第179話 シンタロウ 旅に出る

 ぼくの名前はシンタロウ、獣人族の中でも猫人(ねこびと)族と呼ばれる種族の男だ。

わけあって故郷を離れ、リンデン王国の山の中にある大きな館で元盗賊のナインスさんとその部下の人たちのために食事を用意する仕事をして暮らしている。


 食事の用意といっても適当な野菜クズを入れたスープを出したり、焼いただけの肉を出したりなんかじゃないよ、ぼくはこれでも料理ができるんだ。


 なんて偉そうに言ったけどぼくが料理をできるようになったのはおじさんのおかげ。

おじさんていうのはぼくに料理を教えてくれた料理の師匠でもあるし、魔法でぼくの命を助けてくれた人でもある、ちょっと変わってるけどすごい人なんだ。


 今は一緒にはいないけどね…ナインスさんから最近聞いた話じゃ、おじさんは今オーキッドに行ってるんだったかな。


 いつかまた、おじさんに会ったら今度はぼくの考えた料理を食べてもらうんだ。

それで美味しいって言ってもらえたら、故郷に帰って、村の皆にも…


「なあシンタロウ、どう思うよこの俺の新たな料理」

「あ、ごめんヘイルさん、よく聞いてなかった」

「おいちゃんと聞けよ、ぼーっとしやがって…稽古で疲れてんのか?」

「そんなことない、大丈夫だよ」


 考え事をしていたぼくに話しかけてきたのはヘイルさん。

ぼくと一緒に料理番をしている人だ。

この人も元々は料理なんか全然しなかったんだけど、おじさんのせいで今じゃ一日中料理のことを考えてるほど料理好きになってしまった。


「でな、俺は思ったわけ、この汁を使えばから揚げの新たな可能性が広がるんじゃないかとな」

「今日の鳥のから揚げにはその汁をかけるの?」


 ヘイルさんはなんだかよくわからない汁をなみなみと鍋に作っていた。

この人は暇さえあれば新しい料理を作ろうとする、美味しい物もできるんだけど、ときにはとても食べられないような不味い物も作りだす。


「かけるんじゃなくてこうする」


 ヘイルさんは鍋の汁の中にから揚げをドボンと漬けていた。

あーあ、これじゃあべちゃべちゃだ、せっかくカラっと揚がってたのに。


「これくらいでいいかな、よし食ってみろ」


 べちゃべちゃのから揚げを渡される、今日は失敗かなぁ。


「あれ、そんなに悪くないね」


 食べてみると思ったより変な味ではなかった、でも酢がきついかな?


「だろ?この前街に行ったときによぉ、偶然会ったサイプラスの商人からしょうゆとかいうこっちじゃほとんど売られてねえ珍しい調味料を仕入れてな、それを酢と混ぜてみたんだよ」

「でもちょっと酸っぱいのが強いよ、ナインスさんはあんまり酢っぱいと嫌がるんじゃないかな」

「お嬢は好き嫌い多いんだよな…仕方ねえ、じゃ砂糖も入れよう」


 ヘイルさんは鍋に砂糖を入れて混ぜた、今度は二人で汁だけを味見する。


「これはさっきよりもかなりいいな、砂糖アリだな」

「ぼくもこっちがいいと思うよ」


 今日は鳥のから揚げの甘酸っぱい汁漬けになりそうだ。


「野菜はどうしよう、鳥の骨で味をとったスープに少しは入ってるけどこれじゃ足りないよ」

「野菜の料理か、なんか肉ばっか食べてたら体にあんま良くねえんだよな?」

「うん、えいよう…ばらんす?が偏るとかなんとかっておじさんが言ってた」

「良くわかんねえけどいろいろ食うようになってから皆体の調子がいいもんな、んじゃ野菜も一緒にこの鍋にぶちこんでおくか」

「でもこれ漬けるだけだよね?」

「薄く切っていれりゃ生でも平気だろ」


 そう言ってヘイルさんはタマネギとニンジンを薄く切って鍋にある汁の中へたっぷり入れた。

それから二人で鳥のから揚げを作って鍋にどんどんいれていく。


「おいおい揚げ物するんならコロッケも作ってくれよ」


 いつの間にかフリスクさんがいた。

この人もたまに料理の手伝いに来るんだけど、手伝いよりつまみ食いをしてることの方が多い。

 

