第10話『待ち合わせ』

 4月17日、土曜日。

 今日は香奈とのオリオデートの日である。

 午前9時45分。

 俺は梨本駅の南口にいる。行き先のショッピングモール・オリオ梨本は駅の南側にあるため、ここで午前10時に待ち合わせをすることになっているのだ。


「晴れて良かった」


 今日は朝から快晴。多少の雲が出る時間帯はあるそうだけど、雨が降る心配はないという。行き先はショッピングモールだから屋内でのデートになるけど、絶好のデート日和と言えるんじゃないだろうか。

 ちなみに、午後に香奈の家でお家デートをする予定の明日も天気が崩れてしまう心配はないという。


「そういえば、香奈と一緒に過ごす初めての休日か」


 土日とも香奈とデートの予定があるなんて。先週末には想像できなかったことだ。

 先週末は……週明けに望月に告白するぞって心に決めていたっけ。ただ、香奈が俺に一目惚れするきっかけになった財布落とし事件が発生したんだよな。当時の俺は落とし主に財布が戻って良かったと思うくらいだった。

 こうして先週末のことを思い出すと、先週末が随分と遠い昔のことのように感じる。この一週間に色々なことがあったからかな。色々……あったなぁ。


「はあっ……」


 望月に告白してフラれたことまで思い出してしまい、思わずため息が出てしまった。これから、香奈とオリオデートなのに気持ちが沈んだままではいけないな。

 南口から外に出て一度深呼吸すると……空気が美味しい。春の日差しも温かさもいいな。気持ちが軽くなってきた。


「遥翔先輩!」


 背後から、香奈のとても元気な声が聞こえてきた。そのことで、さらに気持ちが軽くなっていく。

 後ろに振り返ると、すぐ目の前に明るい笑顔で俺を見上げている香奈の姿があった。ブラウンの膝丈のフレアスカートに、白の長袖のブラウスがよく似合っている。ゴールドのハートのネックレスも。淡い桃色のトートバッグも可愛らしいな。


「おはようございます、遥翔先輩!」

「おはよう、香奈。……その服、似合ってるな。可愛いよ」

「ありがとうございます! 遥翔先輩も黒のジャケット姿がよく似合ってます! かっこいいです! 私服姿もいいですねぇ……」


 うっとりした様子で俺を見てくる香奈。香奈にいいと思ってくれる服装になっていて良かった。


「ありがとう。ジャケットが好きで、休日に出かけるときはよく着るんだ」

「そうなんですね! あたしの好みに刺さってます。そんな先輩の姿をスマホで撮りたいのですが、いいですか? あたしの写真も撮っていいですから」

「分かった。いいよ」

「ありがとうございます!」


 それから少しの間、俺達はスマートフォンでお互いの私服姿を撮影する。また、香奈のスマホで俺達のツーショットの自撮り写真を撮る。また、自撮り写真を撮るとき、香奈から石鹸の爽やかな香りがふんわり香った。香水だろうか。

 自撮り写真については、香奈からLIMEで送ってもらった。一緒に自撮り写真まで撮ったから、さっそく休日デートをしている気分になる。


「写真ありがとうございます。じゃあ、オリオに行きましょうか」

「そうだな」


 香奈に右手をすっと差し出すと、香奈は嬉しそうな様子で右手を掴んでくれた。

 そして、俺と香奈はオリオ梨本に向かって歩き始める。梨本駅からだと南口を出て徒歩数分。そんな位置関係だけど、オリオはかなり大きなショッピングモールなので、歩き始めてすぐに建物が見える。

 休日なのもあり、オリオに向かって歩く人達の姿がちらほら見受けられる。中には俺達のように2人で手を繋いでいる姿も。


「今日は晴れて良かったです。オリオデートで屋内メインですけど」

「香奈を待っているときに同じことを思ったよ。デートの行き先がどこでも、晴れているのが一番いいなって思う」

「あたしもそう思います。気分が良くなってきますよね。ところで、先輩ってオリオには結構行くんですか?」

「それなりに行くよ。放課後とか休日のバイトの後とか。本やCDはほとんどオリオにある専門店で買うし。オリオの中にスーパーが入っているから、俺が中学1、2年くらいまでは、家族で定期的に行ってたなぁ。香奈はどうだ? 駅の北側でも、駅に近いマンションに住んでるし」

「あたしも放課後や休日に行きますね。先輩のように本とかCDはオリオで買うことが多いですし。とても広くて色々なお店がありますから、友達と一緒によく行く場所の一つです。もちろん、彩実とも」

「そうなんだ」


 梨本に住んでいる人達にとって、オリオ梨本はよく行くお出かけスポットの一つだよな。香奈が今言ったようにオリオは色々なお店があるから。梨本があるこの鏡原かがみはら市内からはもちろんのこと、近隣の市から訪れる人も多い。

