第11話『選んでほしいです。』

 タピオカドリンクを飲み終わった俺達はフードコートを後にする。オリオに来たときよりも人が多くなっており、より賑わいを見せている。


「さてと。これからどのお店に行こうか? 香奈は行きたいお店ってある?」

「ありますが……あたしの行きたいお店でいいんですか?」

「もちろんさ。俺も香奈と一緒に行ったら楽しめそうなお店はいくつか考えてる。ただ、香奈の行きたいお店があったらそこに行きたいと思って」


 香奈がどういうお店に行きたいのか興味があるし。

 香奈はいつもの明るい笑顔になり、俺の目を見ながら小さく頷いてくれる。俺の言葉を受け入れてくれたのだろう。


「分かりました。では、お言葉に甘えさせていただきます。そのお店は2階にあるので、あのエスカレーターを使って上がりましょう」

「分かった」


 俺達は再び歩き出して、近くにあるエスカレーターで2階へ上がっていく。

 2階は衣服や雑貨などを取り扱うお店が多い。それもあり、1階よりも少し落ち着いた雰囲気になっている。


「香奈。これから行くお店はどんなところなんだ?」

「お気に入りのアパレルショップです」

「アパレルショップか」

「はい。新しい春物のトップスを1着か2着買いたいと思っていまして。オリオデートをすると決まったので、そのときに遥翔先輩に選んでもらおうと考えたんです。好きな人の選ぶ服を着たいですから」


 俺に向かってニコッと笑う香奈。今の言葉もあって、香奈の笑顔がとても可愛らしく思える。


「俺で良ければ、服選びに協力するよ。まあ、今まで女性の服を選んだのは千晴や母親くらいだけど」

「ふふっ、そうですか。きっと、遥翔先輩ならいい服を選んでくれると思います」

「選べるといいな」


 経験が乏しいけど、香奈に似合いそうな服を選べるように頑張ろう。

 それから程なくして、香奈のお気に入りのアパレルショップに到着する。そこは学生から若い女性向けのブランドだ。

 香奈曰く、ここは服のデザインがシンプルなものや可愛らしいものが多く、リーズナブルな値段で買える。なので、オリオの中にあるアパレルショップでは一番のお気に入りなのだという。


「先輩はここに来たことはありますか?」

「千晴の服選びに付き合ったときに何度か。ただ、最後に来たのは1年以上前かなぁ」

「そうなんですね。では、さっそく入りましょう」


 俺達はアパレルショップの中に入る。

 香奈の言うように、ここのお店で売られている服はシンプルなデザインや、可愛らしいデザインのものが多いな。香奈は可愛いし、似合いそうな服がたくさん陳列されている。

 あと、女性向けのブランドだけあって、お店の中にいるお客さんのほとんどは女性。女性と一緒にいる男性も何人かいるので、俺がここにいても場違いな感じはしない。


「春物のトップスはここら辺にありますね」


 そう言い、香奈は立ち止まる。

 周りを見ると、ブラウスやTシャツ、カットソー、ニットなどのトップスがズラリ。春物なので爽やかな色のものが多い。


「トップスって色々あるよなぁ。香奈がよく着るものや好みってあるか? 今はブラウスだけど」

「ブラウス好きですよ。あと、Tシャツやニットも結構好きですね」

「Tシャツとニットも好みか」

「はい。遥翔先輩は女性にこういう服を着てもらえるといいなとか、嬉しいなと思うものってありますか?」

「そうだなぁ。……ニットやセーターを着た女性を似合っているって思うことは多いかな。まあ、時期的に最近まで寒かったのもあるけど。バイトしているときも、何度かそう思うことがあった」


 バイト中に思ったことの中には、望月も含まれているけど。恋心を抱いていたのもあるけど、凄く似合っていると思ったことを今でもよく覚えている。もちろん、ニットやセーター以外のトップスも似合っていた。

