第3話『いつもと違う朝』

 4月13日、火曜日。

 今日も朝からよく晴れている。雲一つない快晴で、今日はずっと晴れる予報だ。

 俺の心もこの空のように晴れやか……なわけがなく、昨日の失恋のショックが心にしっかり居座っている。だから、目覚めたとき、いつにない気怠さを感じた。

 ただ、千晴が一緒に寝てくれたこと。

 梨本高校には俺を好きだと告白してくれた香奈がいること。

 それらのおかげで、学校に行く程度の元気は取り戻せた。あと、望月とは別々のクラスなので、授業も何とか受けられるだろう。


「ただ、隣のクラスだし、廊下や階段で出くわす可能性はあるよな……」


 もし会ったら、絶対に気まずい感じになりそうだ。一言でも挨拶を交わせたら上々って考えた方がいいかな。

 望月のことで思考を巡らせながら歩いていると、梨本高校の校舎が見えていた。自宅から歩いて5、6分くらいの距離だしあっという間だ。


「陽川香奈さん! オレ……君のことが好きだ! オレと付き合ってくれ!」


 香奈への告白が聞こえてきた。

 声がした方に視線を向けると……梨本高校の正門前で香奈と茶髪の男子生徒が向かい合っていた。男子生徒のネクタイは……赤色だから1年生か。入学して、同学年の香奈に一目惚れしたのかな。

 校門前で告白しているからなのか。それとも、告白の相手が香奈だからなのか。2人の周りには男女問わず何人もの生徒が立ち止まって、告白の一部始終を見ている。そんな様子を俺は少し遠い場所から見守る。

 緊張している男子生徒とは対照的に、香奈は落ち着いた様子で微笑んでいる。


「ごめんなさい。気持ちは嬉しいですけど、あたしには好きな人がいるので。恋人になることはできません」


 ごめんなさい、と香奈は深めに頭を下げた。まあ、ここに好きな人がいるもんな。


「……そうか。分かった。朝から時間取らせてごめん……」


 元気のない声でそう言い、男子生徒はげんなりした様子で校門を入っていった。香奈の言う好きな人だから、ちょっと申し訳ない気持ちにもなる。あと、俺も昨日、望月にフラれた後はあんな感じで立ち去ったのだろうか。

 男子生徒による告白が様々な意味で終わったため、周りにいる生徒達も続々と校門を通っていく。俺も同じタイミングで校門に向かって歩き出す。

 しかし、香奈は変わらず校門前に立っていた。もしかして、俺に会うためにあそこで待ってくれているのだろうか。


「香奈」


 と校門前に立つ彼女の名前を呼ぶと、香奈は明るい笑顔を浮かべてこちらに振り向く。俺と目が合うと、ニッコリ笑って手を振ってくる。可愛いな。そんな彼女に俺も小さく手を振った。


「遥翔先輩、おはようございます!」

「おはよう。ここで俺のことを待ってくれていたのか?」

「はいっ! ちょっとだけでも、遥翔先輩と一緒に歩きたくて」


 やっぱり、俺を待ってくれていたんだ。笑顔で話してくれるのもあって、嬉しい気持ちになる。


「先輩がいつ来るのか分からないので、少し早めに家を出てここで待っていたんです」

「そうだったんだ。毎日、今くらいの時間に登校するよ。じゃあ、ちょっとだけど一緒に歩くか」

「はいっ」


 俺は香奈と一緒に歩き出し、梨本高校の校門を通る。

 いつになく、周りの生徒から視線が集まる。さっき告白もされていたし、香奈の人気を実感するな。こちらを見ている生徒の中には、香奈が言っていた「好きな人」は俺だと分かった人もいるだろう。


