第176話 ぴゃああああ
エイトテールキマイラを討伐してから一週間が経過した。
ダンジョン『赤き鼓動の迷宮』は冒険者たちが今日も元気に魔物を倒しに通っているようだ。
キマイラたちが新たに発見されたという報告は一つも入ってこない。
それによってエイトテールキマイラは一体限りの再出現しない特殊な魔物だったのだろうと結論づけられた。
軍と冒険者ギルドがその判断を正式に発表するまでの間、俺は家でごろごろしていた。
まあお休みを貰ったんだよね、色々と大変だったし、技術局の皆も疲れがたまっていたし。
ごろごろする以外ではディーナたちと一緒にオーキッドの街をうろついたり、家に遊びに来るロリエの相手をしたりしていた。
ロリエは名目上、軍と技術局と俺をつなぐための連絡役として家にしょっちゅう来ていた。
それくらいのことならロリエより下っ端の人らに命じればいくらでも代わりがいたのに、その役を自ら率先してやっていたのはやはり遊びに来るためだと思われる。
だって家にくるたび新しいおもちゃを持ってきてたから。
リバーシとかスゴロクとか、トランプとか…なんか明らかに昔この世界に来た日本人が広めたんじゃないですかねというゲーム類をあれこれもってきては相手をさせられた。
ちなみに何をやっても弱い、ディーナといい勝負をしてた。
勝つのは大抵アイラか俺、タマコはすぐ飽きるからカウントできない。
タマコは体を動かす遊びじゃないと大抵すぐ飽きるのだ。
だから二日目あたりでもう「また畑に行こうー」と言い始めそれを聞いてアイラは嫌な顔をしていた。
アイラはどうやら畑仕事はあまり好きではないようだ。
畑仕事なんかよりゲームで最下位争いをするディーナとロリエを遥か上の立場から見下ろし、勝負がついた瞬間、悔しさにゆがむ敗者の顔を見るのが何よりの楽しみなのだ、嫌な子供だな、接待ゲームというものをいつか学んでほしい。
タマコの特徴として室内ゲームはすぐ飽きるという点以外でもう一つある。
それは、すさまじくしょうもないことで笑い転げる、小学生、いや下手したら幼稚園児レベルの笑いの沸点を持っているということだ。
あれは俺が風呂からあがったときのことだ。
脱衣所に置いていたはずの着替えがなぜか無くなっており、代わりにマントが置いてあった。
マントだけ、嫌な思い出が脳裏をよぎった。
誰の仕業だ、と思いつつマントを手に取ると、物陰でピクリと何かが動いた気がした。
猫の尻尾が見えた、犯人が一瞬でわかった。
俺はしばらく無言でその尻尾を見つめ、おもむろに用意されていたマントを身に着けると「怪人裸マント参上」と名乗りを上げた。
「あははははははは、ははっ、あはははは、ひーっ」
タマコが腹を抱えて廊下を笑い転げていた。
どんだけ裸マントがツボったんだよ、もう一度見たいがために俺の服を隠したのか。
あまりに受けるから俺も悪ノリして「お前もマントだけにしてやろーかー」とか言いつつタマコに近づくと「ひひひひひっ、く、はーっ、かはっ…」と笑いすぎて過呼吸になるほどだった。
それ以来「裸マントごっこやってくれー」等と言われる日々を送っている、もうやらねえよ。
もうやらねえと宣言したのにそれでもしつこく付きまとってくるので俺はタマコから逃れるために一人で技術局に顔を出すことにした。
なのにタマコも付いて来た、変ななつかれかたをしてしまったようだ。
俺は畑に行くつもりはなかったので着いてきてもつまらんぞと言っても聞かず、俺の体をよじ登って強引に肩車をさせられたりする。
精神年齢は確実に幼児だが体は14か15くらいの女の体なので短パンから覗く生足が顔のすぐ横から伸びてると俺としても少々反応に困るのだがここで無暗に狼狽えるとロリコンみたいなので、心の中で俺はロリコンではない、よってこの生足にはリアクションしない!と決めて肩車しながら技術局をうろついていたらそれがいつしか当然の光景になってしまったのでやはり最初にやめさせるべきだったと今は後悔している。
で、今日もタマコは俺に着いてきて肩に乗っかって俺のやることをじっと見ている。
ここは魔動技術局のガレージ内部だ、暑いから嫌がるかと思ったんだがタマコにとってこの暑さは別に気にならないらしい。
「よーしできたぞーっ!」
「なんだそれ、新しいおもちゃか?」
