第27話『りんごゼリー』
「最新話も良かったな」
文字数を見ると結構な量だと分かるけど、特に多いとは感じなかった。きっと、とても楽しいと思える話だったからだろう。
スマホに表示されている時刻を見ると……部屋を出てから10分くらい経っている。2人はどうしているだろう?
「空岡先輩。汗拭きと着替えが終わりました。もう入っていいですよ」
星崎が香奈の部屋から出てきて、そう言った。星崎は白いタオルを持っているけど、そのタオルはふんわり膨らんでいる。俺に見られないために、香奈の寝間着や下着を包んでいるのかな。
「分かった。あと、汗拭きお疲れ様」
「はいっ、楽しかったです」
そう言う星崎はニッコリ笑顔を浮かべている。楽しそうな笑い声が聞こえていたからな。
俺は香奈の部屋に戻る。ベッドを見ると、そこには水色の寝間着に着替えた香奈がこちらを向いて横になっていた。
「香奈。少しはスッキリできたか?」
「はい。彩実に汗を拭いてもらって、新しい寝間着に着替えましたからスッキリしました」
「それは良かった。さっきの寝間着も可愛かったけど、今の寝間着もよく似合ってるな」
「ありがとうございます。良ければ写真撮っていいですよ?」
「……じゃあ、一枚」
制服のポケットからスマートフォンを取り出し、水色の寝間着姿の香奈を撮影した。その際、香奈は笑顔でピースサインしてくれて。こんなに可愛い笑顔を見せられるほどに元気になったんだな……と、撮影した写真を見ながら思った。
「ただいま。タオルとさっきまで着ていた服、洗面所に置いてきたよ」
「ありがとう」
「お疲れ様。そういえば、星崎って香奈のお見舞いに来ると今回みたいに汗を拭いてあげるのか? 香奈にお願いって言われたときはやる気満々で引き受けていたし。さっき、終わって部屋から出てきたときも楽しそうだったから」
「ほぼ毎回していますね。こういうことをするのが好きですから。汗拭くの楽しいです。それに、香奈ちゃんの肌が綺麗ですし、いい匂いもしますから。汗拭きのご褒美だと思ってます」
「もう彩実ったら。先輩の前で。ちょっと恥ずかしい」
香奈は頬を少し赤らめているけど、笑みは絶やしていない。この程度の反応なのは、言ったのが親友の星崎だからなのだろう。そんな香奈のことを星崎は可愛らしい笑顔を浮かべながら見ている。
今後も、香奈のお見舞いに行ったときは、香奈から指名されない限りは星崎に汗拭きを任せた方がいいかな。
「香奈の汗拭きが楽しいことがよく分かったよ。じゃあ、逆に星崎のお見舞いに行ったときは香奈が?」
「そうですね。あたしも楽しいですよ。彩実の体は綺麗ですし、いい匂いしますし。あたしのお見舞いで汗を拭いてくれるお礼もあります」
「香奈ちゃんの拭き方は上手ですから、汗拭きに癒やされてます」
「あたしもだよ。今回も気持ち良かった」
香奈と星崎は楽しそうに笑い合っている。今の話を聞くと、本当に2人は仲のいい親友なのだと分かる。あと、この光景を千晴が見たら喜びそうだ。
「そうなんだな。ところで、香奈。俺達に他に何かしてほしいことはあるか?」
「そうですね……あっ、そのコンビニ袋には何が入っているんですか?」
「りんごゼリーとベビーカステラとスポーツドリンクだよ。星崎と一緒に、ここに来る途中のコンビニで買ったんだ」
「そうだったんですね! ありがとうございます。じゃあ、りんごゼリーを2人に食べさせてもらおうかな」
おっ、まずはりんごゼリーを食べたいと言ったか。さすがは好物なだけある。
「分かったよ、香奈。じゃあ、俺がメインで食べさせてもいいか? 俺も香奈に何かしたいし」
「私はかまいませんよ。香奈ちゃんはどう?」
「あたしもそれでOKですっ」
香奈は可愛らしく返事すると、俺を見ながら小さく頷いた。じゃあ、俺がメインでりんごゼリーを食べさせてあげよう。