 ……って、今は香奈とのデート中なんだ。望月のことを思い出し続けていたらまずいな。


「ニットやセーターですか。寒い時期になると着る女性って多いですよね。あたしも着ていました。着心地が良くて温かいですから」

「そうなんだ。今の話を聞くと、香奈のニット姿を見たくなってくるな」

「ふふっ。では、春ニットを買いましょう」

「うん」


 俺達は春ニットが陳列されている棚に向かう。

 春ニットだけでも、色々なデザインのものがある。中には人気なのか、同じデザインで色が数種類ある春ニットもある。


「こういうシンプルな雰囲気のデザインがあたしは好きです」


 そう言って、香奈は棚からベージュの春ニットを取り出し、その場で広げる。長袖のVネックで、縦ラインの入ったシンプルなデザインだ。


「遥翔先輩はどうですか?」

「いい感じの春ニットだと思う。香奈に似合いそう。あと、ニットって首までのもあるけど、春に着るならVネックの方が過ごしやすそう」

「そうですね。では、この春ニットを試着してみましょう」

「そうだね。実際の着心地とか、着てみた自分の姿を見るのも大切だし」

「ええ。それに、実際に着てみて、遥翔先輩に似合っていると思ってもらえるかどうかも重要ですから。ニット姿も見せたいですし」

「そうか。それを試着した姿が楽しみだ」


 素直にそう言うと、香奈は「ふふっ」と上品に笑った。

 俺達は試着室のある方へ向かう。

 試着室は全部で3つあり、向かって右側の試着室だけは扉が開いており、空室だった。


「試着室が空いていて良かったです。では、試着してみますね」

「うん。ここで待ってるよ」

「はい。着替え終わったら声を掛けますね」

「分かった」


 香奈はベージュの春ニットを持って、右側の試着室の中に入っていった。ちゃんと鍵がついているし、誰かが間違えて入ってしまう恐れもないだろう。

 そういえば、千晴の服を買いに来たときも、試着の間はここで待ったっけ。その経験はあっても、こうして一人でいることがちょっと心細い。お店に入ってからずっと香奈と一緒にいたし、店員さんやお客さんから変に思われることはないだろう。

 ――しゅるっ。

 香奈の入った試着室から、衣擦れの音が聞こえてくる。春ニットを試着するので、当然ブラウスを脱ぐはず。もしかしたら、今ごろ彼女の上半身は下着姿……って、こんなことを考えてはいけないな。


「遥翔先輩、試着してみました」

「わ、分かった」

「それじゃ、扉を開けますね」


 香奈がそう言い、彼女の入った試着室の扉がゆっくりと開く。

 開いた扉の先にいたのは、ベージュの春ニットを着た香奈の姿。色がベージュなので爽やかさの中に落ち着きも感じられて。Vネックであるため、首だけでなく綺麗なデコルテも見えて。

 あと……ブラウスを着ていたときよりも体や胸のラインがハッキリ見えている。俺に告白したとき、香奈本人がそれなりにあると言っていたけど、これは……なかなかのボリュームがあると思われる。今までで一番大人っぽく感じて。


「どうですか? 先輩」

「よく似合っているよ。可愛い。ベージュだから、落ち着いた感じと爽やかさを感じられて」

「ありがとうございます!」


 とっても嬉しそうに言う香奈。


「香奈はどう? 着心地とか、鏡を見た自分の姿とか」

「いい着心地ですよ。Vネックですから暑苦しくないですし。このニットを着た自分の姿もいい感じです。ベージュの色合いも好きです。遥翔先輩にも似合っているって言われたので、この春ニットを買いますね!」

「そうか。服選びに協力できて良かった」

「ありがとうございます。ベージュ以外に違う色のものをもう一つ買おうと思います。値段はそこそこですし。デザインもいいですし。なので、もう少し服を選ぶのにお付き合いしてもらえると嬉しいです」

「分かった」


 それから、香奈は同じデザインの春ニットの黒、桃色、茶色を陳列棚から取って、試着室でそれぞれ試着していく。見比べるため、試着した香奈の姿は俺がスマートフォンで撮影した。

 3色とも着終わった後、俺と香奈は一緒にスマホの写真で見比べていく。どの色の春ニットもよく似合っている。春ニットの色やデザインがいいのはもちろんのこと、着ているのが香奈だからなのもあるだろう。

 話し合う中で「可愛らしい雰囲気で、春っぽさも感じる」という俺の言葉が決定打となり、理由で桃色を選んだ。

 その後、香奈はベージュと桃色の春ニットを購入。購入した春ニットが入った紙の手提げは俺が持つことに。


「遥翔先輩のおかげで、いい服を2着買うことができました! ありがとうございます!」


 その言葉が心からのものであると示すように、香奈は満足そうな表情を見せている。


「香奈の役に立てて良かったよ。それにニット姿も見られたし」

「ふふっ。見比べるために撮った写真、持っておいていいですよ。ささやかですが選んでくれたお礼です」

「ありがとう。持っておくよ。どれも似合っていたから」

「嬉しいですっ」


 えへへっ、と香奈は楽しそうに笑う。

 今回みたいに、一緒に服を選ぶことはこれから何度もあるかもしれない。香奈だけじゃなくて俺の着る服も。そんなことを思いながら、アパレルショップを後にした。

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