頭の上からタマコが俺に問う、これはオモチャではない。
この数日、ブロンやロンフルモンから魔道具作成に関する技術を教えてもらって俺が作成した新商品だ。
「ぱぱぱぱっぱぱー、携帯ウォ〇ュレットー」
俺はテレビのリモコンくらいのサイズの物体を掲げ、某国民的アニメのロボットが秘密道具を取り出すときのような効果音をつけて宣言した。
「ぱぱぱっぱ?なんだそれ!あははははは!」
「そこ名前じゃないから、あと今のそんな笑うとこじゃねえよ」
俺はタマコを肩から降ろすとこの画期的な新発明の効果を見せるため、タマコの顔にむけてひとつだけついているボタンを押した。
ぴゅーっ。
「わぷっ!?なんかでてきた!」
やっといてなんだが、女の子の顔に液体をぴゅーっとだしてかける行為はアウトかもしれない。
「水だ!水がでるおもちゃだ!」
「うむ、水だ、でもこれは顔にかけて遊ぶためのおもちゃではない、トイレで使うのだ、何だと思う」
「わかった!手をあらう!アイラもトイレにいったら絶対手を洗えっていつも言う!」
「惜しい!いいところいってる!まあ別に手を洗うのに使ってもいいが…これは尻を洗うためにある!」
今まではトイレで大きい方をしたら桶で水くんでかけたり、布で拭いたりしてたからな!
「凄いだろう」
高圧洗浄機からヒントを得て開発したんだぞ。
これには最新技術が盛り込まれているのだ、リモコンの中には青鉄(セイテツ)という水魔法が込められた青い鉄みたいな物体が入っていてなんとこいつは水魔法の力を吸収して蓄える性質がある。
火魔法の性質を持ってる赤鉄(セキテツ)の言わば水バージョンだな。
そして質量保存の法則を完全に無視した性能で手のひらサイズなのに内部には水魔法によって込められた水が20リットルくらい入ってる、でも軽い。
さらに!冷水が尻にかかってビックリして心臓麻痺をおこさないように小さな赤鉄と組みあわせてぬるい水が出るようになっているのだ!
「??」
というような説明を一応してみたもののタマコに伝わるはずもなかった。
「かして」
タマコは携帯ウォ〇ュレットを俺からひったくるように奪うと水の噴出口をこちらに向けた。
何をするつもりなのかは明白だった。
ぴゅーっ。
「あー!避けた!」
そりゃ避けますよ、来ると分かってたら。
「えいえい」
「やめなさい、この辺水浸しにしたら後で怒られる」
「ふんっ!ふんっ!」
「降り回すな!!関係ない人にあたっ…あっ」
びしゃっ。
「………」
俺の背後に、顔面に水をかけられた男が立っていた。
長い前髪が顔に張り付いてしまっている、マーくんだった。
「あはははははは!」
「お前これでよく笑う勇気あるな?」
笑い転げるタマコから携帯ウォ〇ュレットを取り返す。
マーくんは無言だったのでとりあえず謝ってタオルを渡した。
「…もっと冷たければ気持ちが良かったかもしれんな」
よくわからない感想をくれた、特に怒ってはいないようでホッとした。
マーくんは何となく女の子供に対してどう対処していいかわからずに固まることがある。
前にザミールでリディオン男爵の家に行ったときも、幼女ルルイエに絡まれて同じような反応をしていた。
タマコとルルイエの肉体年齢は大分違うかもしれないがそれはさておき。
「調べていたことだがわかったぞ」
「あ、そうなんだ?それでどんな感じ?」
「やはりこの国の1級冒険者は別の依頼を受けて街を離れているようだ、キマイラが出て来る前からな」
マーくんはキマイラ討伐後からこの数日、オーキッドにある冒険者ギルドに顔を出していた。
用件はこの国の腕の立つ冒険者は一体どこへ行ってしまったのかを調べるためだ。
俺はあんまり気にしていなかったんだがマーくんはなぜキマイラ討伐の依頼が冒険者にいかなかったのかを気にかけていた。
フリュニエとロンフルモンは強かったけど2級の冒険者だ。
だから本来はそれより上の1級冒険者に応援要請があってもおかしくない。
「元々応援を必要としていないのであれば我とディムの参加も認めなかったはずだが、イスベルグはあっさり我らを討伐隊に加えた」
俺が進言したから、というだけでは確かに変だなと言われてから気が付いた。
