第8話『アルバム』

 俺だけでなく香奈も紅茶を全て飲みきったため、今度はアイスコーヒーを淹れることに。

 香奈がお手洗いを借りたいと言ってきたので、彼女に2階のお手洗いの場所を教え、俺は1階のキッチンへ向かう。

 未だに体に強めの熱が残っているため、マグカップを洗った後に顔も洗う。今の時期の水道水はまだまだ冷たいけど、今はこの冷たさが気持ちいい。

 2人分のアイスコーヒーを作り、自分の部屋に戻る。ちょうど、香奈がベビーカステラを食べる瞬間だった。


「ただいま。アイスコーヒー作ってきたよ」

「ありがとうございます」


 香奈の目の前にマグカップを置くと、香奈はさっそくアイスコーヒーを一口飲む。


「コーヒーも美味しいです。カステラに合いますね」

「合うよな。たまに、コーヒーのお供はそのカステラにしてる」

「そうなんですね」


 アイスコーヒーを一口飲んで、俺はさっきと同じクッションに座る。ベビーカステラを一つ食べると……うん、美味しい。


「さてと、課題は終わったし……何しようか?」

「そうですね……」


 右手の人差し指を唇に当てながら考える。そんな仕草が結構可愛らしくて。

 香奈はどんなことをしたいって言ってくるだろうか。基本的には香奈のやりたいことをやろうと思っている。ただ、俺の部屋で2人きりだし、さっきは額にキスしてきた。その影響で何か変なことを言う可能性もありそうだ。

 う~ん、と香奈は声を出しながら、部屋の中を見渡す。


「あっ、そうだ」


 呟くようにして言うと、香奈はそれまで唇に当てていた右手の人差し指をとある方向に指さした。


「本棚に入っているあれが気になっていまして。ハードカバーの」

「ハードカバー? ……ああ」


 本棚に入っているハードカバーのものと言ったらあれしかない。

 本棚に行き、俺は本棚の一番下の段にある青いハードカバーの冊子を取り出した。


「これかな」

「そうですそうです! 他の本とは違って、それだけがハードカバーだったので気になっていて」

「そうだったんだ。これはアルバムだよ。小さい頃からの俺の写真が貼ってある」

「そうなんですかっ!」


 俺のアルバムだと分かったからか、香奈は甲高い声を上げる。香奈は興味津々な様子で、輝かせた目で俺のアルバムを見つめている。


「アルバム見たいです! 遥翔先輩の歴史を辿りたいです!」

「ははっ、歴史か。概ね時系列で貼ってあるから、大まかに俺の歴史は辿れるかな。じゃあ、アルバムを見ようか」

「はいっ!」


 香奈の目の前にアルバムを置く。すると、香奈はクッションごと座る場所をずらす。


「どうしたんだ? クッションごとずれて」

「遥翔先輩と隣同士に座ろうと思いまして。そうした方が一緒に見やすいでしょう?」

「……そうだな」


 アルバムの持ち主だし、横からでも普通に見られるけど……香奈の隣に座った方が見やすいのは確かだ。

 俺はさっきまで座っていたクッションを香奈の横に置き、腰を下ろした。これまで香奈の座っている場所だったし、すぐ隣に香奈がいるから、彼女の甘い匂いが感じられて。さっき額にされたキスを思い出してドキッとする。

 香奈はアルバムの表紙を開く。

 最初のページは俺が生まれた頃の写真か。両親に抱かれたり、おもちゃで遊んでいたりしている写真だ。


「きゃー! 赤ちゃん先輩可愛い! 可愛いですっ! 天使ですっ!」


 香奈はさっそく大興奮。息も少し荒くなっている。最初からこの様子だと、写真が貼ってある最後のページを見たときにはどうなっていることやら。

 あと、赤ちゃんの自分なので、可愛いと褒められることが素直に嬉しい。


「赤ちゃんの頃は男女問わず可愛いですね~! お母様もお若い! 今もお若いですが。あと、こちらの男性はお父様でしょうか。メガネをかけていますが、遥翔先輩に雰囲気が似ていますね」

「その男の人は父さんだよ。俺が中学生になったときくらいから、親戚や近所の人から俺と父さんは雰囲気が似ているって言われるなぁ」

「そうなんですね。では、将来の遥翔先輩は、この写真に写るお父様のような雰囲気になると」

「可能性はあるんじゃないかな」

「なるほどです。それにしても、赤ちゃん先輩可愛いです。スマホで写真を撮りたいくらいですよ」

「本当に気に入ったんだな。まあ、むやみに人に見せないって約束できるなら、アルバムの写真をスマホで撮ってもいいよ」

「ありがとうございます!」


 お礼を言うと、香奈はテーブルに置いてあるスマホを手に取り、俺のアルバムの写真を撮影する。写真の写真を撮る……何だかシュールな光景だ。

 それからも、ページをめくっては香奈が「可愛いー!」と大きな声で喜び、たまに気に入った写真をスマホで撮っていく。


「……あれ? また赤ちゃんが登場しましたよ。遥翔先輩と雰囲気が似ています」

「ああ、3歳下の妹だよ。名前は千晴っていうんだ」

「妹さんがいると何度か言っていましたね。千晴ちゃん……素敵なお名前ですね。あっ、こっちの写真、先輩が千晴ちゃんの頬を指で押してます。先輩も千晴ちゃんも笑顔で可愛いですね」

