第178話 帰れ…ない?

 その日、我が家の食卓ではいつもとは少し違った空気が流れていた。

人数的にはいつも通りだ、このオーキッドで借りている家に住む四名が食事をしている。

四名中三名がいつもとは違って静かに食事をしている、一名はいつも通りガツガツ元気に肉を食べている。


 俺はその一名にどうしても今日言わねばならないことがあった。

しかし非常に言いづらい内容なのでためらっている。


「…私から言いましょうか?」

「いや、俺が言うわ」


 アイラに言わせるわけにはいかない、俺は意を決してタマコに声をかけた。


「タマコ、ちょっと肉を口に詰め込むのをやめなさい」

「んんぁ?…ごっくん、なんだ!ちゃんと野菜も食べてるぞ!」

「うんうん、まあそれはいいんだけど少し話があってね」


 ぼけーっとした表情で俺のことを見ているタマコ。


「俺たちはそろそろ帰ろうと思うんだ」

「…?いま家にいるぞ?」

「この家じゃなくて、リンデン王国のコムラードという街にね、俺たちが元々いたところ」

「そうなのか?あ!シンがいるところか!?」

「シンタロウはそこじゃないんだけどまあそこから割と近くにはいる」

「じゃあたしも一緒に行くぞ!!」


 シーン、気まずい空気が流れる。


「タマコは一緒に行けないんだよ」

「なんで?」

「獣人族はリンデン王国への入国は禁止されて…あー入っちゃだめって決まりなんだよ」

「なんで?なんであたしに意地悪する?ヴォルガーはあたしが邪魔なのか?」


 タマコの表情がどんどん変わっていく。


「あのねタマちゃん、ヴォルるんが意地悪してるわけじゃなくて国の決まりでそういう風になっててね」

「シンはそっちに行ったじゃないか!なんであたしはだめなんだ!」


 ここなんだよなぁ、これがあるからすげえ言い出しづらかった。


 俺たちがオーキッドを去ると告げたらタマコは着いてくると言い出すんじゃないかと予想はしてた。

しかしリンデン王国は獣人族の入国を基本的に許可していないためタマコはアバランシュの橋を渡る際必ず止められる。


 ロリエに一応、獣人族を連れてリンデン王国に戻る手段について相談もしてみた。

無いと言われた、奴隷扱いならいけるんじゃねえの?と思ってたのだがそもそもオーキッドは奴隷制度という物自体を認めていないため、公には奴隷が存在しない。

タマコのことを俺の奴隷ですって言ってオーキッドを出ようとすると今度は俺が捕まるのだ。


 しかし禁止されているとはいえオーキッドでも奴隷は存在するらしい。

そういった違法な行いをする犯罪組織があると悔しそうにロリエは語った。

シンタロウたちもたぶんそういう犯罪組織の手を借りてリンデン王国に入国したのだろう。

だから俺もそういう者たちの手を借りればタマコをつれて行けるのかもしれないがそんなツテは全くないし、誰かに頼めるわけもない、お尋ね者にもなりたくないので当然その方法はとれない。