この変な部分についてマーくんはこの国の1級冒険者はキマイラ討伐より重要な案件があって動けなかったのだと予想し、その考えがあっているかどうかを調査していた。
「肝心の1級冒険者が受けている依頼というのは教えてもらえなかったがな、他の冒険者も知らなかったあたり、よほど重要なことらしい」
「そうなんだ、オーキッドもあちこちで大変なことがあるんだなあ」
「キマイラよりも強敵がいるのかと思って期待したのだがな」
「そういうのはもう当分いらないんですけど俺は…」
マーくんもちょっとはのんびり過ごせばいいのに。
元気になってからすぐオーキッドの冒険者ギルドに行ったもんな、俺も誘われたけど技術局で用事があるとか言って断った。
「ならいつまでここにいるつもりだ?」
「そうだねえ、そろそろ俺たちもコムラードへ帰ったほうがいいかな、ディムも帰ったもんな」
ディムはキマイラ討伐から三日後、オーキッドを離れる事を伝えに俺の前に姿を見せた。
なんかこの国での用事は済んだらしい。
彼が何の用事でオーキッドへ来たのかはよくわからないままだ。
マーくんも知らないからたぶん彼も秘密の任務みたいなのを受けているのだろう、ちょっとかっこいいな。
なんであれ俺たちと一緒に命をかけて戦ってくれた人物だ、悪いやつではない。
去り際に「また会えるといいな」と言うと「いずれな」と言って風の様に消えてしまった。
イケメンがしたら恰好いいであろう動きを最後までしていった。
俺もあんな風に颯爽と「びしゃあ」後頭部になんかぬるい感触が。
「あははははは!」
「あ、いつの間に!?タマコ!勝手に人のものを取るんじゃない!」
「じゃあくれ!!」
「やらん!!」
「おいヴォルガー…今日ここに来いといったのは、まさかその水がでる物を見せるためじゃあるまいな」
「あ、違う違う!これはおまけ!」
そう、携帯ウォ〇ュレットを作りに技術局に通ってたわけじゃないんだ。
これはちょっと時間があったからチャレンジしてみたくなっただけで。
「じゃあなんのためだ?」
「あーそろそろ、いけると思う、着いてきて、ほらタマコもいつまでも水出して…おい飲むな飲むな、尻洗う水だぞ」
俺はマーくんとタマコの二人を連れて魔動技術局を移動する。
そして目的の人物、ブロンを見つけたので声をかけた。
「おーいブロン、そろそろいけそう?」
「おお!準備できたんでちょうど呼びに行こうかと思ってたところだ!早速乗ってみてくれ!」
ブロンとあと他のドワーフ族のおっさんたちがキラキラした目である物を俺に見せてきた。
俺が来てから毎日毎日、開発に取り組んでいた魔動車に変わる…いや別にはとって変わりはしないな、まあ新たな乗り物がそこにあった。
「魔動技術局が一から開発したバイクの記念すべき第一号じゃ!!」
「おーついに完成したのかー」
完成したバイクは当初の予定よりかなり大型になっていた。
というのも、最初はドワーフ族でも乗れる小型のものを開発しようとしていたが必要な部品をコンパクトに収めようとするとどうにもうまくいかなくて途中から作業がやや難航していたらしい。
それで俺がとりあえず地球で乗る、大型二輪の絵を描いて、まず小型化は後にしてこれくらいで作ってちゃんと動くかどうかの実験を優先してみては、と提案した結果こうなった。
でかいけど格好いいな、変身ヒーローが乗ってそうなバイクだ。
「これは…乗り物なのか?」
「そうだマーくん!これは言ってみれば一人用の魔動車だ」
「乗り物?わーいあたしものるのるー」
「まてぇぇい!最初は俺が乗ってどういう風に運転するのか皆に見せる必要がある!」
「なんでもいいから早く乗って見せてくれい」
ブロンたちドワーフ族連中がそわそわしてるので俺はいそいそとバイクにまたがった。
む、キックスターターが無い…ああそうかボタン式だったわ。
本来キーを刺すであろうところにボタンが付いているのでそれを押す。
ドドドドドっとエンジンが起動した。
「ここに乗るのか?」
タマコが俺の後ろに跨って乗ってきた。
こいつ…本能的な直感で二人乗りの方法に気づくとは…やりおる。
ここで降ろすのももう面倒なのでタマコには俺にしがみつくように言っておいた。
素直に従ったのでこれが馬みたいなもんだと理解したみたいだな。
