第23話『香奈に初めて作るお昼ご飯』
「だいぶ楽になってきましたね」
俺のベッドで横になり始めてから20分ほど。香奈はそう言った。
香奈の顔色は帰ってきたときよりも良くなってきているし、特に辛そうな様子は見られない。
「良かった。じゃあ、お昼ご飯も食べられそうかな」
「はいっ、食べられますっ!」
「分かった。じゃあ、どんな食材があって、何を作れるか考えたいから俺はキッチンに行ってくるよ。香奈はゆっくりしてて」
「分かりました」
俺は一人で自分の部屋を出て、一階のキッチンに向かう。
棚を確認すると……そばとうどん、スパゲティーの乾麺があるか。この3つのどれかを使ったお昼ご飯にしようかな。
冷蔵庫の中にある食材を確認すると、
「かまぼこに……きつね揚げもある」
それなら、温かいきつねうどんがいいかな。香奈の気分が良くなったばかりだし。俺も風邪を引いているときや病み上がりのときは、温かいうどんを食べて体力をつけたことが何度もある。あとは香奈次第だな。
自分の部屋に戻ると……香奈の姿が見えない。ただ、ベッドの掛け布団が膨らんでいるので、香奈がベッドに潜っているのは一目瞭然。
「香奈」
名前を呼ぶと、香奈はベッドから顔だけ出す。亀みたいで可愛いな。香奈は幸せそうな表情を浮かべている。
「遥翔先輩の匂いに包まれたくて、ふとんを被っていました。それで、何でしょうか?」
「お昼ご飯のこと。キッチンにある食材を見て、温かいきつねうどんを作ろうと思っているんだ。どうかな?」
「いいですね! うどん大好きです!」
「良かった。じゃあ、お昼ご飯はきつねうどんにしよう」
「はいっ! 料理する先輩の姿を見てみたいので、キッチンにいてもいいですか?」
「うん、いいよ」
「ありがとうございますっ!」
そう言う香奈の声はとても元気で。香奈がいつもと変わらないところまで回復して良かった。
香奈はベッドから降り、ブラウスの第2ボタンを閉め、裾をスカートの中に入れる。ここは俺の家だし、このくらいの着方でかまわないと思う。ラフな感じがして、個人的には好印象だ。
香奈と一緒にキッチンに戻り、俺は青いマイエプロンを身につける。
「エプロン姿の遥翔先輩も素敵です!」
俺のすぐ側から、香奈は輝かせた目で俺を見ながらそう言ってくれる。
「ありがとう」
「写真撮ってもいいですか?」
「いいよ」
香奈はスマートフォンでエプロン姿の俺を撮影していく。
――カシャカシャカシャカシャ!
シャッター音が何度も聞こえるけど、君は何枚撮っているんだい? まあ、減るもんじゃないし、エプロン姿は恥ずかしくないからいくら撮ってくれてもいいけど。
香奈による写真撮影が終わり、俺はきつねうどんを作り始める。
「うどんの上にはきつね揚げの他にかまぼことわかめを乗せて、ネギをかけようと思ってる。この中に嫌いな食材はあるか?」
「どれも食べられますので大丈夫です」
「了解」
よし、うどんを茹でるお湯が沸騰するまでの間に、うどんに乗せる具と薬味の下ごしらえをするか。あと、温かい麺汁を作らないと。
冷蔵庫からきつね揚げとかまぼことネギ、棚からは乾燥のカットわかめを取り出す。
きつね揚げとかまぼこは食べやすいサイズに切って、ネギは小口切り。カットわかめは水の入ったボウルで戻していく。
「おおっ、上手ですね! 以前たまに作ると言っていただけあって、料理の手つきも慣れている感じですね」
「そう見えるか。料理上手な香奈に言われると嬉しいな。ありがとう。小さい頃から、千晴と一緒に両親の料理の手伝いもしていたからかな」
「そうなんですね」
昔は、包丁で食材を切るのに失敗したことが何度もあったな。
「話は変わるけど、制服姿の女子が近くにいると、去年の家庭科の調理実習を思い出すよ」
「高校でも調理実習があるんですね! ちなみに何を作ったんですか?」
「チャーハンとハンバーグ、コロッケとかを作ったな」
「そうだったんですね! うちのクラスの授業ではどんなものを作るんだろうな……」
キッチン部に入部しただけあって、凄く楽しそうに言う香奈。
家庭科の調理実習は毎度違う男女混合の班で、俺中心に料理を作ったこともあったな。ちなみに、望月とは恋心を抱く前に一度、同じ班だったことがある。俺の作ったチャーハンを美味しいって言ってくれたっけ。いい思い出だ。
