませんねぇ、オススメはしませんが」


 ロンフルモンも最後には分かってくれた。


 事が決まったのでお世話になった人らに挨拶して、借りてた家を引き払った。

餞別として色々貰った、嬉しかった。

ただイスベルグは既にフェールに向けて旅立ってしまっていたので別れを言えなかった。

謎の可愛いカッコしてた日に会ったのが最後だ。

あの日、別れ際に「ところで今日はそんな恰好してどこかで男とイイコトでもするのか?」と軽くセクハラしたら右ストレートを俺の顔面に繰り出して帰って行った、それがイスベルグから貰った餞別だ。

やはりゴリラは最後までゴリラだったということだな。


 ま、そんな訳でオーキッドに別れを告げ、俺とディーナ、アイラ、タマコ、それとバイクに乗ったマーくんはマグノリアに向けて旅立った。


………………


………


「うっうっ…フロンシーヌ…」


 俺たちは今、オーキッドにある最後の街を出てマグノリアにたぶん入ったであろう初日。

ここがマグノリアなのかそうでないのかよくわからないのはサバンナのど真ん中かな?と思えるような場所にいるせいである。


 腹が減ったので魔動車を停めて野営の準備をしているところだ、ディーナがまだフロンシーヌのことをひきずっている。


「いつまで泣いてるんですかディーナさん」

「だってフロンシーヌが…」

「正直あれはやっぱり旅立つ前に捨てて来るべきだと後ろに乗ってて何度も思いましたよ」

「じゃまだったなー」


 アイラとタマコから身も蓋も無いことを言われて無事ディーナは力尽きた。


 ちなみにフロンシーヌというのはディーナがオーキッドで買った犬みたいな生物に似た木で出来た置物だ、たぶん何かの魔物なんだろう、顔がやたらと愛らしいのが特徴だ。

ただ何の役にも立たない、でかくて邪魔なだけ。

あいつ金がないとか言ってたくせに魔物の絵を売って稼いだ金でこっそりそんなもんを買ってやがった。

俺が二度目のダンジョンに行ってる頃に買ったらしい。


 俺がそれを最初に発見したのは家の風呂場だった。

浴槽にでーんと入っててなにこれキモっ、意味わかんねえんだけど…と思ってたら「それはフロンシーヌよ」とディーナが教えてくれた。

「一緒に風呂に入ると少ない水でも肩までつかれるすぐれもの」という触れ込みで売られていたのを買ってきたということだった。


 それ別にそこらへんの石でもなんでもいいよね?この置物である必要がないよね?

しかも中はスカスカなのかお湯いれたらちょっと浮いてて使命をまっとうできてないよね?


 という俺のつっこみを無視して名前までつけてディーナは可愛がっていたのだが旅立つにあたり、一緒に連れて行くと言い出した。

なんかコムラード旅立つときにも似たようなことがあった気がする。

思い出した、枕のスヤッピーだったか。


 だから当然、旅立ちの日にフロンシーヌは置いて行きなさい、となったんだが今度は嫌と言ってごねだした。


「ヴォルるんだっていっぱい荷物を魔動車に積んでるじゃない!だったらフロンシーヌも連れてってよ!」

「俺のは全部必要な物だから積んでるんだぞ」


 魔動車に積んだ荷物だがまず各自の生活用品、主に着替え、これはまあ全員必要な物。

野営に使う道具、キャンプセットみたいな、これもいる。

魔動車の燃料である赤鉄(セキテツ)、これも絶対必要、途中で燃料切れで止まったら困るしマーくんのバイクで使う分も積んだから多くなったが減らすわけにはいかない。


 それから赤鉄と一緒に技術局で買った高圧洗浄機のタンク。

これは俺が作った携帯ウォ〇ュレットと似ていて中に青鉄が詰まってて見た目より水が大量に入る。

水は生きていく上で必要不可欠なのであってしかるべき。


 さらにバックドアに予備タイヤ…ではなくて盾が外側についてる、俺の装備だ。

これも無いと盾関係の魔法がいざって時に使えなくて困るかもしれない。

中に積んでるわけじゃないから問題もない。

予備タイヤはなかったから諦めた、ティアナが『自己修復可能なので問題ありません』と言うので別にいらなかった、車の発する自己修復って単語に理解がおいつかなかったがまあそれはよしとして。


「他は…食料とかだろ、いらないものなんてない、フロンシーヌ以外」

「じゃあこれはなに!」


 ディーナが指さすのは俺の私物。


「それは…食料の一部とそれを調理するための道具」

「鍋とかナイフとかはいいとしてこれは変でしょ!」


 変な物か、ロンフルモンに作らせた大事なコーヒーを入れるための道具一式だぞ。


「この臭い豆もなんだかいっぱいあるし!」


 それはコーヒー豆、コーヒーメーカーがあっても豆がなくては意味がない。

この香りが理解できんとはまったくディーナはいつまでも子供だな。


「それ必要な飲み物だから」

「コーヒーとかいうの飲むのヴォルるんだけじゃない!」


 …くっ、そこをついてきたか、確かに俺しか飲まん。

皆黒くて苦い水とか飲むくらいなら普通の水を飲むと言う。 

 

