第2話『妹との夜』
「よし、これで終わり……っと」
夕食後。机に向かい始めてからおよそ1時間半。
今日の授業で出た課題がようやく全て片付けられた。いつもなら1時間もあれば終わる量だけど、結構かかってしまった。あと、いつも以上に疲れたな。やるべきことは終わったし、今夜の勉強はこれで終わりにするか。
俺は公園で買ったボトル缶のブラックコーヒーを一口飲む。
「……うん、美味しい」
課題をやっている間もたまに飲んでいたけど、ようやく美味しいと思えるようになった。夕方の公園では嫌いになりかけたけど、その心配はもうないだろう。
――プルルッ。
勉強机に置いてあるスマートフォンのバイブ音が響く。誰だろう? 友達やクラスメイトが課題のことで訊きに来たのかな。それとも、香奈だろうか。まさかの望月か。
スマホをさっそく確認すると……LIMEを通じて香奈から新着メッセージが届いたと通知が。
香奈からメッセージが届くのは、意外にもこれが初めて。俺のことが好きだと告白したし、連絡先を交換したときは凄く嬉しそうだった。だから、頻繁にメッセージや通話をしてくると思っていたけど。好きな人だし、先輩でもあるから、緊張してなかなかできなかったのかな。
「どんなメッセージだろう?」
通知欄をタップして、LIMEの香奈とのトーク画面を開く。
『こんばんは、遥翔先輩。今、大丈夫ですか?』
画面には香奈からのそんなメッセージだけが表示されていた。まあ、初めてだし、挨拶系のメッセージになるか。
『こんばんは、香奈。大丈夫だよ。ついさっき、課題を終わったところだから』
と、香奈に返信した。
香奈もトーク画面を開いているのだろうか。相手がメッセージを見たかどうかを示す『既読』のマークが、送信したメッセージにすぐに付いた。
『そうだったんですね。お疲れ様です。あたしも10分くらい前に終わりました』
『そうだったんだ。お疲れ様』
『ありがとうございます。課題の疲れがちょっと取れました。メッセージでやり取りするのもいいですね』
『そうだな』
俺も今日の疲れがちょっと取れた気がするから。
自分に告白してくれた女の子と、夜にこうしてメッセージをやり取りするとは。昨日の夜には考えられなかったことだ。
あと、もし望月に告白を成功していたら、夜にメッセージや通話をしていたのかな……と想像してしまう。
『ところで、遥翔先輩。先輩さえ良ければ、一枚でもいいので先輩の写真を送ってくれませんか? 好きな人の写真を持っていたいですし、いつでも先輩の姿を見たいんです。あたしの写真も先輩に送りますから!』
そんなメッセージが届いた後、トーク画面に制服姿の香奈が笑顔でピースしている写真が表示される。写真の雰囲気からして自撮り写真かな。ブレザーに『入学おめでとう』のコサージュがついているから、入学式の日に撮ったのだと思われる。一応、アルバムに保存しておこう。
あと、制服姿だから、夕方の公園でのことを思い出す。
『可愛く写っているな。分かった、俺も送るよ』
好きな人の写真を一枚でも持っていたい気持ちはよく分かるから。
スマホのアルバムを見ていくと……自分だけが写っている写真って全然ないな。友達と一緒に写っているものはちらほらあるけど。
「……これがいいかな」
そう思ってタップした写真はバイトを始めてから間もない頃、友人達がファミレスに来て、働いている俺をこっそり撮影したものだ。お客様に料理を持ってきたときのもの。香奈が一目惚れしたのは俺がバイト中のときだったし、バイトの制服姿の写真を喜んでくれるんじゃないだろうか。
バイト中の写真を香奈とのトーク画面にアップし、
『どうぞ。友達からバイト中にこっそり撮影されたやつだけど』
そんなメッセージを付け足した。
これまでと同じように、俺の送った写真とメッセージにはすぐに『既読』マークが付き、
『ありがとうございます! バイトの制服姿の先輩素敵です! かっこいい♡』
という返信と、目がハートマークになっているチワワのイラストスタンプが香奈から届いた。どうやら、俺が送った制服姿の写真がお気に召したようだ。あと、香奈はチワワが好きなのかな。
『気に入ってもらえたようで良かった』
『いい写真ですよ! この写真のおかげで、今夜はいい夢を見られそうです。早いですがおやすみなさい』
『おやすみ。また明日』
『はい、また明日です』
それ以降は香奈からメッセージは来なかった。
トーク一覧に戻ると、やり取りした時刻から降順に、アカウントと最後のメッセージが表示されている。陽川香奈の一つ下にあるのは『望月沙樹』。昼休みのやり取りで、望月から送信された『うん、分かった。いいよ。』の文字が表示されていた。ちなみに、それは俺からの呼び出しに対する返事だ。
今後、望月とメッセージや通話をするときがあるのだろうか。一度もなく、トーク一覧の遥か下の方に埋もれるかもしれない。そう思うと寂しくて、胸がキュッと痛んだ。
――コンコン。
誰だろう? 午後9時過ぎという時間からして妹かな。
勉強机の椅子から立ち上がり、部屋の扉をそっと開ける。そこには水色の寝間着を着た妹・
「どうした? 千晴」
「理科の宿題で分からないところがあって。お兄ちゃんに教えてほしいの。今、大丈夫?」
「ああ、大丈夫。じゃあ、テーブルの方で教えるよ」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん」
