第175話 お先に失礼します
一時はどうなることかと思ったけどなんとかなったなぁ。
上を見上げる、空には太陽が昇りまぶしく輝いていた。
俺たちはエイトテールキマイラを倒し、無事ダンジョンの外へと出てきたのだ。
「諸君!我々はエイトテールキマイラの討伐に成功した!」
イスベルグの言葉を受け、周りにいた兵士たちが歓声を上げた。
いやまあぶっちゃけイスベルグが言う前から結構ざわざわしてた。
ダンジョンから戻る途中で、俺たちの様子を見に来た部隊と遭遇し、その部隊から何名か先に外に報告へ行かせたからね。
とっくに伝わってはいたんだ、でもこうして俺たちが無事な姿を見せたことで実感が出て、歓声になったってところだ。
「悪いがオレは先に魔動車へ戻る、あまり大勢に姿を見られたくない」
俺の後ろにいたディムがこそっとそう言ったので振り返って見たらもういなかった。
兵士たちの注目がイスベルグに集まってる一瞬でさっさと車に戻るとは…
というか俺だって大勢に姿を見られたくないんだぞ?
今の俺はロンフルモンから借りたマントの下はほぼ全裸という限りなく変質者に近い恰好なんだぞ?
「ヴォルるーん!!!」
聞きなれた声がして、おや?とまた視線を前に戻すと、ディーナが走ってきて俺の胸に飛び込んできた。
「ディーナ?なんでここに」
「やっぱり心配だから来ちゃっ…なにその恰好!?どうしたの!?」
ディーナを抱きとめた時に俺が羽織っていたマントの前がはだけてしまっていた。
「なんでマントの下は裸なんですかっ!!」
「あはははは、へんたいだ!素っ裸だ!」
その声でアイラとタマコもいることに気づいた。
アイラは目を手で覆ってはいるがチラチラ見ているのが丸わかりだった。
タマコにはこっちを指さしてバカ笑いをあげている、おい素っ裸じゃねえよパンツは無事だろうが、ズボンさんは帰る途中でレッドフォックスと出会ったときに思わず身構えたらビリっといって完全にお亡くなりになってしまったんだよちくしょう。
「…後のことはなんとかしておくので先に戻ってていいですよ、マントはあげますから」
ロンフルモンに肩を叩かれ生暖かい視線を向けられた。
ありがとう、恩に着る。
俺はディーナたちを連れてその場を離れ「あははははは」タマコ笑うのもうやめなさい。
兵の集団から離れつつ、ディーナたちがどうやってここまで来たのか事情を聞いた。
「サジェスさんのポーションが完成したからそれを運ぶ手伝いをしたのよ」
魔動車が数台並んでいる場所に行くとタックスさんの魔動車もあった。
ディーナはあれを運転して他の魔動車の後にくっついてきたようだ。
「他にも食料などの物資も運んできましたよ、もう終わったので結局大半はそのまま持って帰ることになりそうですけど」
「服!なにか服は持ってきてないのか!」
「ええと…兵士用の防具はあったと思いますけど…鎧とか」
「槍もあった!あとうーんと、干し肉もある!」
アイラとタマコの提案には申し訳ないが鎧と槍を身に着けたところでより高度な変態になってしまう気がする。
鎧脱いだらパンツ一丁になるよな…俺は魔界の村を必死に走るおっさんか、空を飛ぶ赤い悪魔に襲われるかもしれんじゃあないか、怖いな。
あと干し肉は身に着けるものじゃないしたぶん回復アイテムでもない。
飢えはしのげそうだけどな、
「そういうのじゃなくて普通の…いやもうさっさと帰って家でちゃんと服を着た方が早い気がしてきた、ティアナが道覚えてるだろうしさっさと帰るか」
「うんうん、早く帰ろっ!私が運転してあげるね!」
ディーナがご機嫌でそう言うので運転は任せてもう街に帰ることにした。
俺は靴も無いしな、燃え尽きてしまっている。
裸足でダンジョンの中歩いてる時とか限りなく原始人みたいな気分だったよ。
帰ることを一応、誰かに伝えておかねばならんのでディーナに伝えにいってもらった。
俺は今の恰好であまりうろうろしたくなかったので魔動車にさっさと乗り込んだ。
魔動車搭載AIのティアナからは『おかえりなさい、ですが私を置いて危険な場所へ行くことは今後賛成できません』と言われた。
すまんが許してくれ、ダンジョン内にはさすがに魔動車ではつっこめなかったんだ。
