第5話『バイト先で』

 放課後。

 香奈と一緒にお昼ご飯を食べたこともあり、午後の授業は午前中以上に早く時間が過ぎた気がする。

 今週は俺と瀬谷のいる班が掃除当番だ。なので、バイトは少し時間が経ってから行くことになる。そのことを香奈にメッセージで伝えた。

 香奈からすぐに返信が来て『友達とオリオで時間を潰してから、ザストに行きます』とのこと。オリオというのは、オリオ梨本というショッピングモールのこと。学校から徒歩5、6分ほどのところにある。色々なお店が入っているし、休憩できるスペースも充実しているので、時間潰しにはもってこいの場所だ。

 友達と一緒ってことは、ザストにもその子と一緒に来てくれるのかな。もしそうだとしたら、香奈の友達がどんな子か楽しみだ。

 瀬谷達と一緒に教室の掃除をしていく。

 班の生徒が全員男子なのもあり、掃除中の話題は専ら香奈のこと。関わり始めたのが望月にフラれた直後なので、望月の件についても話した。すると、


「ドンマイ、空岡。よく頑張った」

「勉強やバイトを頑張ってるから、いいタイミングで陽川って女子が告白してくれたんだよ」


 などと慰めてくれた。ちょっと元気出たよ。

 教室の掃除が終わり、俺はバイト先のザスト梨本駅南口店に向かう。

 従業員用の出入口からお店の中に入る。

 スタッフルームで休憩中のスタッフに挨拶を交わしながら、タイムカードを押す。その後、男性用の更衣室に入って、学校の制服からザストの店員の制服へ着替える。まあ、これがバイトを始めるときのお決まりの流れだ。


「……そうだ。香奈にバイト始めるって伝えておこう」


 そうすれば、あまり長く時間を潰さずに済むだろうから。

 今からバイトを始めると香奈にメッセージを送って、俺はホールに向かった。

 ザストは日本有数のファミリーレストランチェーンの一つである。ファミレスなので、ハンバーグやステーキを中心に、幅広いジャンルの料理を提供している。年齢や性別を問わず多くのお客様が来店している。

 コーヒーや紅茶、スイーツメニューも充実していること。カウンター席や1人用のボックス席もあることから、カフェとして利用するお客様も多い。

 また、ボックス席を利用するお客様は長時間滞在されることが多い。望月もそんなお客様の一人だ。コーヒーや紅茶を飲みながら読書したり、課題をしたり、趣味の小説執筆をしたり。そんな彼女に接客したことが何度もあったな。また、彼女に接客できる日は来るのだろうか。

 ――ピンポーン。

 各テーブルに置かれている注文ボタンを押す音が聞こえた。ボタンが押された番号が表示されるモニターを見て、俺はその番号のところへ向かう。さあ、今日のバイトも頑張るか。これから後輩も来るし。

 ザストのバイトは去年のゴールデンウィーク中から始めた。ここでのバイト歴はおよそ1年。なので、ホールの仕事は一通りのことが一人でこなせるようになった。

 今日も接客を中心にホールの仕事をしていく。シフトの入っている午後7 時まで頑張るか。

 平日の夕方だから、制服姿のお客様もちらほらいるな。もちろん、その中には梨本高校の制服を着たお客様もいる。

 今日の仕事を始めてから15分ほど経ったとき、


「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいました! あぁ、バイトの制服姿もいいですねぇ。一目惚れしたときのことを思い出します」


 香奈が来店してくれた。一目惚れしたときのことを思い出しているようで、恍惚とした表情で俺を見つめている。

 また、香奈の隣には、彼女と同じく梨本高校の制服を着て、赤いネクタイをしている女子生徒が立っている。一緒にオリオに行った友達かな。香奈の財布を渡したとき、香奈の側にいた気がする。

