第26話『お見舞い』

 香奈のいない中で学校生活を送っていく。

 瀬谷と栗林のおかげで少しずつ元気を取り戻していったけど、いつもよりも時間の進みが遅く感じた。

 昼休みには瀬谷や栗林を含めた友人数人と一緒にお昼ご飯を食べた。こうして、何人かでワイワイ喋りながらご飯を食べるのは楽しい。ただ、ここに香奈がいたらもっと楽しい時間になったのかもな……と思ったりもした。




 放課後。

 ようやく放課後がやってきた感じがする。こういう感覚になったのはいつ以来だろうか。

 今週は掃除当番ではないので、放課後になるとすぐに教室を後にし、星崎との待ち合わせ場所に向かい始める。星崎はもう来ているかな。

 昇降口で上履きからローファーに履き替え、第2教室棟を出る。すると、


「空岡先輩。お疲れ様です」


 そこには星崎の姿があった。俺と目が合うと、星崎はニッコリ笑って軽く頭を下げる。空は朝から変わらず曇天だけど、彼女の笑顔と金色の髪は煌めいている。あと、香奈に負けず劣らずの可愛らしさもあってか、男子中心に星崎を見ている生徒がちらほらと。


「ありがとう。星崎もお疲れ様」

「ありがとうございます。ようやく放課後になった感じです」

「そうだな。今日は長く感じたよ」

「長く感じましたよね。香奈ちゃんが体調不良で欠席するのはこれが初めてじゃないですけど。クラスに親友がいないのは寂しかったですね」

「そうだったんだ。俺も香奈と一緒に登校できなくて、昼も一緒にご飯を食べられなかったから寂しかったよ」

「そうでしたか。では、香奈ちゃんのところへお見舞いに行きましょうか」

「ああ。ただ、途中で香奈に何か買っていこうと思ってる。星崎なら、お見舞いのときに何を持っていけば香奈が喜ぶのか知っているかと思っているんだけど……どうだ?」


 香奈が体調を崩して欠席するのは、これが初めてじゃないとのことだし。


「分かりますよ。今までに何度もお見舞いに行ったことがありますから。お腹の調子は大丈夫らしいので、果実系のゼリーやカステラがいいと思います」

「ゼリーとカステラか。分かった。じゃあ、どこかコンビニかスーパーでその2つを買っていくか」

「はい!」


 俺と星崎は香奈の家に向かって歩き始める。

 こうして女子と2人きりで歩くのは香奈くらいだったので、星崎と歩くと新鮮だな。それは周りの生徒にとっても同じなようで、驚いた様子や目を見開かせて俺達を見ている生徒が何人かいた。

 学校を出て、俺達は梨本駅の方へ。


「今も寒いですね……」

「今日はずっと曇りだもんな。香奈が風邪引くのも仕方ないわ」

「ですね。朝起きて、ベッドから降りたときに体がブルッと震えましたから」

「朝はかなり寒かったよな。俺は一度ベッドに戻って、結構ギリギリまで入ってた」

「寒い日のベッドって気持ちいいですもんね。私は久しぶりに暖房つけました」

「そっか」


 季節外れの寒さだからな。今日は暖房をつけている家庭は多そう。

 香奈はちゃんと体を温めて、ゆっくり休めているだろうか。睡眠の妨げにならないために、お見舞いへ行くと朝にメッセージを送ってからは、一切連絡していないから。

 それからすぐに、梨本駅の南口の側にあるコンビニに行き、香奈への差し入れにベビーカステラとりんごゼリー、あとはスポーツドリンクを購入。星崎曰く、香奈は果実系ゼリーの中でもりんごゼリーが一番好きとのこと。