それから数分でディーナは戻ってきた、フリュニエがいたので伝えてちゃんと了承してもらったようだ。
「そういえばマーくんはロンフルモンさんに背負われてたんだけど…大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、疲れて寝てるだけだから、俺が一緒に行ったんだから誰も怪我が残ったりなんかはしてないさ」
「そっか、そうよね、ヴォルるんが一緒だったもんね」
あの戦いで皆無傷とはいかなかった、大なり小なり何かしらの傷は負っていた。
俺も実はキマイラに火魔法連打されたときかなり火傷を負った、すぐさま<ヒール>で治したけど。
回復魔法覚えててマジよかったわぁーと心の底から思った。
一番被害が少なかったのはディムかな、やっぱ強いんだなあの人。
走り出した魔動車の助手席で体重を座席に預けると「疲れたので少し寝る」と言って目を閉じた。
後部座席でアイラとタマコがひそひそ声で話している、気になるほどではない、気をつかってくれてひそひそ声なんだろう。
まあ本当はそこまで疲れてはいなくて、少し考え事をしたかったからそう言ったのだけど。
今回のことでまた新たにいろいろと気づかされたことがある。
一番驚かされたのはエイトテールキマイラが取り巻きの再召喚をしたことだ。
ほわオンのときに確かにその行動はしていた、でもそれは無いと思い込んでいた。
前にコムラードの鉱山で戦ったタイラントバジリスクがやらなかったのでこの世界でそういう卑怯な技は無いと決めつけちゃってたんだよな。
これは失敗だった、マーくんが<シャドウ・サーバント>を使えた時点で召喚アリだと気づくべきだった。
ただなんでタイラントバジリスクは再召喚をしなくてエイトテールキマイラはやったのだろう。
この違いがよくわからない。
バジリスクのほうはほとんど一瞬で決着がついたから使う暇がなかっただけと言えないこともないが…
ともかく今後、俺の知るボスモンスターに出会ったら気を付ける必要がある。
いやできれば二度とボスには会わずに平穏無事に過ごしたい。
他にも気になる点はある、キマイラの強さだ。
ダンジョン内をボスと別れて行動していたり、連携をとるような戦闘行動はゲームでは絶対にありえない、そんな賢いAIではなかったんだ。
ここはほわオンの世界じゃないから単純な行動をとらないのはある意味正しい。
だから最初はキマイラたちはゲーム内にいた同じモンスターより強いのではないかとも考えた。
でもそれは間違いだった、いや決して弱くは無いんだけど倒せない敵ではない。
一度目のダンジョンに入って、ツインテールキマイラの首を剣で撥ねるイスベルグを見た時にそう気づいた。
ほわオンってゲームはプレイヤーが死ぬと強制的に設定してある拠点に戻される。
その場で復活させる手段がない、MMORPGにしては珍しい仕様だ。
だからプレイヤーは割と防御面に寄ったステータスにするのがオーソドックスだった。
それを無視して攻撃面に特化させたのが俺のギルドメンバーだったんだけど…
ギルメンのことはいいとして、問題はそういう仕様のゲームだから相手を即死させるようなスキルってものがプレイヤーにもモンスターにも基本的には無かったってこと。
勿論レベルが1のプレイヤーがレベル50のモンスターに挑めばどんなスキルを食らおうが単純なレベル差からくる基礎能力の違いによって大抵一撃でやられる。
それと同じ理屈でレベル50のプレイヤーがレベル1のモンスターから攻撃を食らってもダメージはまずほとんどない。
俺はイスベルグたちとキマイラの間には、ほわオンで言うと50レベル以上差があると思っていた。
キマイラのほうが遥かに格上ってことだ。
でもそんなレベル差とかステータスの値とかあったらイスベルグが一撃で首を刎ねて倒せるわけがない。
ゲームじゃ攻撃によってHP、生命力が大きく減るか少し減るかという違いはこの世界では存在しない。
首を刎ねられれば死ぬし、足を斬られれば動けなくなる、普通に考えたら当たり前のことだ。
ということはだ、怪我を治せる俺の魔法というのはこの世界でめちゃ有利じゃないか?