「可愛いだろう? 千晴は生まれた頃からずっと可愛いんだよ。千晴が生まれたときは俺も3歳になっていたから、千晴が赤ちゃんのときから覚えてる」

「ふふっ、そうなんですね。千晴ちゃんのことが大好きで大切なんですね」

「ああ。大切な可愛い妹だ」

「そうですか。ちょっとシスコンにも見えますけど」

「そうかなぁ」


 そうは答えるけど、月曜日の夜は千晴と一緒に寝た。世の中にいる同じような兄妹の中では、俺と千晴は距離が結構近い方なのかもしれない。

 千晴が産まれた写真が出てきたので、それ以降は千晴と一緒に写っている写真も多い。家の中の写真はもちろんのこと、旅行や海水浴、誕生日パーティーなど。時系列順に貼られているので、ページをめくる度に俺と共に千晴も成長していって。

 あと、遠足や運動会、修学旅行、体育祭など、友達と一緒に写っている写真もある。梨本高校の中やバイト先で接客するときに会う友達もいるけど、小学校や中学校の卒業以来会っていない友達もいる。会っていない友達を見ると懐かしい気分になる。今、彼らはどうしているだろうか。


「いい写真ばかりです。小さい頃は遥翔先輩も千晴ちゃんも可愛いですけど、成長していく中で先輩はかっこよく、千晴ちゃんは綺麗になっていきますね。素敵な兄妹です」

「ありがとう」


 そして、写真が貼られている最後のページに。そのページは高校に入学したときからの写真で、入学の時期に新しい制服姿になった千晴とのツーショット写真や、教室で撮った瀬谷と栗林とのスリーショット。

 あとは、文化祭や体育祭での写真も。10人くらいで写っている写真もあり、その中には優しい笑顔で写る望月の姿もあった。写真でも望月を見ると胸がチクッと痛む。でも、いつかはこの写真を見て「フラれたなぁ」と懐かしめるのだろうか。


「……これで終わりですね」


 香奈は笑顔を見せていたが、静かな口調でそう言った。


「素敵なアルバムでした。ありがとうございました」

「いえいえ。俺も楽しめたよ。こちらこそありがとう」

「どういたしまして。これ以降のページには、あたしと一緒に写っている写真をいっぱい貼ってほしいですねぇ」

「それはこれからの俺達次第だなぁ」

「ですね。……では、最初に貼る一枚に良さそうな写真を撮りましょう! スマホでツーショットの自撮り写真とか!」


 元気よく言うと香奈は自分のスマホを手に取っている。今の言葉も本当だろうけど、俺とのツーショット写真を持っておきたいとか、自分のアルバムに貼りたいっていう思惑もありそうだ。

 でも、好きだと言ってくれる女子と一緒に写る自撮り写真を持っておくのはいいのかも。今のところ、俺が持っている香奈と一緒に写る写真は、栗林にこっそり撮られたハンバーグを食べさせてもらった瞬間の写真だけだし。


「分かった。じゃあ、自撮り写真撮っておくか」

「ありがとうございます!」


 嬉しそうにお礼を言い、香奈は自撮りしやすくするために俺に体を寄せてきた。香奈の甘い匂いはもちろんのこと、腕が触れており制服越しに香奈の温もりを感じる。

 香奈のスマホを見ると、既にインカメラになっていて俺達の姿が映っている。体感よりも俺達の距離が近いと分かってちょっと驚く。


「先輩。撮りますよー。笑顔になってくださーい」

「ああ」


 せっかくの自撮り写真だ。ぎこちなくならないように心がけて、俺は笑顔を作る。


「先輩いい笑顔ですよー。はい、チーズ!」

 ――カシャッ。


 シャッター音が鳴り、香奈のスマホには今撮影した写真が表示される。……うん、我ながらそこそこいい笑顔になれたと思う。

 あと、香奈は可愛い笑顔でピースサインをしている。この前くれた自撮り写真も可愛かったし、自撮りするのに慣れているのだろうか。


「いい写真が撮れました! これなら、このアルバムに貼ってもいいと思えますか?」

「……そうだな」

「ありがとうございますっ! じゃあ、LIMEで先輩に送っておきますね」

「ありがとう」


 そうお礼を言ってすぐに、俺のスマホのバイブ音が響く。確認すると、香奈から今撮影した自撮り写真が届いていた。いい写真だから、こうして自分のスマホの画面に表示されると何かいいなって思える。

 近いうちにプリントアウトしてアルバムに貼っておくか。そう思いながら、写真の保存ボタンを押した。

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