 もう一つ、獣人族ではないがエルフ族のディムがオーキッドどリンデンを行き来した方法がある。

彼も本来はアバランシュを出るときに止められるはずなのだ、オーキッドはエルフ族の入国禁止だからな。


 ディムはもう帰っちゃったんでその方法は本人からは聞きそびれたんだが、マーくんはディムがどうやってオーキッドにやってきたのか、その方法について知っていた。


「マーくんさあ、ディムってどうやって国境超えたか知ってる?」

「…それは言えんぞ、秘密にしろと言われてるからな」

「そこをなんとか、誰にも言わないから!」

「あの獣人族の小娘を一緒に連れて行こうと考えてるならやめておけ、ディムが使った方法は聞いても役に立たん」

「それでも方法があるなら教えてくれ」

「だめだ」


 マーくんは最初こんな感じで全然取り合ってくれなかった。


「そうか…じゃあマーくん金貨100枚…」

「そ、それはその内返すと言ってるだろうが!」

「無理なら漆黒号にお別れの挨拶をしてきて、これからブロンに返しに…」

「卑怯だぞ!!」


 交渉の結果マーくんはディムが通ってきたルートについて教えてくれた。


「あいつは風魔法で空が飛べるんだ!!だから国境など関係ない!川の上を飛んで超えたんだからな!」


 参考にならなかった。

空か…さすがに無理だな…飛べるの羨ましいな…

その魔法が使えたら、雲の上にある島から落ちたときとか便利なのにな、たぶんそんな状況、今後二度と無いと思うけど。


 つまりこの数日あれこれ調べた結果、タマコは連れて行けないとわかっただけで…


「だからタマコも故郷の村に帰れ、シンタロウもいずれそこへ帰ってくるから、たぶんどうにかして」

「あーあーあー!知らない!みんな嫌いだ!ばか、ばーか!」


 タマコはこれらの難しい話が理解できるはずもなく、かんしゃくを起こした。

そして泣きながら、食べてる最中の肉だけ掴んで走り去った。

家を飛び出してくかと思ったがそこは単に部屋へ閉じこもっただけだった。


「ほぼ予想通りの結果になりましたね」


 そうだなぁ、俺もシンタロウに会わせてやりたいとは思ってるんだけどなぁ。


………


 翌日になってもタマコは部屋から出てこなかった。

鍵閉めて完全にたてこもったままだ。

呼び掛けてもこっちを無視しているのか返事もしない。

たまにうーうー唸る声がきこえるので部屋にいるのは間違いないんだが…


 このままでは話もできないのでとりあえず部屋から出てこさせるために、三人であれこれ考え、部屋の前で焼き肉をすればいいのではという結論にたどり着いた頃、誰かが家を訪ねてきた。


「ヴォルガーはいるか!」


 玄関に知らない人がいた、見た感じ男の兵士だが…いつものこの辺を巡回してる人でも、ロリエの護衛でついてきてる人でもなかった。 


「俺がヴォルガーですけど何か」

「外の馬車まで来て欲しい、イスベルグ様が中でお待ちだ」


 イスベルグが来てるのか?なんか久しぶりだな。

あいつとはダンジョン出てから今日まで全然顔をあわせてなかった。

一緒にキマイラ討伐のお祝いでもしたかったんだが、忙しくてとても会えないとフリュニエから聞かされていたのだ。


 俺は家の外にとめてあった馬車に向かう。

つかここまで来たなら家の中にはいりゃいいのになんで馬車で待つのか、よっぽど忙しいのか?


 馬車の戸を開けると中にものすごい美人が座っていた。


「そんなところに立ってないで中に入って座れ」


 イスベルグだった、鎧姿ではないので誰かと思った。


「どこのお嬢様かと思ったよ」

「からかうな!自分でもこんな服は似合わんと思っているのだ!だがフリュニエがどうしても着ろというから仕方なくだな」


 赤い長袖のワンピースに黒いハイヒール、頭にはでかい羽のついた白い帽子、それが今日のイスベルグだ、マジで誰やねんお前。


「似合ってると思うけど」

「そ、そうか…」


 照れてんのか…なんか怖いわ。


「最近忙しいって聞いてたけど、今日はどうしたんだ?」

「いやなに、お前が国へ帰ると聞いたのでな…一言挨拶に寄っただけだ」

「そうか、ええと、わざわざありがとう」

「うむ」


 …沈黙、いや気まずいんすけど、なんか他にないの?

こういう場面は俺が話題を振るべきか?


「あーっと…まだすぐ帰るわけではないけどね、というかいつ帰れるかちょっと怪しい所」

「ん、なんだそうなのか、じゃあ慌ててくることもなかったな…」

「慌てて来たのか」

「たまたま今日は時間があったから来ただけだ!」


 でかいよ、声が。

ツンデレのツンの部分だとしても迫力がありすぎる、馬車飛び出して逃げようかと思ったわ。


「それで、いつ帰れるかわからんとはどういうことだ」

「今ウチに部屋に閉じこもってグズってる子がいてだな…」


 俺はタマコのことをイスベルグに話した。

もしかしたら何かこの事態を解決するいい方法を知っているのではないかと期待して。


「リンデンに獣人族の知り合いがいるのか」

「なんとか会わせてやれないかなって思っててさ、タマコはそいつを探してマグノリアからはるばるここまで来たんだ」

「こっちから行くのは無理だろう、ならば向こうにいる者をこちらに連れてきてはどうだ?」


 なるほど!その手があったか、こんな単純なことに気づかないなんて…!


