第1話『あの人とは正反対なあたしと』
「空岡先輩のことが好きです」
俺を見つめて陽川は告白してきた。想いを乗せた彼女のストレートな言葉が、酷い疲労感によって重くなっている俺の体に、ほのかな温もりをもたらしてくれる。
「俺のことが……好きなのか」
「はい。お財布を渡してくれたときの優しい笑顔に一目惚れしました。それからは先輩のことばかり考えているんです」
「……そうか」
俺は望月のことを段々好きになっていったから、一目惚れする感覚があまりよく分からない。でも、陽川にとって、財布を渡したときの俺の笑顔が本当に良かったのだろう。
「今朝、制服姿の空岡先輩を見かけまして。そのとき、放課後になったら先輩に告白しようと決意したんです。それで、放課後になって、空岡先輩を見つけられたのですが……特別棟の裏で望月先輩に告白していて」
「み、見ていたのか。望月に告白したところを」
「はい」
そうか……見られていたのか。
人気があまりない場所を選んだつもりだったんだけどな。告白して見事にフラれた姿を見られていたのを知るとげんなりしてしまう。
「ごめんなさいという望月先輩の言葉も聞こえましたし、立ち去る空岡先輩の姿を見てフラれたんだっていうのは分かりました」
「お、おおう……」
第三者から望月にフラれた事実を言われると、心にかなりのダメージが。傷口に塩を塗られた気分だ。
「先輩がフラれたので、あたしも告白できる。ただ、かなり落ち込んでいる様子なので、どう声を掛ければいいのか悩んで。それに、緊張もありまして。なので、先輩の後をこっそりついて行きまして。この公園に着いてからは、少し遠くから先輩の様子を見ていたんです」
「そうだったんだ」
それで、勇気が出たところで俺に話しかけ、今に至るというわけか。
「あたしは望月先輩のようなお淑やかさはあまりありませんし、顔も綺麗なタイプじゃありません。髪も茶色のショートヘアです。背も高くないです。胸は……先輩のように大きくはありませんが、それなりにあります」
「……そ、そうか。今みたいに自分のことをどんどん話すのも、望月とは違うかもな」
あと、容姿のことを言っていたので、陽川のことを改めてよく見てみる。確かに……大人っぽくて綺麗な感じの望月とは違って、陽川は幼さを感じられる可愛らしい雰囲気の女の子だ。小柄な体格で、胸については……まあ、あるんじゃないだろうか。制服の上からでも膨らみが分かるし。
陽川は告白してきたときよりも頬の赤みを強め、
「望月先輩と違う部分はたくさんあります。ですから、正反対とも言えます。だから、空岡先輩の好みとは違うかもしれません。そんなあたしでも、先輩の恋人にしてくれますか?」
しっかりした口調でそう言ってきた。
まさか、望月にフラれてからあまり時間が経たないうちに、後輩の女子から告白されるなんて。夢でも見ているんじゃないかと思い軽く舌を噛むと……ちゃんと痛みは感じられた。
「どう……ですか?」
そう言って俺を見つめる陽川の顔は真っ赤に染まっていて。体もたまに小刻みに震えていて。きっと、どんな返事をされるか緊張や不安があるのだろう。
望月は俺の告白に対して、その場できちんと自分の想いを言ってくれた。それに倣って、俺も現時点での心境を陽川に伝えよう。
「告白してくれたのは嬉しい。ただ、望月にフラれたばかりだし、陽川のことはあまりよく知らないし。陽川が可愛い女の子だとは思うけど。だから、今すぐには答えが出せない。ごめん、こんな返事で」
「いえいえ、いいんですよ。今、空岡先輩がどう思っているのかを言葉にしてくれて嬉しいですから。可愛いって言ってくれたことも。それに、今の返事の仕方だと……いつか、あたしのことが好きになって、恋人になってくれる可能性はあるってことですか?」
「ああ。ゼロじゃないのは確かだ」
「そうですかっ!」
その瞬間、陽川の顔にぱあっ、と明るい笑みが浮かぶ。えへへっ、という笑い声もあってとても可愛らしい。
「じゃあ、まずは高校の先輩後輩としてよろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
「はいっ! いつか、空岡先輩に好きになってもらって、恋人として付き合ってもらえるように頑張りますね!」
やる気満々な様子で決意表明する陽川。そんな彼女の姿がとても眩しい。