「来たな芋やろう、今日はコロッケなんか作らねえよ」

「ああなんだとこら?芋を馬鹿にしてんのか?」

「芋じゃなくててめえを馬鹿にしてんだよ、毎日同じこと言ってて飽きねえのか?」

「パンだって毎日食うだろ、コロッケもそれと同じだ」

「全然ちげえ!今度また死ぬほど芋買ってきたらぶっ殺すぞ!」

「やれるもんならやってみろや!芋から授かった加護の力でぼこぼこにして土に埋めてやらあ!」


 また喧嘩をはじめちゃった、この二人はすぐ喧嘩しちゃうんだ。

最初は怖かったけどもう慣れちゃったよ。

あとフリスクさん、芋は加護なんか授けてくれないよ、神様じゃないよ。


 ぼくは二人をほっておいて料理を続ける。


「うるせえんだよおめえら!!」


 ナインスさんが怒鳴り込んできて、二人がパッと喧嘩をやめる。

これもいつものことだから気にしない。


「シンタロウ、飯は?」

「できました」

「お嬢!今日の料理は俺が考えたんですよ」

「お嬢もコロッケ食べたいですよね?」

「黙れ、お前らは片付けでもしてろ」


 今日はナインスさんの機嫌がいつもより悪いかも?

あ、今朝コムラードに行ったからか…おじさんが街になかなか帰ってこないから機嫌悪いんだと思う。

最近「またいねえしあいつ」とか愚痴ってることが多いから…ナインスさんもおじさんに会いたいんだ。


「六人分用意して持ってこい、客が来てるからな」

「六人ですか?わかりました」


 言われた分の料理を食堂に運ぶと、そこには見たことある人たちが座っていた。


「よう、元気にやってるか」

「お客さんてジグルドさんたちだったんですか」


 ジグルドさんの他にはミュセさん、ロイさん、モモさんもいる。

この人たち四人はコムラードの冒険者だ。

ある時この山の中にナインスさんも見たことのない強い魔物が出てきて、それを討伐するためにここへやってきたのがきっかけで知り合いになった。

それ以来ちょくちょく来ては山の調査をしてるみたいで、この館を拠点にして活動することが多い。

そう言えば最初の時はもう一人、マグナさんというたぶんここにいる誰よりも強い冒険者の人がいたんだけど、その人は一回来ただけで、あれ以来会ってないなぁ。


 ぼくはテーブルに料理を並べていく、ん、六人分?

ジグルドさんたちとナインスさんと会わせても五人だ。

もう一人は誰の分だろう?


