第30話『君が好き』

 香奈を好きだと自覚したこともあり、授業中は香奈のことばかり考えてしまう。だから、今日の授業はどれも板書を写すだけに。でも、香奈の顔を思い浮かべるのは楽しくて、時間はあっという間に過ぎていった。

 昼休みは2日ぶりに香奈と2人きりでお昼ご飯を食べた。香奈が目の前にいることのドキドキと、いつも通りの昼休みを過ごせる嬉しさと安心感があって。幸福感も感じられて。これまで、香奈はこういう気持ちを抱いていたのだろうか。

 昼食中、香奈が玉子焼きを一口俺に食べさせてくれた。慣れてきていたことも、今の俺にはとてもドキドキすることで。その興奮と香奈への想いもあって、玉子焼きはとても甘く感じた。




 放課後。

 ついにこの時がやってきた。今日の学校生活を送る中で薄れてきた緊張も、終礼が終わったと同時に再び強くなってきている。俺を好きだっていう香奈の気持ちは分かっているのにな。


「空岡。今日も普段と様子が違ったな。昼休みに陽川さんと一緒にいるときは特に」

「私も颯ちゃんと同じことを思った。香奈ちゃんが元気になったし、いつもの空岡君をまた見られると思ったんだけど」


 瀬谷と栗林からそう話しかけられる。瀬谷は普段の落ち着いた表情だが、栗林はちょっと心配そうに俺を見る。2人でさえ普段と違うと思うのだから、香奈も同じように考えている可能性は高そうだ。実際に、好きだと自覚した登校時に顔が赤いと指摘されたし。


「今朝、登校するときに香奈が好きだって自覚してさ。それで、この放課後に香奈に告白の返事をしようと思っているんだ。そのことに緊張して」


 瀬谷と栗林にしか聞こえないような小さな声でそう言った。

 俺が普段と違う理由が分かったからだろうか。瀬谷と栗林は優しい笑顔を見せてくれる。


「そういうことだったか。なるほどな」

「告白の返事でも、好きって伝えるのは緊張するよね」

「……ああ」

「でも、今日の昼だって香奈ちゃんは空岡君と一緒にいて楽しそうだったよ。だから、きっと大丈夫!」

「気持ちを言葉にできれば大丈夫さ。頑張ってこい、空岡」


 そう言うと、瀬谷は爽やかな笑みを浮かべながら俺の背中を叩いてくれる。そんな彼氏に倣ってか、栗林も「頑張って」と言いながら背中を軽く叩いてくれた。望月に告白した日も、終礼が終わったときに2人は頑張れって言ってくれたな。


「ありがとう。頑張ってくるよ」

「ああ。吉報を待ってるぜ」

「いつでもね!」

「分かった。行ってくるよ。また来週」


 俺は教室を出て、香奈との待ち合わせ場所になっているこの第2教室棟の昇降口前に向かい始める。教師に見つかっても怒られなさそうなギリギリの速さで。緊張はあるけど、大好きな香奈に早く会いたい。

 昇降口でローファーに履き替え、校舎を出るとそこには香奈の姿があった。香奈は校舎の方を向いて待っており、俺と目が合うとニッコリ笑う。……凄く可愛い。


「今週の学校生活お疲れ様です、遥翔先輩」

「香奈もお疲れ様」

「さあ、今日の放課後デートはどこに行きましょうか?」

「……香奈と一緒に行きたい場所があるんだ。いいかな?」

「もちろんです! 先輩の行きたいところならどこでも」


 香奈は明るい笑顔でそう答えてくれる。そのことにほっとする。これから行く場所で香奈に告白の返事をしよう。


「ありがとう。じゃあ、一緒に行こうか」

「はいっ」


 俺は香奈と手を繋いで一緒に歩き始める。

 こうして、香奈と一緒に歩くことに慣れ始めてきた。それは周りの生徒達にとっても同じなのだろうか。俺達を見てくる生徒は以前に比べると少ない。


「珍しいですね。遥翔先輩から行きたい場所があるって言うなんて。いったいどこなんですか?」

「それは……着いてからのお楽しみだよ。すぐに到着するから」

「ふふっ、そうですか。では楽しみにしておきましょう」


 香奈は楽しそうに笑いながら言う。

 それからは今日の学校でのことについて話しながら歩いていく。香奈曰く、体調が良くなりまた学校に来たことを友人達に喜ばれたのだという。それを嬉しそうに話す香奈が可愛くて。

