第15話『別れ際に触れて』

 キュアックマのぬいぐるみを一発ゲットした後は、別のクレーンゲームで俺の好きなキャラのミニフィギュアをゲットしたり、パズルのビデオゲームやボタンを押すタイプの音楽ゲームで香奈と対戦したりしてゲームセンターでの時間をたっぷり楽しんだ。

 色々なゲームをしたので時間の進みは早く、ゲームセンターを出た頃には午後5時過ぎになっていた。


「あっという間に夕方になったな」

「パズルゲームとかリズムゲームで何度も対戦しましたからね。楽しかったですし、時間が経つのがとても早いですね」

「そうだな。今は5時過ぎか。もう少しお店を回るか? それとも今日はこれで帰るか? 俺はどっちでもいいけど」

「そうですね……」


 う~ん、と右手の人差し指を唇に当てて香奈は考える。そして、


「今日はもう帰りましょうか。目的の春物の服と漫画を買えましたし、キュアックマのぬいぐるみを遥翔先輩に取ってもらえましたし。それに、ゲームコーナーでたくさん遊びましたからかなり満足してます」

「そうか。俺も結構満足できてる」

「良かったです」

「じゃあ、今日は帰ろうか」

「はい!」

「この前のお家デートみたいに、梨本駅の南口まで送ろうか?」

「はいっ! 今朝の待ち合わせ場所ですから、南口までお願いしますっ!」

「了解」


 俺達は帰路に就く。

 オリオ梨本は非常に大きなショッピングモールのため、複数の出入口が設けられている。ただ、これから行くのは待ち合わせ場所の梨本駅南口なので、今朝入った梨本駅に近い出入口を目指して歩く。

 夕方になったのもあってか、梨本高校をはじめとする学生服を着た人達の姿もちらほら見かける。部活動が終わってここに来たのだろう。瀬谷と栗林もここに来ているのかな。男女ともにバスケ部は土曜日に部活はあるし、2人で学校帰りに来ることがあるそうだから。

 梨本駅に一番近い出入口に辿り着き、俺達は外に出る。午後5時過ぎなのもあり、日差しも傾き始め、空に浮かぶ小さな雲がほんのり茜色に。


「夕方の空ですね、先輩」

「そうだな。行くときは快晴で日差しも強かったのに。オリオで一日デートしていたんだって実感するよ」

「そうですね。オリオにある色々なお店に行きましたからね。午後はゲームセンターでたくさん遊びましたが」


 今日のオリオデートのことを思い出しているのか、香奈はいい笑顔を浮かべている。

 タピオカドリンクショップ、アパレルショップ、音楽ショップ、昼食にオムライス屋、本屋、そしてゲームセンター……確かに色々な場所に行ったな。途中、望月と会って、その後に休憩スペースで香奈の気持ちを聞いた。それも含めて、香奈と一緒にいい時間を過ごせたと思う。