「あ、でも奴隷としてオーキッドに連れて行くって言ってアバランシュの関所は通してくれるのかな」

「リンデン王国の所有する獣人族の奴隷がどういうものか知らんのか?」

「どういう…なんかややこしい決まりがあるのか?」

「まずリンデン王国にいる獣人族はマグノリアから勝手にリンデン王国へ攻め込んで捕まった蛮族のようなやつらが中心だ、そいつらが捕縛され奴隷として扱われている」

「ふむふむ」

「それで大半の奴隷はそのまま使い潰されて死ぬが、中には奴隷同士で子を成すものもいる」

「奴隷の子はやっぱり奴隷になる?」

「そう聞いている、しかし奴隷の子供らは死ぬまで奴隷である義務はない、所有者に金を払えば奴隷から解放されてリンデン王国を出ることも可能なのだ、ごくわずかではあるがそうやってオーキッドに渡ってきた獣人族もいる」


 そうだったのか!まあ生まれてきても君は一生奴隷だよとか言われたら夢も希望もないもんな。

解放される望みがあるならそっちのほうが真面目に働くのかもしれないな。


「シンタロウという獣人族はまだ子供なのだろう?ならば奴隷の子を解放するという名目でオーキッドまで連れてくればいい」

「実際は奴隷から生まれた子とは違うんだけど…」

「それくらい私が手紙でも書けばなんとかなる」

「見逃してくれるのか!ありがとう!」


 俺は思わずイスベルグの手を握って感謝した。


「こっ、子供が一人故郷を離れた遠い異国に取り残されているのは、私としてもあれだからな!…それに、お前がそこまで助けてやりたいと思っている相手なら、悪人ではないんだろう?」

「いい子だよ」

「ならば良い」


 おおーこれならタマコとシンタロウを会わせてやることができそうだな!

タマコはアバランシュの手前にある、フェールまで連れて行ってそこで待ってもらうか?

いやその前にシンタロウに連絡取りたいな、通信クリスタル使ってラルフォイに頼むか。


「ちょ、ちょっと待ってて!」


 俺は急いで家に戻り、荷物から通信クリスタルを取り出した。

それから再びイスベルグの待つ馬車に戻る。


「急に馬車を飛び出したと思えばなんなんだ」

「これとってきた、早速連絡しとこうと思って」

「通信クリスタル!?そんなものまで持っていたのか…」

「イスベルグもダンジョンのとき持ってなかったか」

「あれは軍の物だ!!私個人の持ち物なわけないだろう!」


 イスベルグの給料でも買えないのか、まあクソ高いからな。


 俺は早速<コール>してラルフォイが出るのを待つ。

おーいおーいと呼びかけていると1分くらいで反応があった。


『ヴォルガーさん?今回はヴォルガーさんですか?マグナさんじゃないですよね?』

「俺だよ俺!おれおれ!」


 オレオレ詐欺みたいになってしまった。


『その声はヴォルガーさんですね、まだオーキッドですか?』

「うん、あの頼みがあるんだけど、ナインスが来たら伝えて欲しいことがあるんだ」

『ナインスさんですか?でしたら明日来る予定ですよ』

「じゃあ来たら近々シンタロウのこと迎えに行くからヨロシクって」

『シンタロウ…ああナインスさんのところにいた獣人族の子ですよね、彼ならもうあの屋敷にはいないですよ』


 えっ、いない?いないって言った?


「どこ行ったの?」

『彼は少し前にジグルドさんたち…調和の牙のパーティーに入ってサイプラス共和国に向かいました』

「なんで!?」


 どこへ行くシンタロウ!


『サイプラスを経由して故郷に帰るためですよ、リンデンから直接マグノリアに行くよりそっちのほうが安全なので』

「オーキッドのほうが近いのになんでわざわざ真逆のサイプラスへ行くのか」

『そっちはミュセさんが付いていけないじゃないですか』

「でもサイプラスも人族は入れないとか言ってなかった?ジグルドたちがいけないじゃん」

『それはミュセさんの故郷のベイルリバーの話ですよね?他の街は人族も入れるところが普通にありますよ』


 んがあああああなぜこのタイミングで旅に出たんだぁぁ!


