第7話『部屋と後輩女子と2人きり』
階段を上がり、俺の部屋の前まで辿り着く。
「いよいよ先輩の部屋に入れるんですねっ」
「そうだな。……ただ、その前に軽く掃除してもいいか?」
まさか、今日のデートの行き先が俺の家になるとは思わなかったし。ベッドとかローテーブルとかを掃除したい。床にゴミが落ちていないかどうかもチェックしておきたいところ。
「いいですよ。まあ、よほど汚くなければあたしは大丈夫ですけどね。あっ、もしかして厭らしい物を隠すとか? 例えば……えっちな本」
そう言うと、香奈はニヤリと笑う。
「何を言っているんだ。高校生が買っちゃいけないものは持ってないぞ」
「ふふっ、そうですか。では、終わるまでここで待ってますね」
「すまないな」
「いえいえ。お家デートしたいって言ったのはさっきでしたから」
香奈からの了承を得て、俺は一人で部屋の中に入る。
ベッドの掛け布団はぐちゃぐちゃで、ローテーブルには昨日の夜に読んだ漫画や聴いたCDなどが置かれている。ゴミは……落ちていないか。これなら掃除が早く終わりそうだ。
掛け布団を綺麗に敷き、ローテーブルに置かれているものは元の場所に戻す。クッションもローテーブルの周りに置いた。
「これで大丈夫かな」
俺は部屋の扉を開ける。すると、香奈はスマホを弄っていた。
「お待たせ、香奈」
「いえいえ。では、お邪魔しますっ」
香奈はスマホをブレザーのポケットにしまい、俺の部屋の中に入る。
うわあっ……と香奈は可愛らしい声を漏らし、目を輝かせて部屋の中を見渡している。好きな人の部屋を見て、香奈はどんなことを思うんだろう?
「遥翔先輩のいい匂いがします」
「一通り見渡した感想がそれか」
ただ、香奈らしいとも思う。
「だって、いい匂いなんですもん。落ち着いた雰囲気の素敵な部屋ですね」
「ありがとう」
よほど汚くなければ大丈夫とは言っていたけど、実際に好評価をもらえるとほっとする。
「本棚には漫画やラノベ、小説がたくさんありますね。テレビ台には小さなフィギュアもありますし。こういうのが大好きなんですね」
「ああ、大好きだよ。ジャンルで言うと、ラブコメとか日常系が特に好きだな。小説だとミステリーも結構好きだよ。あとは、異世界ものの漫画やラノベもちょっと読んでる」
「そうなんですね! あたしもラブコメや日常系の作品は好きですよ。あたしの部屋の本棚にもある本がいくつもありますね」
「そうなんだ」
香奈もラブコメや日常系作品が好きか。香奈の部屋の本棚にはどんな本があるんだろう。日曜日のお家デートの楽しみが増えた。
「じゃあ、俺は冷たい飲み物を持ってくるよ。コーヒーか紅茶、麦茶ならすぐに出せるけど。何がいい?」
「そうですね……紅茶をお願いできますか?」
「紅茶だな、分かった。香奈は適当にくつろいでて。本棚にある本を読んでいてもいいよ。あと、荷物も適当な場所に置いてくれていいから」
「分かりました」
俺は部屋を出て、1階にあるキッチンへ行く。
キッチンで香奈と自分の分のアイスティーを作る。
せっかくだから、何か紅茶に合うお菓子があるといいな。リビングに行き、棚のお菓子が入っている引き出しを開けてみると、
「ベビーカステラがいいかな」
これを持っていくか。香奈は甘い物好きだし、このベビーカステラは美味しいから喜んでくれそうだ。ラタン製のボウルにベビーカステラを入れる。
紅茶の入ったマグカップ2つと、ベビーカステラが入ったボウルをトレーに乗せ、自分の部屋に戻る。
「香奈。紅茶を持って――」
「遥翔せんぱぁい……」
部屋の扉を開けると……俺のベッドにもたれかかり、うっとりした様子で俺の名前を呟く香奈の姿があった。えへへっ、と笑っているし、具合が悪いわけではなさそうだ。
「……あっ、おかえりなさい」
「ただいま。どうしたの、俺のベッドにもたれかかって」
「気持ちよさそうなベッドだと思いまして、もたれかかってみたんです。掛け布団の上からですけどいい感触で。遥翔先輩の匂いも感じられて幸せな気分です」
