第39話 <傭兵>ラングの盗賊団退治という名の散策
ラングはこの町とドワーフ国との間の山脈に巣くっていると予想されている盗賊団退治の討伐隊に傭兵として参加した。
参加のための手続きは簡単なものだった。募集している傭兵組合の窓口に名乗り出るだけだ。何か登録と言った手順もない。
ちょうど明朝出発と言うことで、ラングの生活費の問題はぎりぎりのところで助かるところとなった。
当日、集合したのはばらばらの戦士中心の集団だった。
中には統率のとれた20名ぐらいの集団もいた。どうやら普段から組織的に動いている傭兵団らしい。戦士がほとんどだが魔法使いと神官らしき姿も見られる。
それ以外は単独か、3~5名ぐらいの小グループだった。後者は普段は冒険者として働いていることが多いらしく、傭兵団と比べると装備は軽装だ。冒険者はいろいろなところでいろいろな仕事がある。戦闘ばかりではないからあまり重装備にはできないのだ。
「兄ちゃんは一人かい?」
町を出発してしばらく経ったところで傭兵団の一人がラングに声をかけてきた。
「俺はジャン。<青い鷹>傭兵団の副隊長をしてる者だ」
「ラング。傭兵として働くのはこれが初めてなんです」
「そうか!」ジャンは豪快に笑った。「それにしては緊張していないな?」
ラングは内心、顔を引きつらせた。なにしろ向かう先にいたのは盗賊団ではなく悪魔伯爵だったわけだし、しかもそれは既に討伐済みなのだ。つまりこの討伐隊は存在しない盗賊団の討伐に向かっているのだが、それを承知しているのはラングだけだ。ただ一人、彼にとってはこの討伐任務はただの散策と同じだった。
「傭兵は初めてなんですが、その前にいろいろとありましてね」ラングはごまかすことにした。
「なるほど」ジャンは鋭い眼差しを一瞬だけ見せた。「腕前には自信がある、そういうことかな」
「それほどではありませんが、これまでなんとか生き延びてきたぐらいには」
「自信満々というのも信じられんし、おどおどしていても役に立たん。何かのときにはあてにさせてもらおう」
「こちらこそ」ラングはうなずいた。
「ところでラングは鎧を着ていないが魔法が使えるのかな?」
「多少。それと剣」ラングはベルトに下げた剣の柄を握って見せた。「魔法戦士、といえるほどではありませんけどね」
「ポジションを入れ替えられるというのは貴重な戦力だな。臨機応変に動き回ってもらえると助かる。我々は戦士中心の傭兵団だから前衛ばかりだ。他の冒険者らはそれぞれでバランスをとっているだろうしな。別に我々をえこひいきしてくれと言うのではないぞ。注意を払ってもらえると助かる」
「それではそうさせてもらいます」
「期待してるぜ」ジャンはそう言って仲間の方へ戻っていった。
ああやって情報を集めて仲間に共有するのだろう。敵の情報も大切だが、仲間の情報も同じぐらい大切だ。どんな戦力も相互に邪魔をしては役に立たないし、上手くかみ合えば何倍にも効力を発揮できるかも知れない。
山脈への移動は特に何もなかった。盗賊団が存在しないことは言うまでもないが、これだけの戦力がまとまって移動しているのだ。余計なちょっかいを出す者も獣もそうそういるはずもない。
山脈に踏み込んでからも、当然だが、何も起きなかった。それどころか何の気配もない。獣すら。それもそうだろう。悪魔貴族が配下の悪魔を多数引き連れていたような場所なのだ。あえて近くはずもない。悪魔貴族がいなくなった後、いずれは獣たちも戻ってくるだろうが。
だが討伐隊にとってはそれは激しい違和感となっていた。
「なにもなさすぎるな」
ジャンがラングのところへ来て小さな声で言った。
「うちの隊長はこれは何かの前触れじゃないかと警戒してる。俺もそう思う」
「……何もないのは悪いことではないですよね」
「そうはいうがな。実際に隊商は通れなくなっていたんだ。何かがあるはずなのにそれが見つけられない。これはとてつもなく危険な状態だぞ」
ラングは内心うめいていた。確かに何も知らなければジャンの言うとおりだろう。
そしてそれを解消する手立てがないのだ。ないものは証明しようがない。
討伐隊は一旦停止し、今後の作戦を練り直すことになった。
周囲を偵察すべきと言う点でどの参加チームも同意していたが、偵察のために単独あるいは少数で移動するには危険すぎると考えていた。
かといって全員でぞろぞろと移動していたのではどれほどの時間を要することになるか。物資の面でも精神的な面でもそれほどの長期戦は現実的でなかった。
ラングも困っていた。彼だけは事情を正しく把握しているが、それを説明することは困難だった。仮に正直に話すとしても証明する手立てがない。悪魔は死ぬと死体が残らないし、すべての隊商を全滅させて誰一人として逃がさないような悪魔がいるとすれば、それをラングが討伐したと言っても信じられないだろう。
まさか、こんなことで進退が窮まるとは……。
教科書<翻訳>で超魔法。超レアスキルが<翻訳>で蔑まれた主人公。地球の教科書を翻訳した超魔法で悪魔王に挑む ホークピーク @NA_NA_NA
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