 ちなみに、行き先について香奈が問いかけてくることはなかった。すぐに到着すると言ったからだろうか。


「着いたよ」


 梨本高校を出てから2分ほど。目的の場所に到着した。


「本当にすぐに到着しましたね。ここは……あたしが告白した公園ですか」

「ああ」


 そう。目的の場所は……梨本高校の近くにある公園。香奈が俺に告白してくれた公園でもある。香奈との思い出の場所で告白の返事をしようと決めたのだ。

 公園を見渡すと、ボールを使って遊ぶ子供達や、ベンチに座って喋っているうちの高校の女子達など、それぞれが思い思いの時間を過ごしている。


「あのベンチに座ろう」

「分かりました」


 そのベンチは香奈が告白してくれたときに俺が座っていたベンチだ。誰も座っていなくて良かった。

 俺と香奈は隣り合ってベンチに座る。互いの脚が触れそうなくらいの近さで。

 ここに座ると、いよいよそのときがきたって感じになる。また緊張してきた。その緊張を少しでもほぐすために、長めに息を吐いた。


「このベンチ、あたしが告白したときに先輩が座っていたベンチですよね」

「そうだよ。覚えてくれていたんだ」

「もちろんですよ! だって、遥翔先輩に好きだと告白した場所ですから」

「……そうか。嬉しいな」


 ベンチのことまで覚えてくれていたなんて。告白したときのことを思い出しているのか、香奈は可愛らしい笑みを浮かべている。

 香奈から告白について話題に出してくれた。この流れを活かして、告白の返事をしよう。


「この公園に来たいって思ったのは、あの日の香奈からの告白の返事をしようって決めたからなんだ」

「……そうなんですね」


 そう言うと、香奈の表情が真剣なものになる。俺のことをじっと見つめてくる。そのため、視線は香奈から離せない状況に。

 今までで一番緊張している。それでも、勇気を出して香奈に想いを伝えよう。


「……香奈のことが好きだよ」


 香奈を見つめながら、しっかりそう言った。

 好き、って言葉を口にしたら、体が急に熱くなってきた。心臓の鼓動も激しくなって。それは望月に告白したとき以上だ。

 香奈の頬が赤みを帯び始め、両目が潤み始める。


「あの日の放課後に、ここで香奈が告白してくれたから、それからの日々が楽しいものになって、こうして元気になれたんだ。香奈の告白がなかったら、俺は今でも元気がなかったかもしれない」

「……遥翔先輩のためになれて嬉しいです」


 優しい笑顔と口調で香奈はそう言ってくれる。そういうところも好きだ。


「香奈と一緒に登校したり、お昼ご飯を食べたり、放課後や休日にデートしたり。香奈と一緒にいるのが楽しくて。そんな日々を過ごす中で、香奈の存在が大きくなっていったんだ。香奈が風邪を引いて欠席するのが寂しいって思うほどに」

「先輩……」

「頬や額にキスされたり、一口交換したり、抱きしめたりしてドキドキすることはあった。でも、香奈を好きだって自覚できたのは、今朝……校門前で香奈と会ったときだったんだ。いつも通りに香奈が笑顔で挨拶してくれて、俺の手を握ってくれた瞬間なんだよ。俺は香奈の笑顔が大好きで、その笑顔をいつまでも見ていたい。香奈と触れていたい。温もりを感じていたいんだって分かって」


