第14話『取ってほしいです。』

 本屋に行くと、まずは香奈の目当ての少女漫画を確保するために、少女漫画の新刊コーナーへ向かう。

 新刊コーナーに到着すると『4/17発売!』というPOPが目に入る。そのPOPのおかげで、すぐに香奈の買いたい少女漫画を見つけることができた。漫画を手に取ったとき、香奈はとても嬉しそうにしていた。それがとても可愛らしくて。

 本屋の中は静かなので、小声で話しながら、少女漫画や少年漫画、ライトノベルやライト文芸のコーナーを回っていく。音楽ショップのときと同じで、お互いに好きな作品がいくつもあるので話すのが楽しい。

 そんな中、ライトノベルの新刊コーナーで面白そうなラブコメ作品があった。なので、俺はその作品を手に取った。

 興味があるコーナーを一通り見終わった俺達はレジに行き、それぞれが手に取った本を購入した。


「ほしい漫画が買えて良かったです!」


 本屋を出てすぐ、香奈は嬉しそうに言った。本屋の中でずっと小声で話していたから、今の声がかなり大きく感じられる。


「良かったな。俺も面白そうなラブコメのラノベを買えて良かった」

「良かったですね。本屋に行くと、ふとした出会いもあるからいいですよね」

「それ分かるなぁ。そういうきっかけで買った本が面白いと幸せな気分になれるよ」

「分かります。このタイミングで本屋行って良かったって思えますよね」

「俺もそう思う。だから、特に買いたいと思っている本がなくても、この本屋には定期的に来るんだ」

「あたしも目的がなくても来ることありますね。先輩と一緒に本屋を回るの楽しかったです。これからも放課後や休日には一緒に行きたいです」

「そうだな」


 この本屋とお昼前に行った音楽ショップは、これからも香奈と一緒に行きたいと思う。本と音楽の話をするのが楽しいし、好みが重なっていると分かったし。

 俺が同意したからか、香奈はニコッと笑った。休憩スペースと本屋での時間を過ごして、香奈は持ち前の可愛い笑顔をまた見せてくれるようになったな。本当に良かった。


「次はどこに行きましょうか? 本屋は先輩の行きたい場所でもありましたけど、最初はあたしの希望したことからでした。なので、次は先輩の行きたいところがいいです」

「そうだな……ゲームセンターかな」

「ゲームセンターですか! あたしもたまに行きますよ」

「そうなんだ。じゃあ、次はゲームセンターにするか」

「はいっ」


 俺達はゲームセンターに向かって歩き始める。


「香奈ってゲームセンターに行くと、どんなゲームを遊ぶことが多いんだ?」

「クレーンゲームが多いですね。ぬいぐるみやお菓子が取れるゲームが多いですし」

「クレーンゲームか。俺もクレーンゲームをすることが多いな。ところで、覚えてるか? 俺の部屋のテレビ台に小さなフィギュアがあったのを」

「覚えてます。可愛い女の子のフィギュアでしたね」

「そうそう。あれって、実はオリオのゲームセンターにあるクレーンゲームで取ったものだったんだ」

「そうだったんですね」

「ゲームセンターの雰囲気も好きだし、クレーンゲームに何かいいものが入っていないかな……と思って、ゲームセンターにもたまに行くんだ」

「そうなんですか」


 フィギュアだけじゃなくて、お菓子を取ることももちろんある。たまに、俺の好きなお菓子の特大サイズのものや、箱詰めになっているものが置かれているし。


「クレーンゲーム以外は何かありますか?」

「千晴や友達と一緒に行くときは、音楽系のゲームとか、格闘ゲームとかをやることが多いかな」

「そうなんですね。音楽ゲームはあたしもたまにやりますね。リズムに合わせてボタンを押すタイプの」

「俺も音楽ゲームはボタンのやつだな。踊るやつもやったことがあるけど、あんまり得意じゃないんだよな。あと、周りから見られるから何か恥ずかしいし」

「分かります。友達と一緒にプレイしてもちょっと恥ずかしいですよね」


 楽しいことだけではなく、恥ずかしいと思うことで共感できるのは嬉しい。ただ、香奈の性格からして、踊る姿を知らない人に見られても気にしないタイプだと思っていた。

 香奈とゲームセンター絡みの話をしていたので、気付けば前方にゲームセンターが見えている。中には入っていないが、ゲームの音やゲーセンにいる人達の声も聞こえ、ここからでも賑わいを感じる。この感覚も好きだ。

 それからすぐに、俺達はゲームセンターに入る。俺達のように男女2人もいれば、数人のグループ、休日の午後なので親子連れの姿も。


「香奈。どのゲームからやろうか?」

「……クレーンゲームがいいですね。ゲーセンの話をしたとき、最初に話題になりましたから」

「そうだな。じゃあ、クレーンゲームに行こうか」

「はいっ」


 俺達はクレーンゲームのあるエリアに向かう。

 クレーンゲームで取れるものはフィギュアやぬいぐるみ、お菓子、マスコットなど多岐に渡る。そのため、クレーンゲームの人気は高く、このゲームセンターではメインのゲームの一つになっている。

