第6話『放課後デート』

 4月15日、木曜日。

 昨日も今日も、朝は校門から香奈と一緒に登校し、昼休みは香奈と一緒にお昼ご飯を食べる。これらについては早くも定着してきた気がする。

 香奈と一緒に過ごす時間や瀬谷や栗林達友人の励ましもあって、失恋による傷も少しずつ癒えてきている。

 望月とはフラれた翌朝に挨拶してからは一度も言葉を交わしておらず、遠くから姿を見ることがあるくらい。そのうち一回は、


「望月、好きだ! 俺と付き合ってくれ!」

「……ごめんなさい。気持ちは嬉しいですが、お付き合いできません」


 これまで定期的に見ていた告白されて振るという光景だった。これからも、こういう光景を何度も見ていくのだろう。

 フラれた男子はがっかりしていて。俺もつい最近同じ経験をしたので、彼に同情と少しの親しみを抱く。

 俺が知る限りでも、望月は両手に数え切れないほどの人数の生徒を振ってきた。中学時代を含めるともっと増える。もしかしたら、彼女にとって俺は「たくさん振った人達のうちの一人」程度の認識かもしれない。そうだとしたら、ちょっと寂しい。




「お待たせ、香奈」


 放課後。

 香奈と初めての放課後デートの時間である。

 ただ、今週は俺が教室の掃除当番。なので、掃除が終わるまで、香奈にはうちの教室の前の廊下で待ってもらっていたのだ。


「いえいえ。これからデートですし、待つ時間も嫌じゃないですから。待ち合わせしているって感じがして、むしろワクワクしたくらいです」


 香奈は持ち前の明るい笑みを見せながらそう言ってくれる。そのことにほっとする。あと、香奈は待つのは嫌いじゃないタイプか。


「遥翔先輩も瀬谷先輩も掃除当番お疲れ様です」

「ありがとう、香奈」

「ありがとう。じゃあ、俺は部活があるから体育館に行くわ。また明日。2人とも放課後デート楽しんでこいよ!」

「ああ。部活頑張って」

「頑張ってくださいね!」

「サンキュー!」


 爽やかな笑顔で返事すると、瀬谷は小走りで階段の方へ向かっていった。バスケは今の時期から春季大会が始まるそうだ。怪我や体調には気をつけて練習を頑張ってほしい。もちろん、女子バスケ部所属の栗林も。


「さてと。これから放課後デートだけど、どこへ行こうか? 香奈は行きたい場所ってある?」

「あります!」


 元気よく右手を挙げて返事をする香奈。そんなに行きたい場所があるのか。


「どこだ?」

「遥翔先輩のお家です! お家デートしたいですっ!」

「なるほど。お家デートか」


 好きな人の家には行ってみたくなるよな。さっき、行きたい場所があると元気よく言ったのも納得だ。

 それに、どこか外へ遊びに行くことだけがデートじゃないよな。どちらかの家に行って、一緒に過ごすのも立派なデートだと思う。家の中でも一緒に楽しめることはあるだろうし。


「どうでしょうか? 遥翔先輩」

「お家デートいいな。じゃあ、俺の家に行くか」

「ありがとうございます! でも、突然行っても大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だよ。今日は母親がパートないから家にいるけど」

「大丈夫なら良かったです。あと、お母様がいるのでしたら、ちゃんとご挨拶しないと」


 と、香奈は真面目に言う。この様子からして、香奈の頭の中には『お義母様』っていう単語もありそう。

 ちなみに、両親には香奈のことを話してある。千晴と同じく、フラれた日の夕食のときの様子が気になっており、次の日の夕食中に何かあったのかと訊かれたから。だから、香奈がご挨拶しても母さんが混乱してしまうことはないだろう。


「それじゃ行くか」

「はいっ」


 俺達は昇降口に向かって歩き始める。

 俺の家でのお家デートが決まったからか、隣を歩く香奈はニコニコしている。快活で積極的な性格だから、香奈にはこういう笑顔が一番似合うと思う。

 昇降口でローファーに履き替え、俺達は外に出る。

 小さな雲が数個あるくらいで綺麗な青空が広がっている。穏やかな風が気持ちいい。行き先は俺の家だけど、絶好の放課後デート日和じゃないだろうか。


「あ、あの。遥翔先輩」

「どうした?」


 頬を赤くして、俺をチラチラ見てくる香奈。


「て、手を繋ぎませんか? これから放課後デートですし」


 そう言うと、香奈は俺に左手を差し出してくる。手を繋いだ方がよりデートらしくなるか。


「いいよ。手繋ごうか」

「ありがとうございます!」


 嬉しそうに言い、香奈は俺の右手をしっかり掴んできた。

 繋がれた右手で香奈の左手を握り返す。千晴や親戚以外の女の子と手を繋いだ経験は全然ないので、ちょっと緊張する。

 あと、これまで香奈の手を見てきて、大きさは何となく想像していた。でも、こうして握ってみると想像よりも小さい。


「手を繋ぐの……いいですね。先輩と肌で直接触れ合っていますし、温もりも気持ちいいです」

「肌で触れ合っているって。まあ、合っているけど言い方がな。でも、いいと思ってくれて良かった。じゃあ、俺の家に行こうか。学校から歩いて5、6分くらいのところだ」

「はいっ」


 歩く速さに気をつけて、俺は香奈と一緒に自宅に向かって歩き始める。

 学校に残っている生徒達から視線が集まる。手を繋いでいる相手が1年生中心に人気の香奈だからなぁ。ただ、門を出るとそんな視線も一気に減った。

 手を繋いで歩いていると、香奈とデートしているんだって実感が出てくる。すぐ隣で楽しそうにしている香奈を見るとより。


「遥翔先輩のご自宅がどんな感じか楽しみです! もちろん、先輩のお部屋も」

「2階建ての普通の一軒家だよ。部屋は……ゆったりしているかな」

「そうなんですね!」

「香奈の家はどんな感じなんだ?」

「うちは梨本駅近くのマンションです。あたしは一人っ子で両親と3人暮らしですから、ゆったりした感じですね。部屋もゆったりした感じです」

「そうなんだ。あと……マンションか。梨本駅の北側にはマンションがいくつもあるよな」

「ですね。ちなみに、あたしが住んでいるマンションはあそこですよ」


 香奈は右手の人差し指で指さす。彼女の指さす先にあったのは……梨本駅周辺では一番の高さを誇るタワーマンションだ。淡い灰色の外観が特徴的。あと、あのマンションに住む人はなかなかのお金持ちだと聞いたことがある。


「あ、あそこなのか。家の窓からでも見えるよ」

「物凄い高さのマンションですからね。今日は先輩の家でお家デートですから、明日の放課後にあたしの家でお家デートしませんか?」

「……ごめん。明日はバイトがあるんだ」


 今回の放課後デートも、火曜日に誘われたけどバイトがあったから今日になったのだ。何だか申し訳ない気分になる。

 香奈は目を細め、柔和に笑いながら「いえいえ」と言ってくれる。


「気にしないでください。では、週末の予定はどうなっていますか?」

「土曜日は一日大丈夫。日曜日は……確か、朝9時から昼の2時までシフトが入っていたはず。日曜日も午後なら大丈夫だよ」

「そうなんですね。じゃあ……あたしの家でのお家デートは日曜日にしませんか? それで、土曜日は一日オリオでデートするのはどうでしょう? 色々なお店を回って、食事もして……」

「オリオはたくさん店が入っているからな。あそこなら一日中いても楽しめそうだ。じゃあ、土曜日はオリオデートで、日曜日は午後に香奈の家でお家デートするか」

「はいっ、そうしましょう! 楽しみです」


 とても嬉しそうに返事してくれる香奈。週末の多くを俺と一緒に過ごすことになったからだろう。今の香奈の反応を見ていると、俺も週末が段々楽しみになってきた。ただ、まずは今日のお家デートを楽しもう。


「そういえば、遥翔先輩。今まで、放課後や休日に女の子が先輩の家に来ることってあったんですか?」

「親戚以外だと……あまりないな。来るときがあっても、男女数人で遊ぶのが多かったし。中学以降は定期試験前に勉強会もしたか。今みたいに、女子1人だけが家に来るのは一度もないよ」


 ちなみに、望月が俺の家に来たり、俺が彼女の家に行ったりした経験は一度もない。


「あと、3歳下の妹が友達や部活の先輩を家に連れてくることはある。小さい頃は遊ぶのに付き合ったこともあったな」

「そうだったんですね。女子1人で先輩の家にお邪魔するのはあたしが初めてですか……」


 えへへっ、と香奈は嬉しそうに笑った。

 学校から自宅まで徒歩5、6分の道のりだし、香奈と話していたらあっという間に自宅の前に到着した。


「ここが俺の家だ」

「そうですか。白い外観が素敵ですね!」


 普段よりも高い声色でそう言うと、香奈は自分のスマホで俺の家の写真を撮っている。小さい頃から住んでいるし、素敵だと言ってもらえるのは嬉しい。あと、この様子だと俺の部屋の写真をたくさん撮りそうだ。

 香奈の写真撮影が終わって、俺は香奈と一緒に自宅の中に入る。


「ただいま」

「お、お邪魔しますっ!」


 家に母親がいると伝えてあったからだろうか。香奈はいつになく緊張した様子に。


「おかえり、遥翔。あと、いらっしゃ~い。聞いたことのない女の子の声だけど……もしや」


 リビングやキッチンの方から母さんのそんな声が聞こえてきた。それからすぐに、リビングからジーンズパンツにTシャツ姿の母さんが姿を現す。香奈のことを見ると、母さんは目を見開きながら俺達のすぐ目の前までやってきた。


「例の陽川香奈ちゃんね! 遥翔から写真を見せてもらったけど、実際に見るとより可愛いわ!」

「は、初めまして。陽川香奈といいます。梨本高校の1年です。遥翔先輩とは……先輩後輩として仲良くさせてもらっています。大好きだと告白済みです」

「好きだってことは、遥翔から聞いているわ。初めまして、遥翔の母の直美なおみといいます。これからよろしくね、香奈ちゃん」

「はい! よろしくお願いします! お母様!」


 元気よくご挨拶して、香奈は母さんに向かってやや深く頭を下げる。

 少しして香奈が頭を上げると、母さんは快活な笑みを浮かべて香奈と握手を交わした。


「それにしても、お母様はスタイルがいいですね。背も高くて羨ましい……」

「ありがとう。香奈ちゃん、明るくて可愛くていい子ね。月曜の夜は遥翔の元気がなかったけど、少しずつ元気を取り戻しているわ。それはきっと、香奈ちゃんが好きだって告白して、遥翔と一緒にいてくれるからでしょうね」

「実際にそうだと嬉しいです」

「……香奈がいなかったら、今くらいの元気さを取り戻すのには、もっと時間がかかっただろうな」

「先輩……」


 甘い声で囁き、うっとりした様子で俺を見てくる香奈。


「香奈ちゃん。これからも遥翔と仲良くしてくれると嬉しいわ」

「もちろんです! 先輩とは恋人になって……いつかは結婚して、お母様を『お義母様』って呼びたいです」


 やっぱり、香奈の頭の中には『お義母様』という単語があったか。香奈が抱いている俺への想いの深さを再認識した。

 あははっ、と母さんは明るく爽やかに笑う。


「そうかぁ。遥翔、相当好かれているわねぇ」

「俺も同じことを思ったよ」

「ふふっ。香奈ちゃんのこと気に入ったわ。目標に向かって頑張ってね」

「はいっ!」


 香奈はとても元気よく返事する。

 どうやら、母さんへのご挨拶はとても上手くいったようだ。この様子なら、香奈と母さんはこれから仲良くやっていけるんじゃないだろうか。


「さあ、上がって、香奈」

「はい、お邪魔します」

「ゆっくりしていってね」


 ようやく家の中に上がってもらい、香奈と一緒に俺の部屋がある2階に向かうのであった。

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