第26話 井戸の掘削

 ここはドワーフの国の王都である。

 ドワーフは総じて鍛冶職人を目指しているが、もちろん鍛冶と言っても幅広く工芸技術を身につけている。金属加工だけで成り立つ仕事ではないからだ。

 それだけに井戸を掘ることも容易だった。むろん井戸掘りの経験者は少ないが、技術的な下地はあったと言うことだ。

 むしろ闇雲に掘りすぎても地盤が悪化してしまうので、王命で井戸を掘るべき場所を定め、王都を10のブロックに分けたそれぞれに井戸が1つ以上あるように配置した。

 それをうまく既設の水道と組み合わせる必要があるので、同時に地下水道の<掃除>も行われることになった。掃除と言ってもただの掃除ではない。住み着いた動物を駆除することも含まれている。

 さすがに王都の地下なのでそんなに危険な生き物が住み着いていると言うことはないが、工事を安全に進めるにはその駆除は不可欠だった。


 悪魔との戦いが水道網の構築というインフラ事業での争いになっていた。

 ここで疫病を二度と流行らせないだけの公衆衛生を実現できればラングの勝ち。その前に再度、疫病が広がれば悪魔の勝ち。

 当然、悪魔は別の汚染源を持ち込もうとしているはずだった。

 その点で<掃除>はとても危険性の高い作業だった。

 ドワーフ王は王城の兵力を大きくそのために割き、さらに市井の戦力を集めるべく報酬をはずんだ。傭兵が多数、地下水道へ潜るという一大イベントとなった。


 ラングはと言うと、神殿の拠点に戻って、ずっと地図を睨んでいた。

「何を考えているの?」エリーヌが尋ねた。

「悪魔になったつもりで、次の一手を考えてるんだ」

 ラングは上の空で答えた。

「どこを攻めればよい? どうすれば疫病を流行らせることができる?」

「そんなことを?」エリーヌは目を丸くした。「あなたにそんな悪いことを考えられるとは思えないわ」

 エリーヌに手を取られて、ラングははっとした。「あ、エリーヌ」

「気づいていなかったのですね」エリーヌは苦笑した。

「いや、その。そういうことではないんですが」

「真剣にお考えだったのでしょう? 悪いことではないですよ。でも悪魔の考えをあてようというのはたいへん危険なことではありませんか」

「私はそんなに善良な人間じゃないんですよ」

「リブレ神がお止めにならないのですか?」

 ラングはエリーヌをみやった。「これは秘密なんですが」

「そんな話を私にして大丈夫なのですか?」

「エリーヌを信じない理由はないですよ。それに実は大したことではないんです。でもたぶんウィズダムもはっきりとは知らないと思います。私はね、リブレ神の信者ではないんです」

 エリーヌは小さく叫んだ。「えぇ!」

「そういう反応だと思いました」

 ラングは溜息をついた。

「誰にも話したことはありません。どうやっても理解してもらえない気がしますので。私は確かにリブレ神から<翻訳>スキルを与えられました。一般的に言う<リブレの御子>なんですね。でもね、私自身はリブレどころかどの神の信者でもないですよ?」

「ウィズダム神父の下にいて?」

「ウィズダムは信仰を強要するような人じゃありません。私も神殿のために尽力していましたが、信者でも神官でもありません」

 エリーヌは天を仰いだ。「なんてことでしょう。考えもしませんでした」

「あまりに当然のことだと思い込んでいるので、誰も確認しないのです。誰かに話しても困りはしないんですが、混乱を招くので秘密にしてください」

「誰にも話しません。話しても理解してもらえないでしょうけど」

 エリーヌは困惑を隠せなかった。

「でも話してくれてありがとうございます。お返しに私も少しだけ。

「私には独特な魔法があるんですよ?」

「独特な魔法?」ラングは聞き返した。「プレイフェの信徒の中で知られていない魔法という意味ですか」

「そうですね。私はこれを<予防>と呼んでいます。プレイフェに予言された怪我・病気を5分間だけ防げるんです」

「防ぐ? プレイフェの未来予知ではなく? 女神プレイフェがときに神託として予言を託すことは知っています」

「予言された怪我や病気を防げます。でもこれって矛盾しているでしょう?」

 エリーヌは笑った。

「何しろ予言が外れるんです。誰かに説明しようにも説明のしようがなくて。どうやっても信用してもらえないですから」

「それは……いや、待てよ」

 ラングは考え込んだ。

「……。5分間だけといっても、それはものすごいことでは? いやいや、これは……なんてことだ」

「そんなに凄いことじゃありませんよ?」

「そうじゃない、そうじゃないよ、エリーヌ。これはすごいことなんです。なんで<御子>じゃないんだ」

「大げさな」エリーヌは一蹴した。

「だってね、エリーヌ。戦場で5分間も稼げるなら、大抵の敵との交戦は何も怖くないですよ。無敵のバリヤーみたいなものです」

「そんなによく言っていただくとちょっと自信になりますね」

「それだけのことです」

「それで悪魔の狙いはなにかわかったのですか?」エリーヌは照れ隠しに話題を戻した。

「わかりません。何か見落としているのだと思うんです」

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