 香奈と話しながら歩いたので、気付けばオリオ梨本の建物がだいぶ近づいてきた。


「今まで数え切れないほどに行ってますけど、遥翔先輩とは初めてなのでちょっと新鮮な気分です」

「分かるかも。千晴と親戚の子を除けば、手を繋いでここに来るのが初めてだからかな」

「そうなんですか。初めてって響き……いいですね。これからも遥翔先輩の色々な初めてがあたしでありたいです。もちろん、あたしの初めては先輩にあげますからね」


 明るく笑いながらそう言う香奈。ただ、香奈が俺に好きだと告白しているのもあり、今の言葉がちょっと厭らしく聞こえてしまった。それについては胸に留めておこう。

 それから程なくして、俺達はオリオ梨本の出入口前に到着する。


「着いたな」

「着きましたね。晴れているので、数分ほどですけど歩くとちょっと暑いですね」

「そうだなぁ。4月も後半になったし、日差しが強くなってきたよな。香奈さえ良ければ、中に入ったら、何か冷たいものを飲まないか?」

「いいですね! 1階にタピオカドリンクショップがあるんです。そこでタピオカドリンクを買って飲みませんか?」

「おっ、いいね。じゃあ、まずはタピオカドリンクを飲みに行くか」

「はいっ!」


 俺達はオリオ梨本の中に入り、タピオカドリンクショップを目指して歩いていく。

 オリオの中は多くの人で賑わっている。それを含めてなじみ深い場所だけど、香奈と初めて来たからちょっと新鮮に思えて。

 周りには男性中心にこちらを見る人がちらほらと。きっと、香奈のことを見ているのだろう。

 これから行くタピオカドリンクショップに、香奈はよく行くのだろうか。こっちです、と時折指さして案内してくれる。後輩だが頼もしい。

 やがて、俺達はフードコートのエリアに。飲食店が並んでおり、食欲をそそる匂いも香ってくる。


「ここです」


 タピオカドリンクショップの前に到着した。

 俺達のように涼を求めているのだろうか。カウンターに向かってお客さん達が並んでいる。パッと見たところ、並んでいるのは15人くらいかな。香奈のような学生と思われる女性が多い。

 俺達は列の最後尾に並ぶ。


「遥翔先輩は列を並ぶのって大丈夫な方ですか?」

「大丈夫だよ。お店っていうゴールが見えているから。さっきみたいな待ち合わせでも待てるタイプかな」

「おぉ、凄いです」

「香奈はどう?」

「この程度の列なら全然大丈夫です。長い列だと、時間つぶしできるものを持っていないとキツいですね。スマホや音楽プレイヤーがあれば大丈夫ですが。誰かと一緒なら、待っている間は喋ることが多いです」

「喋っていると時間が経つのが早いよなぁ。俺も誰かと一緒なら喋ることが多いよ」

「そうですか!」


 香奈は嬉しそうにそう言った。自分と同じ感じだと分かったからだろうか。

 そして、今話していた通り、香奈と話していたから、あっという間に俺達の注文の番になった。香奈はタピオカミルクティー、俺はタピオカカフェオレを注文した。

 俺達は注文したドリンクを受け取り、客席スペースへ。

 フードコートだから、テーブル席やベンチ、ソファーがたくさん置かれている。賑わっているが、お昼までにはまだ時間があるので、席の確保には問題なかった。

 俺達は2人用のテーブル席に向かい合う形で座った。

 香奈はスマートフォンでミルクティーと俺のカフェオレのカップを並べた写真を撮影していた。

 俺も香奈の真似をして、カップを並べた写真を撮影。普段、外で食べ物や飲み物の写真はあまり撮らないけど、日時も記録されるし、思い出を振り返るのにいいかも。


「では、飲みましょうか」

「そうだな。いただきます」

「いただきまーす」


 俺はタピオカカフェオレを一口飲む。コーヒーの苦味がしっかりしているから、タピオカを一緒に飲んでも甘ったるく感じない。あと、カフェオレの冷たさが心地よくて。歩いて熱くなっていた体が冷やされていく。


「カフェオレ美味しいな」

「ミルクティーも甘くて美味しいです! ここのお店は美味しいドリンクが多いですからたくさん来ているんです」

「そうなんだ」


 やっぱりそうだったか。それなら、入口からショップまでの道案内もスムーズなのも頷ける。

 美味しいと言うだけあり、ミルクティーを飲む香奈の顔には満足そうな笑みが浮かんでいる。あと、ちゅー……とストローで飲む姿が可愛らしい。


「どうしました? あたしのことをじっと見て」

「ミルクティーを飲む姿が可愛いなぁと思って」

「……ありがとうございます。嬉しいです」


 頬中心に顔を赤くし、香奈は再びミルクティーを飲む。


「可愛いって言ってくれたのが嬉しいので、お礼にミルクティー全部あげます」

「まさかの全部か。てっきり、香奈なら一口交換しようって言うのかと」

「タピオカドリンクを飲むのが決まった瞬間から、それは考えていました」

「ははっ、そうか。ミルクティーはもらうけど、一口交換って形にしよう」

「はいっ!」


 元気よく返事する香奈。

 香奈とタピオカドリンクのカップを交換する。カップを持って先の濡れたストローを見た瞬間、急にドキッとしてきた。これまで、香奈の箸でおかずを食べさせてもらう形で間接キスの経験はある。ただ、ストローを咥えて吸うって考えると、今回の方がより間接キスって感じがする。


「では、カフェオレ一口いただきますね!」


 依然として頬が赤いものの、香奈は躊躇なく俺のカフェオレを飲んでいる。


「……俺もいただきます」


 ストローを咥え、香奈のミルクティーを一口いただく。

 結構前になるけど、このお店のミルクティーを飲んだことがある。でも、こんなに甘味を感じたっけ。リニューアルしたのか。それとも、香奈との間接キスの影響なのか。冷たいミルクティーを飲んでいるのに体が熱くなっていく。


「カフェオレも美味しいです。ありがとうございます」


 うっとりしながら、甘い声でそう言う香奈。


「いえいえ。こちらこそありがとう。ミルクティー美味しかったよ」

「どうもです」


 香奈と再びカップを交換し、俺は自分のカフェオレを飲む。……そういえば、このストローも香奈が口を付けた状態だったな。だからだろうか。さっきよりも甘く感じられたのであった。

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