すぅっ……はぁっ……と香奈は深呼吸。もたれる姿勢のままで、俺に恍惚とした笑みを向ける。そんな彼女の姿には艶やかさが感じられて。
ベッドに興味を持ち、もたれかかって幸福感を味わうとは。香奈らしさが詰まっている。
「そ、そうか。その……良かったな。紅茶とお菓子を持ってきたよ」
「ありがとうございます!」
お礼を言うと、香奈はベッドから離れ、ベッドに近いクッションに座る。ベッドに興味があるからそのクッションに座ったのかな。香奈の近くに彼女のスクールバッグが置かれていた。
香奈の前と、勉強机に近い方にあるクッションの前にマグカップを置き、ローテーブルの中央にお菓子の入ったボウルを置いた。
トレーを勉強机に置き、俺はクッションに腰を下ろす。俺の右斜め前に香奈がいるという位置関係だ。
「お菓子はベビーカステラですか。美味しそうですね。では、さっそくいただきます」
「どうぞ」
香奈は紅茶を一口飲み、ベビーカステラを一つ食べる。カステラは香奈の口に合ったようで「うんっ」と可愛い声を出しながら食べていた。そんな香奈が微笑ましいと思いながら俺も紅茶を一口飲んだ。
「紅茶もベビーカステラも美味しいです」
「それは良かった」
「……あの、遥翔先輩。ベビーカステラを同時に食べさせ合いたいです」
「同時に?」
凄いことを考えるなぁ。
「まあ、一度もやったことないし、カステラは食べやすそうだからな。やってみるか」
「はいっ」
可愛らしく返事すると、香奈はボウルからベビーカステラを1つ掴む。俺もその直後に1つ掴んだ。こうして持つと、一口で食べられるだけあって小さいな。間違えて、香奈の指まで咥えてしまわないように気をつけないと。
香奈は俺に近づいて、カステラを持っている右手を俺の口の近くまで差し出す。俺も香奈の口元まで持っていく。
「はい、遥翔先輩。あ~ん」
「香奈もあーん」
「あ~ん」
俺と香奈は同時にベビーカステラを食べさせる。その際、俺は口を大きめに開いたので、香奈の指を咥えてしまうことはなかった。ただ、香奈に食べさせる際、俺の指先が香奈の唇にほんの少し触れた感覚があった。
香奈に食べさせてもらったからか、いつもよりも甘く感じる。
「う~ん! 自分で食べるよりも美味しいですぅ!」
香奈はベビーカステラに負けないくらいの甘い声でそう言う。
「良かったな。俺も……いつもより美味しく思ったよ」
「ふふっ、良かったです。我が儘を聞いてくれてありがとうございます」
「いえいえ」
満足してくれて良かった。もしかしたら、これからは今みたいに何かを同時に食べさせ合うことがあるかもしれないな。
「さてと、これから何しようか」
「そうですね……何がいいかな」
「何でもいいよ。録画したアニメを観るとか、テレビゲームをやるとか。放課後だし、今日の授業で出た課題を一緒にやるのでもいいぞ」
「……課題ですか。何でもいいのであれば……」
複雑そうな笑みを見せてそう言うと、香奈は自分のスクールバッグを開ける。バッグから教科書とノートと思われる本を取り出す。それをよく見てみると……数学Aの教科書とノートだ。
「今日あった授業のいくつかの教科で課題が出まして。ただ、数学Aはちょっと難しくて。復習のプリントなのですが……できるか不安で。ですから、遥翔先輩が一緒にいる中で片付けたいと思いまして。以前、遥翔先輩は頭がいいと莉子先輩と瀬谷先輩が仰っていましたし」
「なるほどね。分かった。課題を一緒にやろうか。俺も数学Ⅱの課題があるから少しでもやっちゃおう。分からないところがあったら、遠慮なく俺に訊いて」
「ありがとうございます。でも、ごめんなさい。せっかくのお家デートなのに……」
申し訳なさそうな様子になる香奈。
「気にしないでいいよ。高校生の放課後デートらしいし。それに、不安な課題が終わったら、その後の時間がより楽しめるかもしれないだろう?」
「……そうですね」
俺の言葉が良かったのだろうか。香奈は俺に微笑みかけてくれた。
俺は数学Ⅱ、香奈は数学Aの課題プリントを取り組むことに。俺の方の課題も復習のプリントなので、香奈次第ではこの時間に終わるかもしれない。