「お前も座って一緒に食え」


 ぼくの分だったので驚いた。

たまにだけどナインスさんに言われて一緒に食事をすることはある。

でもこんな風に、ナインスさん以外にも誰かいるときに食事を一緒にしろと言われたのははじめてだった。


 よくわからないけどぼくも一緒に食事した。

まだおじさんみたいに上手に早くは作れないから、甘酸っぱい鳥のから揚げと、パンと、鳥がらスープしか出せなかったけど皆美味しいって言ってくれた。

ぼくが料理を作れるようになって一番嬉しいのがこの瞬間だ。


 どんな種族でも美味しい物を一緒に食べたら仲良くなれる。

ぼくはそのことをここでおじさんから学んだ。


「この肉、さっぱりしててすごく美味しい、それになんだか…懐かしい感じがするわ」


 エルフ族のミュセさんは特に甘酸っぱいから揚げを気に入ってくれた。

野菜を入れて時間がたってからまた味がよくなってる、これは思わぬ発見だぞ。

あとはヘイルさんが持ってきてくれた調味料のおかげかな…なんだったっけ…し…しゃう?…あれ、忘れちゃった、後で聞いておこう。


 それにしても懐かしい味かぁ。

ぼくはふと故郷の幼馴染の顔を思い出した。

女の子なのに乱暴者で、ものすごく強くて、何度か無理やり変な物を食べさせられたりもしたっけ。

虫の丸焼きとか、蛇の魔物の串刺しとか…うっぷ、思い出したら気持ち悪くなってきた。

あれが故郷の味だとは二度と考えないようにしよう。


 食事を続けながら皆で話をしていると、おじさんのことも話題に出てきた。


「アイツまだオーキッドにしばらくいるみたいよ」

「なんだよ、まだあっちにいるのか、いつ帰ってくるとか聞いたか?」

「さあ?ギルドのミーナからちょっと聞いただけでよく覚えてないわ、モモは覚えてる?」

「最初マグナさんからラルフォイさんに通信クリスタルで連絡があったみたいですよ、その後ヴォルガーさんに代わったけどすぐ通信が切れちゃって詳しくはわからないって言ってました」

「つーことはなんだ?マグナのやつー…自分だけオーキッドに行ったのかよ」


 自分だけって言ってるしナインスさんもおじさんのところへ行きたかったのかな。

そう言えばアイラちゃん…ぼくとおじさんと一緒にここで料理番になったあの子もおじさんについて行ってるって聞いたな。


 アイラちゃんも最初は怖かったなぁ。

ぼくより年下のはずなのに、すごいしっかりしてた。

そんな彼女だけど一緒に仕事をして、食事をしたら仲良くなれたよ。

やっぱり料理って不思議な力があるよね。


「こりゃヴォルガーが戻るのは間に合わねえな」

「でしょうね…」


 アイラちゃんのことを思い出してるとジグルドさんとロイさんがそんなことを言っていた。

間に合わない?なんのことだろう。


「シンタロウ、ちょいと大事な話がある」

「え、はい、なんですか?」


 急にナインスさんが真剣な顔で話しかけてきた。

他の人もいったんお喋りをやめてしまう。


「お前はここにいちゃまずい、ジグルドたちについてここから出て行け」


 出て行け?え?え?

あまりに唐突な言葉に頭が追い付かなかった。

ナインスさんは毎日、ぼくのために剣の稽古をしてくれて、仲良くなれたって思ってたから、こんなことを言われるなんて思ってもみなかった。


「その言い方じゃなんもわからねえと思うぞ」

「細かく説明するのは苦手なんだよ!!」


 戸惑っているぼくに、ロイさんが話をしてくれた。


 獣人族のぼくにはちょっと難しくて分からない部分もあったけどロイさんの説明を聞いてどういうことなのかは大まかにはわかった。


 えっと、まずアバランシュってぼくもこっそり通ってきた街がオーキッドのすぐ隣にある。

そこの領主が犯罪者の集団と手を組んで悪いことをしてる。

それをなんとかするためにザミールとコムラード、二つの街の領主と冒険者ギルドや傭兵ギルドの人たちが協力してアバランシュへ戦いに行くかもしれない。


 このこととぼくがどう関係するかは、ザミールに答えがあった。


 ザミールの領主はネッツィ子爵って人なんだけど、実際に戦いになって指揮をとるのはリディオン男爵って人になるらしい。

その人が今度、こっそりラルフォイさんと話合いをするためにここに来るかもしれないという。

それが問題なんだ。


「犯罪者の組織が思ったより大きいみたいなんですよ、大きな戦いになればこの神隠しの森に逃げ込む者も必ず出て来るでしょう、その際は当然追撃しますが事前に話を通しておかないとナインスさんたちまで討伐されかねません、ここはもう隠し通すわけにはいかなくなったんです」

