第12話 デート風

 イルザ、何度考えても心当たりがない名前だ。

というか相手の名前知らないとメールできないのに「オマエ誰だ?」って内容おかしいだろ。

どうやって俺にメールだしたんだ?


「ヴォ~ルさんっ、まずどこからいきますか~?」


 テンション高めのアイシャが俺の腕に抱き着こうとしてすり抜けていた。

もの悲しさを感じるな。

メールのことはどうするか…アイシャは気づいていない。

俺にしか見えないから当然といえば当然だが。


「そうだな、まず雑貨屋にいって…買えるアイテムじゃないけど、あそこなら小物とかも並んでたはずだ。何かよさそうなのがあったら後で作ってみてもいい」

「ううー、あっ、はい、じゃあ雑貨屋に行きましょうか」


 アイシャはまだ腕を組もうとして俺の体をすり抜けブンブンと悲しい動作をしていた。

なぜそこまでこだわる。


 二人並んで雑貨屋に向かって歩き出した。

俺の視界にはまだメール画面がすみっこにうつっている。


 どうする?アイシャに聞いてみるか?イルザって知ってるか、と。

知ってようが知るまいがまず間違いなく機嫌は悪くなるだろう。

今が上機嫌なだけにそれは避けたいな…


「噴水の広場にあるのが雑貨屋ですよね」

「違う、そこは武器屋だ、なんで毎回間違うんだ?」

「えへへ、そうでしたね」


 こっちだこっち、ついて来て、と俺が雑貨屋まで案内する。

嬉しそうにアイシャがついてくる、ひょっとしてわざと間違えてないか?

今はむしろ俺が案内してほしいのに、考えがまとまらん。


「ここだよ、じゃ中にはいろう」

「はいっ、ついでにMP回復ポーションも買おうかなー」


 なぜ戦闘準備をする。


「HP回復ポーションは…ヴォルさんがいるから必要ないですよねっ」

「いやそれでも緊急時にいくつかは…じゃなくて、今日は狩りしないぞ」

「もう、わかってますよ、ついでにです、ついで」


 さっそく他の商品に目もくれず店主のNPCからポーションを買い始めたアイシャ。

今日の趣旨を理解しているのか?

まあいいか…今のうちにメールだ。


『俺はヴォルガー。お前もほわオンプレイヤーか?どうやってここにアクセスしている?地球からか?』


 質問だらけになってしまったが仕方ない、ひとまずこれで送信。


 俺はこのイルザという謎の人物とアイシャのことは関係ない部分から会話してみることに決めた。

返事は来るだろうか。

 

「その棚をじっと見てますけど良さそうなものありました?」

「へっ?あ、ああ~この木彫りのクマなんかどうだ?躍動感あふるるだろ」

「そ、そうですね…あのこれを…後で彫って作るのですか?」


 リアクションから察すると内心なんでこんなものを?と思ってるな絶対。

俺もそう思うよ、メール画面閉じるまで気づいてなかったしな。


「いやよく見たらわざわざ作るほどでもなかった、これモンスターのマッドベアーだし、可愛くもなかったわ」

「確かに可愛くは…ないですね」

「置物作るなら可愛いほうがいいだろ?アイシャは何がいい?」

「うーんと、でしたら…砂漠にいるサンドカクタスはどうでしょう」


 それ砂の塊にトゲが生えてるサボテンもどきだろ…可愛いか…?


「なんであれがいいんだ…?」

「あれ死ぬときひええーって変な声で言うんです、可愛いですよね」

「お、おう、そうだな、でもその可愛さの再現は無理かな」

「それもそうですね…」


 何と言っていいかわからないが断末魔で選ぶのはやめような。


「えーとじゃ、あれです!あれ!」

「あれじゃちょっとわかんないなー」

「ほら私がLv30くらいのときに倒してた…」


 いつの間にか雑貨屋の商品そっちのけで俺たちはほわオンで可愛いモンスターがどれかの議論をしていた。


 それから二人で街を歩きながらここでの思い出話をした。

ずっと話題を避けてたけど本当はしたかったんだろうな。

今日のアイシャは今までで一番喋っていた。


 結局、武器屋や防具屋まで用もなく見て回った。

クエスト以外じゃ特に用のない王城や酒場まで行った。

アイシャは楽しそうにしていたがやはりプレイヤーのいない街は少し寂しいなと俺は感じた。

 