 晴れてはいるけど、今朝よりも涼しい。だから、香奈の手を握っている右手から伝わる彼女の温もりがとても心地よくて。

 オリオデートの話をしながら、俺達は梨本駅の南口まで一緒に歩いていく。今日はオリオの中をたくさん歩いたから、数分ほどの道のりはあっという間だった。


「ここまでで大丈夫です」

「分かった。……はい、服とキュアックマのぬいぐるみ」


 俺は2着の春ニットが入った紙の手提げと、キュアックマのぬいぐるみが入った袋を香奈に渡す。それらを受け取った香奈はとても嬉しそうで。


「ずっと持っていただいてありがとうございました」

「いえいえ、このくらいのことは」

「それなら良かったです。……今日のオリオデートはとても楽しかったです」

「俺も楽しかったよ」

「嬉しいです。また、休日や放課後にオリオへ一緒に行きましょうね」

「ああ」


 きっと、香奈と一緒にオリオに行くことが、これからの俺の日常になっていくのだろう。


「明日は午後2時にバイトが終わるから、2時過ぎに待ち合わせしよう」

「そうですね。あたしのマンションは駅の北側にありますから、明日は北口での待ち合わせでいいですか?」

「いいよ。じゃあ、明日の午後2時過ぎに駅の北口で会おう」

「はいっ」

「それじゃ、また――」

「待ってください」


 自宅に向かって歩き始めようとしたとき、香奈に呼び止められる。

 香奈の方に顔を向けると、俺に顔を近づけてくる香奈がすぐ目の前にいて。

 ――ちゅっ。

 俺の右頬に柔らかなものが触れた。その瞬間に石鹸の匂いと香奈自身の甘い匂いが香ってきて。

 この感触……つい最近体験したことがある。それに、俺を見つめる香奈はうっとりしていて。おまけに、今の俺達を見ていたのか「きゃあっ」という女性の黄色い声も聞こえる。香奈は俺に――。


「服を選んでくれたこと。キュアックマを取ってくれたこと。あたしの心にある色々な想いを聞いてくれたこと。今日一日、ずっと一緒にいてくれたこと。それがとても嬉しくて。お礼がしたくて、頬にキスしました」


 そう言って、顔を赤くして俺を見つめる香奈が今までよりも段違いに可愛くて。

 やっぱり、俺の頬にキスしたんだ。それが分かった瞬間、全身が熱くなって、心臓の鼓動が早くなっていく。


「先輩、顔赤いですよ?」

「頬にキスされるのは初めてだからな。額を含めても2度目だし。そう言う香奈だって顔が赤いぞ」

「だって……大好きな先輩に2度目のキスをしましたから。これを含めて、今日は思い出がたくさんできました。また明日です、先輩」

「……ああ、また明日な」


 香奈と手を振り合って、俺は自宅に向かって歩き始める。

 頬への不意打ちキスによる熱が今も全身に強く残っている。でも、手を繋ぐことでたくさん感じていた香奈の温もりがないことが、ちょっと寂しく感じた。




 夜。

 望月に『帰ろうとしたのに、呼び止めてごめん』と謝罪のメッセージを送る。すぐに望月から『気にしないでいいよ』と返信してくれた。その言葉を見て一安心。

 それから、金曜日の授業で出された課題をこなし、デート中に行った本屋で購入したラブコメのライトノベルを読み始める。まだ序盤だけど、主人公とヒロインが魅力的で、2人のやり取りがかなり面白いな。これはいい作品だ。買って良かった。

 ――プルルッ。

 スマホが鳴ったので、ラノベを読むのを中断する。

 スマホを手に取り、確認してみると……LIMEで香奈から新着のメッセージと写真が届いたと通知が。通知をタップし、香奈との個別トークを開くと、


『今日はありがとうございました! あと、遥翔先輩がゲットしてくれたキュアックマのぬいぐるみ、かなりいい抱き心地です。今夜はキュアックマを抱いて寝ます』


 というメッセージと、キュアックマのぬいぐるみを抱きしめた桃色の寝間着姿の香奈の写真が送られてきた。


「可愛いな」


 キュアックマはもちろんのこと、それを抱いている寝間着姿の香奈もかなり可愛い。抱きしめて寝るようだから、きっといい夢を見られるだろう。この写真の香奈、幸せそうな笑顔を浮かべているし。写真の保存ボタンを押した。

 夜にこうしてメッセージと写真を送ってくれるなんて。香奈の代わりにクレーンゲームをプレイして良かったと思える。


『こちらこそ今日はありがとう。香奈もキュアックマも可愛いな』

『ありがとうございますっ』

『明日のお家デートも楽しみにしてるよ』

『はいっ! あたしも楽しみにしてます! あと、明日のバイト頑張ってくださいね!』

『ありがとう』

『では、早めですがおやすみなさい。また明日です』

『おやすみ。また明日』


 明日は午前9時から午後2時までバイトがあるけど、お家デートがあるから頑張れそうだ。

 俺が最後に送ったメッセージが既読になって以降、香奈からメッセージは来なかった。なので、ラノベを読むのを再開する。彼女からメッセージと写真が来る前よりも気分のいい中で。

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