お礼を言い、俺に微笑んでくれる千晴。やっぱり宿題を教えることか。
千晴は女子としては背が高めで、端正な顔立ち。それもあってかっこいいと評判で、女子から告白されることが多いのだそう。そんな千晴だけど、俺にとっては可愛い妹だ。だから、千晴に「勉強教えて」「宿題助けて」と言われたら、大抵の場合はすぐに教える。
ローテーブルの周りにあるクッションに隣同士に座り、俺は千晴の理科の宿題を見てあげることに。千晴曰く、プリントで分からない問題があるらしい。
分野は化学で、物質についてか。中学2年の内容だし、俺も去年は化学基礎の授業があった。なので、千晴の分からない問題についてしっかり教えられた。
「だから、これが答えになるんだ」
「なるほどね。理解できた。これで課題全部終わったよ。ありがとう、お兄ちゃん」
「いえいえ」
頭をポンポンと軽く叩くと、千晴は嬉しそうな笑顔を見せてくれる。本当に可愛い妹だ。
「ねえ、お兄ちゃん。訊きたいことがあるんだけど」
「うん、何だ?」
「……夕食のときのお兄ちゃん、いつもよりも元気がなかったけど何かあった?」
さっきまでの笑顔から一変して、心配そうな様子で問いかける千晴。夕食のときは平静を装ったつもりだったんだけどな。千晴が気付くってことは、両親も俺が普段と違った様子だと気付いているかもしれない。
「今日はバイトないし、学校で何かあった? もしかして、例の好きな人絡み?」
「お、おおっ……」
鋭いな、千晴。見事に言い当てられてしまったので声が漏れてしまった。以前、好きな人ができたと千晴に話して、スマホにある望月の写真も見せたからなぁ。
「ああ、そうだよ。好きな人……望月に告白して、フラれた。望月はたくさん告白されて、全て振ってきているから、フラれるのも覚悟していたけど……実際にフラれるとショックがデカくてさ」
千晴に話したら、望月にフラれた事実を改めて実感する。小さくため息をついた。
「そうだったんだ。その……お疲れ様」
千晴はそんな労いの言葉をかけ、頭を優しく撫でてくれる。千晴の優しい言動が心に沁みる。
「ありがとう。ただ、実は……その後に、学校近くの公園で後輩の女子に好きだって告白されてさ」
「そんなことがあったの?」
予想外で驚いたのだろうか。千晴の目が見開き、俺の頭を撫でる手の動きが止まる。
「ああ。ただ、望月にフラれた直後だったし、俺もあまり知らない子だから、まずは先輩後輩として付き合うことにしたんだ」
「へえ、そうなんだ。ちなみに、その後輩の女の子ってどんな感じの人?」
「可愛い子だよ。写真もあるけど、見る?」
「うん、見せて見せて」
勉強机にある自分のスマートフォンを手に取り、さっき送ってもらった香奈の写真を画面に表示させる。その状態で千晴にスマホを渡した。
「あっ、可愛い!」
そう言う千晴の声は普段よりもかなり高い。千晴は目を輝かせながら俺のスマホの画面を見ていた。クールな印象をもたれる千晴だけど、千晴は可愛いもの好き。ものというのは「物」はもちろん「者」も対象である。
「こんなに可愛い人がお兄ちゃんに告白してくれたんだ」
「そうだよ」
「ただ、お兄ちゃんが告白した人とはタイプが違うね」
「ああ。告白してくれた子……香奈っていうんだけど、彼女も望月とは正反対って言ってる」
「そっか。……フラれた直後だから、気持ちの整理がまだつかないだろうけど、この香奈さんっていう人と付き合うのもありじゃない? 目には目を歯には歯を……みたいな感じで」
「恋には恋を……ってか」
「そういうこと」
香奈本人にも伝えた通り、香奈と恋人として付き合う可能性はゼロじゃない。ただ、付き合うのであれば、香奈を好きになった上で付き合いたい。そうじゃないと、望月の代わりとか、望月にフラれた心の傷を癒すために付き合う気がして、香奈に申し訳ないから。
「好きだって言ってくれる人がいるのは幸せなことだと思うよ」
「……そうだな。香奈のことはこれから考えていくよ。あと、香奈の告白がなかったら、夕食を食べたり、課題を片付けたり、千晴の勉強を教えたりすることはできなかったかもしれない」
「望月さんにフラれたのが相当ショックだったんだね」
「……そ、そうだ。初恋だし。まあ、家族や友達に心配掛けたくないし、バイトもあるからあまり長く引きずらないようにしたい。……今日はかなり疲れたから、風呂入ったら寝ようと思ってる」
「そっか。じゃあ、少しでも早く元気を取り戻せるように、今日は一緒に寝てあげるよ」
優しい笑みを浮かべてそう言ってくる千晴。
千晴が小学生までの間は一緒に寝ることも多かったからな。中学になってからもたまに寝るし。俺を元気にしたいだけでなく、俺と一緒に寝たいのも提案した理由かもしれない。
「分かった。今夜は一緒に寝よう」
「うんっ」
そう返事する声は弾んでいて。やっぱり千晴は俺にとって可愛い妹だ。
それからすぐに俺は入浴し、約束通り、千晴と一緒に俺のベッドで寝ることに。
学校とバドミントン部の練習で疲れていたのか。それとも、俺のベッドが心地いいのか。千晴はベッドに入ってから数分ほどで眠りに落ちた。俺の左腕を抱きしめながら。寝顔が本当に可愛い。
千晴の可愛らしい寝姿や、温もり、甘い匂いのおかげもあり、俺も目を瞑ると割と早く眠りにつくことができたのであった。
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