背中に控えめな柔らかい感触があたりこいつも最初にあった時とは見違えたな、ちゃんと飯くって風呂入って綺麗にしてるからそれなりに体つきがいやロリコンではない俺はこんなことは考えなくていい。
ハンドルを握ってゆっくり手前に回す。
「動いた!!」
タマコの驚く声と共に俺はガレージから飛び出した。
「おおおおおおお!」
「結構スピード出るなあ、ギアチェンジねえからまあ…オートマと一緒か」
敷地内の地面をブオオオンと走る、うーん音がうるせえけどなかなか気持ちがいいな。
後ろでタマコがまたバカ笑いをしている、お前なんでも面白いのな。
しばらくぐるぐるとそこら辺を走っていて大事なことに気が付き、俺はブロンたちが歓声を上げているガレージ前まで戻ってバイクを停車させた。
「やったぞおお!ついにわしらの夢の乗り物ができたぞぉ!」
「ブロン、喜んでいるところ悪いが重要なことを伝え忘れていた」
「なんだ!?故障か!まさかまた爆発か!?皆逃げ…」
「違う爆発じゃない、ヘルメットを忘れていた」
「へるめっと?」
爆発する可能性があったと聞かされてなかったので一瞬言葉に詰まったが、ヘルメットとは頭を守る防具だと説明した。
「転んだ時に頭を守る防具か、落馬して死ぬやつもおるし、馬より速いバイクならなおさらそういうものが必要だな」
「軽くて頑丈なやつがいいと思うよ、あればだけど…」
ブロンたちドワーフ族チームはヘルメットの素材についてあれがいいこれがいいんじゃないかと早速議論をはじめた。
いっぱい意見が出てるんですぐヘルメットもできそうだな。
「あー面白かった!」
タマコが満足げにバイクから降りる。
「じゃあ次は我の番」
マーくんが後ろに乗ってきた、いや我の番って言われても…
「早く出せ」
「いやあの今ヘルメットがいるって話をしたばかりで」
「そんなことはどうでもいい!ええい!ヴォルガーが運転しないというならば我がやる!やり方を教えろ!!」
だめだこれもう一回乗って走るまで絶対譲らんやつや。
俺は仕方ないのでマーくんを後ろに乗ってまたブンブン軽く走ってきた。
ノーヘル運転は本当はいけないんだよマーくん。
「おい」
「ん?なんだ若造!わしらは今忙しい!」
「いくらだ」
「はっ?」
ブロンにつめよるマーくん…まさか…
「バイクはいくらなら売るのだと聞いている!!」
やはり買う気だった。
目が絶対に買うと言っている、ブロンもその気迫にちょっと押されている。
エイトテールキマイラを前にしたときよりも…マーくんは真剣だった。
「いやこいつは試作品でな…それなりに金もかかっとるし売れと言われてもな」
「金貨100枚か?200枚か?作るのにいくらかかる!言え!」
「お、おうわかった今費用を計算してやるから落ち着け」
ブロンは慌ててガレージに戻り、なんか書類を持ってきた。
「えーとな…作るのに23万とんで320コルかかっとる」
「23万コル…だと…金貨でええと…」
「金貨230枚と銀貨32枚だよマーくん」
金額を知ったマーくんはしばし考えた後
「エイトテールキマイラの討伐でもらった金貨200枚がある」
確かに俺たちはあの討伐後にそれだけの報酬をもらった。
俺も金を受け取った時は「かっ、かね、かねやぁー!」と思わず言ってしまうほどの金額だった。
しかしな、それだけじゃ足りないよ!あと部品代以外に工賃考慮していないよ!
「金貨300枚出す」
「金貨100枚分はどうする気なんだマーくん…」
「それはヴォルガーに借りる!だから問題ない!300枚で売ってくれ!!」
うおおおおい!まだ貸すとも言ってないのに!?
「おいあのだからな」
「だったら400枚だす!それでいいだろおおおおお!!」
「それだと俺の取り分も全部消えるんだが!?」
その後、マーくんのあまりにも頑な態度にブロンはとうとう折れた。
金貨300枚でバイク第一号はマーくんに買われていったのだ。
400枚じゃなくてよかったと思おう…
「なあなあ、金貨300枚ってどれくらいだ?」
話についていけなかったタマコに俺は教えてやった。
「タマコがこれからずっと死ぬまで毎日山ほどステーキが食えるくらいの金だよ」
「ぴゃあああああ!」
タマコは変な声を上げて飛び上がった。
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