第12話『再会と出会い』
「次は遥翔先輩の行きたいお店に行ってみたいです」
と、香奈に言われたので、俺達は音楽の専門ショップへ。
CDやDVDが陳列されている棚を見ながら、香奈とどんなアーティストの曲を聴いているか、CDを持っているかなどについて語り合う。そのことでお互いに共通して好きな歌手やバンド、買ったCDがいくつもあると分かった。アニメ系の音楽作品も充実しているので、アニメのことを含めて結構盛り上がった。
香奈も俺もここでは何も買わなかったけど、結構楽しい時間になった。
音楽ショップを出た頃にはお昼時になっていたので、お昼ご飯を食べることに。
今まで香奈と一緒にお弁当を食べたり、食べ物の話をしたりしていたので、香奈が好きそうなお店はいくつかピックアップしていた。そのお店のリストを見せると、香奈はオムライス屋に行きたいと希望。オリオの中では特に好きな飲食店で、今まで何度も行っているのだという。そのため、オムライス屋でお昼ご飯を食べることに決めた。
オムライス屋に行き、俺はオムライス、香奈はデミグラスソースのオムライスを注文。
ケチャップ味のチキンライスとふんわりとした卵がよく合っていて美味しい。香奈もデミグラスソースのオムライスを美味しそうに食べていた。
途中、香奈とオムライスを一口交換する。デミグラスソースが味わい深くてこっちも美味しい。
また、香奈はオムライスも美味しそうに食べてくれて。自分の注文したデミグラスソースのオムライスよりも美味しく食べているのは気のせいだろうか。
香奈のおかげで、非常に満足なお昼ご飯となった。
「オムライス美味しかったですね!」
「そうだな。香奈のデミグラスソースのオムライスも美味しかったよ」
「あたしも先輩があ~んしてもらったオムライス美味しかったです! 王道のオムライスもいいですよね」
「そうだな。さてと、次はどこに行こうか。音楽ショップは俺の行きたい場所だったし、今度は香奈の行きたいところに行こうよ」
「いいんですか? では……本屋に行きたいですね。買いたい漫画の発売日が今日でして」
「そうなんだ。じゃあ、本屋に行こうか。実は俺も本屋は一緒に行ってみたいって思っていたんだ」
「そうなんですね! 行きましょう!」
行ってみたい場所が同じだったからなのか。それとも、大好きなオムライスを食べた後だからなのか。香奈はとても元気よく言った。
お昼時を過ぎたのもあり、俺達がオリオに来たときと比べて結構人が多くなっている。その中には、若い男性中心にこちらを見てくる人もいて。香奈はとても可愛いからなぁ。ただ、俺と手を繋いでいるからか、香奈に話しかけようとする人はいない。しかし、
「空岡君?」
自分の名前を呼ぶその美しい声を聞いたとき、物凄くドキッとした。気付けば、歩みを止めていた。
急に俺が立ち止まったからか、香奈は「おっと」と少し前のめりになる。
声がした方に向くと……俺達のすぐ近くに、淡い水色の襟付きワンピースを着た望月が立っていた。望月は持ち前の落ち着いた笑みを浮かべながら俺達のことを見ている。
「望月……」
「こんにちは、空岡君。一緒にいるのは……陽川香奈さんだよね」
優しい声色でそう言う望月。
香奈は顔をゆっくり望月の方に向け、軽く頭を下げる。その瞬間に俺の手を掴む力が強くなった。
「そうです。初めまして……でいいんですよね。中学のとき、望月先輩は人気があって、学内の有名人でしたから。友達から先輩の話も聞いていたので、先輩のことは知っていました。でも、直接お話ししたことはなかったので」
普段よりも静かな口調で話す香奈の口元は笑っていた。だけど、香奈の目からはそれまで持っていた明るさや輝きが消えている。
今の香奈の言葉を受け、望月は一度頷く。
「そうだね。話したことがないから、初めましてでいいと思う。陽川さんも中学時代は有名人だったよ。私も友達から『可愛い後輩がいる!』とか『色んな人から告白されてる』っていう話を聞いていて、陽川さんのことは知ってた。中学時代から可愛らしい雰囲気の子だって思っていたよ」
「……そうだったんですね。初めまして」
香奈から告白されたとき、望月は中学での有名人だと言っていた。ただ、香奈もやっぱり中学の有名人で、望月は香奈のことを知っていたんだ。
「陽川さんから聞いているかもしれないけど、私達は同じ中学出身なんだ」
「前に香奈から聞いたよ。人気があって、中学では有名だったって」
「そうなんだ。陽川さんも有名人で、中には『昼の陽川。夜の望月』なんて言う生徒もいたんだよ」
「そ、そうだったのか」
