第17話『香奈の部屋』
「ここです」
そう言って香奈が立ち止まったのは、玄関を上がってすぐ左側のところにある扉。その扉には、白く柔らかな字体で『かな』と描かれた桃色の丸いネームプレートが掛けられていた。
香奈が扉をゆっくり開け、彼女の部屋に入る。
ベッドのシーツやふとん、絨毯、クッションカバーの色が暖色系で統一されている。ただ、ベッドフレームや勉強机、本棚が木目調なので、温かくて落ち着いた雰囲気の部屋に思える。ベッドには昨日のゲームセンターで取ったキュアックマはもちろん、犬や猫のぬいぐるみ、勉強机には小さなキュアックマのぬいぐるみが置かれており、可愛らしい雰囲気もある。
あと、香奈の部屋だからか、ほのかに彼女の甘い匂いが香ってきて。
「どうですか? あたしの部屋は」
「いい雰囲気の部屋だね。可愛らしくて。あと、結構綺麗だな」
「そう言ってもらえて嬉しいです。遥翔先輩が来るので掃除したんです」
「そうなんだ」
俺みたいに、普段はローテーブルに本を適当に置いていたりするのだろうか。そんなことを思ったけど、深く考えるのは止めておこう。
「あぁ、あたしの部屋に大好きな遥翔先輩がいるなんて。夢のようですよ……」
頬をほんのり赤らめ、うっとりした様子で俺を見つめる香奈。その姿はさっきの亜希子さんに似ている。
「遥翔先輩。これが現実かどうか確かめたいので、頬をつねっていただけませんか?」
「……分かった」
俺は両手を香奈の顔に手を伸ばして、彼女の頬をつねる。……柔らかいな。つねり心地のいい頬だ。
「あぁ、ちょっと痛いですぅ」
と言いながらも、香奈は何だか嬉しそう。
「これは現実なんですね。嬉しいです」
「それは良かった」
俺が香奈の頬から手を離すと、香奈は両手で俺のつねった部分を擦っている。結構痛かったのかな……と心配になったけど、可愛らしい笑みを見せているので大丈夫そうか。
改めて部屋の中を見ると……本棚に視線が止まる。
本棚のすぐ前まで向かい、上に入っている段から本棚に何が入っているのか眺めていく。
「俺の部屋の本棚を見たときに言ったように、ラブコメ系や日常系の作品が多いな。アニメを観た『のんびりびより』もある」
「はい。あとはボーイズラブの作品や、『
「そうなんだ。俺もアニメで興味持って、原作漫画やラノベを読むことがあるよ。『鬼刈剣』は俺もアニメきっかけで漫画買ったなぁ」
「そうだったんですね。……あたし、飲み物と午前中に焼いたクッキーを持ってきます。飲み物は何がいいですか?」
「そうだな……コーヒーがいいな」
「コーヒーですね。アイスのブラックでいいですか?」
「うん。それでお願いします」
「分かりました。先輩は適当にくつろいでいてください。本棚にある本を読んでもいいですよ。あと、バイトでお疲れなら、ベッドで横になってもいいですからね。先輩にゲットしてもらった抱き心地が最高なキュアックマのぬいぐるみもありますし……」
頬をほんのり赤くしながらそう言うと、香奈はベッドの方をチラチラ見る。この様子からして、俺にベッドで横になってもらいたい気持ちが強そう。ベッドに俺の匂いをつけてほしいとか思ってそう。
バイトの疲れは多少ある。ただ、今日初めて来た女の子の部屋にあるベッドに横になるのは、さすがに抵抗感が。香奈は俺のことが大好きで、横になってもいいと言ってくれているけどさ。それに、横になったらドキドキしちゃって休めないかもしれないし。
「……て、適当にくつろいでいるよ」
「はいっ。では、行ってきますね」
「ああ」
香奈は一旦、部屋から出て行った。
さて、香奈が戻ってくるまでの間、どう過ごすか。本棚にある本を読むのも魅力的だ。ただ、バイトの疲れがちょっとある。クッションに座って、脚を伸ばすのがいいかな。
「そういえば……」
俺の家でのお家デートで、俺がアイスティーとベビーカステラを持って戻ってきたとき、香奈は俺のベッドにもたれかかっていたな。そのときの香奈はとても幸せそうだった。
もたれかかるのもちょっと抵抗があるが、背もたれ的な感じでベッドに寄り掛かるくらいなら気持ち良く休めそう。……やってみるか。
ローテーブルの周りにあるクッションをベッドの側まで動かす。そのクッションに腰を下ろして、ベッドに寄り掛かる。
「あぁ……いいな」
背中からお尻にかけて感じるベッドとクッションの柔らかさが気持ちいい。ベッドに体重を預けているし、脚も伸ばしているから体が楽だ。あと、香奈の甘い匂いもちょっと感じられて。
この気持ちのいい環境とバイトの疲れで、ちょっと眠くなってきた。
ゆっくり目を瞑ってみると……あぁ、気持ちいい。眠気が膨らんできたぞ。このままだと眠ってしまいそうだ。
――カシャッ。
……カシャッ?