「それで部隊の指揮をとるクソ強いことで有名なリディオン男爵ってのには娘が二人いてな、ここにいた二人だよ、覚えてるだろ」


 ラライアとルルイエ、この時までぼくは名前を知らなかったけど、ぼくの父さんがザミールで攫ってきた女の子がリディオン男爵の娘だった。


「リディオン男爵はザミールの防衛を任されていて、普段は山を越えてマグノリアからやってくる獣人族の野盗を街の近辺から追い払うのを主な仕事としています」

「だから元々獣人族のことは嫌いだったんだが、娘の件があって大嫌いどころじゃなくなった」

 

 それはつまり、ぼくが見つかったら絶対に殺されるということだ。

ぼくは二人の娘の誘拐に関係あるんだからどう謝っても許されない。

それどころかぼくを生かしてかくまっていたってことでナインスさんたちもどうなるかわからない。

協力するどころの話じゃなくなってしまう。


「ぼく、父さんがどうやってリンデン王国に入れたのかずっとわからなかったんだ、アバランシュを通るときは馬車から出るなって言われて何も見ないようにしてたから…でもきっとその犯罪者の集団に手を借りたんだね、それでザミールまでいって、悪いことをして、逃げてるうちにナインスさんに見つかった」

「…ま、そういうことだ」


 ナインスさんは悲しそうな顔をしていた。

ぼくもここを離れるのは悲しい、いつかは出て行くつもりだったけど、それがこんなに早くなるなんて。


 でも迷惑はかけられない。


「ナインスさん、今までありがとう、ぼくはここを出ます」

「ジグルドたちがサイプラスへ行く用事があるらしい、一緒に連れてってもらえ、あの国からならマグノリアにも入れる」

「いいんですか?ぼくを連れて行ったら迷惑なんじゃ」


 一人で故郷を目指すのは正直心細くて仕方ない、リンデン王国のことなんか全然わからないし、旅の途中で誰かに聞くこともできない、だからジグルドさんたちが一緒なら心強いけど…


「ああ、俺たちに任せとけ」

「…本当にありがとう、じゃあぼくはジグルドさんの奴隷として…」

「奴隷扱いはこのアタシが許さねえ!!シンタロウに焼き印なんかいれたらぶっ殺すからな!」


 ナインスさんが大声で怒鳴った、びっくりして心臓が止まるかと思った。


「馬鹿そんなことしねえよ、奴隷の焼き印も、服従の首輪もつけねえ アンタの大事なシンタロウは俺たちのパーティーの一員として連れて行くさ」

「な、ならいいけどよ…あと別に大事とか…いや大事じゃないわけじゃねえけど…あれだ、一応聞いただけだ」


 ぼくがジグルドさんのパーティーの一員だって?

てっきり奴隷として連れて行くんだと思ってた、だって奴隷じゃない獣人族なんて、この国にはいないんでしょ?


 だから奴隷にしてもらったほうがいい、ぼくはそれで構わないんです、ナインスさん。


 そう言おうと思ったけどぼくの口からは「ありがとう」という言葉だけが何度も出てきた。

ジグルドさんもミュセさんもロイさんもモモさんも、笑顔でぼくを迎えてくれた。

涙が止まらなかった。


「男がそんなに泣くんじゃねえよ」

「はい!」


 ナインスさんに抱きしめられた。

頭の上から鼻をすするような音が聞こえたけど、ぼくはしばらく黙ってそのままじっとしていた。


………………


………


 おじさん、アイラちゃん、ぼくは旅に出ます。 


 二人にはお別れの挨拶もできなかったけど、そんなのきっと必要ないよね?


 ぼくはまた二人に会えると信じています。


 だって世界にはこんなにたくさんの、優しい人たちがいるんだから。


 どうにも出来ないことなんて、ないよ。


 そうでしょ?おじさん。

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