第24話『また』

 4月21日、水曜日。

 香奈が再び体調不良になってしまうこともなく、朝は校門前から一緒に登校して、昼休みには一緒にお弁当を食べる……といういつも通りの学校の時間を過ごした。

 そして、放課後。

 香奈は星崎と一緒にキッチン部の活動があり、俺はバイトのシフトが入っている。なので、香奈とは会うことなく、下校してバイト先に向かう。

 ちなみに、香奈曰く、キッチン部の活動は毎週水曜日にあるとのこと。また、買い物当番になったときは、前日の火曜日にオリオ梨本の中にあるスーパーへ行き、部活に使う食材を買い行くのだそうだ。今週は火曜日に健康診断があったので、月曜日に買い出しに行ったとのこと。

 今日のキッチン部の活動はホットケーキだったか。怪我や火傷などせず、星崎と一緒に楽しんでほしい。


「俺もバイト頑張ろう」


 高校からバイトの制服に着替え終わった俺はそう気合いを入れて、職場であるフロアに向かった。

 平日の夕方なのもあり、今日も制服姿のお客様がちらほらと見受けられる。その中にはうちの高校はもちろんのこと、母校の梨本南中学、香奈と星崎、望月の母校の梨本第一中学の制服を着ている生徒もいる。

 談笑しながら注文したメニューを楽しむお客様、一人でコーヒーを飲みながらスマホを眺めるお客様など、過ごし方は様々だ。ここザスト梨本駅南口店の中は平和な空気に包まれている。シフトの終わる午後8時まで、この平和さが続いてほしいものだ。

 ――ピンポーン。

 おっ、注文ボタンが押されたな。今日もバイトを頑張ろう。

 それから、俺は接客中心にいつもの業務をこなしていく。たまに、香奈は星崎と一緒にホットケーキを作っているのかなと思いながら。

 そして、バイトを始めて30分近く経った頃のこと。


「いらっしゃいませ……あっ」

「……こんにちは。バイトお疲れ様、空岡君」

「ありがとう。……望月」


 そう……望月沙樹が来店してきたのだ。俺が告白してからは初めてのこと。

 俺と目が合うと、望月は持ち前の柔和な笑みを見せてくれる。

 これは夢じゃないかと思ったので口の中を軽く噛むと……確かな痛みが。これ、現実のことなんだ。その瞬間に、望月がザストに来店してくれたことの嬉しさを抱き始める。


「オリオの中にある本屋で、好きなラノベの作家さんの新刊を買ってきたの」

「そうなんだ」

「家で読むのもいいけど、ザストで読むのも好きだから。空岡君がバイトしているときだと安心感もあるからいいなって。久しぶりに来ようって思ったの」

「そうだったんだな」


 告白をしてから10日くらい経っているし、そろそろ行ってみるかと思えたのかも。あとは……オリオで会ったときのことも影響しているかもしれない。

 そうして今、望月は久しぶりに来店してくれたんだ。ちゃんと望月に接客しないと。


「改めて……いらっしゃいませ。1名様でよろしいでしょうか?」

「はい」

「では、ボックス席はいかがですか?」

「本をゆっくり読みたいから……はい。ボックス席でお願いします」

「かしこまりました。席までご案内いたします」


 望月をボックス席に案内し、彼女に冷たい水を出す。


「ご注文が決まりましたら、そちらの注文ボタンを押してください。すぐに伺います」

「うん。ありがとう、空岡君」

「……失礼します」


 望月に軽く頭を下げて、俺は彼女の座っている席を離れる。

 望月のいる中でまたバイトできて。望月のいる店内の光景をまた見られて。嬉しいな。望月がボックス席に座っているからか、今までよりも店内の雰囲気が良くなったように思える。

 学生服を着ている男子中心に、彼女に視線を向けるお客様が多い。中にはじっと見つめている人も。もしかしたら、これが俺がバイトしているときだと安心感のある理由の一つなのかもしれない。今まで一度もないけど、望月が変な客に絡まれたら俺が助けないと。

