乙女は龍の宝刀で禁断の恋に抗う

桂真琴

旅立ちは突然に

1 彼方


――この山の向こうに、何があるの?


 桜がべにさす、新緑の山々。

 それを眺める少女は、大きな双眸を見開き、彼方を見つめ、思う。


――行ってみたい。いつか。


 山から風が吹く。少女の長い髪が揺れた。高い位置で結い上げた髪は、陽光を透かし金色に輝く。

 少女は同じ色の瞳をじっと凝らした。


 山を越えた先に。その先の先に――



一桜いお!またおまえは棒切れなんぞ振り回しおって!!」



 しわがれた怒鳴り声に少女は思わず肩をすくめた。

「あ、じじ様…」

「じじ様、じゃないわい!」

 祖父・厳鉱げんこうは杖で地面を何度も突いた。厳鉱が苛立ったときの癖だ。

「カズ坊が一桜にやられたゆうて泣き付いてきおったぞ!」


 見れば祖父の背中には、さっきまで剣劇チャンバラを一緒にやっていた少年が見え隠れしている。


「あ!カズヤったらじじ様に言いつけるなんて反則!」

「い、言いつけてなんかない!ご隠居様が通りかかったところにたまたま出くわしただけだ!」

「っていうか男のくせに負けて泣き言とか恥ずかしくないわけ?!」

「なんちゅうことを言うんじゃ一桜! おまえがもうちょっと女らしゅうせんか!もう15になるんじゃぞ!」


 カズヤの代わりに厳鉱が顔を真っ赤にして怒鳴った。

 よわい70に達する村一番の御長寿老人の喝に、一桜は気圧される。

「ま、まあまあじじ様、血管切れちゃうよ? それに剣劇チャンバラに性別も年齢も関係ないでしょ? 今はいつ戦になってもおかしくない時だし…」

「うるさいっ。おまえが気にするべき戦はそこではないわい!」


 つるりと禿げた頭のてっぺんまで真っ赤にして怒る祖父は一転、さめざめと目頭を押さえた。


「女の戦は日常の中に山ほどあるのじゃぞ。例えば今日はおまえの兄、一鉱いっこうの成人の儀を行う日、女たちは祝宴の準備にてんてこ舞いじゃ。だというに……村長の娘が剣劇とは情けない……桜のように凛と咲き誇る乙女であれと付けた名は武芸のためじゃ無いのじゃぞ。わしゃ御先祖様に顔向けができん……」

「ちょっとじじ様、泣くことないでしょ、わかった、わかったってば」


 一桜は慌てて祖父に駆け寄る。


「泣かないで、じじ様。すぐに屋敷へ戻って母様たちの手伝いをするから」

「うぬ、頼んだぞ一桜。生い先短いこのわしの願いは、一鉱が今日の儀式で村長むらおさの座を継ぎ、おまえが早う良き縁を得て嫁にいくことじゃ。のうカズヤ。おぬし、一桜を嫁にもらわぬか」

「は、はあ?!ご隠居様なななななに言ってんだよ!よよよよよ嫁って、一桜を嫁って!」


 嫁、という言葉を連呼しながらカズヤは顔を真っ赤にして走り去った。


「何なのよ、カズヤったら」

「うぶよのう、カズヤ」

「はい?」

「いや……とにかく、一桜よ。わしが言うたこと、頼んだぞ」

「もうわかったよ、じじ様。大袈裟なんだから」


 繰り言を言う祖父の手を取りつつ、一桜は少し振り返る。

 桜の紅さす、山々を。


――いつか、あの先へ……

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