コンビニの袋からりんごゼリーとスプーンを取り出す。
りんごゼリーの蓋を剥がして、俺はベッドの側で正座する。その瞬間、香奈が「美味しそう」と呟いた。スプーンで一口分掬って香奈の口元まで持っていく。
「はい、香奈。あーん」
「あ~ん」
香奈は少し大きめに口を開ける。これまでに何度も香奈に食べさせてきたけど、こういうときの顔は毎度可愛いと思う。
香奈にりんごゼリーを食べさせる。その瞬間、星崎から「きゃっ」と可愛らしい声が聞こえた。星崎はすぐ近くから、輝かせた目で俺達のことを見ている。こういう場面にときめきやすい性格なのかな、星崎は。
「う~ん、美味しいです!」
今日一番と言っていいほどの笑顔で、香奈はそんな感想を言う。
「それは良かった。いい笑顔だなぁ。星崎が言うように、果実系ゼリーの中で一番好きなだけのことはあるな」
「果実系全般好きですが、りんごが一番好きですね。覚えていてくれたんだね、彩実」
「今みたいな笑顔になって、『りんごゼリーが一番好き!』って言っていたからね」
「そうだったんだ。ありがとう」
香奈は星崎の頭を撫でる。そのことで、星崎は「えへへっ」と可愛らしく笑う。癒やされる光景だなぁ。
それからも俺は香奈に何度もりんごゼリーを食べさせていく。
「あぁ、美味しいです。食べさせてくれるのが遥翔先輩だからか本当に美味しいです。この状況を楽しめるほどに治っていて良かったです」
「香奈ちゃん幸せそう。空岡先輩もゼリーを食べさせるのが上手ですよね。お昼ご飯やデートで何度も食べさせ合っているからでしょうか」
「それもあるかな。あと、3歳下の千晴っていう妹がいるからかな。千晴が風邪を引いたときは、今の香奈みたいにゼリーやプリン、お粥を食べさせることが多くてさ」
どんな病状でも、俺が食べさせると千晴は笑顔で「美味しい」って言ってくれる。それがとっても可愛いんだよなぁ。
「そうなんですね。確かに、今の空岡先輩は優しいお兄さんって雰囲気もありますね。先輩みたいなお兄さんがいるのは憧れます。あたしも一人っ子なので」
「そうなんだ」
星崎も一人っ子なのか。
あと、一人っ子って兄弟姉妹に憧れを抱いたりする人が多いのかな。一人っ子の友達の中に千晴みたいな妹がいたら良かったのに、って言う奴がいたし。
ただ、逆に俺は一人っ子がいいと思ったことはないな。千晴は可愛いし、あまり喧嘩をしないからかな。
「あと、香奈ちゃんのような可愛いお姉さんや妹にも憧れますね」
「憧れの範囲が広いな」
「あたしも姉妹への憧れはありますね。もし、彩実が姉妹ならお姉さんってイメージですね。あと、姉妹は義理でもかまいませんよ?」
香奈は俺のことをじっと見つめてくる。……なるほど。俺と結婚すれば、千晴っていう義理の妹ができるもんな。ここでもアピールしてくるとは。さすがは香奈。
あと、今の香奈の言葉の本心が分かったのだろうか。星崎はクスクスと楽しそうに笑っている。
「りんごゼリーも残りが少なくなってきたな。星崎はまだ一度も食べさせてないから、俺と交代するか?」
「はいっ」
星崎にりんごゼリーとスプーンを渡す。
「はい、香奈ちゃん。あ~ん」
「あ~んっ」
香奈は星崎にりんごゼリーを食べさせてもらう。
「ん~! 美味しいっ!」
俺が食べさせたときと同じように、香奈は満面の笑みを浮かべてそう言う。そのことに星崎はとても嬉しそうで。絵になる光景だ。
それから、香奈は残りのゼリーを全て星崎に食べさせてもらった。今までも差し入れしたものをこうして食べさせてもらっていたんだろうな……と思いながら、俺は楽しそうにしている親友2人を近くから見守ったのであった。
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