 差し入れを買えたので、俺達は香奈の住んでいるタワーマンション『ザ・ナシモトタワー』へ直行。

 ここに来るのは2度目だけど、エントランスは綺麗でいい雰囲気だなぁと思う。

 前回は香奈と一緒だったため、香奈が鍵を挿してオートロックの扉が開いたが、今回は違う。星崎がインターホンを操作し、香奈の家である1601号室を呼び出した。


『はーい。……あっ、彩実ちゃんと空岡君』


 インターホンのスピーカーから、母親の亜希子さんの声が聞こえる。インターホンにカメラが設置されているから、来訪者が俺達だと分かったのだろう。


「こんにちは、亜希子さん。彩実です」

「空岡です、こんにちは。香奈のお見舞いに来ました」

『ありがとう。開けるわね』


 亜希子さんがそう言った直後、目の前にあるオートロックの扉が開く。前回来たときとは違う流れで開いたので、ちょっと興奮した。


「開きました。空岡先輩と一緒に行きますね」

『はーい』

「では、行きましょうか」

「ああ」


 俺達はマンションの中に入り、近くにあるエレベーターを使って陽川家の住まいがある16階に昇る。

 16階に到着し、俺達は1601号室の前へ。前回来たときにも思ったけど、結構いいホテルの雰囲気と似ているな。

 今度は俺がインターホンを押す。

 さっき、エントランスから呼び出したので、玄関の前で待ち構えていたのだろうか。インターホンを押した直後、鍵の開く音が聞こえ、玄関の扉がゆっくり開く。

 中から、ロングスカートにタートルネックのセーター姿の亜希子さんが出てきた。俺達と目が合うと、亜希子さんは穏やかで優しい笑顔を浮かべる。


「いらっしゃい、彩実ちゃん、空岡君」

「こんにちは、亜希子さん」

「こんにちは。香奈の具合はどうですか?」

「15分くらい前に様子を見たけど、だいぶ良くなっているわ。お粥を食べて、病院から処方された薬を飲んだ後はずっと寝ていたみたいだし」

「それなら安心しました」

「良かったです。空岡先輩と一緒にゼリーとカステラ、スポーツドリンクも買ってきました」

「ありがとう。香奈も喜ぶと思うわ。さあ、上がって」

「はい。お邪魔します」

「お邪魔します」


 俺と星崎は香奈の家に上がり、彼女の部屋の前まで向かう。

 俺が部屋の扉をノックすると、


『どうぞ』


 中から香奈の声が聞こえた。香奈の声を聞くのは昨日の昼休み以来なので、声を聞くだけで気持ちが落ち着いてくる。

 部屋の扉をそっと開ける。暖房がつけられているため、すぐに温かい空気が体を包み込む。ずっと寝ていたそうなので、部屋の中は薄暗くなっている。それでも、こちらを向きながら、ベッドから顔を出す香奈の顔はちゃんと見えた。


「香奈、こんにちは」

「お見舞いに来たよ、香奈ちゃん」

「遥翔先輩、彩実、来てくれてありがとうございます」


 そう言うと、香奈は嬉しそうな笑顔を見せてくれる。声の大きさは普段よりも小さいものの、口調はしっかりしている。

 星崎がスイッチを押してくれたのだろう。部屋の照明が点く。その状態で改めて香奈を見ると、顔色は普段と変わりないな。

 俺と星崎は香奈のすぐ側まで近づく。その際、俺が持っているゼリーなどが入ったコンビニの袋をローテーブルに、スクールバッグはローテーブルの側に置いた。


「体調はどうだ? 朝よりもだいぶ良くなったと亜希子さんは言っていたけど」

「朝に比べたら体がかなり楽になりましたね。朝は熱が38℃を超えていて、かなりだるかったですから。15分ほど前にお手洗いに行ったんですけど、だるさは全然感じませんでした」


 そう話すと、香奈はすっと体を起こす。桃色の寝間着姿が可愛らしい。


「体が楽になって良かったな」

「良かったね! 安心したよ、香奈ちゃん!」


 星崎は嬉しそうな様子で香奈のことを抱きしめる。香奈の体調が良くなったことや、香奈と会えたことが嬉しいのだろう。抱きしめられる香奈もニッコリ笑顔を見せていて。親友同士の微笑ましい光景だ。きっと、今までもお見舞いに行って体調が良くなっていたら、こうして抱きしめていたんじゃないだろうか。


「彩実と遥翔先輩の姿を見たら、より体が楽になった気がします。あっ、でもまだ熱は測っていませんね。遥翔先輩、体温計を取っていただけますか? ローテーブルにあると思うのですが。白いケースです」

