第3章 ラングの失踪と帰還~地上戦力の統一へ~
第32話 三度ドワーフ王都へ
<悪魔伯爵>を倒したラングらはドワーフ王都へ戻る前に一晩休むことにした。
あれだけの戦闘をしたのだ。全員が疲労困憊していた。戦闘としては長くなかったが、生きた心地はしなかった。死闘を何度もくぐり抜けてきたクッカ、アイゼン、ビゴマにしても相当な精神的なストレスだった。
ましてや戦闘そのものにほとんどなれていないエリーヌは、さすがに元気がなかった。
ラングもさすがに疲れているのか、うつむきがちだった。
テントを張り、夕食を簡単に済ませ、一晩過ごした後。
ラングの姿はなくなっていた。
「ラングがいない?」ビゴマが目をこすりながらエリーヌの声に返答した。「トイレじゃないの?」
「荷物もありません」エリーヌは必死に周囲を探していた。
クッカが精霊に呼びかける。「どこにもいないわ」信じられないという表情だ。
クッカの精霊魔法はいうまでもなくこの地上で最強クラスだ。彼女に呼びかけられた風の精霊はかなり広範囲を調査できる。その範囲にいないのだ。
「荷物がないということは自発的に出て行ったわけだな」アイゼンが顔をしかめながら言った。「まぁ、そもそもラングほどの力ある者ががさらわれると言うことは考えられぬ訳だが」
「どうして? どこへ?」クッカが食ってかかった。
「わしに言われても困るぞ」
「ごめんなさい」クッカは謝罪した。
エリーヌは途方に暮れていた。「どうして……」
いつまでもここにいてもしようがない。クッカらはドワーフ王都へ戻ることにした。
何も言わずにラングが消えたことに全員が衝撃を受けていた。特にエリーヌはラングに恋心をいただくようになっていたし、最大の理解者でもあった。それが何も言わずにいなくなってしまったことで失われていた。
だが王都へと戻る間にエリーヌの気持ちは少し切り替わってきた。
ラングは疫病に対しエリーヌの力の及ばなかったところに新たな知識をもたらし、多くの命を救えるようにしてくれた。
エリーヌのもつスキルを正当に評価し、その使い方も見出してくれた。
ラングはエリーヌの力のおかげで<悪魔伯爵>と思いきって戦えたと言ってくれたが、結果としてその力を頼りにはせずに倒した。決してエリーヌに無理なことをさせないように配慮してくれた。
いつまでも何もかも受け身でいてはいけない。エリーヌの気持ちはその点で切り替わりつつあった。
ラングと並び立ちたければ、彼女自身が<御子>であるかどうかによらず、<御子>に匹敵するだけの存在であらねばならない。しかもそれができるだけの力は生まれながらに与えられているのだ。
クッカらはドワーフ王都に戻りつつ、ラングの失踪をどのように報告するか悩んでいた。<悪魔伯爵>を倒せたことは朗報だ。だが一方で世界各地に悪魔貴族が出現しているという報告があった。まだまだ倒さねばならない悪魔貴族が多い中、唯一の<御子>を失ったとなれば、人々の希望は失われてしまいかねない。
クッカ、アイゼンという<ヴァーヴェル大戦>の英雄はいても二人は人間ではないので<御子>ではない。かつての<御子>ウィズダムは高齢だ。とても人々の旗印になって戦場に立つことはできない。
「新たな<御子>がいればよいのでしょう」
そこへエリーヌがいった。
「私も<御子>だったんです。ラングとの話の中でそのように結論づけていました。何かの理由で<御子>の宣託が疎外されてしまっただけだと。私に与えれたスキル<予防>はラングの言うように<御子>のスキルというべきでしょう」
「そんなことをいえば、今度はエリーヌが担ぎ出されることになるのよ?」クッカが言う。「<ヴァーヴェル大戦>を超える戦いの場に否応なしに引っ張り出されることになる。それでよいの?」
「それが神々のご意志ならば。そしてそれで人々が救われるならやってみます」
「やけっぱちというのではあるまいな?」アイゼンが言う。「ラングがいなくなって、こういってはいかんが、おかしくなったということは?」
「正気のつもりです」エリーヌは微笑んだ。「異常な状態ではそのことを自認できるとも思えませんから、この言葉には重みはありませんけれども」
「そこまで言えるならば正気だろうて」
「エリーヌに覚悟があるなら、旗印になってもらうことはとても価値があるわ」クッカは顎に手をあてていった。「<ヴァーヴェル大戦>以上に地上の戦力を結集しないと行けない。そのためには見栄えのよい旗印が不可欠だわ。アイゼンと私が全面的に支持することで、旗印の価値も高まると思う」
「わしに道化を演じろと?」
「世界をこの危機から救うには必要なことよ」
「やむをえないか」アイゼンは天を仰いだ。「ラング、どこへ行ったのだ」
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