14 阿修羅

 三日後。


 幻霞に言われるままに薬湯を飲み続けた一桜は、朝起きて、自力で起きられるようになっていることに気付いた。


「おう、起きたか」


 幻霞が小屋に入ってきた。籠いっぱいに、野草が摘んである。どうやら薬効のあるものらしく、朝は必ずこの野草を入れた粥を食べさせてくれる。


「起き上がれるってことは、薬が順調に効いたな。どうだ、オレ様の言ったことは本当だっただろう」

 幻霞は白い歯を見せてニカっと笑う。野性味のある精悍な顔立ちは、黙っていると年上に見えるが、こうして笑うと同年代の少年のようだ。

「ありがとうございます」

 肩も、少しだけ痛むが、ほとんど元のように動かせる。

「おっと、急に動かすなよ。ゆっくりだ、ゆっくり。メシの支度するから、その間ちょっと外歩いて身体動かせ」

「そんな。もう動けるんだから、朝ご飯は私が」

「いいって。おまえ、もう今日には出発してえんだろ?」

「それは…」

「なら、身体を慣らせ。星彩も待ってるぞ」

「星彩?!どこにいますか?」

「小屋の外に繋いでる。会ってこいよ」

「はい!ありがとうございます!」


 一桜は小屋を出た。

 足がもつれる。寝たきりだったので、地に足がついていないような、ふわふわとした変な感じだ。

 小屋は、森の中に立っていた。大人が数人で抱えるほどの大樹が茂る森だ。見上げると、茂った枝の間から眩しい陽光が差し込んでくる。

「星彩!」

 一桜が走り寄ると、星彩は嬉しそうに嘶き、足を踏み鳴らした。

「ごめんね、怖い思いをさせて」

 首筋に抱き付く。温かい星彩の毛並み。走りに走り、泥にまみれ、雨に打たれたのに、出発した日と変わらない毛並み。

「幻霞さんがお世話してくれたんだね」

 そうだ、というように星彩は顔をすり寄せてくる。

「もうあれから三日も経っちゃったね。一刻も早く、武蔵ノ国に向かおう」

 そうしよう、と星彩は頷いたように見えた。

「武蔵ノ国に、幻霞さんも一緒に行くことになったんだ。幻霞さんなら、いいよね」

 星彩が顔をすり寄せてきたとき、頭上で音がして一桜は顔を上げた。

 鳥だった。ずんぐりとした、大きな鳥だ。優雅な羽ばたきがどのような加速を生むのか、ほんの一瞬の間に空へと舞い上がる。

 その茶褐色の姿が小さくなるのを呆けたように見ていると、

「あれが梟だ。見たことなかったのか?」

 いつの間にか、幻霞が背後に立っていた。上背もあり、筋骨隆々とした身体に似合わず、幻霞はまったく音をたてずに動く。

「はい。鷹や鷲は、大垣の山にもいますけど……梟って、大きいんですね。飛ぶのも速い」

「でもって、奴らは賢い」

 幻霞は得意そうに梟が飛び去った彼方を見上げた。

「人間の言葉をちゃんと理解する。鷲や鷹には速さで劣るが、おつむが良くなきゃ連絡には使えないからな」


――そういえば。

 幻霞は、各地の連絡に梟を使っていると言っていた。

 では、あの梟は、何かの連絡に飛び立ったのだろう。


「あいつは風丸かぜまるっていう。オレの相棒だ。よろしくな」

 言った後、幻霞は背から何かを降ろした。

「ほれ。大事なものだろ。けっこうな重さだな。素振りして、感覚を取り戻せ。手入れはしといたぞ」

 渡された白龍刀を受け取る。やっぱり、まったく重さを感じない。しかし、兄も言った。白龍刀は重い、と。

「重くないんです」

「へ?」

「まったく、刀の重さを感じなくて。今まで持ったどの刀よりも軽いんです。だから、とても自由に動ける。そして…人を傷付けすぎる」

 白龍刀を持つ一桜の手は震えていた。

「あたしは、この手で、この刀で、何人もの人を斬りました。怖いんです。白龍刀を握ったら、また人を斬ってしまう。やらなければやられるのはわかっています。でも、怖いんです…!」

 一桜の話を聞いていた幻霞は、白龍刀をそっと一桜の手から取った。そして、片手でゆっくりと試すように素振りをしながら、ぽつりと呟いた。

「阿修羅になるんだろ」

「え?」

「白龍刀を持ち出したってことは、そういうことだ。青龍刀の持ち主のところまで、ほいほい簡単に行けると思ったのか?五色の刀の周りには様々な人間の思惑が渦巻く。その中で自分の思惑を通そうと思ったら、血が流れるのは当然だろう。血が流れることと為すべきことを天秤にかけるくらいなら、阿修羅になりきれねえなら――青龍刀の持ち主のところへ行くのはやめちまえ」


――村に残るより、辛いことをさせると思っている。

 そう言ったときの、一鉱の苦しそうな顔が脳裏に浮かんだ。


「あたしは」

――あの日、白龍刀で髪を斬ったとき、心に決めたのだ。

 兄の志を継ごうと。村を再興させようと。

 絶対に、青龍刀の持ち主のところへ行くのだと。


――阿修羅に、なる。

 兄さまに託されたことを、成し遂げるまでは。戦神の阿修羅のように、何があっても戦う。力尽きるまで。


 一桜は、ゆっくりと振られた白龍刀の鞘を、しっかりと握った。

 幻霞が、一桜を見る。


「どうする?」

 その澄んだ鋭い眼差しを、一桜は気後れすることなく見返した。


「白龍刀を預かってくださって、ありがとうございました」

 幻霞が白龍刀を放した。一桜はしっかりと白龍刀を握って頷く。

「さっそくですが、武蔵ノ国へ行く道筋を説明していただけませんか?」






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