「……あっ、これか」


 コンビニの袋の横に、白くて細長いケースが置かれていた。俺はそのケースを香奈に渡した。

 香奈はケースから体温計を取り出し、左腋に挟んだ。その際にデコルテや下着の一部が見えてしまった。その姿にちょっと艶やかさを感じ、ドキッとする。


「香奈ちゃん。今日の学校でもらったプリントを勉強机に置いておくね」

「うん、分かった。ありがとう」


 星崎は自分のスクールバッグからプリントを何枚か取り出し、香奈の勉強机に置く。俺も今まで、風邪で欠席した友達にプリントを届けたことが何度かあったな。ただ、小学生の頃、一度、渡すプリントを忘れて学校に戻ったこともあったっけ。

 ――ピピッ。

 この音は……体温計の音かな。

 香奈の方を見ると、香奈は右手で体温計を持っていた。


「36.8℃ですね」

「今朝は38℃を越えていたから、結構下がったね」

「このままゆっくり休めば、香奈も明日からまた登校できそうだな」

「そうしたいですね。みんなと一緒に学校生活を送りたいですから」

「元気になってくれるといいな。今日は香奈ちゃんがいなくて寂しかったから」

「そうだったんだ。先輩は?」

「……ちょっと寂しかったよ。最近は香奈と一緒にいることが多いから。学校が長く感じた」

「ふふっ、そうでしたか。嬉しいですね」


 そう言い、言葉通りの嬉しそうな笑顔を見せてくれる香奈。からかったりするような雰囲気はないけど、正直に想いを口にしたから気恥ずかしい。


「か、香奈。だいぶ体調が良くなったみたいだけど、香奈は病人なんだ。俺や星崎にしてほしいことはあるか?」

「遠慮なく言ってくれていいんだよ」

「そうだね……汗を拭いてほしいですね。着替えもしたいです。午前中から数時間くらい寝ていたので、ちょっと汗掻いちゃって。遥翔先輩に拭いてほしい気持ちもありますけど、先輩に肌を見せるのは恥ずかしいですから……これは彩実にお願いしようかな」

「分かった! 任せて!」


 ポン、と星崎は自分の胸を軽く叩く。やる気満々の様子だ。

 俺のことが大好きな香奈も、さすがに俺に肌を見せることについては恥ずかしさの方が勝ったか。香奈の素肌を見て、汗を拭いたらどうなってしまうか分からないので、星崎にお願いすると言ってくれて正直ほっとしている。


「じゃあ、俺は外に出て待っているよ」

「はい、お願いします、先輩」

「2人とも、俺のことは気にせずに汗拭きと着替えをしてくれ」

『はーい』


 香奈と星崎の可愛らしい返事のユニゾンを聞き、俺は香奈の部屋から出た。

 香奈の部屋の暖かさに慣れてきていたので、廊下に出るとちょっと寒く感じる。ただ、外ほどではないので、少しの間待つには問題ない。


『さあ、香奈ちゃん。寝間着と下着を脱ごうね』


 星崎……何だか楽しそうな声で話している。こういうお世話をするのが好きなのかな。


『じゃあ、拭いていくね』

『お願いしまーす』


 香奈は星崎に汗を拭いてもらい始めたのだろう。その証拠に「あぁ、気持ちいい……」という声も聞こえてくる。


『彩実上手だね』

『ありがとう。久しぶりに香奈ちゃんの裸を見たけど、変わらず綺麗だね。肌もスベスベだし』

『彩実ほどじゃないよ~』


 ふふっ、と2人の可愛らしい笑い声が聞こえてくる。声だけでも、部屋の中が楽しい雰囲気に包まれているのが伝わってくるなぁ。汗を拭くのが俺だったら、きっとこういう風にはならなかっただろう。

 あと、不可抗力とはいえ、何だか香奈と星崎の会話を盗み聞きしている感じだな。汗拭きと着替えが終わるまではスマホでWeb小説を読むか。

 ブレザーのポケットからスマホを取り出し、小説投稿サイトを見る。お気に入り登録をしている小説の新しい話が投稿されていたので、それを読み始めるのであった。

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