第29話『ふと』

 4月23日、金曜日。

 目を覚ますと、部屋の中はうっすら明るくなっていた。カーテンの隙間から陽の光が差し込んでいる。もう朝か。

 壁に掛かっている時計で時刻を確認すると……起きるのにちょうどいい時間になっていた。なので、ベッドから出る。


「……あんまり寒くないな」


 昨日の朝がかなり寒かったからだろうか。ベッドから出ても体が震えることはなく、ベッドに戻りたい気持ちは生まれなかった。

 カーテンを開けて朝の陽差しを浴びる。5月も近いこの時期になると結構強い。少し浴びただけでも温もりを感じられる。陽差しの明るさもあって眠気が段々なくなっていく。


「今日も頑張るか」


 今日で今週の学校生活も終わる。ただ、できれば香奈と一緒に過ごしたいものだ。

 洗面所で洗顔と歯磨きをし、制服に着替えて、家族と一緒に朝食を食べる。昨日のようにベッドに戻ることはなかったので、今日は千晴と父さんともほとんど同じタイミングで朝食を食べることができた。香奈が風邪を引いたことは昨日の夕食時に伝えたので、朝食の話題の一つは香奈についてだった。

 朝食を食べ終わり、俺は自分の部屋に戻る。


「香奈からメッセージ来てるかな」


 昨日の夜に香奈とメッセージでやり取りして、学校に行くかどうかは関わらず俺にメッセージを送ってくれることになっているのだ。

 ベッドに置いてあるスマートフォンを手に取り、スリープを解除。すると、LIMEを通じて香奈から5分前にメッセージが届いていると通知が。さっそく確認すると、


『おはようございます、遥翔先輩! 元気になりました! なので、今日は学校に行きますね。いつも通り、校門の前で会いましょう!』

「……良かった」


 香奈のメッセージを見ていたら、そんな言葉が漏れていた。それは昨日、学校で会えなかった寂しさの反動なのか。それとも、いつもの学校生活が送れるという安心からなのか。


『おはよう。香奈が元気になって良かった。じゃあ、いつも通り校門前で会おう』


 俺は香奈にそんな返信を送った。

 香奈はスマホを見ているのだろうか。俺の送ったメッセージにすぐに『既読』マークが付き、


『はい! 楽しみにしています!』


 と返信が届いた。この文言を見ると、香奈の楽しげな笑顔が鮮明に思い浮かぶよ。

 それからすぐに、俺は梨本高校に向かって家を出発する。普段よりも速い足取りで。

 陽差しが燦々と降り注いでいるし、早歩きで歩いているから、昨日と比べてかなり温かい。一年中、今日くらいの温かさだと嬉しいんだけどなぁ。

 やがて、梨本高校の校舎が見えてきた。香奈はもう校門前に来ているだろうか。そう思っていると、より歩く速度が速くなる。


「遥翔せんぱーい!」


 校門の方から、大きな声で俺の名前を呼ぶ香奈の声が聞こえる。

 校門を見ると、そこには俺に向かって元気よく手を振る香奈がいた。俺と目が合うと、香奈はニッコリ笑って。そんな香奈の隣には星崎の姿も。星崎は落ち着いた笑みを浮かべ、俺に軽く頭を下げていた。

 俺は香奈と星崎に手を振りながら、彼女のすぐ目の前まで歩く。


「おはようございます、遥翔先輩!」

「空岡先輩、おはようございます。香奈ちゃんが病み上がりなので、今日は一緒に先輩を待っていました」

「そうだったんだな。2人ともおはよう。一日で香奈が元気になって良かった」

「遥翔先輩と彩実がお見舞いに来てくれたおかげですよ。本当にありがとうございました」

「いえいえ。ただ、お見舞いが香奈の元気に繋がって嬉しいよ」

「空岡先輩の言う通りですね。昨日のお見舞い楽しかったよ。もちろん、香奈ちゃんが元気なことに越したことはないけどね」

「星崎の言う通りだな」


 健康だからこそ、日常生活の色々なことを大いに楽しめると思うから。


「遥翔先輩。今日からまた一緒に登校して、昼休みには一緒にお昼ご飯を食べしょうね」

「そうだな」

「ちなみに、今日の放課後って予定は空いてますか?」

「うん、シフトも入っていないし、空いているよ」

「やった! じゃあ、今日は放課後デートしましょう!」


 香奈はそう言うと、とても可愛らしい笑顔を見せてくれる。あぁ、やっぱりいいな、香奈の笑顔は。胸がとても温かくなっていく。昨日はこの笑顔が見られなくて、寂しいって思ったんだよな。


「ああ、そうだな」

「はいっ! さあ、一緒に登校しましょう!」


 香奈はニッコリ笑いながら俺の右手をぎゅっと握り、引いてくれる。その瞬間にふと自覚したのだ。


 俺、香奈のことが好きなんだ……って。


 香奈と一緒にいて可愛い笑顔を見られると嬉しくて、胸が温かくなる。

 香奈がいないと寂しい気持ちになる。

 それは香奈に好意を抱いているからなんだ。

 繋がれた右手から、香奈の温もりと柔らかな感触を感じる。そのことにドキッとして、心だけじゃなくて体も温かくなっていく。

 今は手だけだけど、こうして香奈に触れていると、昨日のお見舞いで香奈と抱きしめ合ったことを思い出す。あのときもドキドキはしたけど、抱きしめている感覚は心地良かった。それも香奈が好きだからなのだと思う。また……香奈を抱きしめたいな。


「遥翔先輩、顔赤いですよ?」

「……えっ、赤い?」

「ええ。赤いよね、彩実」

「うん。赤いね」

「も、もしかして……あたしの風邪がうつっちゃいましたか? お見舞いのときに抱きしめてくれましたし」


 心配そうに言う香奈。顔色もちょっと悪くなっている。自分のせいで俺の具合が悪くなってしまったのでは……と不安なのかもしれない。


「そ、そんなことないぞ。昨日よりもだいぶ暖かいから、歩く中で体が熱くなったんだよ。そういえば、顔も熱いな」

「そうでしたか。それなら良かったです」


 香奈はほっと胸を撫で下ろし、俺に優しい笑顔を見せてくれる。その笑顔も可愛くてまたドキッとしてしまう。2階で香奈と星崎と別れるまでは、ずっと顔が赤いままなんだろうな。

 香奈を好きだと自覚したからにはちゃんと香奈の告白の返事をしないと。

 俺も香奈が好きだって。

 香奈と付き合いたいって。

 ただ、香奈の気持ちが分かっていても緊張してしまう。好きな気持ちを伝えるのだから。だけど、いつまでも香奈に返事を待たせてはいけない。

 今日の放課後は香奈と放課後デートをする予定だ。だから、そのときに香奈に告白の返事をしよう。

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