「アイラちゃんだってロリエちゃんから貰ったトランプを積んでるでしょ、二人が好きな物積むなら私のフロンシーヌも一緒でもいいはずよ」


 なんだと、そんな論理的なことをディーナが言うなんて。


「待ってください、確かにそうですがトランプは私の荷物袋に入る程度の大きさで二人に比べて場所はほぼとってません、それを一緒の扱いにするのは到底認められません」

「うっ…でも大事な物というのは一緒だし…」

「それを言ったらディーナさんの絵を描く道具だってフリュニエさんから貰った大事なものってことで既に積んでますよね?」


 むっ、閃いた、よし、ここだ!


「アイラの言う通りだぞ、俺の物だってロンフルモンから餞別に貰ったんだ、贈り物を捨てていくわけにはいかないだろ?もし俺のコーヒーがだめなら絵の具とかも全部だめだぞ」

「それは…そうだけど…」


 あと一押しでフロンシーヌを捨てて行ける、と思った所でタマコが口を挟んだ。


「あたしなにも貰ってないぞ…」


 なんか気まずくなった、なのでフロシーヌはとりあえず積んだまま出発した。

途中の街で肉系の食べ物を買って俺とアイラとディーナから贈り物としてタマコにあげたらそれで納得して喜んでたので気まずさはなくなったんだが…


 道中、後部座席のアイラとタマコが狭さに耐えれなくなって文句を言い出したのだ。

勿論フロンシーヌの存在が原因だ、コーヒー豆は関係ない、絶対に。


 魔動車が走ってて揺れたときにガンガンあたってくるという。

二人がずっと後部座席にいるのは二人に比べて体の大きいディーナを後ろに乗せるとより狭くなるせいだ。


 で、とうとうアイラの我慢の限界に達して、サバンナみたいなところでフロシーヌは後ろから蹴り出されて捨てられた。

さようならフロンシーヌ、お前のことはすぐ忘れるよ。


………


「ディーナはもう寝ちゃったのかー」


 タマコ、それは寝てない、力尽きただけだ、そっとしてやりなさい。

今はテントの中でいじけているが夕食ができれば起きて来るだろう。


「あたしも寝るか」

「待て、お前に話がある、テントに入るな」

「なんだ?」


 なんだじゃないよ、もっと今の状況理解して?


「お前さ…魔動車が通れないような道を歩いて来たとか、そういう大事なことはもっと早く言ってくれない?」


 俺たちが右も左もわからない場所で野営してるのはタマコのせいである。

こいつが道はわかるとかいうから行く方向について任せておいたのに、指示通り進んだら普通に山にぶつかった。

タマコは文字通り、山超え谷超えほぼ直線でオーキッドまでやってきたらしいのである。

運動神経に関してはどうやら想像以上に狂ってるようなのだ。


「ヴォルさん、タマコにそんな知恵があるわけないでしょう」


 アイラ、タマコに関して諦めるのが早すぎるぞ、まだマグノリア初日だぞ!元気だして!

 

「通れるかなって思ってた」

「通れるわけねえだろ!?この先もまた崖じゃねえか!魔動車はロッククライミングはできないんだよ!」

「ろっく…?」

「山登り!!」

「山はのぼれないのかー」  


 タマコの通ってきたルートは使えないとわかったので俺たちはあちこち迂回しながら進んできた。

その結果、迷った。


 マグノリアに関しては地図とかが無いんだ。

誰も作る気がないから。


 タマコが「次からは山じゃないとこ通るようにする」と一応反省していたのでそれ以上責めるのはやめた。

次があるのかしらんが、今度から移動は商人の馬車も通る道を大人しく歩け。


 夕食の支度をしていると遠くからブオオオンとエンジン音が聞こえてきた。

マーくんがバイクに乗ってここへ戻ってきたようだ。


「周囲を見てきたがこの辺は厄介な魔物もいなそうだ、ただ村も何もなかったがな」


 マーくんは漆黒号に乗って周囲を調べてきてくれたのだ。

ご飯までには帰ってきてねと言わないと本人はノリノリで運転し続けるのが少々困る。

バイクを入手してから毎日乗ってるようでマーくんはもう完全に漆黒号を乗りこなしていた。

ヘルメットもちゃんとある、ブロンからの餞別だ。

なんか丸い殻を持つ魔物の素材で作ってあって俺の要望どおり軽くて頑丈だ。


「星がいっぱいでてるからあしたも晴れそうだな!」


 夕食を食べて、空を見上げるタマコは元気いっぱいだった。


 俺は、知ってる星座がひとつもない夜空を見上げながら、旅に出たことをやや後悔しはじめていた。

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