香奈の方を見ると……真剣な様子で課題に取り組んでいる。その姿は普段よりも大人っぽく見えて。授業を受けているときもこんな感じなのかもしれない。あと、今の香奈は、俺の隣の席で授業を受けたときの望月の姿と重なる部分がある。
「遥翔先輩。この問題が分からないのですが……」
おっ、質問が来たな。先輩としてちゃんと教えよう。
「うん? どれどれ……あぁ、補集合の問題か。文章だけだと分かりづらいよな。まずはベン図を描いて、問題を考えていこう。香奈はベン図ってもう習った?」
「はい、習いました」
「そうか。じゃあ、ベン図を描いて解こう」
俺は自分のルーズリーフにベン図を描き、香奈が質問した問題について解説していく。香奈も適宜「こういうことですか?」と質問してくれるので教え甲斐がある。
「それで、数学も古典も嫌いなクラスメイトは8人になるんだ」
「なるほど! そういう考え方で答えを出せばいいんですね! 理解できました!」
「良かった。場合の数や集合の問題は、まずはベン図を描くといいよ。あと、そのルーズリーフは香奈が持ってていいからね」
「ありがとうございます。あと、先輩の教え方、担当の先生よりも分かりやすいです」
「そうか、嬉しいなぁ。瀬谷や栗林だけじゃなくて、中学生の妹に勉強を教えることもあるからかな。じゃあ、この調子でやっていこう」
「はいっ」
それからも俺達は各々の課題に取り組んでいく。
ベン図を描くといいという俺のアドバイスが良かったのだろうか。それ以降、香奈はあまり質問をしてこなかった。
俺は数学Ⅱの課題を終わらせることができた。そして、
「終わりましたっ!」
香奈の数学Aの課題も終わった。スッキリした様子で体を伸ばしている。
「お疲れ様、香奈」
「遥翔先輩もお疲れ様でした。先輩のおかげで、最初に質問した後の問題はスラスラできました!」
「あまり質問せずに解いていたもんな」
「はい! 遥翔先輩がいなかったらもっと時間がかかっていたと思います。ありがとうございます。……教えてくれたお礼と、初めての放課後デート記念です」
香奈はそう言うと、四つん這いの状態で俺のすぐ側まで近づく。香奈の可愛らしい笑顔はほんのり紅潮していて。香奈の笑顔は俺の顔に段々近づいてくる。
視界の大半が香奈の体で占められ、香奈の甘い匂いを感じ始めたとき、
――ちゅっ。
俺の額に柔らかくて、温かいものが触れたのが分かった。香奈の体がすぐ目の前にあることからして、額に触れているものは――。
「遥翔先輩のいい頭のおかげなので、額にキスしました。これが初めてのキスですね」
囁くようにして言うと、香奈は顔を離して、すぐ目の前から俺を見つめてくる。そんな彼女の顔はさっきとは比べものにならないくらいに真っ赤になっていた。ただ、可愛らしい笑顔は全く変わっていなかった。
やっぱり、俺の額に触れたのは香奈の唇だったんだ。それが分かった瞬間、顔を中心に全身が熱くなっていく。それと同時に心臓の鼓動が早く、そして強くなって。
「額でも、キスするとドキドキするものなんですね。相手が遥翔先輩だからでしょうか」
「……さあな。キスしたことないし。ただ、キスされるのってドキドキする」
「そうですか。遥翔先輩と一緒にドキドキできて嬉しいです。額ですけど、キスしたら先輩のことがより好きになりました。あと、先輩ならいつでもキスしていいですからね? もちろん、どこの場所でも」
甘い声でそう言い、香奈はニコッと笑う。キスされてドキドキしているのもあり、いつも以上に可愛く見える。
「な、何を言っているんだ。キスするとしたら……香奈を好きになってからだよ」
「ふふっ、そうですか。今の言葉を聞いて、より先輩に好きになってもらいたくなりました」
その気持ちを態度でも示すかのように、香奈はもう一度額にキスし、自分の座っていたクッションに戻った。
俺はマグカップに残っている紅茶を一気に飲む。紅茶の冷たさがこんなに心地よく感じたことは今まで一度もなかった。
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