第174話 イスベルグ6

「新たな魔法を教えるにあたってまず言っておかねばならんことがある、それは詠唱とかいう概念は頭の中から投げ捨てろということだ」


 三日前、私はヴォルガーから新たな魔法を教わる特訓をはじめた。


「既に<プロヴァケイション>が無詠唱で使えているのならば、できないことは無い、むしろ出来て当たり前と思うんだ」


 出来て当たり前…盾の魔法など魔法技術局にある記録の中にも存在しないのにそんな風に思えるだろうか。


「はい今疑った!心の中で無理だと思った!」

「…っ、決してそのような…」

「言い訳はいい!言っておくが時間もあまりない、よってそんな考えが頭に出てこないくらい厳しくいくぞ!」


 望むところだ。

私は必ず新たな魔法を習得すると誓い、彼の発する言葉のすべてを聞き逃さぬよう集中した。


「よーしいいか!お前はぶっちゃけ<プロヴァケイション>しか使えない出来損ないのクズだ!しかもそれも単体相手にしか使えんとかクズの中のクズだ!」


 若干イラっときた、だが確かに彼と比べれば私の魔法などお粗末なものだ、そう言われるだけの理由はある。


「まず俺が魔法を使う!お前はそれを見て同じようにやれ!」


 そうしてヴォルガーは魔法を使った。

私はそれを見て、魔法名を復唱する、それの繰り返しだ。


「えーいなんだそれは!ただ単に盾を構えただけではないか!やる気あんのか!」

「もう一度お願いします!」

「こうするのだ!こう!わかったらさっさとやれこのウジ虫め!」

「は、はいっ」

「全然ダメ!何を聞いていた!そんな有様のくせにこの国で最強のつもりか!このカス!」


 何度も罵倒を浴びせられた。


「想像力がたりん!盾で魔法を防げないという考えを…」

「ヴォルるーん!わーん!助けてー!」

「あ、なに?ちょっと待てなんかディーナが来たから」


 訓練中にしばしばヴォルガーの知り合いが来て、訓練を中断することもあった。

事前に関係者全員へ私とヴォルガーの二人は、訓練場で大切な用事があるので邪魔をしないよう通達しておいたのに…


「こらタマコっ!ウサギを置いて行くんじゃない!」

 

 またか。


「いやいやロリエ、そんなこと言われても困るよ、ええ?飴?今持ってないから今度、うん、作るから、うん」


 二日目にも邪魔が。


「ふう…まったくマーくんにも困ったもんだ、急いで包帯を用意しろとか…」


 三日目ともなると私の精神は限界に近づいていた。


「戻ったぞこのウジ虫!なに?まだできんのか!」

「………申し訳ありません」

「謝る暇があったら早くやれっ!脳まで筋肉がつまってんのか、ああん?!」

「………」

「この負け犬!うんこ!桃尻!」

「ヴォルガァァァァァァァァァ!!!」

「ひえっ」


 私の怒りは爆発した、そしてやけくそになって魔法を使ったら…できた。

自分でも驚いた、教わった二つの魔法がどちらも使えるようになったのだ。

あと気が付いたらヴォルガーを殴っていた、これも無意識だった。


「怒りによって頭の中から余計な考えを捨てさせる作戦だったのだ」


 私が魔法を習得した後、そんなことを言われたが今一つ納得できなかった。

なぜなら私を罵倒しているときのヴォルガーは物凄く楽しそうに見えたからだ。

演技だと言っていたが絶対に嘘だ、大体誰がウジ虫だ、誰が負け犬だ、誰がもも…ももじりとはなんだ?