「香奈は高校生になっても人気なんだな。告白されていたから」

「見ていたんですね、先輩」

「校門の前だし、生徒も集まっていたからな」

「ふふっ。そうですか。さっきの男子で……高校通算4人目でしょうか」

「凄いな」


 入学式の日から1週間くらいしか経っていないのに。望月と同等……いや、それ以上の人気かもしれない。


「でも、あたしは先輩のことが好きですから。これからも、好きな人がいるって断りますね」

「……そうか」


 果たして、その形で断られる人が何人になるのか。あと、さっきの香奈のように、俺もいずれはちゃんと香奈に告白の返事をしないと。


「話は変わるけど、香奈のクラスの教室って第2教室棟にある? 去年と同じなら、1年生は全クラス第2だけど」

「はい、第2教室棟の2階にあります。遥翔先輩も第2ですよね。昨日、第2の昇降口から出るのを見ましたから」

「そっか。俺のクラスの2年6組は3階にあるよ」

「分かりました。じゃあ、階段で2階に上がるまでは一緒ですね。同じ校舎で1階しか違わないですから行きやすいです」

「そうだな。ちなみに、1組から4組までは第1の方にあるんだ」

「そうなんですね! 運が良かったです」


 嬉しそうに言う香奈。移動時間も圧倒的に短いし、登校するときも一緒に歩ける時間が長くなるからな。

 第2教室棟の昇降口に到着し、俺達はそれぞれの靴箱で上履きへ履き替える。昨日、この上履きを履いているときは、まさか自分を好いている後輩の女子と一緒に登校するとは想像すらできなかった。

 上履きに履き替え、俺達はそれぞれの教室に向かって歩き始める。

 校舎の中に入って、より視線を感じるようになった気が。1階は1年生の教室だけしかないし、香奈に興味がある生徒も多いのだろう。


「遥翔先輩。お昼休みになったら、お弁当を持って先輩の教室に行ってもいいですか? 先輩と一緒にお昼ご飯を食べたいです」

「ああ、いいよ。でも、俺の教室でいいのか? 当然だけど、周りは2年生だらけだから。ネクタイの色で、杏奈が1年の生徒だってすぐに分かっちゃうし」

「あたし、そういうのはあまり気にしませんよ。それに、遥翔先輩と一緒ですから。先輩の教室がどんな雰囲気なのかも興味ありますし」


 明るく可愛らしい笑みを見せて香奈はそう言ってくれる。俺と一緒だから……か。嬉しいことを言ってくれる。この様子ならうちの教室に来ても大丈夫そうか。


「分かった。まあ、何かあったら俺が守るよ。じゃあ、昼休みになったら俺の教室に来てくれ」

「はいっ! お昼休みが楽しみです!」


 杏奈の笑みがより明るいものに。そんな彼女を見ていると、俺も昼休みが楽しみになってきた。

 階段を上がり、香奈のクラスの教室がある2階に辿り着く。


「遥翔先輩。また後で。お昼休みに会いましょう」

「ああ。また後で」


 香奈と小さく手を振り合って、俺は3階へ上がっていく。香奈と一緒にいるときには何とも思わなかったけど、階段を上がるのって疲れるんだな。

 3階に辿り着き、自分のクラスの教室がある方へ曲がる。すると、すぐ近くに――。


「望月……」


 こちらに向かって歩く望月沙樹の姿があった。フラれても、彼女の姿を見るとドキッとする。思わず彼女の名前を呟く。

 視界に俺が入ったからなのか。それとも、俺の呟きが聞こえたからのか。望月はチラッとこちらを見る。やっぱり気まずい感じになるが、朝の挨拶くらいはしないと。


「お、おはよう、望月」

「……おはよう」


 望月は返事こそしてくれるもの、すぐに視線を逸らし、申し訳なさそうな様子で俯く。彼女はそれまでよりも少し早めに歩き、俺とすれ違った。


「……仕方ないよな」


 昨日の放課後に振ったばかりだ。そんな相手が近くに姿を現したら、今のような反応をしてしまうのも仕方ないと思う。気まずくて無視される可能性もあっただろうから、一言挨拶を交わせたのは良かったのだろう。

 ふーっ、と長く息を吐いて、俺は2年6組の教室の中に入った。クラスの友人達に「おはよう」と言葉を交わしながら、自分の席へ向かう。そして、


「おはよう、空岡」

「空岡君、おはよう!」


 俺の一つ前の席に座る金髪の男子・瀬谷颯太せたにそうたと、彼の側に立つワンサイドアップの黒髪の女子・栗林莉子くりばやしりこが、他の友人達よりも大きな声で挨拶してくる。2人は高校で出会った友人の中では特に親しい。ちなみに、2人は同じ中学出身で、今年で交際5年目のカップル。中学のバスケ部を通じて知り合ったのがきっかけらしい。