「最初に調理実習をしたのは……確か、ゴールデンウィーク明けだったかな」
「そうなんですね。キッチン部で料理するのも楽しいですけど、調理実習も楽しみです」
「そうか。ちなみに、キッチン部では何を作ったんだ? 星崎と一緒に先週の活動に参加したんだよな」
「はい。先週はナポリタンを作りました。それで、今週……明日の活動ではホットケーキを作る予定です」
「そうなのか。料理だけじゃなくてスイーツも作るんだ」
「はい。基本的には料理、スイーツ、料理……と交互に作るみたいです」
「そうなんだ」
料理もスイーツも作るのが好きな香奈にとっては最高の部活だな。親友の星崎も一緒に入部したし。あと、料理もスイーツも作るから『キッチン部』という部活名なのかな。
香奈と話している間に具と薬味、麺汁の準備ができた。あとは、沸騰しているお湯に2人分のうどんを茹でて、盛りつければ完成だ。
「麺汁の匂いでお腹が空いてきました」
「お腹空いたのは、元気になった証拠だな。あと少しで完成だよ」
「はいっ。何かお手伝いできることはありませんか?」
「そうだな……その棚から、どんぶりを2つ出してくれないか? 黒いどんぶりだ」
「了解です!」
元気よく返事をすると、香奈は棚から黒いどんぶりを取り出す。
「これですか?」
「それそれ」
「分かりました!」
お互いに制服姿だし、こういう形で香奈に手伝ってもらうと、一緒に調理実習や部活をしている気分になるな。
それから程なくしてうどんが茹で上がり、香奈が持ってきてくれた2つの黒いどんぶりに盛りつけていく。
「最後にネギを乗せて……はい、きつねうどん完成!」
「美味しそうです!」
パチパチ、と小さく拍手するところ香奈が可愛らしい。嬉しそうにスマホでうどんの写真を撮っている。食べる前だけど、作って良かったという気持ちになるな。
食卓にきつねうどんを運び、俺達は向かい合う形で椅子に座る。場所は違うけど、香奈と向かい合って安心感があるな。
「それじゃ、さっそく食べるか」
「そうですね! いただきます!」
「いただきます」
きつねうどんを一口食べる。味見はしているけど、うどんの固さはちょうどいいし、麺汁の味加減もちょうどいいな。香奈の口に合うといいけど。
香奈の方を見ると、香奈は箸で掬ったうどんときつね揚げに「ふー、ふー」っと息を吹きかけている。そして、ゆっくりとすすっていく。その瞬間、一気に緊張感が。手作りのハンバーグやクッキーを食べたときの香奈はこういう感覚だったのかもしれない。
香奈は何度か咀嚼すると、「う~ん」と可愛い声を漏らしながら、とても可愛らしい笑顔を浮かべる。
「凄く美味しいです! 遥翔先輩!」
「……良かった」
嬉しい気持ちはもちろんあるけど、それと同じくらいに美味しく思ってもらえてほっとした気持ちがある。
「うどんの温かさが体に染み渡りますね。うどんを作ってもらって良かったです」
「そうか。きつねうどんにして正解だったよ。今日は何も食べてないし、香奈は気分が良くなったばかりだから、体に優しいものがいいと思って」
「そうでしたか。ありがとうございます」
それからも、俺達はきつねうどんを食べていく。
うどんの味がとても美味しいからなのか。それとも、とてもお腹が空いていたからなのか。見ていて気持ちいいと思わせてくれるほどの食べっぷり。何度も美味しいと言ってくれ、香奈は完食してくれた。この様子なら、体調はもう大丈夫だろう。
「ごちそうさまでした! 作ってくれてありがとうございました!」
「いえいえ。美味しく食べてくれてありがとう。ごちそうさまでした」
とてもいい昼食だった。学校が午前中で終わる日や休日には、こうしてお昼ご飯を作って香奈と一緒に食べるのもいいかもしれない。
何かお礼したいと申し出てくれたので、昼食の後片付けを香奈に手伝ってもらうことに。その間、
「調理実習や部活の後片付けみたいですね」
と、香奈はずっと楽しそうにしていた。
片付けが終わった後は俺の部屋に戻って、レース系のテレビゲームをしたり、『のんびりびより』など複数のアニメのBlu-rayを観たりして、午後の時間を香奈と2人きりで満喫するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます