第23話 疫病対策と魅力的な神官との出会い

「人災?」

 神殿長は信じられないものとみるようにした。

「人災ですと?」

「そうです。時間を無駄にはできません。神官を集めていただけますか?」


 神殿長はラングの厳しい言葉に押し出されるようにして出て行った。

「あなたらしくはないわね」クッカが言う。「あんなに厳しい物言いをするなんて」

「疫病は人災です。神々にすがるようなものじゃない。それは逃避ですよ」

「本当に人災なのかね?」アイゼンが尋ねる。

「きっかけはわかりません。何か病原菌、元となるものが持ち込まれた可能性は高いかも知れません。でも、疫病として広がったのは人々の問題です。これは改善可能です」

 ラングは少し怒っているようだった。

 彼は衛生に関する書籍を読んで、疫病が広がる要因を理解していた。それはいわゆる衛生管理だ。だがこの時代・この世界には衛生管理という概念はとても希薄だった。汚れと病気が直結して理解されていないのだ。

 無知は罪だ。そのためにどれだけの生命がここで失われたのか。


 30分ほど後。神殿の中庭に神官らが集まっていた。

 ほとんどの神官は打ちひしがれていた。誰も無気力にただ立っている。中には座り込んでいる者も多かった。

 ラングが近づいていくと、しかし、反対側から駆け込んでくる神官が1人。

 その神官は赤毛の若い女性で、いわゆるグラマラスな体型ととても美しい顔をしていた。

 でもそれ以上にその躍動的な雰囲気にラングは惹きつけられた。

「遅れてしまいましたか」

「……これから話をするところです」

 ラングは慌てていった。

「皆さん。私はラングと言います。ルーラルの町で<御子>として産まれました。皆さんの中にもご存じの方がいらっしゃるでしょう。役に立たない<翻訳>スキルをいただいた者です」

「神は決して間違えません。<翻訳>スキルも素晴らしいもののはずです」神殿長が弱々しく言った。

「それは今はどうでもいいんです。今ここでは疫病が広まっています。それは皆さんが承知していますね?」

「もう手の打ちようもないほどなのです」ラングの近くにいた神官が諦めきった表情で言った。

「そんなことを言ってはいけません!」あの女性神官が叫んだ。「まだ救える命がたくさんあるはずです」

 ラングもうなずいた。「その通りです」

「本当ですか?」女性神官が食いつくように言った。

「おそらくはあなたが思っている以上に多く」

 ラングはきっぱりと言った。

「説明に時間をかけることはできません。ここは私の言うことを信じていただきたいのです。どうでしょうか? <御子>の言葉だと思って?」

「そうすればたくさんの人が助かりますか?」

「確実に被害は小さくなります」ラングは断言した。

「それならなんでもします! 皆さんも、よいですよね!?」

 女性神官に促され、他の神官らもうなずいた。「できることならなんでも」

「よろしい。それでは皆さん。30分間で体を清めてきてください。それから服もすべてきれいな服に着替えてきてください」

「風呂? 着替え?」

 多くの神官が呆然とした。

 だがあの女性神官を初め数名は何も聞かずに駆け出していった。

「何でもするって言ったでしょうが!」

 ビゴマがラングの横に立って剣を抜いた。

「神官なら自分の発言に従いな!」

 慌てて残った神官も駆け出した。

「まったく」ビゴマは悪態をついた。

「助かりました。ありがとう、ビゴマ」

「理由はわからないけどさ。重要なことなんだろ?」

「最重要です」

 ラングはうなずいた。

「アイゼンは王都内に何カ所か臨時の焼却スペースを作ってください。焼却炉とはいいません。焚き火でもなんでもいい。とくにかくどんどん燃やせる準備を」

「火事が怖いな」

「今はそれはとるべきリスクですよ。疫病で死ぬよりはよいでしょう」

「わかった。お前の言うとおりにしよう。王城に依頼する」


 しばらくして神官らが戻ってきた。

 あの女性神官が最初だった。

「一番乗りですね」その女性神官は朗らかに言った。「不謹慎ですか?」

「明るいぐらいが一番ですよ」ラングはドギマギしていった。

「よかった。あなたのいうとおりにするとどれぐらいの人が助かりますか?」

「既に疫病に倒れた人は無理ですが、これ以上の被害は出しません。二度と」

「二度と?」

「疫病で大規模な被害がこの世界で出るのはこれを最後にします」

「そんなことが?」

「疫病対策は知識です。神々も関係ないし、呪いでもありません。局所的に発生して被害が出ることはあっても、広域に広がることは避けられます」

「それをあなたが?」

「皆さんも。知識を伝えることが必要なだけですから」

「私にもできるんですね。あ、私はエリーヌといいます」

「ラングです」

「それは知っていますよ」エリーヌは笑った。「でもありがとうございます」

 雑談をしている間に神官が揃ったようだった。

「着替えてきましたね。さて、皆さんにしていただくことは難しいことではありません。

「市街へ出て、汚れている人々をきれいにしてください。汚れた服、特に疫病患者の服は燃やしてください。燃やせない物は徹底して洗う。アルコール……強い酒に浸すのもよいですね。すべて、全部。とにかく人も物も洗浄する」

「それから?」エリーヌがうながす。

 ラングは首を振った。「それだけ。まずはそれだけを徹底して早急に実施してください。もちろんその間に神官の皆さんは癒やしの魔法で弱った人々を癒やすのもよいですね。でも、優先されるべきは洗浄です」

 エリーヌはうなずくと元気に駆け出していった。

 ごく少数の神官もそれに続く。

 残った多くの神官は戸惑った様子だった。

「まーだわからないのかい?」ビゴマが剣を抜いた。

 残った神官たちも慌てて駆け出した。

「困った連中だね」ビゴマが言う。

「それでも数名は期待できる人たちがいますね。行動力のある人たちが」

「神殿長も慌てて走って行ったようだしね」ビゴマは苦笑した。「まぁ、いい薬だろうね。神殿で泣き言を言っていたって始まらないんだ」

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