 今も多くの人がクレーンゲームで遊んでいる。景品を取れて喜ぶ人、悔しがる人、がっかりする人と様々だ。そんな風景を見ながら歩いていると、


「あっ、かわいい……」


 香奈はそう呟き、立ち止まる。彼女の視線の先にあるのは、キュアックマというクマのキャラクターのぬいぐるみ。パッと見、大きさは……枕くらいだろうか。抱きしめたらちょうど良さそうな大きさだ。


「キュアックマか」

「はい。あたし、キュアックマが好きで。小さなぬいぐるみや人形は持っているんですが、このサイズのぬいぐるみは持ってなくて。だから、ほしいなって」

「そうなんだ。俺で良ければ取ってあげようか?」

「えっ?」


 香奈は声を漏らすと、見開いた目で俺のことを見てくる。


「……ごめん。いつもの癖で。千晴や友達が取りたいものがあると、代わりに俺がいつも取るから。クレーンゲームの前でほしいって言われると、ついそう言っちゃうんだ」

「そうなんですね。遥翔先輩ってクレーンゲームが得意なんですか?」

「ああ。3プレイあれば大抵のものは取れるよ。多くても5プレイ以内で」

「それは凄いですね!」


 輝かせた目で俺を見る香奈。

 小さい頃からクレーンゲームで景品は取れていたが、ゲットするまでにお金がかかることも多くて。でも、千晴や友達に頼まれるうちに少ないプレイで取れるようになった。景品の置き場所や運が良ければワンプレイで取れることもある。


「遥翔先輩。キュアックマを取ってほしいです。あたし、クレーンゲームは苦手で。全く取れないわけではないのですが、取れたとしてもお金をかなり使ってしまうことが多くて」

「そうなんだ。じゃあ、俺が取ってあげるよ」

「ありがとうございます! お願いします!」


 まだ挑戦すらしていないが、香奈は嬉しそうな笑顔を見せてくれる。それだけこのキュアックマのぬいぐるみがほしいのだろう。

 クレーンゲームの中を見て、取りやすそうな位置に置かれているキュアックマがないか見ていく。


「……おっ、あれがいいかな。香奈、あの真横に仰向けの形で置いてあるキュアックマを狙うよ」

「分かりました!」


 香奈から100円玉を受け取り、それを投入口に入れる。香奈のお金を使うんだし、できる限り少ないプレイでゲットしたい。

 ボタンを使って、縦方向→横方向の順番でアームを動かしていく。このゲームセンターのクレーンゲームは何度もプレイしたことがあるので、一発で狙っているキュアックマでのぬいぐるみの真上まで動かすことができた。

 アームは2本の腕を開いて、ゆっくり下がっていく。


「掴めるでしょうか……」


 と呟き、香奈は真剣な様子でアームを見守っている。

 下がりきったところで、アームの腕が閉じていく。その際、腕の先にある爪がキュアックマの頭と股の部分に入り込んだ。


「キュアックマを掴みましたね!」

「ああ。いい掴み方だ。これなら、このまま取り出し口まで運ばれるかもしれない」

「そうなんですか! アームさん頑張って!」


 両手を組んでじっとアームを見つめる香奈。千晴を含め、祈りながら見守る人はいたけど、アームのことをさん付けで呼ぶ人は初めてだ。

 キュアックマのぬいぐるみを掴んだまま、アームはゆっくり上がっていく。そして、スタートの場所へ戻り始める。


「頑張れ、頑張れ……! アームさん……!」


 大きくはないが、そう言う香奈の声には非常に力がこもっているのが分かる。アームさん、頑張って!

 香奈の念がアームに通じたのだろうか。アームはキュアックマを落とすことなくスタートの場所に戻る。

 アームの腕が開くと、キュアックマは景品取り出し口へ落ちていった。その瞬間、


「やったっ!」


 普段よりも高い声色で喜びの声を上げ、香奈は俺の左腕を抱きしめてきた。


「一発成功するなんて! 凄いですよ!」


 とても嬉しそうに言うと、俺の腕を抱きしめる力が強くなる。そのことで俺の左腕は香奈の温もりに包まれて。あと、互いに服を着ているけど、胸と思われる独特の柔らかな感触をはっきり感じる。春ニット姿を見たときにも思ったけど、香奈ってそれなりにあるんだな。香奈の笑顔も相まって、結構ドキッとする。


「や、やったな、香奈。元々の置かれ方も良かったのもあるけど、運が良かった」


 景品の取り出し口からキュアックマのぬいぐるみを取り出す。実際に手に取ってみると結構大きいと分かる。


「はい、香奈」

「ありがとうございます!」


 俺は香奈にキュアックマのぬいぐるみを渡す。


「うわあっ……実際に持ってみると本当に可愛いですっ!」


 えへへっ、と香奈は可愛らしい声で笑いながら、キュアックマのぬいぐるみを抱きしめる。その姿はとても可愛らしい。ぬいぐるみを取ることができて本当に良かった。あと、今の香奈はほしい物を取ってあげたときの千晴の姿と重なる。


「ぬいぐるみ、大切にしますね!」

「ああ」


 俺はキュアックマのぬいぐるみ、香奈の順番で頭をポンポンと叩いた。

 香奈のおかげで、今までよりもキュアックマが好きになりそうだ。あと、これからしばらくの間は、キュアックマを見る度に今日のことを思い出すのだろう。

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