第30話 山脈へ
いろいろと悩んだ結果、ラングはクッカ、アイゼン、ビゴマ、エリーヌに声をかけた。それぞれに思うところはあるが上位の悪魔貴族相手に戦力の逐次投入はあまりにも愚かな行為だ。
一方で<悪魔騎士>が倒れたことで一定の時間は稼げたといえる。ここで時間を浪費すれば相手に準備する時間を与えることになる。ドワーフ軍を動員することも考えられたが、即時投入が条件ではそれは不可能だった。
集まってくれた一行にラングは頭を下げた。
「これからお願いする内容はたいへん突飛なことです。先に謝罪させてください」
クッカとアイゼンはうなずいた。ビゴマは肩をすくめた。
「急がなくてはならないことがあるのでしょう?」エリーヌがいう。
「はい。悪魔貴族が潜伏しているらしき地域が判明しました。<悪魔騎士>を倒したことで少しだけ時間を稼げたと考えています。この間に一気に攻め入るべきだと考えています」
「それは神託?」クッカが聞いた。
「いいえ。商人から得た情報を基にしています。その裏付けはとってあります」
「あなたはそれが確実だと?」
「そう考えています。いずれにしてもここで賭に出ないと後手に回ります。悪魔貴族相手に後手に回って勝てるとは思いません。先手なら勝てるというのでもありませんが」
「有利不利の話だってことはわかる」ビゴマが言った。「この面子でやろうってことだね?」
「端的に言うとそういうことです。即時行動が条件なので、今すぐ動かせる最大戦力として考えました。これはボランティアになります。現地で何か得られればよいのですが」
「勝てば<英雄>だろ?」ビゴマは言った。「傭兵になったけどさ。元々はそこ子に憧れてきたんだ。あたいはよいよ」
「私は神託を受けています」エリーヌはきっぱりと言った。「神託なんてそんなにはっきりとしたものではないですが、ラングについていくべきだと理解しています。それにここでは助けてもらいました。次は私も頑張ります」
「二人ともありがとう」ラングは頭を下げた。
「わしはお前さんの保護者代理じゃからな」アイゼンはうなった。「老骨にむち打っていこうじゃないか」
「エルフ国は私の使者としているのよ。もちろんラングを支援するのに理由は苛なうわね」クッカも言ってくれた。
建前はあっても、結局のところはラングを信じてついてきてくれると言うことなのは明らかだった。
「ありがとうございます」
ラングはもう一度頭を下げた。
「勝算はないわけではありませんが、いかんせん相手がわかりません」
一行はその後すぐに出発した。ドワーフ王にだけは事情を説明しておいた。
ドワーフ王から軍馬をいただいたので、そのまま一行は山脈へと急いだ。
「懐かしいわね」クッカが山脈を遠くに見ながら言った。
「よい思い出があるわけじゃないがな」アイゼンが言う。「ここでどれだけの同胞が散っていったことか」
<ヴァーヴェル大戦>ではこの山脈で<悪魔男爵>の操る悪魔らとの大規模戦闘があった。数多の戦士がここで悪魔との戦闘で失われた。だがその結果、<悪魔男爵>の守りが手薄になって、その後の討伐につながったのだ。
「どんな場所?」ビゴマがいう。
「荒れ地じゃな。ほとんど植生はない。もともとは火山でな。火山としては死んでおるが」
「火口があるんですね」ラングが尋ねた。
「あぁ。すり鉢状の地形になっておったな。悪魔の好みそうな場所じゃな」
「なるほど」
ラングはチラリと空模様を見てからうなずいた。
「戦略は簡単です。商人アキの子息の率いた隊商が戻ってこない。これを確認する。同時にその原因が悪魔貴族ではないかと考えられるので、その発見と殲滅。その火口が怪しいですね」
「隊商が生き残っていると思う?」ビゴマが言う。
「悪魔貴族がいるという予測が当たっているならば可能性はないでしょう。その意味では我々はついていますよ」
「ついている?」
「隊商を生きて連れ戻せるか、悪魔貴族を発見できるか、どちらにしても1つの目的は果たせるからです」
ラングは苦笑した。
「冗談です。あまり上手くないですね?」
「無理をするんじゃないよ」ビゴマはラングの背中を叩いた。「似合わない」
「緊張されているんですね」横からエリーヌも言う。「もちろん当然のことと思いますけど」
「さすがにね」
「無理はいけませんよ。そうだ、よい紅茶をもってきているんです。次の休憩のときにいれますね。心が落ち着くと思います」
「ありがとう、エリーヌ」
ラングはまた空に目を向けていた。
エリーヌはラングがしきりに天気を気にしていることに気づいていた。それは彼の緊張がもたらすものだと思った。人間は誰しも緊張すると細かなことを気にするようになるものだからだ。
山脈に入ると、確かにそこは荒野だった。ほとんど植物もなく岩肌が続いている。
ラングらは街道となっている道に沿って進んだ。
すると悪魔十数体が攻め込んできた。
「<ペットボトルロケット>!」
ラングはまたもや魔法を連打した。
完全に長距離砲撃である。一撃一撃の威力は小さいが無数にこれで連打されれば、悪魔といえども大打撃である。
ラングらに接敵といえる距離まで近づけたのはたった2体だけだった。それも瀕死に近い常態だったのでビゴマとアイゼンがあっさりと片付けた。
「これほどとは」クッカは絶句した。「あんなに連射して平気なの、ラング?」
「あれぐらいならほとんど負担になりませんよ」ラングは平気そうだった。
「なんというか戦闘の常識を一変させるわよね」ビゴマも言う。「大規模戦争時の弓兵の役割そのものともいえるけど、それを単独でというのはありえないわ」
ラングの読んだ本の中に軍事的なもの……実際には軍事小説……が含まれていたのだ。その中でラングは長距離砲撃と制空権の有用性・重要性をおおよそ理解していた。そもそも現代地球での先進国による軍隊では接近戦はほとんどないのだ。戦闘の多くは長距離攻撃か、航空戦力によるものになる。
この世界では大規模魔法による遠距離攻撃こそあれど、非常に長時間・多人数による構成が必要で大規模な戦争の初手でもなかなかうまく機能させることは難しい。後は弓矢やカタパルトだが前者はそれほどの遠距離ではないし、多数の弓兵がいないと成立しない。カタパルトに至っては攻城戦のような特化した戦場にしか持ち込むこと
が難しい。いずれもやはり大規模戦争でやっと出てくる考え方だ。
まして航空戦力などほとんどないので、制空権などという概念自体が生じない。むしろだからこそ飛行するドラゴンやワイバーンが圧倒的な脅威ともなっているのだ。
ところが<ペットボトルロケット>の魔法は小規模な戦闘での長距離攻撃にぴったりフィットしていた。威力はないが連続発射可能なこの魔法はラングにとっては使い勝手がよかった。何しろ威力を弱めにすれば非殺傷攻撃にすら使える。
書物からラングが得ている優位性は魔法だけではないのだ。それは疫病対策でも明らかになったところだ。まさに知識は力、なのだった。
悪魔らの現れたの方向へ向かうと隊商のものらしき馬車とその向こうには死体が転がっていた。
「やはりこうなっておったか」アイゼンがうなった。
「この者たちの魂が平穏に救われますよう」エリーヌが祈祷をした。
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