 俺は両手で香奈の右手をそっと掴む。香奈の手の柔らかさや温もりを感じられて、愛おしい気持ちになっていく。香奈の顔を見ると、その想いはより大きくなる。


「笑顔や言動が可愛いところ。何度も好きだって言ってくれるところ。グイグイ積極的なところ。何よりも……俺を想ってくれる優しさがあるところ。香奈の色々なところが大好きだ。きっと、好きなところはこれからもっと増えると思う。あの日の香奈の告白の返事は……はい。これからは恋人としてよろしくお願いします」


 香奈の目を見つめながら、俺は彼女に対する想いを言葉にした。

 香奈の両目に浮かんでいた涙は何粒もこぼれ落ちる。でも、そんな彼女の口角はしっかり上がっていた。左手を俺の両手の上にそっと重ねる。


「好きだって言ってくれて嬉しいです。あたしも遥翔先輩と過ごす中で、先輩のことがより好きになりました。こちらこそ恋人としてよろしくお願いします、遥翔先輩」


 今でも涙は流れているが、そう言ってくれた香奈の笑顔は今までの中で最高に可愛い。


「ありがとう」


 俺がお礼を言うと、香奈は左手で涙を拭い、明るくニコッと笑う。その笑顔もまた可愛くて。

 こうして、俺と香奈は先輩後輩という関係から、恋人同士の関係に変わった。そのことがとても嬉しい。

 俺は香奈の右手を離し、彼女のことを抱きしめる。その瞬間、香奈は「きゃっ」と可愛らしい声を上げて、体をビクつかせる。


「ごめん、いきなり抱きしめて。恋人になれた嬉しさと香奈の可愛さでつい」

「気にしないでください。いきなりだったので驚いただけです。……あぁ、遥翔先輩に抱きしめられるのってやっぱりいいですね。恋人になれましたから、昨日のお見舞いのとき以上にいいなって思います」


 香奈がそう言った直後、背中から温もりを感じるように。きっと、両手を俺の背中に回してくれているのだろう。

 互いに制服を着ているけど、昨日抱きしめたときよりも香奈の温もりや甘い匂いを感じられる。これも香奈と恋人同士になったからだろうか。


「……あの、遥翔先輩」

「うん?」


 香奈が話しかけてくるので、俺は香奈の顔を見る。香奈は顔を結構赤くさせながら、俺のことをチラチラ見てくる。


「こ、恋人になったので……キスしたいです。口と口で」


 香奈は上目遣いで俺を見つめてくる。その姿の可愛らしさと、キスしたいというお願いで体を帯びている熱がさらに強くなっていく。


「分かった。キスしよう」

「はい。……今まで、キスはあたしからしていたので、今回は先輩からしてほしいです」

「……分かった」

「ありがとうございます」


 そうお礼を言うと、香奈はゆっくり目を閉じて、唇を少しだけ前に出す。その姿も可愛くていつまでも見ていたい。ただ、待たせてしまってはいけない。

 香奈の柔らかそうな唇に吸い込まれるようにして、俺は香奈にキスする。

 これまで、香奈と手を繋いだり、抱きしめたりして香奈の柔らかさや温もりを感じてきた。だけど、キスして香奈の唇から伝わってくる感触と温もりは独特で。ただ、とても心地よくて。香奈も同じような印象だったら嬉しいな。

 俺から唇をそっと離すと、そこにはうっとりした様子で見つめる香奈の笑顔があった。


「これまで頬と額にキスしましたけど、先輩から口にされるキスは本当にいいですね。幸せな気持ちでいっぱいです」

「そう言ってくれて俺も幸せだ。俺も香奈とのキス……良かったよ」

「嬉しいですっ! 先輩、大好きっ!」


 香奈はそう言うと、これまで以上に強く俺のことを抱きしめてきた。そんな彼女のことを俺もぎゅっと抱きしめる。

 告白の返事だったけど、香奈に好きだと伝えて、恋人として付き合えるようになって本当に良かったのであった。

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