 瀬谷と栗林に手を振ると、瀬谷は爽やかな笑みを、栗林は可愛らしい笑みを浮かべて手を振ってくれる。笑顔の素敵な美男美女カップルである。


「おはよう、瀬谷、栗林」


 2人に挨拶して、俺は自分の席に座る。

 俺が座った瞬間、瀬谷は席ごと俺の方に振り返り、そんな瀬谷のことを栗林が後ろから抱きしめる。知り合ってから1年経つので、体をくっつける光景は見慣れた。


「それで……空岡。望月への告白はどうだった?」

「昨日のうちに、空岡君から通話やメッセージがなかったから、結果は何となく想像できているけど」


 瀬谷と栗林は優しげな笑みを浮かべて、望月への告白について問いかける。2人は昨日の放課後に望月へ告白するのを知っていたし、告白が上手くいくアドバイスをしてくれたから。結果が気になるのは当然か。


「……フラれたよ。いい人だとは思っているけど、付き合えないって」

「……そうか。まあ、優しい望月らしい断り方だな」

「そうだね、颯ちゃん」

「席が隣同士のときは望月と話すことが何度もあったし、ザストで接客するところを見たこともあった。だから、他の奴よりも告白が成功する可能性はあると思ったんだが。本当に望月は難攻不落の女子だな」

「……ああ」


 どういう人が告白すれば、望月の首を縦に振らせることができるのだろうか。あるいは、望月が告白することがあったとしたら、その相手はどんな人なのか。永遠の謎になりそう。


「フラれたから、通話やメッセージで伝える気力が出なかったんだ。ごめん。あと、アドバイスもしてくれたのに……ごめん」

「気にするなよ、瀬谷」

「そうだよ。勇気を出して告白した空岡君は偉い!」


 瀬谷は俺の肩をポンと叩き、栗林は俺に向かってサムズアップしてくれる。そんな2人のおかげで、少し気分が軽くなった。

 そうだ、瀬谷と栗林には香奈のことを話しておくか。香奈は昼休みにこの教室に来て、俺と一緒にお昼ご飯を食べる予定だし。


「実は望月に告白した後……」


 俺は瀬谷と栗林に昨日の公園でのことを話した。2人とも予想外のようで、香奈に告白されたと話したときには驚いていた。特に栗林は。

 また、香奈がどういう感じの子か気になると栗林が言ったので、昨晩送ってくれた香奈の写真を2人に見せる。


「凄く可愛い子だね!」

「そうだな。そういえば、新年度になってバスケ部の奴が『同中出身の凄く可愛い後輩女子がうちに入学してきた!』って喜んでたな。その後輩がこの子かもしれない」


 香奈は中学時代に人気があって、告白された経験が何度もあると言っていたからな。凄く可愛いし、同じ中学出身の先輩が入学を喜ぶのも不思議じゃない。新年度始まって一週間くらいだけど、既に上級生の間での認知度が高まり始めているようだ。


「まさか、こんなに可愛い女子に告白されるなんて。颯ちゃんほどじゃないけど、空岡君はイケメンだもんね」

「バイト中に一目惚れされたのが空岡らしいよな。好きだって言ってくれているんだから、この子と付き合うのも一つのいい選択肢じゃないか? もちろん、望月のことを諦めていないなら別だけど」

「千晴にも同じようなことを言われたよ」


 好きだって告白しているんだ。香奈と付き合うことを勧めるのは当然か。それに加えてかなり可愛いし。

 望月については……フラれた瞬間に恋が終わったと考えている。

 かつてのように、望月とは学校の中で会ったら普通に挨拶して、たまにバイト先で接客するくらいの関係に戻れたらいいなと思っている。ただ、そうなるまでにはどのくらいかかるのやら。


「まずは先輩後輩として過ごしていくよ」

「そうか。空岡にとって、いい答えを見つけられるといいな」

「あたし達でよければ相談に乗るよ」

「ありがとう」


 同じクラスに、俺のことを気にかけて支えてくれる友人達がいるのは嬉しいな。高校でいい友人と出会えて良かった。

 それから数分ほどで担任教師が教室に来て、今日も学校生活が始まるのであった。

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