第21話 ドワーフ王都の惨状

 王都に近づくにつれ逃げ出してくる人の数も増えた。

 更に王都が見えてくるころには既に疫病に侵された人もみられるようになった。

「これは危険だわ」クッカは小さく言った。

「本当に王都まで行くのかい?」ビゴマも腰が引けている。

 アイゼンは無言で顔をしかめていた。

 アイゼンの想いはラングにもわかるところだった。詳細は聞いていないがドワーフ王国を離れたアイゼンではあるが、故郷を嫌っているのではない。それに親族もいる。それを見捨てるようなことはできないのだ。だが一方でアイゼンはビゴマとラングをここまで連れてきたという責任もある。

「やはり」

 アイゼンは口を開いた。

「ここは戻るべきであろう。ビゴマはラングを連れて戻ってくれぬか。報酬は」

 そう言ってアイゼンは懐から重そうな袋を取り出した。

「ここに宝石が入っておる。これがわしが今もっている全財産じゃ。これで足りるであろう」

 ビゴマは困った顔をした。「そうはいってもね」

「釣りは要らぬぞ。ラングを連れ帰る仕事と思ってくれ。ビゴマはともかく、ラングはわしが故郷を連れ出してきた。もちろん危険はある程度覚悟しておったが、これほどのことではなかった。ウィズダムのところへ戻さねばならん」

「それであんたはどうするんだい?」

「わしは王都へ行き、何ができるか、やれるところまでやってみる」

「あなたに疫病対策の知恵が?」クッカが言う。

「わしにはほとんどないな」アイゼンはあっさりと認めた。「悪いがそなたはビゴマと一緒にラングを連れ戻り、ウィズダムの知恵を拝借してきてくれ。エルフは疫病には強いと聞いたことがある。伝言を届けてくれるぐらいはどうかね?」

「それは構わないけれども」クッカは肩をすくめた。「でも、その話には一つ、根本的なところに間違いがあるわね」

「なんじゃと?」

 クッカはラングの方を手で指し示した。「ごらんなさい」

 アイゼンがラングの方を見ると、ラングは可能な範囲で疫病にかかっていたと思われる旅人の死体に近づいてその症状を診ていた。

「なにをしとる?」

 ラングは戻ってきていった。「もちろん、疫病の調査ですよ」

「そんなことはせんでよい。既に王都が疫病に侵食されていることは間違いない」

「疫病の性質を調べないと対策もとれないですよ、アイゼン」ラングは言った。

「対策など……」

「何か凄い表面に現れるような症状はないようです。風邪というのは無理でしょうが、本質的には<とてつもなく悪い流行風邪>何じゃないかと思います。それならなんとかなるかも知れないですよ。少なくとも被害を最小にできるかも知れません」

「無論そんなことができれば望外だが」

「ラングはやる気よ」クッカが言う。「彼は<御子>よ、現役の。私だってそんな危険なことは認めたくはないけど、彼を止めることはたぶんできないでしょうね」

 アイゼンは肩を落とした。「わしらには<御子>は生まれんからな」

「やってみましょうよ、アイゼン」ラングは言った。「それにここで留めないと周辺にも影響ができます。ルーラルだって安全とは言えません」

 アイゼンはうなずくことしかできなかった。


 ラングは、しかし、急がずに徐々に死体や旅人を診察をしながら進んだ。

 その間、ラングは皆も含めて頻繁に手洗いをさせ、マスク代わりのマフラーで口を覆わせていた。

 そう、彼は<公衆衛生>に関する教科書を見つけていたのだ。基本的な感染症対策として清潔な状態を保つことの重要性をそこで理解していた。その具体的な方策も。

 だから彼は診察させてもらった旅人には手洗いと口を覆うことを口うるさいほどに説明した。さらにクッカに教わってこのあたりで手に入るハーブ(実際的にはほぼ雑草)を使った消毒液の作り方、火を使った調理と調理器具の消毒も伝授した。

 王都に入るころにはラングの活動は王都でちょっとした噂になっているようだった。

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