24 決心


 白い細面の顔が険しくなった。神官装束の膝の上できつく握りしめられた拳が一層白くなる。


「箱根の関所から役人がやってきて、いきなり女たちを連れて行ったのです。理由を問うても、知る必要はないと言われ、取り合ってもらえませんでした」

「十日くらい前、ねえ…」


 幻霞が首をひねった。


「全国各地で鎮守府が不穏な動きを始めたのも、十日ほど前からだな」

「なんと」涼竹が身を乗り出した。「鎮守府が?どういうことです。これまで、金剛王の理不尽な粛清に鎮守府は関わっていなかったはず」


 幻霞が茶をすすって頷く。


「金剛王の粛清が始まった三年前からずっと、鎮守府は何があっても沈黙し、出てくるのは京都の禁軍だった。それが十日くらい前から、東方鎮守府を除いた三つの鎮守府が管轄下の国を襲っている」

「一体、なぜ」

「理由はわからん。共通しているのは――襲われた場所には、必ず五色の刀があるってことだ」


 思わず顔を上げた一桜と幻霞の視線が、かち合った。


「幻霞、それは本当か」

「あれ?言ってなかったっけか?」

「五色の刀が狙われているとは聞いてない」

「んー、そうだったか?まあなんせおまえ、ボロ雑巾みたいな状態だったからなあ、助けるのに精いっぱいで、すっかり忘れてたな」

 幻霞はニカっと笑った。


(……嘘だ)

 忘れるわけはない。幻霞は、最初から一緒に武蔵ノ国に行こうと一桜に言ったのだ。

(大垣村だけじゃなくて、五色の刀を守護する村が襲われているなんて)

 その事実は、一桜を大きく揺さぶった。

 やはり大垣村は何も悪くなかった、王家の横暴なのだという怒り。

 なぜ、五色の刀を持つ村が狙われているのか、という疑問。


 幻霞に今すぐ聞きたかったが、涼竹が身を乗り出したのが先だった。


「しかし我らの村には五色の刀はありません。この東海州を象徴する青龍刀は武蔵ノ国渋谷村にあるのですから」

「だな。何か他の事情からなのか、五色の刀を守護する村が襲われていることに関係しているのか…いずれにせよ、はっきりしていることが一つ」

「なんでしょうか」

「九頭龍村は――村全体が無理なら、涼竹さん、あんただけでも俺たちに協力したほうがいい。女たちを助けるためにもな」


「オレは反対だ!」


 立ち上がったのは、牛若だった。

「こんな余所者の言いなりになって協力するなんて嫌だ!」

「牛若、幻霞様は余所者ではない。この九頭龍村とは古くから縁の深い、風魔一族の棟梁だ」

「同じだ!風魔だって俺たちの村から生贄が出ることをどうにかしてくれるわけじゃねえだろう!」

「牛若…」

「ずっと思ってた。こんなことは、おかしい。間違っている。歪んでいる。生贄を出さなきゃ村を維持していけないなんて、そんな馬鹿な話があるかよ!」

「そんなことはわかっている。私だって……何かがおかしいと、ずっと思ってきた」

「じゃあ、変えればいい!!」

「ならば幻霞殿と一鉱殿に協力するべきだ」

「なんでだよ涼竹さん!余所者と協力したってロクなことないだろう!」

「我らにできることは、すべてやってきたんだ。しかし、どうにもできなかった。龍は最強の魔物。万巻様とて、龍を退治することはできぬ」

「そうだけど、でも!オレたちは、九頭龍村は、今までも自分たちだけでやってきたじゃないか!何を今さら――」


「その結果がこれだ!」


 怒号に、牛若は言葉を呑んだ。

 続く拳が畳を殴る音。日頃温厚な涼竹が、怒りに顔を赤くしている。


「女たちは連れ去られ、それでも何が起こっているのか、どうしていいのかわからない。このまま龍に村が呑まれていくのを惨めに座して待つしかない。それが我らへの罰なのだ! 生贄にされる哀れな娘を救う手立てを考えず、村の中だけの掟にこだわり、王家の言いなりになってきた我らへの罰だ!!」

「涼竹さん……」


 ほっそりとしたこの美しい神官のどこに、こんな激情があったのか。自分の手を力強く握る涼竹を、牛若は見上げた。


「こんなことはもう終わりにするんだ。それで我らの子孫の未来が明るくなるなら、私はどんなことでもするつもりだ。牛若、おまえだって、姉さんを……琴を、助けたいのだろう?」

「それはもちろん、そうだけど」

「私だって同じだ。婚約者が龍に喰われるのを黙って見ているわけにはいかない」


 突然、盛大な拍手が起こった。

 幻霞が満面の笑みで分厚い掌を大きく叩いている。


「よっしゃ、決まりだな!そうこなくっちゃな!」

「はあ?! 誰もあんたに協力するとは――」

「少年よ、変えるんだろ?現状を。古い因習を。おまえの手で。だったら、協力者は多い方がいいぞ? しかもここには、五色の刀がある」


 牛若の顔色が変わった。


「おまえ、知ってるんだろ? 五色の刀が龍を封印できるっていう伝承を。なんせ万巻宮司の客である一鉱を襲ってでも手に入れたいんだもんなあ」


 下を向いた牛若がわずかに頷いた。


「ってことだ、一鉱。芦ノ湖を渡してもらう代わりに、その白龍刀をちょいと貸してやるってのは、どうだ」


(幻霞は何を考えている?)

 幻霞の思惑がわからない。

 なぜ一桜と一緒に武蔵ノ国へ行こうとしているのか。

 なぜ五色の刀が狙われていることを一桜に言わなかったのか。


(…今さら幻霞の思惑を考えたところで、しょうがないか)

 幻霞がいなければ箱根の関所で捕えられていたかもしれない。この先、武蔵ノ国に入ってからも、幻霞の案内ガイドは必須だ。


「――もちろん、武蔵ノ国へ行けるのなら」

「だってよ。少年。涼竹さんも、そういうことでいいな?」

 涼竹は俯いている牛若の手を取った。

「おまえの言う通り、変えよう。私たちの手で。万巻様は今、龍を避ける結界を維持することにすべての御力を使われている。未来をよりよく変えるのは、我らの仕事だ。幻霞様と一鉱殿がここへ来たのも、神の御導きかもしれぬ」

 牛若は唇をかんだまま黙っていたが、やがて顔を上げて、立ち上がった。

「ついてこい」

 幻霞と一桜は顔を見合わせ、頷いた。











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