2人の名字にはそれぞれ『陽』と『月』が入っている。太陽は日中の空に浮かび、月は主に夜空に浮かぶ天体。そこから2人を対比させて『昼の陽川。夜の望月』という発想に至ったのだろう。そんなことを言う生徒がいたほどだし、中学時代は香奈と望月の人気はかなり高かったのだと窺える。
「ところで、2人は……デートかな? 手を繋いでいるし」
「あ、ああ。そうだよ。今日は一日オリオでデートしているんだ」
「そうなんだ。オリオは色々なお店があるから、一日デートするにも良さそうだね」
「そうだな。望月は? ここは本屋の近くだし、本を買いに来たのか?」
「うん。好きな作家さんの新作が今日発売で。買えたから、家に帰ってさっそく読むよ。この週末の間に最後まで読みたいなって思っているの」
「そうか」
買いたい本が買えたからか、望月はちょっと楽しそうに話す。
そういえば、隣同士の席に座っていた頃、週明けに「休みの間は好きな小説を一気読みした」って話してくれたことがあったな。好きな小説をずっと読むことが、望月にとって好きな休日の過ごし方の一つなのだろう。
「……あの。2人って付き合っているの? 学校で一緒にいるところを見たことがあるし。友達から、陽川さんが空岡君を好きで、告白したらしいって話を聞いたから。私に訊く資格はないのかもしれないけど、2人を目の前にしたら気になって」
苦笑いをしながらそう言うと、望月は香奈と俺を交互に見る。ただ、俺を振ったことの申し訳なさなのか。それとも、香奈が告白したという話を友人から聞いたからなのか。香奈のことを見る方が多い。
香奈はぎこちなさを感じさせる笑顔を浮かべながら望月を見て、
「……告白したのは本当です。でも、まだ付き合っていませんよ。返事待ちです。いつか遥翔先輩と付き合えるために、まずは先輩後輩として仲良くしているんです」
普段よりも低い声色でそう言った。こんな様子の香奈、今までに見たことがない。目の前に俺を振った望月がいるからだろうか。
「そうなんだね、分かった。……デートの最中に声掛けちゃってごめんね」
「……いえいえ」
「気にしないでくれ。それに、望月から声を掛けてくれたこと……俺は嬉しかったよ」
望月と最後に言葉を交わしたのは、フラれた翌朝に俺から挨拶をしたときだった。それ以降は遠くで姿は見る程度だったし。しばらくは望月と話すことはないかもしれないと思っていたから。
望月の笑顔はさっきよりは少し明るいものに。
「……空岡君がそう言ってくれて良かった。じゃあ、私はこれで。2人はデートを楽しんでね」
望月は優しい笑顔を見せて、俺達に小さく手を振ると、ゆっくりとこの場から離れ始める。
望月のいる方向に振り返ると、彼女の後ろ姿が段々と小さくなっていく。そのことに寂しさを覚えて。
「望月」
少し大きめの声で望月のことを呼ぶと、彼女はその場で立ち止まってこちらに振り返る。俺に呼ばれると思わなかったのだろう。目を見開きながらこちらを見ている。
「どうしたの?」
「……また、気が向いたらザストに来てくれ。課題やったり、本読んだり、小説書いたりしてくれ。もし、俺がバイトしているときなら……望月にちゃんと接客するから」
以前のように、望月がザストに来店して、彼女に接客するようになりたくて。フラれてからはまだ一度も彼女に接客できていない。ここで言わないと、当分の間はザストで会えないのかもしれないと思ったんだ。
望月はしっかり頷いて、
「分かった。……またね」
再び小さく手を振って俺達の元から立ち去っていった。今の反応からして、また近いうちにザストで接客できるといいな。
「ふぅ……」
俺のすぐ隣から、長めに息を吐く声が聞こえた。
香奈の方を見ると……彼女は少し俯いている。望月と会うまでのような元気さが感じられない。
「香奈」
「……はい」
「本屋に行く前に、まずは近くの休憩スペースに行ってゆっくりしないか? 実は俺、望月とまともに話すのはフラれたとき以来でさ。話している間は緊張してて。彼女の姿が見えなくなったら、急に疲れがきちゃったんだ」
「そうなんですか」
「ああ。自販機で好きな飲み物を奢るからさ。休憩スペースでゆっくりしてもいいか?」
このまま目的の本屋に行くよりも一度休憩を挟んだ方が、お互いにとってこれ以降のオリオデートを楽しめると思う。実際に俺も望月と話している間は緊張して、その緊張の糸が解けた今はちょっと疲れを感じているし。
香奈はゆっくり俺のことを見上げ、口角が僅かに上がった。
「分かりました。休憩しましょうか」
「ありがとう。じゃあ、近くの休憩スペースに行こうか」
俺達はようやく歩き始め、近くにある休憩スペースへ向かい始めた。それまでよりもだいぶゆっくりとしたスピードで。
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