良く分からんがまあいい、ともかく私は新たな魔法を覚えたのだ。

だから一言くらい礼を言うべきだと思ったのだが、やつのニヤついた顔を見ると口からは違う言葉が出てしまっていた。


 乱暴な私の口調に、まったく動じていないヴォルガーを見ているともう敬語で話すのが馬鹿らしくなった、殴ったことも謝っていないのに口調だけ丁寧に戻すのも…なんだか恥ずかしいではないか。


 口ではうまく言えそうにない、だからこの借りは行動で返そう。

教わった魔法で必ずお前を守り抜こう。

そしてあの魔物を、見事打ち倒して見せよう。


 大丈夫だ、負けない、お前と、お前の教えてくれた魔法があれば私は絶対に…


………


「グオオオオオオオオオッッッ!」


 私の前でいるはずのないツインテールキマイラたちが雄たけびを上げた。

なんだこの数は、たった今こいつらは死んだはずではなかったのか?


「な…こんなことが…冗談でしょう…?」


 ロンフルモンが呆けていた。

その傍でフリュニエが尻もちをついて、キマイラたちを眺めている。


 そのフリュニエに対し、キマイラたちが一斉に口を開けた。

魔力が口へ集まる様子が見える、それは赤く輝いて…

やめろ、やめろ、やめろおおおおおおおおおお!


「<プロヴァケイション>!!」


 私の使った魔法によってキマイラたちがくるりと向きを変えた。

そして全ての魔法を私に向かって放つ。


「<グロリアスシールド>…ぐっ…がぁっ!」


 盾の魔法でそれを受け止めるが、あまりの衝撃で剣と盾を落とし、私は体ごと爆風に吹き飛ばされた。

床の上を転がる勢いを止められない、ゴキッという音が聞こえた。

右足が奇妙な方向に曲がっていた、どうやら折れたらしい。


 早く立ち上がって、皆を守らなければならないのに。

両手を地面につき顔を上げるとキマイラが一体、私に向かって飛び掛かってくるのが見えた。


 死ぬ…


 ドガァァァッ!!

突然キマイラが横から何かに押されるようにして飛んで行った。


「イスベルグ!!しっかり!!」

「なんとかまだ生きてますねぇ!」


 フリュニエとロンフルモンが私に駆け寄ってきていた。


「何が…起きている…」

「貴女は魔法で広間の壁際まで吹き飛ばされたんですよ、普通なら死んでます」

「今のキマイラは…どうなった…」

「私がハンマーを投げてぶつけてやったのです」


 さっきのキマイラはハンマーの投擲を食らったのか…


「他の…ヴォルガーたちは…」

「俺ならここにいる、全く一人で十体の魔法を受けるとか無茶すんなよ」


 ヴォルガーはそう言いながら私の足に手を触れてきた。


「足が酷いことになってるな…<ヒール>したいがこのまま治すと不味そうだ」

「右足のグリーブが変形してますね、先に外さないと、フリュニエの力で出来そうですか?」

「わ、わかったのです…イスベルグ…ちょっと痛いかもしれないですけど我慢してくださいなのです」


 私が頷くとフリュニエが変形してしまったグリーブに手をかけた。


「ぐ、あああああああああっ!」


 ちょっとどころではない激痛が私を襲った。


「よしとれたな!うへえ…<サンライト・ヒール>」


 ヴォルガーが回復魔法を私の足にかけた、フリュニエの手によって強引にまっすぐに戻された私の足から痛みが消えていく。


「はぁ…ふぅ、治ったか…相変わらず凄まじい効果の魔法を使うな」

「念のため<ヒール>の上位魔法をかけたからな」


 さらっと上位魔法などと言っていることにもはや驚きはない。

こいつならば使えるのだろう。


「三人とも戸惑ってるだろうから先に言うぞ、ツインテールキマイラがエイトテールキマイラの能力で十体追加された、今一体死んだから残り九体だな」

「追加って…待ってください、ひょっとして幻覚を見せられている可能性もあるのでは?」

「違う、九体全部が本物だ、さっき戦って倒したものと同じだと思ってくれ」

「悪い冗談ではないのです…?」

「残念ながら冗談ならばイスベルグはこんなことにはならない」


 だろうな、先ほどくらった魔法は幻覚などではなかった、凄まじい威力だった。

残り九体はどうなったかのかと思えば、敵がいるはずの辺り一帯が黒い霧に包まれていた。

マグナとディムが何かして食い止めているのようだ。


「ではつまり、マグナが魔法で黒い獣を呼び出したようにエイトテールキマイラも、ツインテールキマイラを呼び出すことができるということですか?」

「そんな感じ」

「無茶苦茶なのです!?そんなの絶対勝てないのです!」


 フリュニエとロンフルモンの顔が絶望に満ちていた。

私も…同じような顔をしているかもしれない。


「絶望するにはまだ早すぎる」


 だがこの男、ヴォルガーだけは違った。


「エイトテールキマイラが呼び出した以上、あれを倒せば残りのツインテールキマイラは全部消える、だから皆はエイトテールキマイラだけを狙ってくれればいい、あいつはもう死にかけだ」

「他の九体はどうするんです?」

「俺がひきつけるからまあなんとかなるよ、たぶん、大丈夫」


 なんだその適当な言い方は。

ここで全員死ぬかもしれんのだぞ。


「あと2分17秒で向こうの二人にかけてる支援魔法が切れて足止めが終わる、その前に本体…エイトテールキマイラを倒そう…ってことで」


 ヴォルガーはまた私たちに強化魔法をかけはじめた、そうするのが当然のように。


 きっとアイシャ教の、いや、冒険者で光魔法が使える者も、この状況なら逃げるだろう。

回復役というのは本来一番後ろに控えて、周りに守られるものだ。

なのにこいつはなんで一番前に出ようとしているんだ。


「よしじゃあ俺は先に…」

「待て、それは私の役目だ」

「あ、ちょ、俺の盾…」

 

 私はヴォルガーから盾を奪い取った、私のはさっき剣と一緒に落として来た…たぶんあれはもう拾ったところで使い物にならんだろう。


「フリュニエは投げたハンマーを拾ってこい!ロンフルモンはマグナたちに今のことを伝えろ!ゆくぞっ!」

「あの俺は」

「お前は私の後ろにいろ!素手のくせに調子に乗るな!」

「盾をたった今とられたから素手なのに…」

 

 ヴォルガーはぶつぶつ言いながらも駆ける私の後ろを着いてきた。

途中で私の剣を見つける、幸い剣は無事だった。

盾は残骸らしきものしかなかったがな。


 離れた所から見えていた黒い霧はもうなくなっていた。

片膝をついたマグナをかばうようにディムが立って風魔法を撃ち続け、キマイラたちから向かってくる火の玉を撃墜している。

さっきの霧はきっとマグナの魔法だったのだろう、維持する魔力が限界にきたか。

よく二人で耐えてくれた。


 私は再び<プロヴァケイション>を使う。

今度はさっきとは違う、ヴォルガーがすぐ傍にいる。


「<ライト・ウォール>!」


 私に向かってくる魔法はヴォルガーが光の壁を作り出して全て防いだ。

その光の壁に気づいたキマイラたちは壁のないところから回り込んで向かってくる。


「<プロテクション>!」


 何体か体当たりをしてきたが、私には効かない。

防御魔法をかけられた体は体当たり程度では痛みも感じなかった。


「<チェイス・オブ・ライトブレード>!」


 私が振るう剣から光の刃が走る。

剣のひと振りで二体のキマイラの首を斬り飛ばした。

ヴォルガーがかけてくれた魔法があれば、大剣がなくても戦える事を教えてくれた。


 こいつが私の後ろにいるだけで、こんなにも…安心できるのか。


「イスベルグ!左から三発!」


 左側から火魔法が飛んできた、私はそれを盾の魔法で受ける。

次いで正面にいた二体が毒霧を吐く。

しかしそれは私には何の影響もない、ヴォルガーの魔法が防いでくれる。


 右から二体が飛び掛かってくる、私はそれを剣で切り払う、また一体仕留めた。


「げっ、ヘイト稼ぎすぎたかな」


 ヴォルガーがよくわからないことを言っていたが、見るとキマイラの一体が彼に向かって火魔法を放とうと口を大きく開けていた。


 私はそれを盾の魔法で受けるためにヴォルガーの前に飛び出す。


「あっ、待て、それは…!」


 左右からキマイラが二体ずつ私に飛びつく。

こいつら…!今のは罠か!?