 香奈よりも少し背が高く、セミロングの金髪と碧眼が特徴的だ。俺と目が合うと金髪の女子はニッコリ笑う。香奈に負けないくらいの可愛らしさがある。


「来てくれてありがとう、香奈。一緒にいる金髪の子は友達か?」

「そうです。星崎彩実ほしざきあやみといって、クラスメイトで中学の頃からの親友なんです。彼女と一緒にキッチン部に入って、明日の部活に参加しようかと」

「そうなんだ。初めまして……でいいのかな。2年の空岡遥翔です」

「いいと思います。今までに何度かここに来ましたけど、こういう形で話すのは初めてですから。初めまして、星崎彩実です」

「よろしく、星崎」

「よろしくお願いします」


 そう言うと、星崎は軽く頭を下げた。

 星崎は香奈や望月と同じ中学出身なのか。中学からの親友がクラスにいて、しかも一緒に部活に入るのは、高校生活をスタートするのに心強いだろうな。


「あ、あの! 空岡先輩!」


 さっきよりも大きな声で俺の名前を呼ぶと、星崎は両手で俺の右手をぎゅっと掴む。真剣な表情で俺のことを見つめている。


「香奈ちゃんはとても可愛くて、明るくて、いい子なんです。誰かに恋をするのは初めてで。香奈ちゃんには幸せになってほしくて。だから、香奈ちゃんのことをお願いします!」


 そう言うと、俺の右手を握る力がより強くなる。右手が星崎の温もりに包まれていく。

 こんなにも一生懸命な様子で香奈をよろしくと言うなんて。星崎は相当な親友想いの子なんだなぁ。

 今の親友の行動が嬉しいのか、香奈は優しい笑みで星崎を見ている。また、星崎が俺の手を握っていても不快感を示さない辺り、2人の信頼関係の強さを窺える。


「星崎の言葉はちゃんと受け取った。まずは先輩後輩として香奈と一緒の時間を過ごして、いつか必ず香奈の告白の返事をちゃんとする。香奈の親友として俺達のことを見ていてくれると嬉しい」

「分かりました」


 星崎は俺の右手を離し、温和な笑顔を見せてくれる。


「いつまでもここで話しちゃダメだな。2名様、ご案内いたします」


 香奈と星崎を2人用のテーブル席へ案内し、2人に冷たいお水を出す。


「ご注文が決まりましたら、そちらの注文ボタンを押してください。すぐに伺います」

「はいっ!」


 笑顔で元気よく返事する香奈。

 2人に軽く頭を下げて、俺は2人のいるテーブルから離れる。

 香奈と星崎が来店したからだろうか。これまでと比べて、店内の雰囲気が明るくなった気がする。

 学生服を着ている人を中心に、香奈と星崎の座るテーブルをチラッと見ている人がいるな。香奈はもちろんのこと、星崎もかなりの美少女だからな。そんな2人が一緒にいるからこそ、より目が釘付けになるのだろう。

 ――ピンポーン。

 おっ、注文ボタンが鳴った。モニターを見ると……15番か。その番号は香奈と星崎が座っているテーブルのものだ。

 俺は香奈と星崎の座っているテーブルへ向かう。

 香奈は目を輝かせて俺のことを見ている。待ってました、と言わんばかりの表情だ。


「ご注文をお伺いします」

「じゃあ、あたしから。ベイクドチーズケーキ一つとドリンクバーを」

「私はミニチョコパフェとドリンクバーをお願いします」

「かしこまりました。ベイクドチーズケーキをお一つ、ミニチョコパフェをお一つ、ドリンクバーがお二つ。以上でよろしいでしょうか?」

「……あっ、あと一つ注文を」


 香奈は右手を挙げる。星崎がパフェを注文するから、自分も何かパフェを食べたくなったのかな。


「遥翔先輩を……お持ち帰りで」


 そう言うと、香奈は頬をほんのり赤らめる。香奈らしい注文だ。彼女は俺をお持ち帰りして何をするつもりなのだろう? というか、


「店員の販売はしておりません」

「……それは残念です」


 はあっ、ため息をついてしょんぼりする香奈。冗談やおふざけではなく本気だったのか。そんな香奈を見て、星崎は「ふふっ」と上品に笑っている。


「残念だったね、香奈ちゃん」

「うん。あっ、注文は以上で」

「かしこまりました。ドリンクバーはあちらにありますので。失礼します」


 軽く頭を下げ、俺は2人のいるテーブルから離れる。

 仕事をしながら、たまに香奈と星崎のことを見ると、2人はドリンクバーで取ってきた飲み物を飲みながら談笑している。俺と目が合うこともあって。そんな2人に心が安らぐ。

 近くを通ったときに飲み物を見ると、香奈はアイスコーヒーで、星崎はホットティーを飲んでいると分かった。

 10分もしないうちに、香奈と星崎が注文したスイーツが出来上がる。俺はそれらをトレーに乗せ、2人のいるテーブルに運んでいく。


「お待たせいたしました。ベイクドチーズケーキとミニチョコパフェになります」

「ありがとうございます! 遥翔先輩!」

「ありがとうございます」


 香奈と星崎の目の前に、それぞれが注文したスイーツを置く。その瞬間、2人は「美味しそう」と可愛らしい声で呟く。


「美味しそうだね、香奈ちゃん」

「そうだね、彩実。さっそく食べようか」

「うん! いただきまーす」

「いただきます!」


 香奈と星崎は自分の注文したスイーツを一口食べる。

 口の中で、スイーツの甘味が広がっているのだろう。2人とも柔和な笑みを浮かべ「う~ん!」と甘い声を漏らす。


「ベイクドチーズケーキ美味しいです!」

「チョコパフェも美味しいです」

「パフェも美味しいよね。あぁ、これまでここで食べたチーズケーキの中で一番美味しいです。遥翔先輩が運んできてくれたからかな」

「嬉しいことを言ってくれるね。ありがとう」


 スイーツを美味しそうに食べてくれる2人の姿と、今の香奈の言葉は店員としてはもちろんのこと、一個人としても嬉しい。ちょっと元気出た。

 そういえば、望月も……今の2人のように、可愛い笑顔を浮かべながら俺が運んだスイーツを美味しいって言ってくれたことがあったっけ。彼女を好きになってからは、そんな言葉が凄く嬉しかったのを覚えている。


「ごゆっくり」


 香奈と星崎に軽く頭を下げて、俺は2人のテーブルから離れる。

 それからも、たまに俺は香奈と星崎の姿を見ながらバイトしていく。

 やっぱり、知り合いが店内にいるといいな。彼女達の姿を見るだけで心が安まるから。

 香奈と星崎はスイーツを楽しんだり、一口交換したり。スイーツを食べ終わった後は課題をやったりしていた。たまに聞こえる2人の笑い声が心地いい。

 また、休憩のときは香奈とLIMEでメッセージして。香奈経由で星崎さんと連絡先を交換し、3人でグループトークもした。仕事中はいつでも顔を見られる2人とメッセージで会話するのは不思議な感覚だけど、それはそれで楽しくて。

 香奈と星崎は2時間近く滞在し、午後6時過ぎになって会計をした。


「スイーツもドリンクも制服姿の遥翔先輩も堪能できたのでとても満足です!」

「課題をやっているとき以外はほとんど満足げだったよね。私も満足です」

「それは良かった。2人のおかげでここまであっという間だった。2人とも、またのご来店をお待ちしております」

「はいっ! また明日会いましょう、遥翔先輩!」

「失礼します」


 香奈は元気よく手を振り、星崎は軽く頭を下げてお店を後にした。

 2人が帰ってからは、夕食時なのもあって接客中心に仕事に追われる。それもあり、シフトが終わる午後7時まであっという間だった。

 また、今日のバイト中に望月が来ることはなかった。昨日の今日だから来ないだろうとは思っていたけど、実際に彼女の姿を見ないままバイトが終わると、何だか切なくなる。

 暗くなった帰り道を歩き始めてすぐ、肌寒い空気が体を包み込んだ。

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