シャッター音のような音が聞こえたな。目を開けると、そこにはスマホをこちらに向けている香奈の姿が。
「あぁ、香奈……戻ってきていたんだ」
「はい。部屋に戻ったら、遥翔先輩がベッドに寄り掛かってウトウトしていまして。その姿が可愛かったので、ついスマホで撮っちゃいました」
「そうだったんだ。その写真は……持っていていいよ。バイトがあったから、楽な姿勢になったら眠気が来ちゃってさ。でも、少し目を瞑ったら疲れが取れた」
「そうでしたか。アイスコーヒーは眠気にちょうどいいですね」
「そうだな」
体を軽く伸ばして、俺はクッションごとローテーブルの近くまで戻る。
ローテーブルにはアイスコーヒーが入った白いマグカップと、ハート型のクッキーが乗せられたお皿が置いてある。クッキーは普通のもの以外にも、抹茶色とココア色のものがある。その見た目通り、抹茶味とココア味なのかな。どれも美味しそうだ。
まだ眠気がちょっとあるので、まずはアイスコーヒーを一口。
「……ああ、美味しい」
苦味がしっかりしていて俺好みだ。冷たいのもあって一気に眠気が覚める。
「良かったです。クッキーも是非食べてください。プレーンと抹茶とココアの3種類を作りました」
「そうなんだ。どれも美味しそうだなぁ。じゃあ、まずはプレーンから」
「どうぞ、召し上がれ。お口に合うと嬉しいです」
香奈は俺の右斜め前から、真剣な様子でじっと見つめている。そんな彼女の顔には少し緊張の色も見えて。今の香奈を見ると、初めてお昼を食べた日に彼女が作ったハンバーグを食べたときのことを思い出す。あの美味しいハンバーグを作れるんだ。きっと、このクッキーも美味しいだろう。
皿からプレーンのクッキーを一枚取り、口の中に入れる。
咀嚼していく度にサクッ、と気持ちのいい音が聞こえる。それと共に、香ばしくて甘い味わいが口の中に広がっていく。
「美味しいよ。甘くて、香ばしさもあって。さすがは香奈だな」
クッキーの感想を素直に伝えると、香奈の顔にぱあっ、と笑顔の花が咲く。
「そう言ってもらえて嬉しいです! ほっとしました」
「お菓子作りも上手なんだな、香奈は」
「お菓子は主にお母さんと小さい頃から一緒に作りまして。クッキーは一番たくさん作ったので、得意な焼き菓子です」
「そうなんだ。……次は抹茶を」
抹茶味のクッキーを1枚食べる。
プレーンよりも甘さが控えめで、抹茶の味がしっかりしている。香ばしさだけじゃなくて抹茶の風味も感じられて。
「抹茶のクッキーも美味いなぁ」
「ありがとうございます。じゃあ、ココア味のクッキーはあたしが食べさせてあげます!」
「ああ、分かった」
これまでに何度も食べさせてもらったし、今は2人きりだから躊躇いなくそう返事できた。
香奈はココア味のクッキー1枚取ると、楽しそうな様子で俺の隣に移動してくる。
「は~い、先輩。あ~ん」
「あーん」
香奈にココア味のクッキーを食べさせてもらう。
クッキーが口の中に入り、一度噛み始めた瞬間からクッキーの香ばしさとココアの風味が口の中に広がる。クッキーの甘味とココアの味のバランスもいい。
「ココア味も美味い」
「良かったです。ありがとうございます」
「美味しいクッキーを、しかも3種類も作ってくれて嬉しいよ。ありがとう」
香奈の目をしっかり見ながらお礼を言い、香奈の頭をポンポンと優しく叩く。
香奈は見る見るうちに柔和な笑顔になっていき、「えへへっ」と可愛らしく笑う。
「いえいえ。遥翔先輩が美味しく食べてくれてあたしも嬉しいです。クッキー作って良かったです」
「そうか。お礼……になるのかは分からないけど、香奈にクッキーを食べさせてあげるよ」
「十分なりますよ。それに、美味しいとかありがとうって言ってくれましたし。頭ポンポンしてくれましたしね」
嬉しそうに話してくれる香奈。今の言葉に嘘偽りはないだろう。
お皿からプレーンのクッキーを1枚取り、香奈の口元まで持っていく。
「はい、香奈。あーん」
「あ~ん」
香奈にプレーンのクッキーを食べさせる。
口の中にクッキーが入ると、香奈は幸せな表情になりモグモグ食べていく。
「……凄く美味しいです。クッキーを作ったときに味見しましたけど、そのときよりも美味しくなってます」
「ははっ、そうか」
「きっと、先輩が食べさせてくれるおかげですね」
「嬉しいことを言ってくれるなぁ。じゃあ、抹茶とココアも食べさせてあげよう」
「やったー!」
そう言って喜ぶ香奈は小さな子供のような可愛らしさがある。
その後、抹茶、ココアの順で香奈にクッキーを食べさせる。どちらも香奈は「美味しい」と満足そうに食べていたのであった。
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