 ――ピンポーン。

 おっ、注文ボタンが押されたな。番号が表示されるモニターを確認すると……31番か。そこは望月が座っているボックス席の番号だ。

 少しの緊張を抱きつつ、俺は望月の座っている席に向かった。


「ご注文をお伺いします」

「ガトーショコラを1つと、ドリンクバーを1つお願いします」

「ガトーショコラをお1つに、ドリンクバーをお1つですね。以上でよろしいでしょうか?」

「はい」

「かしこまりました。ドリンクバーはあちらのコーナーから、ご自由にお取りください」

「分かりました」

「では、失礼します」


 ちょっと緊張したけど、噛んだり、言葉に詰まったりせずに接客できたぞ。そんな達成感を抱いて望月の座る席から離れた。

 たまに望月のことを見ながら、接客中心に仕事をしていく。

 望月はホット系のドリンクを飲みながら、さっき買ったと思われる文庫サイズのライトノベルを読んでいる。その様子は文学少女の風格を感じさせる。美しい。


「31番テーブルのガトーショコラ、出来上がったぞ」


 キッチン担当の男性のそんな声が聞こえた。31番テーブル……望月の頼んだガトーショコラか。


「俺が持っていきます」

「よろしくー」


 ガトーショコラをトレーに乗せ、望月が座っている31番テーブルへ向かう。

 俺の足音に気付いたのか、俺が到着する前に望月はこちらを向き、微笑んだ。


「お待たせいたしました。ガトーショコラになります」


 望月の目の前にガトーショコラを置く。その際に望月が飲んでいるものがホットティーであると分かった。

 ガトーショコラを置くと、望月はニッコリ笑って「美味しそう」と呟く。その可愛らしい笑顔は香奈と似ている。


「ありがとうございます」

「ご注文の品は以上でよろしいでしょうか」

「はい」


 望月が肯定の返事をしたので、俺はアクリルのレシート立てにレシートを挿す。


「では、ごゆっくり」


 望月に軽く頭を下げて、俺は彼女のところから離れる。

 これで、ひとまずは望月への接客は終わりか。再注文や会計のときはまた接客したいな。そんなことを思いながら望月のことをチラッと見ると、望月はさっき俺が届けたガトーショコラを食べている。美味しいのか、目を細めて笑っていて。そんな望月が可愛らしい。ただ、今の望月を見ていると、以前、星崎と一緒に来てスイーツを楽しんでいた香奈を思い出すな。

 それからも、望月が店内にいる中でフロアの仕事をしていく。

 何度か望月をチラッと見て。望月と目が合うと、彼女は柔らかな笑みを浮かべて俺に小さく手を振ってくれて。注文されたメニューを運んでいるときでなければ、俺も小さく手を振った。

 バイトを初めてから1時間半ほど経って、本日初の休憩に入る。スマホを確認すると、香奈からメッセージと写真が届いていた。さっそく確認すると、


『部活でホットケーキ作りました!』


 というメッセージと、ホットケーキを乗せた皿を持つ星崎とのツーショット自撮り写真が20分くらい前に送られていた。胸が温かくなる。


「ホットケーキ美味しそうだなぁ」


 写真を見ていたらお腹が空いてきた。コーヒーに入れる砂糖の量……いつもよりも多めにしておこう。

 あと、写真に写っている香奈と星崎は本当に楽しそうだ。料理やスイーツ作りが好きなのが伝わってくる。


『今、休憩入った。美味そうだなぁ』


 と返信する。

 香奈の方も自由にできる時間なのだろうか。結構早く俺の返信に『既読』のマークがつき、


『美味しくいただきました!』


 と返信が届いた。いいなぁ、と思いつつホットコーヒーを一口飲む。……甘くて美味しい。たまにはこのくらいの甘いコーヒーもいいな。


『遥翔先輩、ここまでバイトお疲れ様です』

『ありがとう』


 今日は望月が来てくれているから、普段よりも疲労感は少ない。でも、画面に表示される文字でも、香奈からの『お疲れ様です』の一言で疲れが取れていくのが分かった。

 香奈とのメッセージや、いつもより甘く作ったホットコーヒーで体力と気力を取り戻して、俺はフロアに出て仕事を再開する。

 フロアに戻った際に望月の方を見ると、ラノベを読むのに集中しているのか、結構真剣な表情になっていた。その横顔はとても美しかった。

 それからもフロアの仕事をしていき、午後6時を過ぎた頃。

 望月はボックス席から立ち上がり、レシートとスクールバッグを持って席を離れる。会計に行くんだな。

 会計には誰もいなかったので、望月が到着する前に会計に立つ。

 望月は会計にやってくると柔らかな笑みを見せ「お願いします」と俺にレシートを渡してきた。


「570円になります」

「じゃあ、600円で」

「600円お預かりします。……30円のお返しになります」

「ありがとう。……久しぶりにここに来たけど、いい時間を過ごせたよ。美味しい飲み物とスイーツを楽しみながら、買ったラノベを結構読めたし。空岡君に接客されるのもいいなって思った」

「そうか。望月にとって、ここにいる時間がいい時間になって良かったよ。俺も久しぶりに望月に接客できて良かった」

「それなら良かったよ」


 そう言うと、望月は白い歯を少し見せながら笑う。


「これからもたまに来るね」

「ああ。そのときはしっかり接客するよ」

「うん。じゃあ、またね。今日の残りのバイト頑張ってね」

「ありがとう。またお越しくださいませ」


 最後にここの店員としての挨拶をすると、望月は持ち前の優しい笑顔を見せてくれる。俺に小さく手を振りながらお店を後にしていった。


「……良かった」


 このお店にいる間に、望月はたくさんの笑顔を俺に見せてくれた。これからもたまに来ると言ってくれた。それが嬉しい。いずれは告白する前のように、学校で会ったら軽く挨拶してザストでたまに接客するくらいの関係になれそうだ。きっと。

 望月が来店してくれたことや休憩中に香奈とメッセージをやり取りしたこともあり、それからシフト終わりの午後8時まであっという間に過ぎていった。


「おっ、結構寒いな」


 バイトが終わり、従業員用の出入口から外に出ると、震えるほどに肌寒くなっていた。昼間は晴れていたんだけどな。

 お腹が空いているし、体を温めるためにも小走りで家に帰るのであった。

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