 そうやって過ごしてるうちに結構時間がたっていた。

メールの返事はない、どうしたもんか…

そろそろ行く場所もないから帰るつもりなのに。


「最後に、街の北にある草原に行ってみませんか?」

「いいけど…何か用事か?今日はもうあまり遠くには…」

「大丈夫です、狩りはしないですから!」


 街の北出口にある暗い穴のような門に駆けていくアイシャ。


「あ、待てって!俺を置いていくなって!」


 慌てて後をついて出口をくぐるとマップが変わって草原が広がった。

 

「こんな初心者用のフィールドに何の用があるんだ…?」


 先に行ったアイシャの姿を探しながらあたりを見回す。

緑色のゼリー状で丸い物体が跳ねてたり、光ながらあたりをふよふよ飛んでいる毛玉のようなものがあちこちにいる。

スライムとライトウィスプだ、どっちも序盤の雑魚だな。

こっちから手を出さない限り特に襲ってはこない。


「ここですよーここ!」


 アイシャが街のそばに生えたちょっと目立つ大きな木の根元に座っている。


「ここが、なに?」

「もー覚えてないんですか!!私たちが最初に会った場所です!」


 あー、まあそういやそうか。


「確かそこに座ってたのは俺だけど」

「話しかけたのは私のほうが先でしたね」


 俺はここに座ってたまにぼんやりしていたことがある。

特に目的はない、しいて言うなら初心者プレイヤーのまだなんか田舎くさいしょぼい初期装備をつけた女キャラが一生懸命戦ってるのを見るのが好きだったから。


 狂暴な女ゴリラみたいな廃人に育つ前のプレイヤーをここでこうして眺めていたんだ。

癒される。


 ただ、たまに廃人のサブキャラですと言わんばかりの初心者に見せかけたゴリラが暴れているのも見た。


「レベル上げ手伝ってくださーい」とか話しかけてくる女の子を手伝ったら、実はどこかの廃人が俺をひっかけるためだけに作ったキャラだった、ゴリラになった。


 最終的に初心者どころかゴリラが話しかけてくることもあった。

ギルドゴリラ、いやギルドメンバーだった。

ゴリラの巣に連れていかれてゴリラたちの面倒を見るだけで一日が終わった。


 俺はゴリラの飼育係になりたくてこんなキャラにしたわけではないのに…


「なんで助けてくれたんですか?」

「え?ああ、『ソロプレイヤーなのか?』だったかな」


 ライトウィスプに光魔法バシバシぶつけて倒そうとして何回もやられてる女の子がいた。

それがアイシャだった。

ライトウィスプは光属性だから光魔法はほとんど効かないのに…


「そうです!それで私、質問に質問で返さないでください!って言って」

「つらそうに見えたから」

「はい…ヴォルさんはそう言って…実際あの時すごくつらかったんですよ?パーティーを追い出された直後で」

「あの時そうだったんだ?へぇ、それは初耳だなぁ」


 何度もライトウィスプに負けて街に戻されては、またここに来て挑んで倒されて…を繰り返している女の子を見てあまりに哀れなんで俺の支援魔法をフルでかけた。

そうしたら話しかけられたんだよな。


「俺さ、最初はあれ、アイシャが何か新しい遊びでわざとやってんのかなって思って見てたんだよ」

「えええ!私はあれでも真剣だったんですよ!?って、ずっと見てたんですか!?私がやられてるところ!」

「うん、5回は死ぬとこ見たかな」

「なんでもっと早く助けてくれないんですか!!」

「い、いやだって…」


 新種のゴリラだと思って…とは言えなかった。

ここで光魔法でソロしてる人なんかいなかったし…

 

「もう…じゃ、次からはちゃんとすぐ助けてくださいね」

「ああ…いや待て、それ以降、組んでからはすぐ助けてるだろ?」

「むうー、過去の私が怒ってるんです!」


 無茶苦茶言い出したな…というか結局俺は助けてるんだから怒られるいわれはないと思うんだが。

それに現状を考えたら助けてほしいのはむしろ俺のはず。

 

「…そろそろログアウトして戻りますか?」


 会話が途切れて少ししてからアイシャがそう切り出した。

 

「そう、だな、まあそろそろ帰ろうか」


 メール来ねえな、なんだったんだよ…


「あの…ヴォルさんはやっぱり…」

「ん?何?」

「…あ、いえ、なんでもないです、じゃあ戻りますね」


 いや何なの?

アイシャは俺が疑問を挟む余地もなくログアウトした。

まあ…じゃあ俺も帰るか…


 視界にメニュー画面を呼び出し、ログアウトの項目を選択する。

カウントがはじまって、あと4秒…3、2…


 『手紙が届きました』


 「はぁ!?今かよ!!お」


 そいわああああああ。

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