『何かシンタロウ君がいないと不都合があるんですか?』

「いやこっちでシンタロウを探してマグノリアからやってきた子と会ったんだよ…どうしてもシンタロウに会いたいらしいんで俺がシンタロウをオーキッドまで連れて行こうかと思っててさ…」

『はあ、まあ仮にシンタロウ君がナインスさんの屋敷に残っていたとしてもそれは無理…というかヴォルガーさんも今は帰ってこないほうがいいですよ』

「なんでや!」

『これ極秘なんですけど近々アバランシュにザミールから大規模な派兵が行われます』


 はへい、はへい?派兵って…兵を送るってことだよな。


「な、何が起きてるのそっち」

『例の誘拐事件関係でアバランシュに犯罪組織があるとわかりました、それが領主のブラウン公爵ともつながりがあるようでして、ザミールのリディオン男爵と協力して組織の摘発に当たる予定です』


 ああー…そういえばリディオン男爵がなんか調査するって言ってた…


『その際、犯罪組織の国外逃亡を防ぐためにオーキッドへ繋がる橋はしばらく完全に封鎖されるでしょう、またその作戦にあたりオーキッド側に誤解を招かれないよう説明と、協力を取りつけるために連絡役をリディオン男爵が送っていたようなのですがその人物も無事帰ってきたそうなので…今からヴォルガーさんがこっちに向かうと確実にその騒動の真っただ中へ突入することになると思いますよ?』


 つまり、シンタロウを迎えに行くどころか俺もオーキッドから出られないということ…か…


「…一足遅かったな…会話の内容からして、この男がラルフォイか」

『…今の声…もしかしてヴォルガーさん以外に誰かいるんですか?』

「あ、ああ…その、オーキッドの剣豪っていうえらい人が一緒に…」

『他に人がいるなら言ってくださいよ!そろそろこっちもヴォルガーさんにこのことを伝えようと思ってましたからちょうどいいと思って極秘のことをペラペラ喋っちゃったじゃないですか!…関係者なので問題はなかったですけど』


 俺はイスベルグを見つめる、苦々しい表情で俺のことを見ていた。


「イスベルグさん、このことは」

「…知っていた、こんなに早くなるとは思ってなかったがな…ディムのやつ、仕事が早すぎだ」

「ディムが連絡役だった…?」

「まあな、私たちもその犯罪組織のことはずっと探していた、冒険者ギルドと協力して各地に1級冒険者を送り込んでな、ディムが私の元を訪れたことでようやくアバランシュにいるとわかった、道理で国内をいくら探しても見つからないわけだ」

「なんてこったい」


 ディムが俺たちに協力したのはオーキッドの重要人物とつながりを持つためか。

キマイラ討伐に必死になってた裏でそんなことをやってたなんて!


『話を聞く限り、ヴォルガーさんはディムさんとも、イスベルグさんとも既にあってたみたいですね?』

「二人にはこっちの問題に協力してもらったのでな、だから借りは返す、こちらもフェールに軍を配備して国境を見張ろう、協力は惜しまない」

『いやあ良かった!あ、でももう一度ディムさんがそっちに伺うと思いますので、詳細は彼に伝えて下さい』

「そうしよう…ただ一言言わせてくれ、なぜエルフ族を連絡役に使うんだ」

『彼は単独行動に長けていて、戦闘力も高く、すごく早く移動できるからと…雇ったのはリディオン男爵ですから私に言われても困りますよ』

「そうか…ならば仕方ないな」

『じゃヴォルガーさんも…ええと、ああそうだ、タックスさんも急いで魔動車を返す必要はないからのんびり観光してくればいいですよ、と伝えて欲しいと言っていたのでまあのんびりしててください、それじゃ』


 通信切れた。

急すぎてついてけない。


「あー…俺はどうしたら?」

「…のんびりすればいいのではないか?なんならオーキッドにそのまま住んでも…か、構わんぞ?」


 イスベルグがなんか言ってたが、俺は結局、タマコになんもいい情報伝えられないとわかったので、今日は高めのお肉で焼き肉にするか…とか考えていた。

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