こっちは即死さえ防げばどうとでもなるのだ、格上の魔物を相手にしたときに過剰な攻撃力がなくても攻撃を積み重ねれば出血させられるし、手足の動きも封じれる、相手はHP1の状態になっても攻撃力全開で暴れまわるってことはできないのだ。
それでエイトテールキマイラにも勝てると思った。
もしこれがゲームだったらレベル差でダメージほぼ与えられないから討伐やめて逃げようってなってた。
でもゲームじゃないから勝てる。
勝てるとしても死の危険はつきまとう。
でもそんなことはこの世界で魔物と戦って生きる人たちにとっては「だから何?」って程度のことなのだ。
この辺の感覚は平和な日本で生まれ育った俺には正直まだ理解しがたいが。
まあ別にそれに慣れて覚悟ガンギマリの生き方を目指す気はない、俺には向いてない。
戦国時代に生まれた武士じゃないんだから、無理なもんは無理よ。
でもなんでかなぁ、覚悟完了してる人たちばっかり出会うから、そういう人らを助けるためには結局ついて行かなきゃいけないんだよなぁ。
ちょっと思考がまとまらない方向に行き始めたので一旦考えを切り替えよう。
あと他に考えるべきことは、あれだな、イスベルグとついでに教えたマーくんまでも新たに魔法を習得したことだな。
イスベルグが新たな魔法を覚えるかどうかは賭けみたいなところはあった。
あのやり方で習得が無理だったらまた<パーフェクト・ライト・ウォール>作戦でもやるつもりだった。
俺が敵に突っ込んで全部引き付けて残りのメンバーで一斉遠距離攻撃するやつ。
覚えたからやんなかったけど、最後には盾とられて使用不可になっちゃったし。
ていうかイスベルグのことよりマーくんが問題だよ。
あれで使えるようになるとは結構予想外だった、もしかしたらワンチャンあるかもくらいのつもりで教えたのに。
それがぶっつけ本番で成功、中二病やべえなって思うよ、いい意味で。
イスベルグとマーくんの二人が新魔法を覚えたことで、俺も頑張ったら新魔法が使えるようになるかもしれん、と思ってほわオン時代に習得のためのポイントが足らなくて諦めてたいくつかの魔法をこっそり一人で唱えて練習してみたりした。
無理でした、なんでかなー思い込み力がたらんのかな。
でもマーくんがどう頑張っても、アイラの使う<イロウション>が使えなかったみたいに思い込みだけでは無理な条件があるのかもしれない。
神の加護とかいうものも授かった覚えがないからそれが関係してるのかな。
新たな盾魔法を覚えるためにフォルセを信仰して敬えとか言うんだったら別にもう覚えなくてもいいやという気もする。
こうして色々考えて、改めて思う事はこの世界の人たちは思ったよりずっと強いなってことだ。
俺の使う魔法にいちいち驚いて、おまけに三節の魔法なんか皆まったく知らないってわかったときは、あれなんか全体的にこの世界の強さの基準が低いのかな…とかちょっと舐めてるような考えを持ってたけど、この世界の人にはこの世界の人たちだけの、ゲームじゃ計れない強さがあった。
それに気づかされて、俺はちょっと嬉しくなった、何が嬉しいのかはよくわからないけど。
なんか、なんだろ、そういう人たちと一緒に戦えることが嬉しかったのかな。
昔の、ほわオンの仲間たちと一緒に遊んだときみたいな気持ちになったのかな。
いやこっちは命がけなんで遊びとかいったら失礼かもしれんが。
ともかく楽しかった、きっとそうだ、うん。
マーくんなんかいつでも意味不明なくらい楽しそうだもんな、戦闘中。
あそこまでいくとちょっとおかしいかなとは思う。
魔力使い果たして疲れて寝ちゃったときは、ようやく10代の男の子らしい寝顔をみせたな。
なるほど、ああいうギャップがミーナさんを魅了した要素なのかもしれない。
ああでもミーナさんはまだマーくんの寝顔を見るような関係まで発展してなさそうだな…
…なんか今も寝てるだろうマーくんのことを考えたら俺も眠くなってきた。
このまま、本当にちょっと寝るか…家に着いたらディーナが起こしてくれるだろう…
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