その後、陽川の希望で俺達はスマホの番号とメールアドレス、LIMEというSNSのIDを交換した。陽川のLIMEアイコンは可愛らしい太陽のイラストだ。名字に『陽』の字が入っているからかな。ちなみに、俺のアイコン画像はコーヒーが入った愛用のマグカップの写真だ。
「交換ありがとうございます! 空岡……下の名前は『はると』で合っていますか?」
「合ってるよ」
「そうですか。遥翔先輩との繋がりを持てて幸せです」
「好きな人の連絡先だもんな」
陽川がそう言う気持ちはよく分かる。俺も好きな人……望月との連絡先を交換しているから。交換したのは好きになるずっと前のことだ。ただ、好きだと自覚してからは、彼女といつでも連絡できる手段を持っていることに幸せを感じられたのだ。緊張して、連絡はあまりしなかったけど。
フラれてしまったから、望月の連絡先……どうしよう。今すぐに消せるような勇気はない。
「……そういえば、話は変わるけど、さっき陽川は自分と望月の違う部分を色々言ったよな。その口ぶりからして、知り合いだったりするのか?」
「知り合いではありません。ただ、望月先輩とは梨本駅の北側にある同じ中学出身でして。直接話したことはありませんが、今と同じくたくさん告白されていて。校内の有名人ですし、友人から話を聞きますので、望月先輩のことは知っているんです」
「なるほど」
同じ中学出身なのか。しかも校内では有名人だった。それなら、入学直後の陽川が1学年上の望月のことを知っているのも当然か。
「実はあたしも中学時代から告白されることが何度もあって。ですから、望月先輩もあたしのことを知っているかもしれません」
「そうなんだ」
陽川はかなり可愛らしい雰囲気を持つ女の子だ。望月のように何度も告白されるのも納得かな。もしかしたら、中学時代は陽川と望月が二大人気女子生徒だったのかもしれない。
「ただ、誰かに告白したのは、遥翔先輩が初めてですからね! 恋をすること自体初めてです!」
笑顔でそう言い、俺に向かってウインクする陽川。こういうことも、望月はしなさそうだ。
陽川にとっての初恋は俺なんだ。それが分かって、体の中にある温もりがちょっと強くなった感じがした。
いつになるかは分からないけど、陽川の初恋に対してはっきり答えを出さないと。陽川はもちろん、俺のためにも。
「じゃあ、あたしはそろそろ帰りますね。遥翔先輩に好きな気持ちを伝えられて、恋人じゃないですけど、先輩と関わりを持つことができて嬉しいです」
「それは良かった。陽川に告白されて、気持ちが少し軽くなったよ」
「良かったです。あたしがいることで、遥翔先輩が元気になっていけたら嬉しいです」
そう言ってくれる陽川の笑顔はとても優しいもので。香奈の笑顔を見ていると、今の言葉は彼女の優しさから自然に出たものだと思える。
あと、今の香奈の笑顔は望月がよく見せる笑顔と重なる。本人は「望月とは正反対とも言える」と言っていたけど、似ているところはいくつもあるんじゃないかと俺は思う。
「あと、あたしが下の名前で呼んでいるので、遥翔先輩もあたしを下の名前で呼んでくれたら嬉しいなって思ってます」
「……そういえば、連絡先を交換した後くらいから、俺を下の名前で呼んでいたな。妹と親戚の子くらいしか下の名前で呼ばないけど……分かった」
一度、少し長めに息を吐き、陽川のことを見る。
「……香奈」
下の名前を言ってみると、少々照れくさいものがある。妹や親戚以外には全然言わないからなのか。それとも、言った相手が俺に告白してくれた女の子だからなのか。
陽川……いや、香奈は明るくニッコリ笑う。
「香奈って呼ばれるのいいですね! キュンとなりました。これからも香奈でお願いしますっ!」
「ああ、分かった」
とても嬉しそうにしてくれているし、香奈と呼ぶことにもきっとすぐに慣れるだろう。
「では、また明日、学校で会いましょう!」
「ああ。またな」
俺がそう返事すると、香奈は軽く頭を下げ、公園の出口に向かって歩いていく。そんな彼女の後ろ姿を、俺はベンチに座ったまま見守る。
公園を出るところで、香奈はこちらに振り返り笑顔で手を振ってきた。俺が小さく手を振ると、香奈は再び歩き出していった。
「俺も帰るか」
スクールバッグを持って、ベンチから立ち上がる。
家に向かって歩き出すと、学校を後にするときと比べて足取りが幾らか軽く感じた。それはきっと、香奈が俺に対して想いを伝えてくれたからだろう。
一度も休憩をすることなく、俺は帰宅できたのであった。
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