ヴォルガーに魔法を撃つフリをして私を誘い出したかっ!


「だが私とてこれくらいはなあああああ!<ディバイン・オーラ>!!」


 バシンっと四体のキマイラが私から弾き飛ばされた。


 はぁはぁどうだ…使ってやったぞ…見たかヴォルガー。

私が本気になれば…練習してなくても…これくらい…


 …変だな…目がかすむ…

体から力が抜けていく…まさかこれは…魔力切れか…


「イスベルグ!おい、どうした、また魔法が来るぞ!」


 うるさい…言われなくてもわかっている…


 盾が重い…くそ…力が入らん…


「あああおい<ディバイン・オーラ>なんか無理して使いやがって、いきなり使えるとか天才かよ!」


 そうだ、私は凄いんだぞ…

 

「頭を下げろ!お前がそれ使うからこうするしかないんだぞ!」


 ヴォルガーは私に駆け寄ると、私を地面に倒し、覆いかぶさるようにして私の頭を抱きかかえた。

おい何をしている。


「<ディスペル・オーラ>!」


 ズドンズドン!と音が響いた。

そしてバリンと、何かが割れるような音がした。


「ぎゃああああやっぱ三発制限はきついってえええ、あっちいいい!!」


 ドン!ドン!と私の頭の上で音が鳴り響く。

おいヴォルガー、何をしてる、何をしてるんだ!!


「ああああああ!」


 私は最後の力を振り絞ってヴォルガーを跳ねのけ、立ち上がった。

 

「ヴォル…ガー…?」


 傍にはヴォルガーが、床に転がっていた。

 

「服燃え尽きたわ…借り物なのに…」


 上半身裸だった、下半身もボロボロのズボンがかろうじて残っているだけ。


「私をかばったのか」

「まあ、うん、あと少しだったから」

「あと少し?」


 ヴォルガーは起き上がって私の後ろのほうを指さした。


「勝ったのですーーー!」


 そこには倒れたエイトテールキマイラとロンフルモンに抱き着いて飛び跳ねるフリュニエがいた。

キマイラの頭にハンマーがめり込んでいる、フリュニエが倒したのか。


 私は周囲を見回す、さっきまで死闘を繰り広げていたツインテールキマイラはもうどこにもいなかった。


「他のは…消えたのか」

「消えたよ、俺たちの勝ちだ」


 そうか私たちは…勝ったのか…

私が耐えている間に見事、倒してくれたんだな…


 私は完全に力が抜けて、ヴォルガーの隣に倒れた。


「大丈夫か?」

「お前こそどうなんだ、私よりよほどボロボロだろうが」

「俺のはまあこれ、主に被害があったのは装備だけだから、…恥ずかしいからあんまり見るなよ」


 ヴォルガーはそそくさと立ち上がって床に寝ころぶ私から離れた。

男のくせに何が恥ずかしいだ。


「なぜあんなことをした?」

「あんなことって?」

「私の代わりに魔法を食らい続けたのだろう、やつらが消えるまで」

「ああそれ、まあなんていうか…」


 ヴォルガーは頭を掻きながら私を見下ろしてこう言った。


「こんなとこで死ぬなよ、と思ったんで」


 それを聞いて私は今度こそ、最後の力を振り絞って、寝返りをうった。


 ヴォルガーに背を向けるために。

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